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 国会で格差・ピケティ論争
2015年01月30日 (金) | 編集 |

もう言うのも聞くのも飽き飽きした「アベノミクス」だが、既に誰の目から見ても
失敗じゃないの?といった惨状で、物価は上がる一方でお財布の中身は軽くなるばかり。
国会でも「格差」や「ピケティ」といった単語が、頻繁に飛び交うようになった。



 東京新聞 1月30日
   http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015013002000131.html

              国会 格差論戦

 衆院予算委員会は二十九日、安倍晋三首相らが出席して二〇一四年度補正予算案の質疑を行い、今国会での論戦が本格化した。安倍政権の経済政策「アベノミクス」で格差が広がったと主張する民主党は、社会保障政策を中心に質問。四月に施行される生活困窮者自立支援法などをめぐり、格差を助長しかねないと追及したのに対し、政府側が反論して対決色は強まった。 

 民主党の長妻昭代表代行は、生活困窮者自立支援法で、経済的に苦しい家庭の子どもたちへの学習支援が後退する懸念があると主張した。同法は、多重債務者や失業者の生活再建支援を想定し、家賃の支給や支援団体への補助をする。だが、法施行後は、国が全額負担している事業費を自治体も一部負担する。自治体の任意で実施の是非を判断できるようになる事業もあるため、財政難の自治体が事業を縮小・廃止する恐れが指摘されている。

 学習支援は、ボランティアの大学生らが宿題などを手伝う内容で、任意になる事業の一つ。長妻氏は「自治体に聞くと、規模を縮小せざるを得ないという話もある」と指摘した。

 これに対し、塩崎恭久厚生労働相は、自治体負担分を含む予算規模が一五年度は三十八億円(国負担分は十九億円)で、一四年度の二十四億円から増えると力説し「事業は拡大する」と反論した。

 政府が三回目の提出を予定する労働者派遣法改正案をめぐっては、現行は最長三年の派遣労働者の受け入れ期間の上限が実質撤廃されることから、民主党の山井和則元厚労政務官が「派遣を一生続けろという話だ」と法案提出しないよう要求。首相は「望まない人は正規にいけるような経済状況をつくる」と述べた。








東京新聞の朝刊には、左のように、トマ・ピケティ氏の著作『21世紀資本』をめぐって、民主党の長妻氏と安倍首相の論戦があったという記事が載っている。格差是正を訴える長妻氏に対して、安倍氏はピケティは日本には顕著な格差はないと述べていると反論。

んな馬鹿な(゚д゚)!
当ブログでも以前紹介したように、東洋経済(2014年7月26日号)でのピケティ独占
インタビューには、こうある。
【富める者はますます富み、そうでない者との格差がじりじりと開いていく――。
トマ・ピケティは資本主義の未来を暗鬱に見通し、特に日本については「戦後の極めて
高い経済成長と、現在の低い成長との差が際立つ。私の論を例証している」と述べている。】 



そしてなんとピケティ本人が来日して、アベノミクスにNGを突きつけたのだったヽ(´Д`;)ノ



 日刊ゲンダイ 1月30日
   http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156823

       「21世紀の資本」著者ピケティ氏がアベノミクスに“ダメ出し”

 5940円もする経済専門書が発売から1カ月強で13万部のバカ売れ。日本でも空前の大ブームとなっている「21世紀の資本」の著者、仏経済学者トマ・ピケティ氏(43=パリ経済学校教授)が初来日し、29日に都内でシンポジウムが開かれた。
 資本主義社会で拡大する格差を、世界20カ国以上の過去200年の税務データから実証したピケティ氏。その主張は簡単に言えば、〈株や不動産などの投資で得られる利益率は、労働による賃金の上昇率を上回る。その結果、財産のある富裕層がさらに金持ちになり、格差拡大は止まらない。是正のためには、富裕層への世界的な資産課税強化が必要〉というものだ。

