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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 仮設住宅に入っても物資の配給終了じゃ暮らしていけない
2011年06月10日 (金) | 編集 |

■東日本大震災から明日で3か月。
もう3か月というか、まだ3か月というか…。
しかしながら3.11を境に、日常生活も将来設計もガラリと変わってしまった。


■ちょうど3か月前の3月10日は、恒例の東京大空襲に思いを馳せていた。
ブログにもこのことを書くつもりで下書きをしたためていたのだが
昼間に恐ろしいほどの山鳴り(地鳴り)があたりに響き渡り、地中深くにマグマの
動きを感じて動揺していたため、とうとうその日のブログをアップすることはなかった。


■さてこの3か月間、ただでさえ想像を絶するほどの大地震・大津波による犠牲者と
広範囲の被害が出たのに、それに追い討ちをかけるように原発災害が起きて、最初の
地震津波被害状況をイメージ的にも上書きしてしまった。
もし原発事故が起きなければ災害復旧にもっと多くの人が訪れて協力しただろうし
東北の農産物も大いに買い支えていたことだろう。
そしてこれほどの避難民を生むこともなかった。


■被災地ではようやく仮設住宅建設が進むようになってきたが、家だけ建っても商店も
物資もなく、仮設住宅への入居をためらう被災者が多いという。
現地を見ずしてただ建てればいいという、菅内閣の生活感を欠いた性質をよく表わして
いるエピソードである。東京で有識者のみで行われている復興会議も同様だ。
なぜ現地の声を聞かない、なぜ現地の人々の窮状を見ない。
菅内閣の閣僚からは、未だに暖かな心が伝わってこない。


    NHK 6月10日
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110610/t10013451351000.html

       陸前高田 仮設住宅支援物資を終了

 岩手県陸前高田市では、仮設住宅で生活する人への支援物資の配布が10日で終わり、被災した人からはこれまでの支援に感謝する一方で、今後への不安の声も聞かれました。

 陸前高田市では、ライフラインの復旧に伴って商店の営業が再開したり、義援金の振り込みが始まったりしていることから、10日で仮設住宅への支援物資の配布が終わりました。このうち竹駒小学校に設けられた仮設住宅には、午前10時すぎに最後の支援物資を運ぶ自衛隊のトラック3台が到着し、米やパン、それに缶詰などが届けられました。物資の数の確認が終わると、仮設住宅に暮らす人たちが集まり、家族の人数に応じて仕分けられた物資をそれぞれ持ち帰っていました。物資を受け取った70代の女性は「これまで物資を頂いただけでも大変ありがたいと思っていますが、再開した店が少なく、買い物にはまだ不便なので、これから大変だと思います」と話していました。5人の子どもを育てている20代の女性は「物資の配布が終わるのはしかたないと思いますが、小さな子を持つ親としては、米や水だけでもしばらく配ってもらえればという気持ちもあります」と話していました。陸前高田市は、避難所への支援物資の配布については、当面続けることにしています。







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