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 「カティンの森事件」追悼式典に向かうポーランド大統領が飛行機事故で死亡
2010年04月10日 (土) | 編集 |



事故死したポーランドのカチンスキ大統領
(写真はリア・ノーボスチ通信より)




■日本時間で本日10日午後4時頃、ポーランドのカチンスキ大統領夫妻が乗った
ツポレフ154型旅客機が、ロシアの西部スモレンスク州の空港で着陸に失敗。
大統領夫妻を含む少なくとも87人が死亡したと報じられた。
ニュースを聞いて事故か、はたまた陰謀か…と思ったが、ロシアの新聞は濃霧による
人為的な操縦ミスで墜落したと伝えている。
そしてカチンスキ大統領は「カティンの森事件」の追悼式典に出席するために現地に
向かっている途中事故にあったということで、追悼式典は先日行われたばかりなのに
と、こちらの方も少々疑問に感じた。








4月7日、ロシア西部にあるカティンでの追悼式典に出席した
ロシアのプーチン首相(手前)とポーランドのトゥスク首相(その後)。
(写真はロイター通信より)




■「カティン(またはカチン)の森事件」については、ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督
の映画『カティンの森』が上映されたこともあって、日本でもよく知られるようになった。

毎日新聞の解説によると、
【1940年4~5月、ポーランド人の戦争捕虜ら約2万2000人を当時のソ連秘密警察が
銃殺し、遺体を埋めた事件。埋葬場所は、ロシア西部スモレンスク州の「カチンの森」や
ウクライナ東部ハリコフなど5カ所とされる。41年にソ連に侵攻したナチス・ドイツ軍が
43年2月、大量の遺体が埋められているのを発見し、ソ連の仕業として世界に告発。
ソ連はドイツ軍の犯行だと反論していたが、90年にゴルバチョフ大統領がソ連の関与を
初めて認め、謝罪した。】


■私が初めてカティンの森事件について知ったのはソ連が崩壊する数年前のことで
そのときのソ連の雑誌にはナチスの仕業だと書いてあった(^^;
すっかり騙されていたものだ。

その事件からちょうど70年の今年、上の写真のように、ロシアとポーランドの首脳が初めて
共に追悼式に出席したのである。


     NHK 4月8日
       http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100408/t10013703921000.html

       カティンの森事件 現地で追悼

 第2次世界大戦中、旧ソビエトの秘密警察が2万人とも言われるポーランド軍の捕虜を虐殺した「カティンの森事件」から70年になるのに合わせて、現地で初めてロシアとポーランドの首相がともに犠牲者を追悼しました。
 この事件は、第2次世界大戦中の1940年に旧ソビエトの秘密警察が捕虜となった2万人とも言われるポーランド軍の将校らを虐殺したもので、その現場の名前をとって「カティンの森事件」と呼ばれています。
 この事件で、虐殺に関する情報開示をめぐり、ロシア、ポーランド両国の間で論争が続いてきましたが、事件から70年になるのに合わせて、初めてロシアのプーチン首相とポーランドのトゥスク首相がともに現場を訪れ、犠牲者を追悼しました。このあと、プーチン首相は「相互不信を次の世代に残してはならず、21世紀のヨーロッパで、両国には善隣関係以外に選択肢はない」と述べて、未来志向の建設的な関係の構築を訴えました。
 これに対して、トゥスク首相は「忘れてはならない悲劇だ」と強調したうえで、「記憶と真実によってロシアとのほんとうの関係改善を図ることができる」と述べました。ロシアとしては、今回、ポーランドの首相とともに慰霊式典に出席することで、ロシアへの不信感が根強いポーランドとの関係を改善させ、経済や安全保障の分野で、ポーランドやヨーロッパ全体との協力強化を図るねらいがあるものとみられます。




■上のNHKのニュースだとロシアとポーランドが和解したように感じられるが、
7日の共同通信は、
【タス通信などによると、プーチン首相はソ連のスターリン体制が行った虐殺を
「正当化できない犯罪」と批判。ただロシア国民に罪をかぶせるのは間違っていると
主張し、謝罪はしなかった。】
しかしながら
【追悼式にロシアの政権首脳が出席するのは異例。ロシアの国営テレビは2日、
2007年の公開以来、国内でほとんど上映されていなかったポーランドのアンジェイ・
ワイダ監督の映画「カティンの森」を放映し、ロシアが和解へ向けて一歩踏み出したとの
見方が広がった。】と報じている。

また8日の東京新聞
【カチンの森事件をめぐっては、一九九〇年、ゴルバチョフ大統領(当時)がソ連の関与
を認め、謝罪した。しかし、ポーランドの不信感は根深く、カチンスキ大統領は今回の
式典に出席しなかった。


そして8日の毎日新聞にもこうある。
【ポーランドは99年、北大西洋条約機構(NATO)に加盟。05年に反露派のカチンスキ
大統領
が就任し、ロシアとの緊張が続いてきた。だが07年に首相に就任し、今秋の
大統領選出馬が見込まれるトゥスク首相は対露関係改善に動いており、ロシアは今回
あえて大統領でなく首相を招いたとの見方が強い。
カチンスキ大統領は10日、同じ場所でポーランドが主催する追悼式に出席するが、
メドベージェフ露大統領は参加しない見込みだ。


と、両国間のギクシャクぶりが伝わってくる。



■このところウクライナをはじめ先日のキルギスにも見られるように、いったんは反露に
傾いた周辺諸国が、少しずつロシアとの関係改善に向かう動きを見せている。
そうした動きにどこまでロシアが関与しているのかは表立ってはわからないし、さらに
それと今回の飛行機事故を重ね合わせるのはあまりに無謀なのかもしれないけれど…(^^;
世界にはまだまだ大きな闇がありすぎる。

というわけで、カティンの追悼式典の様子を伝える「ロシア・トゥデイ」のニュース動画を
下にリンクしておく。












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