 さて、講演でのピケティ氏は、日本の現状についてこう言った。
「日本のように人口減かつ低成長の国では、過去に蓄積された資産が相続によって一部の富裕層により集中し、格差拡大の要因になる」
 日本も資産課税の強化が必要で、加えて男女平等により、出生率を上げる重要性を指摘した。


■消費増税や量的緩和にも厳しい指摘

 後半はパネルディスカッションだったのだが、パネリストのひとり、西村康稔内閣府副大臣が、政府の「雇用者100万人増」や「トリクルダウンの試み」について説明。「アベノミクスが格差を拡大しているというのは誤解である」と力説した。

 しかし、ピケティ氏はこれにやんわり反論。
「確かに日本の格差は米国ほどではない。しかし、上位10%の富裕層の所得は、国民所得全体の30~40%まで広がっています。日本がゼロに近い低成長なのに、上位の所得が増えているということは、裏を返せば、実質的に購買力を減らしている人がいるということです。日本の最高所得税率は1960~70年代より下がっています。上位10%の所得が増えているのに、税率が低い状態では格差が広がるばかり。所得税の累進性を高めるべきです」

 ピケティ氏は、消費増税や量的緩和についても厳しい見方だった。
「消費増税は正しいのかどうか。むしろ低所得者への課税を弱め、富裕層の資産課税を強めるべきです。紙幣を増刷することもいいのかどうか。税制改正より紙幣を刷る方がやりやすいですが、緩和したマネーがどこへ行っているのか分かりません。金融政策だけでなく、財政改革、教育改革、累進性のある税制改革も必要です」

 国会審議ではこのところ、ピケティ氏の格差拡大論や資産課税論が引き合いに出される場面が増えている。経済界のロックスターとまで呼ばれる人気学者に“ダメ出し”された安倍首相。それでもまだ「この道しかない」と言い続けるのだろうか。





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 ウクライナ軍の中に米国とNATOの傭兵がいる!
2015年01月29日 (木) | 編集 |

北米を覆っていた大寒波が、ぐるっと回って日本へ到達。
当分は寒さが続くみたいで憂鬱だ。シマコ風邪は少しよくなってきたようだが…(^_^;)

後藤さん人質事件は新たな局面に入ったが、ISIS対ヨルダンの形になって膠着状態。
日本はヨルダン政府に任せきりで、いつもながらの外交力のなさに脱力するばかりだ。
というわけで、人質事件はやきもきするばかりで個人ではどうすることもできないので、
その裏側で進展する(根っこは同じ)、対ロ謀略というか、ほぼ戦争状態について見ていく
ことにする。







1月27日のロシアRTRより
以下の写真も同じ。


 プーチン大統領はウクライナ南東部の状況をめぐって厳しい姿勢を明らかにし、ウクライナ軍はNATOの一部隊へと変貌を遂げたが、その目的はウクライナの利益に反するとしています。

 プーチン大統領は1月26日にサンクトペテルブルクの鉱山資源大学を視察に訪れました。

プーチン:「ウクライナは内戦です。多くの人々がそのことを理解していますが、残念ながらキエフ政権は和平解決を拒んでいます。政治的な手段によって解決したくないんですね。
当初は治安当局を擁し、国家安全保障機関を、軍隊を擁しておいて、抵抗に遭うと今度は戦闘を停止し、部隊の再編成のために特別に利用して、またもや戦闘を始めました。
すでに数千人が戦死しました。現実的な悲劇です。ウクライナ軍とは言いますが、誰が戦争しているんでしょう?
実質的にNATOの一部隊、民族志願兵部隊となっています。そもそも軍隊ではありません。外国の一区画、NATOの一区画となっています。ウクライナの民族的利益を追求していないのは明らかです。
まったく別の目的です。 ロシアを抑えるという地政学的目的です。
しかし残念ながら、目の前で起きていることは現実です。ウクライナの人々を助ける必要があります。多くの人々が徴兵を忌避しています。ロシアに移動してしばらくの間、ロシアに居座ろうとしています。それは正しいことです。肉弾のように扱われ、駆り出されているんですから。
しかし我が国の新しい法律では、ウクライナ国籍の人たちはロシアに30日以上滞在することはできません。国に帰れば、また肉弾のように駆り出されます。ですから法律の枠内で一定の範疇に入る人たち、特に徴兵年齢の人たちのロシア滞在期間を延長することになるでしょう」






