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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 湯河原温泉 湯かけまつり
2019年05月25日 (土) | 編集 |

 猫のクロエを看取って、なんだかドッと疲れてしまった。
思えば黒猫ラッキーの介護が5年、マダラが3年、クロエが1年と
われながらよく頑張った

で、本日はトランプ大統領が来日したり千葉県で地震があったりと
大きな出来事があったのだが、ここ湯河原でも毎年恒例の「湯かけまつり」
が開催された。
疲れたので今夜はパスしようと思ったが、ちょっとだけ見るつもりで
しっかりお湯をかけられてしまった






温泉が入った桶が並んでいる。
道の反対側でスタンバイする放水車。






花車登場。






後ろの神輿への湯かけスタート。
放水車もが放水している。
近くのホテルの照明の関係で
周辺が不気味な緑色に染まっている






逃げ惑う人々。






路地に走り込んだが、桶ごとお湯をかけられて
服がびしょびしょになった。
スマホでも同時に動画を撮っていたため
つい油断したのだ

部屋に戻ったら、まつりの大音響に
驚いた猫たちが走り回っていた。








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 クロエの死
2019年05月24日 (金) | 編集 |

 別れはいつも不意にやってくる。
毎朝痛み止めの薬を飲ませていたが、その効き目が薄れ、舌や口内の炎症で
大好きな猫用の牛乳も子猫用の小粒ドライも、この数日食べた気配がなく
(朝になるとお皿が空っぽになり、クロエが食べたのかなと思っていたら、実は
マイケルやアナグマが盗み食いをしていたらしく、重大さに気付くのが遅れた)
体が以前にも増してやせ細り、骨と皮の状態で、抱くとほんとに軽く感じた。

そんな状態なのにハウスから出て、しばらくすると戻ってきたり、どこにそんな
力があるのかと驚いてしまう。






昨日の朝のマダラ。
薄めた流動食を少し、シリンジで喉の中に流し込むと
前足で軽くイヤイヤをする。
このしぐさもマダラそっくりだ。






暖簾の裏に無理やり作った猫ハウス。
幅27.5センチ、奥行き55センチ、高さ40センチ。
屋根が出たり引っ込んだり、可動式にしてある。
暖かい日は前方のバスタオルの上に座り
夜はハウスの奥の方で眠る。






昨日の昼間は抱っこしたまま、ほんの少しの間だが日向ぼっこをし
デブリンとマイケルにさよならをした。
ところが動けない体のはずが、またハウスを抜け出して行方不明に。
近所中を探しまわったが見つからず、もう戻ってこないのだとあきらめたら
2時間後に道路脇にうずくまっているのを発見。あわてて抱き上げて戻った。
その後すぐに車が通り過ぎていったので、危ないところだった。
実家の、去年20歳の高齢で死んだミラ(メス)も知らない間に道路の真ん中に
出ていて、娘たちがあわてて助けに行ったことがあった。

夜のうちに逝ってしまうかもしれないと思い、水を含ませたコットンで
口を湿らせ、顔を拭いてやった。
夜は冷えるので、いつも通りに使い捨てカイロを布団に入れ
入り口に毛布をかけた。






今朝、2019年5月24日 7時頃。
ハウスの前でクロエが横になって倒れていた。
まだ時折息をしている。
抱き上げて名前を呼ぶと、目をあけて私をちらと見た。
最後にさよならを告げるかのように
がんばって朝まで生き抜いたのか。






段ボールの中に寝かせ、コットンに含ませた水で口を拭いて
死に水をとらせた。時折口をカッと開けて息をする。
朝の8時頃に死去。その後に出勤してきたパートさんたちと
お別れをした。皆かわいがっていたクロエが急死したことに
驚いて、頭をなでながら泣き出す人もいた。






初めてクロエがやってきた場所をお墓にした。
母のマダラは小道の反対側の奥で眠っている。
寡黙で我慢強く、誰にも意地悪をしなかった、やさしいクロエ。
埋めるとき、死んで数時間経過したのに、眼球が白濁することも
なく深く美しい緑色を保ったままなので、思わずハッとした。
今までで見た一番美しいクロエの瞳だった。
やがて土にかえり、今度は樹木の一部となって蘇るだろう。
さようならクロエ、そして永遠の平安を









