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 <非道日本の現実>原発被曝労働の実態が次第に明らかにされてきた
2011年04月01日 (金) | 編集 |

■今回の福島第一原発の事故によって、これまで隠されてきたことで
明らかになったものが多いが、その1つが事故現場で働く下請け労働者の
過酷な労働実態である。
先日も足に被曝した3人の労働者について言及したが、彼らに対する非人間的な
扱いは何も今回のように緊急事態においてのみではない。
日常的な業務にさいしても、使い捨ての無権利状態に置かれてきた。


■ということで、以前起きた新潟県・柏崎刈羽原発事故の処理をする下請け労働者
について書いたときに引用したブックレットを、以下に再び紹介したい。








1996年発行の岩波ブックレット。著者の藤田氏は理学博士。
慶應大学で講義する一方、原発、エネルギー、環境問題の市民運動に参加。









浜岡原発の勤務で白血病になり死亡した嶋橋伸之さん(29歳)。
横須賀市の高校を卒業後、協立プラントに入社し、ただちに浜岡原発に勤務。
本人は原発の仕事とは知らなかったらしい。
浜岡原発では中部プラントの下請けとして、原発の保守管理の業務を担当。
協立プラントは中部プラントの下請けで、中部電力の孫請け会社。
嶋橋さんは89年に高熱に襲われ、両親は連れて行った先の病院から
慢性骨髄性白血病で2~3年の命と告げられた。
最後には歯茎からの出血が止まらず、口から血があふれ続けたという。


本文より
「伸之さんの死後、会社側は頻繁に嶋橋家を訪れ、補償について話し合いが行われた。会社側は、労災認定について、これまで前例はないし、申請しても難しいだろうなどといい、息子を亡くしたばかりの両親に労災なみの弔慰金を支払うことを条件に、今後いかなる異議も唱えない、という覚書を交わして一件落着を図った。
 おそらくこの覚書は、これまでも多くの被曝労働による犠牲者の家族に示されてきたものと同じ内容であると思われる。遺族は、「名目の如何を問わず異議を述べず、一切の請求をしないものとする」という文面に戸惑いを感じながらも、署名し、弔慰金を受け取り、結果として口を封じられてきたにちがいない。しかも仮に苦労して労災の認定をかち得たとしても、支払われる労災補償金はすべて会社に払い戻すことがあらかじめ約束されているのである。被曝労働問題が闇に葬られてきた背景の一端をここに見ることができる。
 電力会社の社員が労働災害によって死亡した場合には、労災補償金の他に3千万円前後の上積み補償金を会社側が遺族に支払うことが労使の間で協定されている。労働組合も持たない下請け労働者は死後に至ってもなお差別されている。
 労働省が伸之さんの死は業務に起因するものであることを認めたにもかかわらず、会社側は遺族に対する謝罪を拒否したばかりか、弔慰金の返済を求めてきた。私たちはこれを拒否した。」

 藤田氏らの奔走の結果、94年7月に、嶋橋伸之さんの労災認定が認められた。
これによって労災認定を受けた日本の原発労働者は「3人」になった。








労災認定を受けたうちの他の一人は、福島原発に勤務し白血病で亡くなった労働者だ。
退職後に発病し、31歳で死亡した。そして死後3年後に労災申請が認められた。


本文より
「死亡時から逆算してみると、この男性は22歳の時に1年足らずの間被曝労働に従事し、25歳になって発病し、6年間の闘病生活の後に亡くなったことになる。
 当時の原発の運転記録によれば、1979年10月17日に福島第一原発1号機で圧力調整装置の不調による圧力変動のため原子炉が自動停止するという事故が起き、引き続いて11月4日には2号機の復水流量変換器の故障によって高圧復水ポンプが止まって原子炉の水位が下がり自動停止するという事故が起こっている。翌80年2月9日には同じ福島第一原発4号機の格納容器内空調用冷却水が漏れだして原子炉を手動で停止しており、同3月8日には1号機でジェットポンプ計装ノズルセーフエンドにひび割れがあるのが発見された。
 この男性が福島第一原発で働いていた期間に限ってみてもこれだけの事故や故障が報告されている。彼はこれら一連の事故のいずれかの修復作業に従事し、被曝したものと思われ、この間の被曝線量は40ミリシーベルトであったとされている。このわずか11ヵ月間の被曝線量は、嶋橋伸之さんの9年間の総被曝線量(約51ミリシーベルト)に匹敵するものであり、現場では短期間に大量の被曝を強いられる若い労働者がいることがここでも明らかにされた。ちなみに一般人の被曝限度は年間1ミリシーベルトである。」








