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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その4
2008年08月21日 (木) | 編集 |
■05年にフランスのテレビが製作し、06年にNHKが「世界のドキュメンタリー」として放送した
『ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略』。
今回は、その4回目(この回の分け方は私の都合でやっているのだが)の内容を紹介したい。

「民主化」という装いをまとった東欧4ヶ国の「カラー革命」。
その裏にはアメリカの対ロシア戦略があった。
今回は「カラー革命」におけるバイブル本の著者をはじめ、ウクライナ、グルジアが舞台となる。
特にグルジアでのシェワルナゼ追放劇に、ジョージ・ソロスが関与した事実が明らかにされるのは衝撃だ。


■さて地理的には東欧とは反対側になるが、伊藤千尋『反米大陸』には、こういうくだりがある。

 アメリカが起こしたイラク戦争には、日本も名を連ねた有志連合諸国が派兵したが、その多くはアジアや東欧、アフリカなどの小国である。中南米から派兵したのは、中米のニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス、そしてカリブ海のドミニカ共和国の4ヵ国だけだ。
 このうち中米の3ヵ国に共通していることがある。いずれも1980年代に、紛争が展開した地域だ。冷戦のさなか、当時のレーガン政権は、軍事、経済援助や経済制裁、情報操作などを通じて中米を取り込もうとした。左翼政権が握っていたニカラグアには、CIAが組織した反政府ゲリラを送り込み、経済制裁を行って、ついに政権を倒した。その反政府ゲリラの基地を置いたのが隣国のホンジュラスである。エルサルバドルでは、アメリカが極右政権を軍事支援して、左翼ゲリラによる革命を阻止した。



アメリカはその戦略的政策をまず中南米で「実験」し、その後他の国々に応用していった。
アメリカに都合の悪い国には露骨に介入し、クーデターを起こして、武力で反米政府を倒し、多くの市民を犠牲にした。
東欧の場合もまったく同様である。
そして小国グルジアは、2000人もの兵士をイラクに派兵しているのだ。

翻って、日本の場合はどうだろうか?
決して他人事ではないのだ。











ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その4





  ~ボストン~

■革命に沸くキルギスを後にして、アメリカの東海岸ボストンに向かった。
これまでの革命に影響を与えた本の著者ジーン・シャープに会うためだ。
シャープは40年前から非暴力革命について執筆している。


シャープ「今では20カ国以上で発行されています」

著書『独裁制から民主制へ』
これには独裁を支える警察との友好関係が大事だと記されている。

シャープ「セルビアの活動家たちは前もって軍部を懐柔し、警察ともある程度良好な関係を結んでいました。だからデモのときもあまり手荒に押さえ込まれることがなかったんです。ミロシェビッチ政権が崩壊する2、3年前、10代の少年少女たちが警察に小包をたくさん送りました。警官たちの心を解きほぐすため、食べ物などが入っていたと思います。次に警察上層部に働きかけました。そうしておいたので、いざというときに警察は人々を通してくれたんです」



2000年のセルビアの革命以来、シャープの思想を諸外国に伝えてきた人物がいる。
アメリカの陸軍退役将校ボブ・へルビーだ。
ヘルビーがインタビューに応じることは滅多にない。

記者「できればボブ・ヘルビーにもお会いしたいんですが」

シャープ「どうぞ。ちょうど来ましたよ」

ボブ・ヘルビーは30年間アメリカ陸軍に所属し、ミャンマーの体制派の指導も行った。軍部を手なずける方法をよく知っている。

へルビー「独裁政権から屋台骨を引き抜き、自分たちの陣営に引き入れるというやり方です。彼らをやっつけようと思ってはいけません。民主政権になっても居場所があることをわからせ、政権の座から立ち退かせるのです」





■ストーンの印刷所を支援し、先日キルギスの大統領を叱りつけたマケイン上院議員はミロシェビッチ大統領の失脚の2ヶ月前、ボブ・へルビーにセルビアの若者たちの指導を依頼した。


セルビアでヘルビーの支援を受けた元リーダー、セルジャ・ポポビックに会った。現在はカフェを経営している。

ポポビック「初めてヘルビーに会ったのは2000年の4月です。その頃私たちは大々的にキャンペーンを繰り広げていました。ヘルビーのアドバイスはとても役に立ちました。警察の中でこれぞと思う人を選びメッセージを送り続けるんです。メッセージは、あなた方も私たちもお互い被害者なのだ。警察の役目は13歳の子どもを逮捕することじゃない。あなた方も被害者なんだ、というものです。まず運動を目に見える形にすること。人前で行動を起こし、シンボルを選ぶことです。ウクライナではオレンジ色だった。オレンジを身に着けてさえいれば革命の支持者だと知らせることができます。人目につく場所で行動を起こし仲間を増やしていきました」


戦術は成功し、ヘルビーがセルビアを訪れた3ヵ月後、ミロシェビッチ政権は崩壊した。
以来、当時のセルビアの活動家たちは革命を願う人々のいる国へ出向き、戦術を伝えている。
グルジアもウクライナも、背後にはセルビア人の手ほどきがあった。