 マダラとクロエ親子の不思議な絆
2019年05月23日 (木) | 編集 |

 まずは、この2枚の写真を見比べていただきたい。





玄関前に集まる外猫たち
2018年5月7日
左:デブリン(メス)  中央:マダラ(メス)  右:マイケル(オス)






玄関前に集まる外猫たち
2019年5月12日
左:クロエ(オス)  中央:デブリン(メス)  右:マイケル(オス)




 マダラが初めてうちに姿を現したのが2014年5月1日。
彼女には黒い子猫がいて、子猫はほどなく姿を消した。
やがてマダラは猫特有の病気(いわゆる猫エイズ)とひどい鼻炎を発症、
外の暖かい場所に手作りの猫ハウスをいくつもこしらえて、以後長期に
わたって面倒を見ることになる。
奇跡的に3度も寒い冬を生き延びるものの、2018年7月5日に死去。

 マダラの死の1週間前の6月29日、クロエが姿を現す。
縄張り意識の強いマダラが寄り添う形でいるので、もしかしたら姿を消した黒い
子猫を母のマダラが探して呼び戻したのかもしれないと思ったが、確証はない。
マダラは死の2日前に猫ハウスから姿を消し、7月5日の雨の朝、店の前で猫が
死んでいるとのテナントの焼肉店マスターの知らせで遺骸を引き取りに行った。
映画『雨の朝パリに死す』(実際は焼肉店の前で死すだが…)のイメージで
黒の子猫(たぶん4歳くらい)の名前を「クロエ」(女性名)とつけた。
のちに動物病院に連れて行ったところ、去勢オペ済のオスだと判明。あちゃ~。

 そのクロエもやはりマダラと同じ病気で、しかも重症。
マダラと同様の介護も継続することになってしまった。
マダラとクロエは本当の親子なのか疑わしいまま、日がたつにつれてクロエは
外見もしぐさも行動もマダラそっくりになっていった。
しかし気温の変動の激しい昨今、1週間ほど前からクロエの体調が悪化。
強制的にシリンジ(針のない注射器)で流動食を食べさせていたが、ついに最後の
時が近づいてきた。












2015年4月1日
サビ猫のマダラお得意の顔。






2014年7月7日
マダラと黒い子猫(のちのクロエ?)






ご飯を食べるクロエ?






4年後の2018年6月29日
突然やって来て、庭の隅でじっと動かないクロエ。






2018年7月1日
同じ場所からぜんぜん動かないクロエ。
敷物を敷いて水やエサを置く。
右側には、寝転んでクロエを見守るマダラの姿が。
私の母が亡くなったり何やかやで、中庭の手入れを
放置したまま、荒れ放題になっている
クロエの母(たぶん)のマダラも、4日後の7月5日に亡くなった。






2018年7月16日
時々場所を移動するクロエ。
日差しがきついので、こわれた傘を日傘がわりに。
痩せこけて、疥癬(かいせん)で毛が抜けている。






同じく2018年7月16日
いきなり玄関前にやってきて、デブリンたちのエサをちょい食べ。
カマキリみたいな三角形の顔。目鼻立ちがよくわからない。
薬を飲ませ、温泉のお湯で顔と体を洗ってやると
バケツのお湯が真っ黒になった。
夏の間、何回か沐浴させると次第次第にきれいに。
その後は毎朝、お湯かウェットティッシュで顔を洗うのが
日課になった。






2018年11月1日
寒さは外猫にとって大きなダメージになる。
使い古しのビニール傘で、当面の風雨よけ。
さらに傘をつなげていって、モンゴルのゲル(パオ)の
ような丸い形にする。マダラにも同じものを作ったので
自分でもっと簡単に出入りできる改良型も試作。
ただ雨が降ると玄関前に避難したがるので
これもマダラと同様の発泡スチロールを組み合わせ
保温シートを張ったハウスも作った。
ハウスの床には毛布とバスタオル、その上に電子レンジで
温める湯たんぽの「ゆたぽん」を置く。
ただし6~7時間くらいしかもたないので、時間を決めて
真冬には1日4回替えて保温を保った。
このゆたぽん替えは、マダラの方がとにかく大変だった。






2019年3月11日
前庭のクロエ。
このころから玄関前の暖簾(のれん)の後ろの狭いスペースに
入り込むようになり、仕方なく長細い形の発泡スチロールハウス
を作ってやった。性格的にも積極性が増し、他の猫たちの
そばにいるのを好むようになってきた。






