激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 甲州街道を巡って帰ってみたら、猫のチャチャが逃亡していた(=TェT=)
2012年09月12日 (水) | 編集 |

やっと丸々一日休みだ!
疲れがたまりきっているので、いつもより早めに寝たのに、なかなか寝つけないまま
夜が明けた。朝の5時過ぎに起床。
依然としてあまりよくない体調をなだめすかしながら( -.-) =з うちの猫ちんどもに
ご飯をやり、ラッキーにゃんこに薬を飲ませ、チャチャに薬とご飯をやって、3つの猫トイレを
掃除。外猫たちとアナグマのご飯を用意していたら、早1時間近くが経過
自分の身支度もそこそこに、ツレとふたりで家を出発
なんか出発する前に、すでに大部分のエネルギーを消耗してしまったような
目指すは、初秋の(秋というより、まだ酷暑の夏のままだが)甲州街道。
無事に、この一日を乗り切れますように…。






旧街道ウォーキング『人力』さんの地図を拝借。
http://www.jinriki.info/kaidolist/koshukaido.html



前々から新選組と関係の深い甲州街道を巡ってみたいと思っていたが、そんな折、
長野県の諏訪湖周辺出身の親友・まくずさんが、下諏訪のお土産と観光マップを
送ってきてくれた。
なんと下諏訪は、中山道と甲州街道が出会う宿場町だったのだ。
中山道といえば、これまた新選組の前身である浪士組が江戸から京へのぼった道で
お互いに新選組ファン同士、いろいろ思いがけないつながりがあるんだなと感じた次第だ。


上の『人力』さんの地図には、こう説明が記されている。

【五街道のひとつ甲州街道は、江戸日本橋を起点に、内藤新宿、下高井戸、上高井戸、布田五宿、府中、日野、八王子を通り小仏峠から甲府を経て信州の下諏訪に至る、200キロ強にも及ぶ約53里の道である。甲州街道は当初、江戸城と甲府城を結ぶ軍事目的を主眼としたものだったが、江戸城に危機が及んだときの避難路だったという説もあり、これは甲府城を有する甲府藩が親藩であること、沿道の四谷に伊賀組・根来組・甲賀組・青木組(二十五騎組)の4組から成る鉄砲百人組が配置し、鉄砲兵力が将軍と共に甲府までいったん避難した後に江戸城奪還を図るためである。そして、江戸中期頃から、甲州・信州などから江戸への流通の道として重要性を増して行き、甲府城に詰める武士「甲府勤番」(こうしゅうきんばん)や八王子千人同心、富士講(富士山信仰の組織)にさらに毎年4月には、幕府御用達の宇治茶を江戸まで届けるお茶壺道中も通り、街道筋は賑わいを見せ、江戸100万人の生活を支える動脈として発展した。】


新選組関連の優れた著作がある故・佐藤文明氏の『未完の「多摩共和国」』にも
「江戸防衛と甲州道」の関連について、注釈で次のように書かれている。

【証拠があるわけではないが、甲州道中は江戸城防衛のための軍用道路。他の四街道に先立って整備された。当初の起点は日本橋ではなく半蔵門で、起点に麹町(甲斐路-かいじ-町がなまったもの)が置かれた。が、本命の軍事路は麹町の地下を通って、百人町(新宿)に抜けていた(この地下は現存する)。
甲州道中の設計は服部半蔵、工事の総指揮は者は大久保長安である。施工は三工区に分けられ、半蔵門から多摩川渡しまでを服部が、渡しから猿橋(山梨県)までを日野・佐藤が、猿橋から甲府城までまでを大久保が請け負った。沿道には百人隊、千人同心、砧に弾薬庫、府中に馬市(廃止後、御鷹場の馬が注目されたのではないか)が置かれ、日野の渡しと小仏の関所があった。上石原の宮川家はこの防衛構想の一端を担っていたと思われる。】


他のいくつかの歴史本にも甲州街道が軍事路及び避難路であったことが記されている
ので、この解釈には少なからぬ信憑性があるとみてよいだろう。
そして街道沿いに配置された忍び衆や千人同心をはじめ日野の名主・佐藤彦五郎
(土方歳三の義兄)、調布の近藤勇の実家・宮川家の関係も偶然とは思えないし、
佐藤文明氏は近藤勇・忍者説をとっている。一方、私は土方・忍者説だが…


とまあ、そういうことで今回は甲州街道の一部を巡ってみることにしたのだ。
その道中話は明日以降に記すことにして、なんとか無事に帰宅したら、離れの広間に
保護していたチャチャが、ほんの少し開けておいた(空気の流通のため)窓をこじ開け、
網戸を蹴破って脱走していた。
昨日から見違えるほどシャンとして、ご飯のときも素早く逃げ回っていたので、これ以上の
保護は無理かなと思っていたが、やはり自ら自由を求めて逃走したか!
薬も最後の1錠以外は6日間分全部飲んだし、前足の傷もふさがったから、まあいいか。
外猫は多少の危険や不便があっても、外で自由に暮らすのが一番なのだ。
しばらくは身を隠していても、またすぐニャーニャーと近寄ってくるだろう。
おやすみ、チャチャ(=^・^=)





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維新は『これあらた』であり、まったく新しく何かを創造する革命、改革の意味は無い。 チルドレン以下の維新ベイビーズの賞味期限は2ヶ月である。 総選挙を目前にして浮き足立つ
2012/09/14(金) 15:16:36 | 逝きし世の面影