激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 幕末期の靖国合祀における新事実
2013年10月17日 (木) | 編集 |

靖国神社の秋季例大祭が始まったが、安倍首相は参拝を見送り、
代わりに神前に捧げる供え物「真榊(まさかき)」(サカキの鉢植え)を奉納した。
その靖国神社だが、昨日16日の東京新聞にこんな記事が載っていた。


 
記事によると、幕末動乱期に国事殉難者として靖国神社に合祀された人々(祭神)の5割は水戸藩出身者で、さらにその5割が農民や商工業者などの「平民」身分であることが明らかになったそうだ。
幕末の水戸藩といえば、尊皇攘夷の原理主義者(^^; とも表現できるくらいガチの尊攘激派で、「水戸天狗党」が有名。で、天狗党で思い浮かぶのが、新選組の前身である壬生浪士組の筆頭局長・芹沢鴨。芹沢の実家は、神官とも由緒ある武家ともいわれている。
この芹沢鴨に負けず劣らず熱烈な尊皇攘夷思想の持ち主だったのが、やはり局長の近藤勇だった。一時は長州と手を組む話もあったそうだから、もしかしたら歴史が変わっていた可能性もあったかもしれない。


幕末期(江戸時代)の戦いの主体といえば武士階級が思い浮かぶが、この時期は
「平民」である農民層の政治参加が盛んな時でもあり、事実上、身分制度も解体に
向かっていた。














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