2019年3月14日
デブリンたち用のエサを食べるクロエと
少し遠巻きに眺めるマイケル。
クロエには内猫用の柔らかいジュレなど
特別に与えているが、同じものも食べたいらしい。
マイケルは逆にうらやましがって、クロエのエサを
盗み食いすることもあるようだ。






2019年3月27日
3匹で仲良く日向ぼっこ。






2019年3月31日
玄関前の真ん中で日向ぼっこするクロエ。
お天気になって日が差すと、すぐにごろんと
横になって日向ぼっこ。
ところが急に雲が出て暗くなっても
しばらくはそのまま横になり、その後
すごすごと猫ハウスに戻ったりの日々。






2019年4月6日
マンホールの上のクロエ。
ますますマダラに似てきて、デブリンやマイケルがいなくても
玄関前のカーペットに座ってお客様のお出迎えやお見送りに
励むようになっていた。これまたマダラが乗り移ったかのように
お客様にすり寄ってお愛想を振りまき、写真のポーズをとったり…。
次第にかわいがられる存在になっていったのである。







 世界連邦への道
2019年05月22日 (水) | 編集 |

 拡大する一方の世界的な経済格差を是正するためには、国家の枠を超えた
「世界連邦」とか「世界共和国」の樹立が希求される。
これはもちろん金融資本家たちが画策する「NWO ニューワールドオーダー」とは
まったく異なる形態だが。

 私も高校生の時、国家や宗教などの枠を超えた新たな共同体について思いを
めぐらし、SF小説の形で書き進めてみたものの、当然ながら力不足で投げ出して
しまった。既存の社会主義思想をも超えたものを考えつくのは容易なことではなく
結局ありふれたディストピア社会を描く方向に帰着してしまうからだ。

 さて5月20日の東京新聞が「「世界連邦」樹立の第一歩としての「国際連帯税」
について言及していたので、以下にご紹介する。




      東京新聞 5月20日
        https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019052090065602.html

           「国際連帯税」第一歩に 貧困、医療など国境超え支援

 貧困、環境破壊、感染症など地球規模の課題に、国家の枠を超えて対応するため、国内外の団体が「世界連邦」の樹立を目指している。第一歩と位置づけるのが、国境をまたぐ経済活動に広く浅く課税する「国際連帯税」の普及。日本は未導入だが、少しずつ広がりを見せる。十一月に名古屋市で開催される二十カ国・地域(G20)外相会合で議論される見通しだ。 (安藤美由紀)

 世界連邦は第二次世界大戦末期、広島、長崎への原爆投下で核戦争への危機感が高まる中、物理学者アインシュタインらが提唱して始まった国際的な運動。

 究極の目標は、国連を改革・強化して、すべての国や民族が参加した世界連邦という共同体を設立し、各国が軍備を撤廃して戦争をなくすこと。多くの関係者は、まず地球規模の課題を、国家を超えた制度によって解決するシステムをつくっていき、世界連邦の土台とする道筋を描く。

 その具体例が国際連帯税。フランスが二〇〇六年に導入し、韓国、チリなど十数カ国に拡大した「航空券連帯税」は国際連帯税の一種で、出国する人の航空券料金に少額(エコノミークラスで数百円程度)を上乗せする制度。導入国の利害に左右されず、国際機関ユニットエイドに拠出され、マラリアやエイズなど感染症対策に活用されている。

 金融機関による株や債券の取引に課税する「金融取引税」も国際連帯税の一形態。欧州などで導入の動きが広がっている。

 世界連邦を目指す国内団体でつくる世界連邦推進日本協議会は、日本政府への政策提言で国際連帯税の導入を訴えてきた。国際組織の世界連邦運動(WFM)も昨年七月、国際連帯税を通じて世界連邦の実現を目指すことを決議した。

 地球規模の課題に充てる資金は従来、各国の政府開発援助(ODA)が頼りだったが、出資国の国益や財政状況に左右されるリスクがある。このため新たな財源として、国際連帯税への注目が高まっている。

 世界連邦の推進団体以外でも、多くの民間団体や非政府組織(NGO)が国際連帯税の拡大を求めている。河野太郎外相は先に記者会見でG20外相会合に触れ「(国際連帯税を)しっかりと取り上げたい。さまざまな国際的な場で訴えていきたい」と明言した。