文字が鮮明でなくて申し訳ないが、
これは「汚染管理区域における標準装備」の図である。
区域は左から右へと順に危険度が高くなるので、わかりやすいように色分けしてみた。
は「汚染監視区域」 は「汚染区域」 は「高汚染区域」
区域によってヘルメットやマスク、手袋、靴の着用基準が定められている。
現在作業中の「協力企業」と称される下請け労働者は
はたしてこうして定められた装備をしているのだろうか?




■著者あとがきより

「おわりに

 タクシーの運転手や炭鉱労働者の職業的リスクと被曝労働者のそれとを、はたして同列に扱ってよいものだろうか。交通事故や落盤事故は、確かに統計的に整理すればある一定の確率で起こっていて、ある一定の割合で犠牲者が発生しているかもしれない。しかし、このような事故は、機械や装置や構造に故障や欠陥があったり、使用者側の意識に問題があったり、本人の不注意があったりして、それぞれ原因を特定することができ、また、こうした事故を防ぐことが原理的に可能である。
 しかし原発被曝労働者の場合には、被曝すること自体が労働の本質でありノルマですらある。原子力産業はある一定の人数の労働者が死んでいくことを前提にして存在する。労働者の使い捨てによって成立しているといっても過言ではない。被曝労働者は、生きているかぎり発病の恐怖の中で無権利状態に放置され、その実態はあたかも現代社会の恥部であるかのごとく闇の中に隠されている。
 労働者の被曝による利益が、もしあるとするならば、それは労働者にではなく、会社側にある。原発が国策に従って推進されているのであれば、その利益はもっぱら国家が享受することになる。ある行為の受益者と犠牲者とが人格的に分離していることは、近代の一つの文明論的な特徴でもあり、また伝統的な奴隷労働の形態とも一致する。
 これは合法的であるが極めて不当な労働であると、私は思う。私たちは、この不当な労働に支えられた『便利で豊かな生活』に首までどっぷりとつかってしまって、電力を生産している現場のことを思うことがない。思わなかったのではなく、知ろうとしてこなかっただけなのかもしれない。
 原発老朽化時代を迎え、しかもその原子炉を廃炉にする日も近づいてきた今、被曝労働問題は一層深刻の度を加えている。しかもなお、世界全体が撤退してもなお、プルトニウム利用に執着することで、さらに過酷な被曝労働が増加することになるだろう。大量の放射性廃棄物は、世代をこえて我々のはるか遠くの子孫をまで、被曝の恐怖の中に追いやることになるだろう。
 一人の誠実な青年が死をもって我々に伝えようとすることの意味は、限りなく深く重い。私たちはもはや目をそむけるわけにはいかない。
 
 嶋橋伸之さんの死を無駄にせず、この悲劇がこれ以上繰り返されないことを願い、このブックレットを青年の霊前に供える。合掌。」







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コメント
この記事へのコメント
今月の統一地方選挙について
今まで危険な原発を我々日本国民に押しつけてきた今までの自民党と中央官僚に抗議するために今月の統一地方選挙では日本共産党に投票するしかない!
1999年9月の茨城東海村の放射能汚染事故では当時の小渕政権もそうだが官僚どもも誰も責任を取らなかったじゃないか!
2011/04/02(土) 22:26:04 | URL | 独仏連合 #v5.i7xGY[ 編集]
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