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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 幕末の下田を行く ~その1 黒船サスケハナ号と下田開国博物館~
2012年01月24日 (火) | 編集 |



急に休みを取ることになって、とりあえず
伊豆半島の南端にある下田へ向かうことにした。
というのも東京周辺も雪で、箱根方面はもちろん通行止め、
こうなったら南しか行くところがないと思ったからだ。
湯河原の町中は、屋根がうっすら白くなっているだけで
道路にも雪は降り積もっていなかった。
都内よりもいくらか温暖なのだ。

写真は、下田まであと54キロの地点。
伊豆半島は見かけよりも大きいのだ。



    

朝急に行き先を決めたので、またアバウトな旅になりそうな予感。
事前にみっちり計画を立てて、
ポイントを外さないまわり方が好きなんだけどな。
右:稲取付近に雪が積もっていた。
少し標高が高い土地にさしかかると雪が残っている。
驚いたのは、白浜海岸近くの道路が雪に覆われていて
反対側の道路を除雪車が走っていたこと。
路肩でタイヤにチェーンをつけている車もいた。
まさかの雪に、スリップしないかヒヤヒヤだった。
白浜を抜けると雪はすっかりなくなっていた。





下田港・黒船クルーズ






    

左:下田港。寒い彡(-_-;)彡
右:下田は黒船開国の町。
あちこちに黒船ゆかりの観光スポットがある。
ということで、幕末の下田めぐりへゴー。






お、さっそく対岸を走る黒船発見!
けっこうスピードがある。



    

左:「黒船乗船受付処」 表現が昔っぽいね(^^;
右:乗船チケット






絵葉書。下田は吉田松陰ゆかりの観光スポットも多いのだ。






ペリー艦隊の旗艦サスケハナ号を模した遊覧船。
下田港を約20分でクルージングする。






外輪にSUSQUEHANNAと書いてある。
1853年、ペリー艦隊は旗艦のサスケハナ号と
サラトガ号、プリマス号で浦賀沖に来航、
翌年は旗艦をポーハタン号に替えて横浜沖にやってきた。
下田に来航した黒船はポーハタン、ミシシッピー、
マセドニアンなど7隻である。






乗船口に「告ぐ 手形改」と書いてある。



   

左:黒船内部。
中:後部デッキ。寒いけどここに陣取ることにした。
右:カモメのエサ。1袋100円。カッパえびせんだ(^▽^)




    

左:サスケハナ号の説明。
ペリー艦隊のサスケハナ号は1850年にフィラデルフィアで建造された。
長さ78メートル、2450トン、乗組員300名、大砲6門。
「サスケハナはフリゲート艦と称せられ、蒸気船が帆走装置を
備えた機帆船で、機関が両舷の外輪(バドル)を回転して船を推進した。
これらの船は防腐、水洩れ防止のため黒色の塗料を塗装していた
ことから黒船の名がついた。
「黒船」サスケハナ(SUSQUEHANNA)の船名は、
(アメリカ合衆国東部の川)ニューヨーク州のキャッツキル山地に源を発する
長さ714キロの大河サスケハナ川から命名する。」

右:黒船来航時の下田の様子を描いたもの。






赤い鳥居の毘沙子島(みさごじま)。

対岸には弁天島がある。
吉田松陰は金子重輔と一緒に弁天祠に隠れ
小舟で下田に停泊していたポーハタン号に乗り込もうとして失敗。
弁天祠の裏側に造成された弁天島にはふたりの銅像が建っている。
同じ頃に来航したロシア船へは、近隣の若者が密航に成功したのにね。






船から見た下田港。






カモメのエサを投げてみた。
ところがトビの群れが素早く現れてエサを横取り。
カモメたちは近寄れない。
エサがなくなるとトビはあっという間に姿を消して
カモメだけが未練がましくついてきた。









   

左:赤い灯台。
中:犬走島と白い灯台。
右:元の港へ到着。
降りたとたん、冷たい雹(ひょう)がパラパラふってきた。





ひもの横丁と下田開国博物館









記念スタンプを4つ集めて応募するというスタンプラリーをやっていたので
スタンプを押せる場所に近いお店で昼食をとることにした。
下田港に近い「網元 きんめせん 昇龍」。



    

カウンターの中が船の生簀(いけす)になっている。
お刺身定食。さすがに漁港だけあって美味しい。
カウンターの向かいでは中国人観光客が食べていた。






「昇龍」の裏手の「よろず交流館らくら」の裏手。
「土藤(つちとう)商店」。明治20年操業の酒屋だ。
「らくら」でスタンプを押した。



   

地場産品やレトロな品物がいっぱい。



    

左:年代物の冷蔵庫。
右:「らくら」で買った「開国下田紅茶」。
ペリー、プチャーチン、ハリスと3種類あって
これは「ハリス・ティー」というハーブティー。
「安政3年(1856年)日本最初の米国総領事T・ハリスが
江戸幕府に手土産として献上したのが、
わが国はじめての『紅茶』であった。」







なんとも年代物の干物・鮮魚店「石亀水産」。
鉄トタンの外観を保っている。
ここでもスタンプを押した。






天井の「つるし雛」。
昔は、お天気の悪い日には天井裏で魚を干したそうだ。






次に向かったのが「下田開国博物館」。
なまこ壁の建物だ。
なまこ壁とは防火、防湿のため土壁に瓦をはめこみ
継ぎ目に漆喰を盛り上げて固めた土蔵造りで
漆喰がなまこに似ていることから、こう呼ばれている。

館内にはペリー艦隊、ロシア使節プチャーチン、吉田松陰などの
ゆかりの品々や資料が数多く展示されている。
特にプチャーチンやディアナ号のロシア人乗組員たちの品々、
グラスやプチャーチンの布製のカバン、船室に飾られていた馬の絵が
展示されていたのには感銘を受けた。
内部は撮影禁止。



   

左:博物館脇の水桶。
中:吉田松陰が拘禁されていた場所は、
博物館前の駐車場の一角だそうだ。
右:おみやげ。
ペリーやハリスの接待用に出されたのが「保命酒」というお酒。
みりんのような味だそうだが、それを飴にしたもの。
右は「のど飴 十六味保命酒」。まるっきりニッキ飴だわ。
左は「保命玉」。保命酒入りで、甘酒の味がする。






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