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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 懐かしい本たちを思い出す
2019年06月07日 (金) | 編集 |

 人生の終盤に近づくと、いろいろなものを懐かしく思い出すものだ。
と、マンガの『ブラックジャック』の最終話(正確にはその後も数編の作品が描かれた)も
こんなコンセプトで始まったっけ。
なにもBJを持ち出さなくとも、無性に過去の記憶を確かめたくなることがある。

 そのうちのひとつが、小学校の図書館で借りて読んだ数々の本たちの記憶である。
その中でずっと気にかかったままで探し出せなかった本のタイトルの記憶が、ふとした
きっかけで蘇った。それが旧ソ連の作家ワレンチン・カターエフの作品『連隊の子』である。
タルコフスキー監督の名画『僕の村は戦場だった』の内容とよく似ているので、長いこと
『戦場の子』と間違ったタイトルが頭に残っていたのだ。探し出せなかったはずだ。






『連隊の子』と猫のスズメ



 第二次大戦の独ソ戦で両親を失った12歳の少年ワーニャは2年間も森にかくれて
さまよい続け、アナキーエフ大尉が率いる砲兵隊(第三白ロシア戦線軍)に助けられる。
賢く勇敢なワーニャはたちまち兵士たちの人気者になり、少年兵として伝令や砲手で
活躍する。しかし戦闘は次第に激しくなり、父親のようにワーニャを鍛えいつくしんできた
アナキーエフ大尉も戦死する。
死んだ大尉の手や指が白くなり、爪も青ざめていった…という描写が私の心に強く刻み
つけられた。なきじゃくるワーニャに、大尉の部下のビデンコは「これが戦争さ」とつぶやく
のだ。
そしてワーニャは大尉の遺言で、立派な将校になるために軍の学校へ入ることになる。


 幼いころに読んだ本やマンガの記憶は決して消えることはない。
無意識のうちに自らの言動に作用するものだ。ワーニャの姿は、少女期の私の理想の
少年像になった。それはやがて『サイボーグ009』の島村ジョーや『カムイ外伝』の
カムイへと繋がっていく。

人間以外でも、実家の庭に現れた黒猫のプーチンが木に登ったときには、戦場での斥候
で木に登ったワーニャの姿をふと重ね合わせたり、野良猫のラッキーやクロエの体を
洗った際にお湯が真っ黒に汚れたのを見て、砲兵隊の兵士たちがワーニャをお風呂に
入れてごしごし体をこすり、5回目でようやくお湯が透明になったシーンを思い出したり…
ただ今回本を読みなおして、映画の『僕の村…』とは違って悲劇的な結末でないことを
思い出して安堵した次第である。


 以前にも子供の頃に強い印象を受けた本を探し回ったことがある。
エレナ・ポーター(米国)の『金髪のマーガレット』だ。
ポーターの他の作品では『少女パレアナ(ポリアンナ)』が有名だ。

あとはアレクシス・キヴィ(フィンランド)の『七人兄弟』。
ウォルター・デ・ラ・メア(英国)の『ムルガーのはるかな旅』。
当時は『サル王子の冒険』というタイトルだった。

ともあれ、久々にワーニャと出会え、時空の楽しい旅をしたようなほっこりした気分に
包まれたのだった。




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