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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 真のデモクラシーを目指して
2009年07月28日 (火) | 編集 |

■最近すこぶる体調が悪いので、熱海の病院へ行った。
検査の結果、日々悩んでいる強い筋肉のこわばりや疼痛はストレス要因が大きいとのこと。
何か重篤な疾患のせいではないかという疑いはひとまず回避できたので、ちょっと一息。
でも医師にフロント用にアルバイトでも雇って息抜きをしたらと言われ、エヘヘと苦笑い。
この観光不況下ではこれ以上人件費は増やせないしね( -.-) =з
政権交代による経済の上向きに期待するしかない。

この仕事をするようになって、ほ~んと体のあちこちが悪化したワ。
湯河原に来る前は友人との交流や取材の仕事、市民セミナーへの参加と、常に新しい
新鮮な刺激を受けてきたのがガラッと180度変わったのだから、心身への影響も大きい。
ま、それでもきょうは熱海まで、電車で1駅だけどプチ旅行ができたので、
何となく気分も軽くなった。
それにしても、病気でもしなければ病院までのプチ旅行もできないとは。
しょぼ…



■さてこのように日々の仕事に追われ、限られた狭い空間の中で新しい刺激もないまま
暮らしていると、頭の方もボーっと霧がかかったように劣化していく一方だ
今回ようやく政権交代の実現が目の前に迫ってきたわけで、頼りなくなってきた記憶を
少しでも活性化させるために、少しずつでも学び返しなければと痛感している。

ということで、過去に習った政治概念についてのおさらいなど。
過去っていつかって? う~ん、幕末よりはちょっと最近かな((^┰^))ゞ



■民主主義、民主主義っていわれるけど、実はデモクラシーの日本語訳はちょっとばかり
正確さを欠いているんだよね。

「デモクラシー(democracy)」の語源は、ギリシア語の「ディモクラティ(demokrati)」だ。
で、このディモクラティは、「ディモス(demos)」と「クラティア(Kratia)」からできている。
ディモスとは英語で「ピープル」、クラティアは「ガバメント〈政治制度〉」のことだ。
ところが日本では、デモクラシーを「民主主義」と訳してしまった。
「主義」は「イズム(ism)」であるから、民主主義はデモクライズムとかデモクラティズムに
なるはずである。

たとえば社会主義は「Socialism」であるし、自由主義は「Liberalism」というように。
また政治形態である専制〈独裁〉政治は「Autocracy」だ。

つまりデモクラシーとは「主義」ではなくて「制度」であって、正しくは「民主政治」とか
「民主制」「民主政治制度」のことなのである。


「デモクラシーは、統治形態の概念である。政策決定作成のためのテクニックである。決して政策決定の内容の概念でもないし、社会構造に影響を及ぼす方法の概念でもない。デモクラシーは、異なった政治的信念に共通しているという意味において、一種の超イデオロギーとして記述できよう」
〈スウェーデンの社会学者、ティングステン教授の言葉〉




■そして今は亡きゼミのO教授の言葉も、自戒として。

 デモクラシーは、絶対に強固なものではない。政治的背徳行為は、"見えざる手"でデモクラシーを絶えず侵食し続けていく。したがって、デモクラシーの存在と、政治のモラルの存在は、相関関係にある。この問題の処理には、相当の時間とデモクラシーを大切にしようという勇気が必要であることは言うまでもない。インスタントで即席の民主政治なんてものは世界中どこにも存在しない。成功しているのは、すべて"手造り"で、時間をかけて創り上げていく「民芸品」のような個性豊かな民主政治である。










「光」の政治を目指して   T.Kaneshiro






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