 ちょうどフランス・パリ銃撃事件と呼応するかのように、キエフ政権はウクライナ南東部
への攻撃命令を出し、休戦は破られた。市民の犠牲も増える一方だ。
1月22日には、ドネツクのトロリーバスのバス停近くに砲弾が落ち、市民13人が死亡した。



    
 


    



    




 ウクライナ南部のマリウポリへの24日の攻撃で、市民30人が死亡、100人以上が負傷しました。
ウクライナのドネツク自警団側の攻撃を(ウクライナ政府は)非難していますが、ドネツク側はマリウポリ周辺に自警団の大砲はないと反論。マリウポリが砲弾のため住宅や商店がまだ燃えているとき、ウクライナ政府は攻撃はドネツク自警団によるものだと断定してしまいましたが、市民の意見はこれとは異なるものでした。
「見ればわかります。ウクライナ軍が攻撃したんですよ」











 この映像は、地元の記者が撮影したものです。
若い女性記者が軍服姿の男性にロシア語で質問しますが、返ってきた言葉は、なまりのない英語でした。
男性は、顔を映さないでと言っています。









急いで逃げ去る兵士たち。








 ここにも外国人と思われる兵士がいます。
彼は砲弾が不発かどうか確かめ、そのあと周囲を見回しています。
これは志願兵で組織される、ウクライナ義勇軍アゾフに所属するアメリカの傭兵です。









 プーチンはなぜアウシュビッツ追悼式典に参加しなかったのか、その真相をドイツのテレビ局が明かす
2015年01月28日 (水) | 編集 |

昨日27日のアウシュビッツ解放70周年追悼式典に、ロシアのプーチン首相が欠席した。
日本のテレビからは、この大事な式典にプーチンは参加しなかった。傲慢なヤツ。
ってニュアンスがビンビンに伝わってきたが(^_^;)、では実際はどうだったのだろうか。






ドイツZDF  1月28日


 ロシアのプーチン大統領は、アウシュビッツで行われた式典に参列しませんでした。
大統領は赤軍によるアウシュビッツ強制収容所の解放を、モスクワのユダヤ博物館で思い起こしました。
大統領はまずナチス政権の犠牲者を偲び、その後現在のウクライナ紛争に話を向け、世界支配の目論見が人間のあいだにどれほど深い溝を作るか、ウクライナ南東部では数ヵ月前から、平和に暮らしている住民が冷酷に射殺されていると述べました。







ドイツZDF  ポーランド特派員報告


 1月27日はアウシュビッツの生還者について語ることが中心にあるべきですが、ここでは現在の世界の情勢についてお話します。ウクライナ情勢は、プーチン大統領がどうしてアウシュビッツの式典に参加しなかったかということにも関係しています。どうしてだったのでしょうか?

ポーランドは当初、アウシュビッツの式典は現在の政治情勢を抜きに考えようとしていました。しかし最終的には、これが政治的論争を招く結果になりました。
何ヵ月も前からプーチン大統領を追悼式典に出席させないためにはどうしたらいいか、模索していました。
ソ連軍が70年前にアウシュビッツを解放したわけですから、これは慎重な配慮を要するものです。
方法としてポーランド大統領は、各国の首脳をまったく招待せずに、博物館(ポーランド国立アウシュビッツ博物館)が各国政府に式典があることを知らせるという形を取りました。
これを受けてロシア政府は、招待を受けていないと憮然としました。

