激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 6月22日は独ソ戦争追悼式 ロシアにて
2017年06月25日 (日) | 編集 |

 23日は沖縄全戦没者追悼式(沖縄戦が終わった日)だったが、
その1日前の6月22日は、反対にナチス・ドイツ軍がソ連に侵攻した日だった。
そしてロシアでも、多くの犠牲者を悼む追悼式が行われた。
戦争のもたらす悲劇は、国や民族を問わず、どこも同じだ。
以下は、6月23日のロシアTVより。





1941年6月22日。76年前のこの日、午前4時、ナチス・ドイツ軍が
ソ連に侵攻し、大祖国戦争(独ソ戦争)が始まりました。
世界史上最大の戦死者を出した戦争でした。
公に発表されている数字でも、2700万人のソビエト人が
亡くなったとされています。
国内各地で追悼の儀式が行われました。
モスクワでは、クレムリンの壁のもとにある無名戦士の墓に
大統領や政府閣僚が献花に訪れました。





ナチス・ドイツ軍のソビエト侵攻を告げる放送が
76年前と同じように流されました。





午前4時きっかりに、無名戦士の墓への
献花が始まりました。





プーチン大統領は、激しい雨の降る中、
無名戦士の墓に花を捧げました。
(ニュースで見ると、ほんとにものすごい土砂降り
プーさまの服も髪もびしょびしょ (^^;)





首相、両下・上院議長、閣僚、議員が
次々に花を捧げます。
(中央は、首相のメドちゃん
全員が、やはりびしょ濡れ)





戦争を耐え抜いた1418日間。
それと同じ数のロウソクが
カザン通りに灯されました。 





ベルリン攻略に参加したこの男性は
戦争を、始めから終わりまで体験しました。
「誰の心からも、記憶が消えることはありません」





スターリングラード攻防戦の舞台となったボルゴグラードです。
「永遠の火」が、スターリングラードを守った
兵士たちの名前を照らし出しています。





ウラジオストク、カムチャツカでも
追悼集会が行われました。





大量の餓死者が出たサンクトペテルブルク
(旧レニングラード)





ロシアの西の端、カリーニングラード。
州知事代行は語ります、
「戦争の教訓を全世界が覚えておいてほしい。
20世紀中頃に犯してしまったあやまちを
二度と繰り返すことがないように」





スタヴロポリ地方。
戦死した兵士を「白い鶴」にたとえた、反戦歌「鶴」が流れます。
この鶴の声は、ロシア中に響いたことでしょう。





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