激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 12月14日は赤穂浪士討ち入りの日
2012年12月14日 (金) | 編集 |

ちょうどこの時期は忠臣蔵シーズンで、討ち入りの映画やドラマ、解説番組の
花盛りだ。といっても、相変わらず浅野家側中心の作品が多いが。
そんな中で『薄桜記』は珍しく吉良側の視点で描かれており、私も大いに興味を
そそられて吉良邸に行ってみた(両国に住んでいた頃はあまり興味がなくて、
すぐ近くなのに行ったことがなかった(^^;)。
それにしても日本人はなぜ忠臣蔵が好きなのか、後の新選組のダンダラ羽織も
舞台で演じられた忠臣蔵の衣装を真似たものであるし…。






10月に訪れた東京・両国の吉良邸跡(本所松坂町公園)。
ちょうど敷石の改装工事中だった。
実際の吉良邸は広大な屋敷で
現在の跡地公園の86倍もの広さであった。



   NHK 12月14日
     http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121214/k10014185801000.html

     赤穂浪士討ち入りの日 義士祭

「忠臣蔵」で知られる赤穂浪士討ち入りの日にあたる14日、討ち入りの舞台、吉良邸のあった東京・墨田区では、赤穂浪士と吉良家を悼む義士祭が行われました。

12月14日は、江戸時代に赤穂藩の元藩士が、主君のあだを討つため討ち入りをした日にあたります。
討ち入りから310年になる14日、吉良邸のあった墨田区の本所松坂町公園では義士祭が行われ、地元の人や忠臣蔵ファンなど大勢の人たちが集まりました。
義士祭では神事を行って赤穂浪士と吉良家の両方を悼んだあと、討ち入り前日に四十七士たちが、近くで甘酒を飲みそばを食べたと言い伝えられていることから、参加した人たちに甘酒やそばがふるまわれました。
公園には吉良上野介の像や討ち取った首を洗ったと言われる井戸があり、訪れた人たちは写真を撮ったり手を合わせたりして歴史に思いをはせていました。
埼玉県から訪れた男性は「義理人情など今は忘れられがちな思いが、忠臣蔵の魅力だと思います」と話していました。
地元の両国地区ではこのほか、ゆかりの場所を巡るツアーなどさまざまな催しが開かれていて、市川博保町会長は「地域で長年、吉良邸の跡を守り伝えてきたので、大事にこれからも守っていきたいです」と話していました。





スポンサーサイト


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
東福寺の風景2012.11.30 LARA FABIAN - Soleil Soleil ■【約6割強の反原発意思は選挙制度に封殺されている/ツイートに見えるポスト自公維圧勝「衆院選」からネクスト・ステージへの道程/オヴ
2012/12/17(月) 14:49:31 | toxandoriaの日記、アートと社会