さらにポーランドの外相は先週、アウシュビッツを解放したのはウクライナ兵だったと発言してしまいました。これによってアウシュビッツ追悼記念が、現在のウクライナ紛争とつながってしまったのです。
恐ろしいアウシュビッツでの出来事を前に、世界が現在起きている紛争を超えて互いに歩み寄れるまたとないチャンスを生かせなかったと言えるでしょう。





  【参照】

      毎日新聞 1月26日
        http://mainichi.jp/select/news/20150127k0000m030030000c.html

           ポーランド外相:アウシュビッツ解放発言に露が猛反発

【モスクワ田中洋之】第二次大戦中にポーランドにあったアウシュビッツ強制収容所が旧ソ連軍に解放されてから27日で70周年となるのを前に、同国のシヘティナ外相が「解放したのはウクライナ兵だった」と発言、ロシアが猛反発する事態に発展している。ウクライナ危機をめぐる両国の対立が影響しているとみられ、プーチン露大統領は70周年記念式典への出席を見送った。

シヘティナ外相は21日、ポーランドのラジオ番組で「収容所の門を開いたのはウクライナ兵だった」と指摘。23日にも「最初に到着した戦車はウクライナ人が指揮していた」と述べた。これに対し、ロシア外務省は「収容所を解放したのは赤軍(ソ連軍)であり、全ての民族が英雄的に戦った。歴史の愚弄(ぐろう)はやめるべきだ」と批判する声明を出した。

 27日にポーランド側が主催する解放70周年式典には、オランド仏大統領やガウク独大統領、ポロシェンコ・ウクライナ大統領らが出席。ロシアはプーチン大統領が10年前の60周年式典に出席したが、今回は「招待されていない」との理由でイワノフ大統領府長官が出席する。

 ポーランドはウクライナ危機でウクライナ現政権を支援し、ロシアによるクリミア編入やウクライナ東部への軍事介入を非難している。

 プーチン大統領は昨年6月にフランスであったノルマンディー上陸作戦70周年記念式典に出席した。またロシアは今年5月9日の対ドイツ戦勝70周年記念日に各国の首脳を招待して盛大な式典を計画している。




歴史修正主義者はあちこちの国にもいるようで(ーー;)
個人で言う分には自由だが、日本と同様、国を代表する公人が発言すると、
このような国家間での大きな騒ぎになってしまう。
当時はソ連邦(ソビエト社会主義共和国連邦)で、ロシアもウクライナも15共和国の
一つだった。
ロシア兵もウクライナ兵も、みなソ連赤軍兵士であり、たまたま先頭にいたのが
ウクライナ人兵士であったとしても、それをもってロシアを否定するなど、あまりに
感情論的であきれるばかりだ。

ちなみにアウシュビッツ=ユダヤ人虐殺といった図式が刷り込まれている人も
多いだろうが、全犠牲者のうち40%がユダヤ人で、同じく40%がポーランド人、
あとの20%がヨーロッパ各地(28ヶ国)から連れてこられた人たちであるという。
ロマや身障者、同性愛者たちも虐殺の対象になった。







 アウシュビッツ70周年追悼式典でドイツのメルケル首相は「人類に対する犯罪に時効はない」と明言し、戦後70年談話で安倍首相は「侵略」「反省」などの表現を変えるという
2015年01月27日 (火) | 編集 |

 本日1月27日は、ポーランドにあったアウシュビッツ(オシフィエンチム)強制収容所が
旧ソ連赤軍によって解放されてから70周年にあたる。
それに先立ってベルリンで開かれた追悼式で、ドイツのメルケル首相は次のように述べた。






アウシュビッツ解放70周年追悼式典(ベルリン)での、ドイツ・メルケル首相
ドイツZDF



 26日にベルリンで開かれた追悼式では、生還した人がその歴史を忘れないようにと訴え、メルケル首相は「それが大勢の犠牲者のために果たすべき義務である」と述べた。

メルケル首相:「ナチスドイツによって迫害され、虐待され、苦しめられ、追放され、殺害されたすべての人々のことを思い起こします。人類に対する犯罪に時効はありません。われわれには当時の残虐行為に対する知識を伝え、記憶を薄れさせないという大きな責務があります」











