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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 今からでも遅くない チェルノブイリで何が起こったかを直視し、ここから学ぼう
2011年03月24日 (木) | 編集 |

■東北関東大震災後、最初の原発事故のニュースがあってすぐに
私は千葉県に住む娘に、もしかしたらチェルノブイリに相当する規模に拡大する
かもしれない。その場合、将来は日本を捨てざるを得ない事態になることも覚悟する
ようにとメールした。
テレビでは枝野官房長官が、放射能流出の危険はないとペラペラとしゃべっていた。
娘たちからも、私は過剰に心配しすぎだとたしなめられた。


■一般市民はともかく、大勢の命を預かる国家や自治体、政治家たちは、災害対策に
おいて常に最悪の事態を想定しておかねばならない。
特に原発事故についてはスリーマイル、チェルノブイリといった大災害の実例があり
いくらでもここから学び教訓にできたはずだ。


■というわけで、私はチェルノブイリ原発事故については、折に触れて資料を見聞きし
直後の様子からその後の経過について、個人的に調べてきた。
以下の写真は、チェルノブイリ事故の1年後に緊急出版された現地ルポのものである。








著者のアンドレイ・イレッシュ氏は、1949年モスクワ生まれ。
当時はイズベスチヤ紙で、主に環境問題について執筆。
チェルノブイリ事故では、記者として初の潜入ルポを行った。







立ち入り禁止区域から外部へ出る車は
特殊除染液のシャワーを浴びなければならない。
マスク、ゴム手袋、特大のゴム長靴に身を包んだ作業員が
車に液体を吹きつける。(写真は車内から撮影)

<訳者あとがきより>
死者31人、負傷者300人、さらに13万人以上の住民を疎開させた
原発史上最悪の惨事を、ジャーナリストとして一番乗りしたイレッシュ記者の
本格的現地踏査ルポルタージュである。
本書は、1987年9月の時点でまだソ連では刊行されていない。
われわれがラボーチイ・テクスト(作業用原稿)をもらったのが4月半ば、
最終稿を6月に入手した。
アメリカ、スウェーデンなどでは1987年末に出版の予定という。












突貫工事で建設が進む第4発電棟の「石棺」。
コンクリートと鉄材からなるこの巨大な遮蔽建造物が完成し、
原子炉は安全に隔離された。(完成直前の1986年9月末撮影)







爆発と火災のため、完全に崩れ落ちたチェルノブイリ第4発電棟。







右上:第4発電棟をすっぽり包んでしまう「石棺」づくりのため
地下にバンカーと呼ばれる指揮所が作られた。
工事の模様は工業用テレビに映し出される。
右下:事故の起きた第4発電棟わきで、除染作業に活躍する
日本製ブルドーザー。無線運転をしている。
左は原発職員の宿舎と出勤風景。







政府の事故対策本部と放射能チェックポイントの様子。
左下:事故直後からソ連軍部隊が復旧作業に出動した。
30キロ圏近くにつくられたテント村。
「国民と軍隊は一つ」のスローガンがみえる。








右上:立ち入り禁止区域にはいる直前のチェックポイント。
路面に散水してあるのがわかる。
右中:原発構内で放射能を含んだホコリが舞い上がらぬよう
常時散水車が路面に水をまいている。
右下:復旧作業の人々のための食事サービス。

左上:放射能の混じったチリやホコリが舞い上がるのを防ぐため
特殊フィルムで道路を舗装する。
左下:放射能で汚染された畑の表層土をブルドーザーで削りとる。
その土は特殊コンテナ車で運搬し、確実な方法で埋める。
この作業が終わってはじめて農民たちは戻ってくることができる。







右上下:原発構内の主要交通機関は装甲車だ。
お呼びがかかれば、直ちに出動する。
左上:チェルノブイリには最新機械が投入された。
このトラクターは遠隔操作の機能を持ち、同時に運転キャビンは
放射能防護装備となっている。
左下:作業に当たった軍人たち。







右:原発職員と家族が住んでいたプリピャチ市。
事故後、市全体はゴーストタウンとなった。
左:30キロ圏によくみられる交通標識。
「路肩立ち入り禁止・危険・放射能」






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コメント
この記事へのコメント
チェリノビリを思い出しました
興味深い写真と説明ですね。
報道は日本の夜で、私はきっと今頃はソ連赤軍が機関銃を突きつけてでも無理矢理非難させているかと思ったのです。
そしたら、翌日も何もしなかったのですよ。
安全神話とは恐ろしいものでした。

2011/03/24(木) 14:06:57 | URL | もうすぐ北風 #-[ 編集]
議論にならない日本人
今になってやっと3号炉のMOX燃料が問題になってきた。
何が問題かというとプルトニウムを使っている。
だが恐ろしいことにウランを燃やすとプルトニウムは自然と出来てしまう。
そうすべての燃料棒にプルトニウムが存在し、使用済み核燃料棒にもプルトニウムが存在する。
東電はこのプルトニウムを計測していなかったとぬけぬけと言った。
嘘だろう。
このプルトニウム、猛毒のため安全な存在してもいい量はもちろんゼロである。
2011/03/26(土) 15:28:30 | URL | 真実一路 #99DFA69w[ 編集]
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