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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 戦国武将・小田原北条氏の足跡をたずねて ~湯河原 五郎神社~
2011年09月22日 (木) | 編集 |

■昨日は午後から台風15号の影響が徐々に出始め、これまで経験したことが
ないくらいの激しい風雨に翻弄された。
自販機のゴミ箱が倒れてペットボトルや空き缶が散乱し、隣りの宿の置物のタヌキが
道路の真ん中まで吹っ飛んで壊れた。
一番怖かったのが、すぐ隣りを流れている藤木川がみるみるうちに増水して、
茶色い濁流となって川底の大石をゴロゴロ押し流し始めたことだった。


■幸い藤木川が溢れることはなくホッと胸をなでおろしたが、小田原市の酒匂川が
氾濫するおそれがあるということで約10万人に避難勧告が出て、湯河原の駅方面も
停電になったらしい。
一夜明けて、玄関前や露天風呂にたまったげんなりする程の木の葉や折れた枝の山や
鉄扉の隙間から入り込んだ雨水の処理などに追われ、ようやく片付いたのが午後3時
過ぎだった あ~疲れた。


■昨日は台風直撃で何も手がつけられず、おとといの20日は台風が来そうなので
急遽お休みにして、近所のお寺と箱根の早雲寺に出かけた。
そんなわけで、8日に行った五郎神社・小田原城と20日の分をミックスして
性懲りもなく(^^; 記してみたい。












「謎以外に、いったい何を愛せようか?」  ニーチェ





湯河原・五郎神社の謎





湯河原海岸。
鉄を含んだ砂は黒く重い。
戦国時代、湯河原は刀や鉄砲作りの一大拠点でもあったという。





    

左:湯河原の地図 駅周辺と北部の山側のみピックアップ。
地図の上(北)に「鍛冶屋」という地名がある。
右:その鍛冶屋に建つ「五郎神社」。村社と記されている。







五郎神社の鳥居。
小田原北条氏(正確には後北条氏)と配下の乱波(らっぱ・忍者のこと)風魔一族の
ことを調べていたら、どうやら湯河原の鍛冶屋集落にも足跡を残していたことが
わかった。三代目・北条氏康の時代である。

このことをごく簡単にだが、以下にも記した。
「ミステリー湯河原・鍛冶屋の謎 8月5日」
http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-entry-1835.html







鳥居をくぐって境内に入る。
ふだんは無人の神社だ。

かつて鍛冶屋には技術集団である鍛冶職人が住んでいて
北条氏康はこの集落を中心に製鉄や鉄砲造りを行った。
これが北条氏100年の繁栄の秘密であり、
この秘密を守っていたのが風魔だという。
ところが北条氏が滅んだあと、江戸幕府は徹底的にこうした
歴史を抹消してしまったため、風土記には土肥鍛冶屋村とだけ
記述され、製鉄のことも鍛冶職人のことも、ましてや北条や
風魔の痕跡もいっさい残っていない。







本殿。室町時代後期の建立とみられる。
五郎神社の名の由来ははっきりわかっていない。
一説には関東平氏五霊を祀るところから、五霊→五郎と変化したとか
鎌倉権五郎景政を祀っているからだとされている。
しかし私は「ミステリー湯河原・鍛冶屋の謎」で記したように、
五郎神社のそばにある木村美術館に展示してあった刀の作者である
岡崎五郎正宗が、何か関係があるのではないかと考えている。
残念ながら木村美術館(個人の美術館)は現在閉館中のようで
そのあたりを聞くことはできなかった。




    

左:彫刻が素晴らしい。
ただの村社にしては手が込んでいると思われるが…。
右:「玉垣奉献」
元亀年間創立以来この郷の鎮守として
郷民の崇敬を集めてきた当社に
この程氏子有志相はかり境内玉垣一構を完遂いたしました。

元亀年間といえば1570年~1573年のこと。
元亀の次が天正で、天正18年に秀吉によって北条氏は滅亡する。
時期的にも北条氏支配の中で建立された神社であることがわかる。







狛犬ならぬ狛猿(^^;




   

左から、本殿の右側、左側の狛猿。
一番右は正面の顔。



   

本殿の後方にある祠。
右:お賽銭は本堂の賽銭箱へ 山の神 と書いてある。

かつて五郎神社は、湯河原駅寄りの五所神社、箱根神社と共に
「三神森」といわれるほど鬱蒼とした木々が茂っていたらしいが
今では写真でもわかるように、スカスカしたかんじになってしまっている。

さて肝心の五郎神社の祭神はというと、金山彦尊(かなやまひこのみこと)である。
名前の通り「鉱山」を司る神様で、やっぱりねってかんじだ(^ー^)ノ
明治44年に面足尊(おもだるのみこと)を合祀したとある。





■そんなわけで、なんかちょっと物足りないな…という思いのまま
五郎神社を後にした。
で家に帰ったあとで、そういえば五郎神社の近くに、やはり謎めいたお寺が
あったことに気がついた。う~ん、またも次回への宿題か。






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