 六月の大阪市でのG20首脳会合で取り上げられる可能性も。市民社会サミット(C20)は今年四月、安倍晋三首相に手渡した政策提言書で、国際連帯税の導入を明記。民間団体・グローバル連帯税フォーラムも首脳会合の主要議題とするよう求めている。

 日本は今年一月、出国者から千円を徴収する国際観光旅客税(出国税)を導入したが、使途は訪日外国人の受け入れ環境整備。地球規模の人道的な課題に使う国際連帯税とは異なる。


         















 東京新聞記事 「生活保護減額訴訟」
2019年05月21日 (火) | 編集 |

 今の世の中、誰もが経済的窮状に陥るリスクを抱えている。
そんな時のためにあるのが生活保護であり、国民誰にとっても給付を受けるのは
当然の権利である。
ところが「自己責任」という掛け声のもとで、この権利がしばしば失われる事態が
横行し、肝心の厚労省自体が恣意的な物価下落計算により生活扶助費を削減して
きた疑いが濃い。
官僚による統計不正、公文書偽装がはびこる中、命の問題に直結する社会保障費
までもが削られるのは明らかに憲法違反である。
このような不正が横行するのをいつまで許していなければならないのか。
以下の記事は、5月19日の東京新聞のもの。










 箱根大涌谷、噴火警戒レベルが2へ
2019年05月20日 (月) | 編集 |

 14日に行ったばかりの箱根大涌谷の火山性地震が増えたということで
(うちも1回直下型の地震があった)、またしても大涌谷へ行く道路が封鎖された。
下の写真は14日に写したもの。
たしかに噴煙は多いものの、それほど緊急には感じられなかったが。
またしても観光に打撃で、早く解除されることを願うばかりだ。










 元素周期律発見から150年
2019年05月19日 (日) | 編集 |

 今年2019年は、ロシアの化学者メンデレーエフが元素の
周期律を発見してから150年にあたる。
2016年に日本の理研チームが「ニホニウム」を発見して現在は
118元素になった。
というわけで、東京新聞サンデー版では以下の元素周期表を掲載。
私もトイレに周期表が載った本を置いておいたのだが 猫が
いたずらしてかじるので、どこかへ片したまま行方不明になってしまった。








 同じ東京新聞の関連記事。

    東京新聞 5月19日

         スイ、へー、リー、ベ…ニホニウムに続く道 埼玉・和光 

 日本で発見された初めての元素ニホニウムを記念した「ニホニウム通り」が埼玉県和光市に完成した。東武和光市駅前から、同元素を発見した理化学研究所までの約1.1キロで、歩道には、さまざまな元素の名前と元素記号を刻んだ金属板が埋め込まれている。

 科学に親しむ場をつくろうと和光市が2016年度から整備してきた。金属板は約30センチ四方で、原子番号1の水素から順に数メートル間隔で埋められている。113番のニホニウムは、ちょうど理研の入り口前にある。

 今年は、元素を規則的に並べた周期表がつくられて150年にあたる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際周期表年。和光市道路安全課では「ちょうどうまいタイミングで完成した」としている。







ニホニウム通りに埋められた元素(酸素)の銘板





理化学研究所の入り口前に埋められたニホニウムの金属板
=埼玉県和光市で(永井理撮影)







 勉強を続けるのは難しい…ね
2019年05月17日 (金) | 編集 |

 パソコンやスマホを使うようになって、ハズキルーペじゃないけど、文庫本の字が
小さくて読めないっ! というのも理由の一つで、ますます本を読まなくなった昨今。
脳みそが日々劣化していくのを感じるばかり
ちょっとは勉強しようと思っても、夜になると疲れてぐったりで、結局何もしないで
おしまい。

 そんな私が座右の銘にしてるのが、小学校の友人の一人である美也子さんが
卒業文集に書いた次の一文。
「たとえ長屋のおかみさんになっても教養を身につけ続けたい」

少女の頃から優秀だった美也子さんは起業して会社経営をしているらしく、教養を
絶やすこともない。ゆえに彼女の言葉は、そのまま私が拝借することにする

「たとえ旅館のおかみさんであろうと教養を身につけ続けたい」と。








 特に理数系はすっかり忘却の彼方になってしまったので、初歩の数学とか物理を
ざっくり振り返り~「時効警察」の霧山君みたいに、あくまで趣味で勉強するわけだから
表面だけざっくりでよい~せめてエントロピーとかアルゴリズムとかの意味を「ちょい説明」
できるくらいになりたいもんだ。
私が好きだった伯父さんは鉄工所を経営してたくさん特許を取っていたが、趣味が微分積分
の問題を解くことで、それだけでもあこがれの存在だった。
微分の「び」くらいは理解できるようになりたいが、たぶん無理かと。
すでに眠くなってきたし