ドイツは戦後40年記念日でも、当時のヴァイツゼッカー大統領が「過去に目を閉ざす
者は、結局のところ現在にも盲目になる」という有名なフレーズの演説を行い、深い感銘を
受けたことを覚えている。
第二次対戦時に同盟を組み、同じ敗戦国となった日本とドイツは互いに著しい経済発展を
遂げながら、国として目指す方向がずいぶん変わってしまった。
戦争の反省を今も徹底的に行い近隣諸国の尊敬と信頼を勝ち得ているドイツと、戦争の
反省は自虐であると過去の歴史の抹殺と隠蔽を図って近隣諸国の憎悪をかきたてている
日本と、そこに住む国民はどちらが幸せだろうか。








      Huffingtonpost 1月26日
       http://www.huffingtonpost.jp/2015/01/25/abe-shinzo-danwa_n_6543282.html

         【戦後70年談話】安倍首相、「侵略」「反省」の表現を改める考え

安倍晋三首相は25日のNHK討論番組で、戦後70年の今年出す「安倍談話」について、「今まで重ねてきた文言を使うかどうかではなく、安倍政権としてこの70年をどう考えているかという観点から出したい」と述べた。戦後50年の村山談話と60年の小泉談話がともに使った「植民地支配と侵略」や「痛切な反省」、「心からのお詫(わ)び」などの「キーワード」をそのまま継承することに否定的な考えを示したものだ。

首相は番組で、過去の談話を「全体として受け継ぐ」との従来の説明を繰り返し、「先の大戦に対する痛切な反省と同時に、戦後70年、自由と民主主義を守り、人権を尊重し、法を尊ぶ国をつくってきた」と強調した。新談話では「日本は世界にどのような貢献をしていくのか、どのような世界をつくっていくのかという、未来に対する意思をしっかりと書き込んでいきたい」と述べた。

そのうえで「今までのスタイルを下敷きとして書くことになれば、『使った言葉を使わなかった』『新しい言葉が入った』というこまごました議論になっていく。そうならないように新たに出したい」とも主張。キーワードを新談話でも同じように使うかについての問いには、「そういうことではございません」と明言した。            







 猫の風邪が感染った(;_;)
2015年01月26日 (月) | 編集 |

猫のシマコが、一番寒いドア近くの棚の上でずっと寝ていて
風邪を引いた。







シマコ

シマコのベッドを占領しているハナを追い出し
寝かしたところ。
びっくりするほど大きなクシャミを何度もして
右目も半分閉じたままになっている。









シマコを棚の上に追いやったのはこいつら。
天敵 ハナ(上) と キキ(下)。




シマコのクシャミが止まらないので、大丈夫? とのぞきこんだら
私の顔一面に、猛烈なクシャミの一撃をお見舞いされたΣ(゚д゚lll)


わわわ、ふなっしーの「梨汁ブシャー!」だわ


で、なんと私にもシマコ風邪が感染った。
シマコと向かい合わせの左目がショボショボして、微熱と脱力感。そしてクシャミ。

私の風邪が重くなるにつれてシマコは元気を取り戻し、
今度は天敵・ハナもクシャミをはじめた。
そして犬のダイまで、お腹をこわし…。


最強だわ、シマコ風邪!






