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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 民族共生という理想
2008年08月23日 (土) | 編集 |
■グルジア紛争に関して、「かけはし2008.8.25号 」にこんな記述があった。

タイトルは
憎悪をあおりたてる二つの「大国主義」
グルジア問題と米ロ対決
あらゆる排外主義を克服し民族共生の展望を切り開こう



その最後の「自決権の承認と諸民族和解」という部分を転載する。

 われわれはグルジアのサアカシュビリ政権による南オセチア自治州への軍事的攻撃と住民虐殺を非難する。「グルジアの領土的一体性」の保全を名目に、南オセチア、アブハジアの自決権を認めず、分離・独立運動を軍事的・強権的に押しつぶすことを許してはならない。また「グルジアの主権」を理由に少数民族の自決権を認めず、コソボに対するものとは正反対のダブルスタンダードをもてあそぶ米国の姿勢を厳しく糾弾する。サアカシュビリ政権の南オセチアへの軍事侵攻を支えたのは、ブッシュ政権なのである。
 同時にわれわれはロシアのメドベージェフ・プーチン政権の、南オセチア・アブハジアへの「保護者」としての姿勢を楯にした、グルジアに対する大国主義的軍事侵攻をも厳しく批判しなければならない。
 南オセチア、アブハジアの地位は、住民の自由に表現された意思に基づいてのみ決定できる、という原則を改めて確認することが必要である。その上で排外主義を克服した「民族和解共生」こそが問われている。
 しかしロシアもまた民族自決権の擁護者どころではないことは言うまでもない。
 「ロシアは何世紀もカフカス地方で安全と協力、進歩の保証人だった」。この言葉は、グルジアへの軍事侵攻にあたってロシア軍の攻撃を指導するために急きょ訪れた先で、プーチン・ロシア首相が語ったものだという(「朝日」8月16日)。
 この発言に、カフカス民族を踏みにじってきたツァーリ帝国以来の「大ロシア排外主義」が露骨に表現されている。そしてまさに「グルジア問題」において、スターリンやオルジョニキッゼに代表されるボリシェビキ指導部内の大ロシア排外主義に対して生命をかけて「最後の闘い」を挑んだのがレーニンであった。これは決して過去の話ではない。プーチンの言葉の中にこそ、ツァーリ帝国からスターリニズム支配の時代を経て、今日まで綿々と貫かれてきた傲慢きわまる「大ロシア排外主義」が最悪の形で示されているからだ。何よりも彼らは、チェチェンでのジェノサイドの当事者である。
 われわれは、米ブッシュ政権に支援されたグルジア・サアカシュビリ政権の南オセチアへの軍事侵攻に反対するとともに、メドベージェフ・プーチン政権のグルジア軍事攻撃にも反対する。平和・人権・民主主義・共生を求める労働者市民の声を、ロシア、カフカスの民衆に届けよう。




■まあ確かにごもっともな主張なのだが、結局机上の論理というか理想に過ぎないんだよね。
私も10代の頃は(徳川時代か?(^^;;)、すべての民族の共生をっていう理想論を唱えてたけど、いろいろ世の中を斜に構えて見てくると、違う民族同士の共生なんてことはひどく難しいよね~と思うに至ってしまう。
もちろん理想論は大切だけど、そもそもその基盤となっている平和・人権・民主主義などが欧米基準だから、これをすべての民族に適用するなんざ、ちょっとおこがましいんじゃないかな。
それこそ上から目線みたいでね。

われわれが正しいと考える民主主義がどの民族にとっても正義とは限らないのだ。
われわれが理不尽と感じる独裁主義とかメシアニズムを歓迎する民族だってあるのだから。
といって、それはすべて間違いだと彼らに言えるだろうか?

とにかく、多様な価値観と柔軟な精神を持つことが必要なのだ。
とても難しいことだけど。


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