ま、無理せず1日1歩、ではなく…1日1センチずつノロノロと教養を身につけていきたい。
1日1ミクロンずつだったりして





 おかみの会で「ひつまぶし」を食す
2019年05月15日 (水) | 編集 |

 久々におかみの会の昼食会に参加。
場所は、最近リニューアルオープンした老舗高級旅館「富士屋旅館」さんの
「瓢六亭(ひょうろくてい)」。関西式の地焼き鰻料理がメインだ。






歩道に面した看板。
営業時間は、11時半~15時半 17時半~22時(夜は予約制)。






お店の正面玄関。
旅館とは別に入店できる。
店外の庭にもテーブルがあり、ペット連れで食事ができる。





お店に入ったとたん、鰻を焼く煙が勢いよく舞ってきた。
さて、本日は全員そろって「鰻ひつまぶしごはん」。
ひつまぶしを食べるのは初めてだ。
初めてこの名前を見たとき、「ひまつぶし」と読み違えてしまった。
そのときは、逆におしゃれなネーミングだなと思ったけど…ね
東京近郊は、鰻といえば、うな重かうな丼だし。





どーやって食べるのかわかりましぇ~ん。
テレビで以前見たことはあるけど、はっきり覚えてないし。
隣席の若いおかみのネット検索により、
1膳目はそのまま(山椒をかけて)
2膳目はお好みの薬味をのせて。





3膳目は出汁をかけてうな茶漬けで。





デザートは地元湯河原のゴールデンオレンジのムース
リンゴのコンポートとイチゴのせ。
ごちそうさまでした






 箱根大涌谷とジオミュージアム
2019年05月14日 (火) | 編集 |

 休みの一日は必ず雨が降ったりして悪天候になるのがお決まり。
というわけで、朝からかなりの雨量でがっかり。
おまけに、行く予定だった小田原の「生命の星地球博物館」も休館日でがっかり。
仕方なく予定を変更して、箱根の大涌谷の様子を見に行った。






大涌谷といえば黒たまご。
1個食べると寿命が7年延びるそうなので
これまで食べたのを合算すると100年は延びたかも






黄身の周囲も、うっすらと黒い。
少し硫黄のにおいと味がして
独特のおいしさがある。






現在の噴煙の様子。まだ大量に噴気が出ている。
硫黄で黄色く染まったあたりに、噴気で温泉を作る施設がある。
雨に加えて、傘もさせないくらいの強風でまいった。






ずいぶんと久しぶりにジオミュージアムへ。
大涌谷が噴火してから長い間封鎖になっていた。







箱根では、この大涌谷の噴気(蒸気)に水をくぐらせて
人工的に温泉を作っているのだ。






その模型。






噴火前後の記録。
噴火する前に、途中の森林のあちこちから噴煙が上がっていたので
温泉地学研究所の研究員に問いただしたところ、一般の人は
噴煙に驚くけれど、火山はそんなもので心配するには及ばないと
言われた。ところがすぐあとに噴火したわけで
んも~まったくプンプン、ってかんじだった ( ,,`・ω・´)






これまでの経過が丁寧に観察されている。










いま注目されている立体模型。






伊豆半島の合体実験。
最近は、太平洋の島々がプレートに乗って移動合体して
伊豆半島ができたことが広く知られるようになってきた。






左下のひび割れは、パン皮状火山弾。
その奥のラグビーボールが紡錘状火山弾。
その隣がリボン状火山弾。
手前3つの小さいのは、左からスコリア、軽石、火山灰。

他の展示物も充実しているし、映像も迫力があって面白い。
入館料は100円なので、おすすめのミュージアムだ。






お昼は、仙石原の「蔵一」で喜多方ラーメン。790円。
やさしくて懐かしい味に、スープも全部飲みほした。
メンマも薄切りでなく直方体なので、歯ごたえ十分で美味。
大変おいしゅうございました






客席から見える庭の置物がかわいい。
小さくてわかりづらいが、左のカエルの背中に子ガエルたちが
右の小僧さんの左肩には子ネズミが乗っている。