 後藤健二さんのメッセージ全文  ISIS(イスラム国)を生んだ背景とは? その責任は日本にもある
2015年01月25日 (日) | 編集 |

日本人2人がISIS(イスラム国)の人質になって、期限の72時間が経過。
湯川遥菜さんが殺害された。その証拠写真を掲げた後藤健二さんの静止画と
音声がアップされたが、一部だけを切り取って放送するテレビ局も多いので
後藤さんのメッセージ全文を転載する。



   スポニチ 1月25日
    http://www.sponichi.co.jp/society/news/2015/01/25/kiji/K20150125009690660.html

          後藤さんメッセージ全文「私の最後の言葉にしないでほしい」


◆ネット上のメッセージ全文◆

 私はケンジ・ゴトウ・ジョゴ。同房のハルナ・ユカワが「イスラム国」の地で殺害された写真を見たでしょう。あなた方は警告を受け、期限を示された。そして、私を捕らえていた者たちは、その言葉どおりに行動した。

 アベ、あなたがハルナを殺した。われわれを捕らえていた者たちからの脅迫を真に受けず、72時間以内に行動しなかった。愛する妻、2人の娘に会いたい。私の身に同じ事をアベにさせないでほしい。諦めないで。私の家族や友人、「インデペンデント・プレス」の同僚たちと共に政府に圧力をかけ続けてほしい。

 彼らの要求は、より容易なものだ。彼らは公平になっている。もはや金を求めていない。だからあなたは、テロリストに資金を出すことになると心配する必要はない。彼らはただ、収監されているサジダ・リシャウィの釈放を要求している。単純なことだ。彼らにサジダを引き渡せば、私は自由になる。実際に可能なことだと思われる。

 日本政府の代表たちが皮肉なことにヨルダンにいる。サジダはヨルダン政府によって収監されている。私の生命を救うことがどれほど容易かを強調したい。あなた方が、サジダをヨルダン政府から取り戻せば、私は即座に解放されるだろう。私と彼女が引き換えということだ。

 (妻に対し)これらの言葉はおそらく私の最後の言葉になるかもしれない。これらの言葉をあなたが聞く私の最後の言葉にしないでほしい。アベに私を殺させないでほしい。
=メッセージは英語。不明な部分を一部割愛し、誤りとみられる部分を修正(共同)




日本の報道は一方的にISISの行為をテロと断じ、激しく非難することに終始して
いるが、では彼らを生み出した背景とは何か、日本もそれに加担してこなかった
と言えるのだろうか?
ジャーナリストの志葉玲氏が、これに対する明確な分析と提言をしているので、
以下に転載する。


    http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20150125-00042538/

     イスラム国は日米の外交・安全保障政策の失敗が産んだモンスター
               ~暴走を止めるためにやるべきことは?     志葉玲  1月25日
 
    
多くの人々の願いもむなしく、湯川遥菜さんがISIS(イスラム国)によって殺害されてしまったようだ。筆者やその友人達も、中東系メディアに働きかけたりなどもしたのだが、助けられなくて申し訳なく思う。無抵抗な人質を惨殺するISISに強い憤りを感じるのと同時に、やはり安倍政権の対応のまずさには疑問を持たざるを得ない。昨年8月には湯川さんが拘束され、今年10月末には、後藤健二さんが拘束されていたことは政府も承知していたはず。それにも関わらず、交渉では何の成果もあげられず、ISISと接触できたかどうかも大いに疑問である。だが、本質的な問題はもっと根深く、やっかいなものだ。つまり、ISISの前身は「イラクの聖戦アルカイダ」であり、イラク戦争による夥しい死と破壊から生まれたモンスターである。だからこそISISの暴走を止めるカギもまたイラクにあるのかもしれない。