 

キルギスのアイトマトフ外相(左)の背後にも
セルビアのミロシェビッチ(右)の背後にも
マケイン議員の姿が見え隠れしている。






  ~ウクライナ~


ウクライナ

選挙の2ヶ月前に、学生のリーダーを教育するため現地で講習会を開く。
これはオレンジ革命が起きる前の映像だ。
ウクライナの学生たちがセルビア人の話に耳を傾けている。

「自分たちは孤立しているのではないと知ってください。国外にはすぐにも手を差し伸べてくれる人が大勢いるんです。皆さんの痛みを理解し、ウクライナが民主化され自由の国になるためにできる限りのことをしてくれるはずです」





元セルビア民主化リーダー、サーシャ・マリク
マリク「ウクライナの若者たちに組織をどう立ち上げていったらいいか教えました。ロゴの作り方、メッセージの広め方、運動員の集め方、人々をどう1つの主義にまとめるか。それから資金の作り方も」






講習会にはアメリカからも講師が来ていた。
共和党国際研究所クリス・ホルツェンだ。

ホルツェン「誰も注目してくれていないと思ってる若者たちに、そうではないと伝えるんです」

フリーダムハウスの女性メンバー「バットマンやスーパーマンは知ってるでしょう? 特殊な能力を持っていてひそかに街を治めているの。皆さんも同じ。悪者を震え上がらせて政権から追い出さないと」






講習会から10日後、リーダーの素質がありそうな若者を対象に実習が行われた。
選挙までわずか1ヵ月半。
少数の精鋭を運動の担い手に育てるのだ。
実習の資金を提供するのはキルギスの印刷所を援助しているフリーダムハウスだ。





  ~ニューヨーク~


ニューヨークにあるフリーダムハウスの事務所を訪ねた。
エイドリアン・カラトニッキーが民主化の進捗状況を説明してくれた。


カラトニッキー「緑色は現時点で自由主義国家と呼ばれる国です。ウクライナは革命が起きたのが2004年で、まだ地固めの状態です。グルジアも改革はまだまだです。制度改革が進んでいません」

記者「だから黄色ですね」

カラトニッキー「ええ。濃い青は今後のターゲット、言ってみれば厄介な地域です。ロシア、中国、イラン、サウジアラビア。ウクライナでは確か30000ドルほど援助して、若者数100人をクリミアに集め訓練を行いました。そこで市民の動きを見極め、選挙に向けてどう導いていけばいいかを教えたんです。実はアメリカ国内では1950年代から70年代にかけて同じような活動がCIAの手で行われていました。活動は秘密裏に行われたのですが、それが誤解を招いたようです。活動家たちを情報機関のメンバーじゃないかと思わせてしまった。ですからアメリカはこうした活動を公然と包み隠さず行うことに決めたんです」





  ~グルジア~


■私たちは2003年のバラ革命でアメリカ陣営に移行したグルジアを訪れた。
この日の午後、首都トビリシをブッシュが訪問する。
毎年アメリカはグルジアにさまざまなプロジェクトを通じて1億ドル以上を注ぎ込んでいる。

グルジアのバラ革命を支援したのは、アメリカの大富豪ジョージ・ソロスが主催する「オープン・ソサエティー財団」だった。







エドワルド・シェワルナゼ「この写真は私です。ブッシュ・シニアと写っています」

革命で政権の座を追われた元グルジア大統領だ。

シェワルナゼ「政権を握った若い政治家たちは資金の大部分を有名なアメリカの億万長者ジョージ・ソロスから得ています。ソロスがなぜグルジア政府を倒したかったのか私にはわかりません。あれは革命ではなかった。クーデターですよ」





■グルジアの革命運動のリーダー、ギガ・ボケリア。現在34歳。
大統領主席顧問となったボケリアは国会にも自由に出入りする。

この日は朝の会議に出席せず、べラルーシの反政府活動家に会いにホテルに向かった。
先輩のセルビア人たちがしてきたように、グルジアでの自分たちの経験を伝えるためだ。




ボケリア「大統領の側近で一番攻めやすいのは誰か、力になってくれるのは誰か見極めるんだ」

ベラルーシ反政府活動家アナトリー・レベドコ「ベラルーシのルカシェンコ大統領は反対する人を死刑や国外追放にしてきました。自分より優秀な人間に我慢できないんです」

ボケリア「よくわかります。グルジアでも同じでした。パンフレットを国中にばら撒くことは可能ですか? 死者が出る?」

レベドコ「ええ大勢」

ボケリア「じゃあ考えないと」

レベドコ「そうなんです」

ボケリア「資金の調達はどうなってる?」

レベドコ「支援者からの援助が大半です。米国議会で数百万ドルの助成金が決定しましたが、まだ待っている状態です」

ボケリアの仲間「私たちが協力しますよ」








ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その1
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その2
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その3
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その5




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