○ISISトップが抱えるイラク戦争での怨恨

残る人質、後藤健二さんには何とか助かってもらいたいと切に願う。報じられている通り、ISIS側の要求は身代金から、捕虜交換ということになったようだ。ISIS側が後藤さんの解放の条件としているのがサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放。彼女はISISの前身である「イラクの聖戦アルカイダ」のメンバーであり、2005年にヨルダンで起きた連続爆破テロの実行犯の一人。この事件では50人以上が死亡しており、サジダ死刑囚の釈放に対し、ヨルダン世論の反発は相当強いことが予想される。この間、イラク情勢をウォッチしてきた筆者には、今、ISISがサジダ死刑囚の釈放を求めてきたことに因縁深いものを感じる。サジダ死刑囚は、イラク西部のラマディの出身だ。2005年前後と言えば、ラマディはイラクの中でも最激戦地の一つだった。米軍が街を包囲すると同時に街の高台から、人々に向けて撃ちまくっていた。攻撃の邪魔となると、一般の住宅や学校までも破壊された。市内の病院に向かう道は、「死の道」と恐れられ、米軍の狙撃手は、妊婦であれ、子どもであれ、動くものは何でも撃った。街中を空爆が襲い、走り回る戦車が、傷つき倒れた人を轢き潰し、ミンチにした。あまりに大勢の人々が殺されたため、街の空き地は次々と集団墓地に変わっていったのだ。米軍が人々を殺せば殺すほど、多くのイラク人が米軍を追い払うために武器を手にとった。サジダ死刑囚の兄弟も米軍との戦いで命を落としている。ISISのトップ3も皆イラクの出身なのだ。また、旧サダム政権の軍人や政治家もISISに合流していると観られている。例の2億ドルが「人道支援」であるという安倍政権の主張を、ISISが額面通り受け取らないのも、単に難癖をつけているだけではなく、イラク戦争においてひたすら対米追従・支援を繰り返してきた日本への不信感もあるのかもしれない。イラクの人々は「オキナワ」という言葉を恐怖の体験と共に語る。なぜなら、沖縄の米軍基地で市街戦の訓練を受けた海兵隊員がイラクへと出撃していったからである。

○「サダムより酷い米軍」「その米軍の方がイラク政府よりマシ」

イラク戦争前のサダム政権も人権問題では本当に酷い状況ではあったけども、そうした独裁政権で拷問を受けた人ですら、「米軍はサダムより酷い」と言い、米国や日本が軍事的・経済的に支援した新生イラク政府は「米軍の方がまだマシだった」という無茶苦茶な拷問や虐殺を繰り返した。かつて、少なくとも市民レベルでは、イスラム教スンニ派教徒もシーア派教徒も同じ「イラク人」として当たり前のように共存し、互いに結婚するなど両派が家族や親戚であるということもよくあった。それを、米軍は「スンニ派はサダム元大統領の支持層」として同派の多いイラク西部や中部に上述したような激しい攻撃を加える一方、シーア派民兵を新しいイラク警察やイラク治安部隊、軍に組み込んだ。米国が亡命先のイランから呼び寄せた過激なシーア派至上主義のバヤーン・ジャブル氏が内務大臣が就任したことにより、スンニ派だというだけで人々はイラク警察や治安部隊に拘束され、拷問の挙句、殺されるということが頻発した。殴る蹴るの暴行は当たり前で、電気ドリルで体中に穴を空けられた挙句、硫酸を流し込まれるなど、残虐行為の果てに殺された人々の遺体があちらこちらに捨てられている状況になった。その後、イラクの首相となったヌール・マリキ氏もシーア派至上主義であり、スンニ派への苛烈な弾圧を続けた。

イラク警察署での虐待。元内務省将校ムンタザル・アルサマライ氏提供

一昨年末からはファルージャやラマディなどイラク西部を空爆、樽爆弾などの強力な兵器が情け容赦なく使われる中で、一般市民の犠牲が相次ぎ、ファルージャの病院も破壊され病院スタッフも殺されるという状況が続き、マリキ政権からアバディ政権になった昨年9月以降も基本的な対立構図は変わっていない。つまり、イラク北部や中部、西部のスンニ派教徒にとって、ISISですらイラク政府よりはマシという状況があり、だからこそ1~2万人程度の兵力で人口200万人のイラク第二の都市モスルほか広範な地域で影響力を行使できているのである。

○イラク戦争での日本の業、ISISの暴走を止めるには

つまり、ISISは突然生まれたのではなく、米国や日本の外交・安全保障政策の失敗の繰り返しの中で、夥しい死と破壊の中から、生み出されたモンスターなのだ。だから、イラク戦争に関わってしまった日本の業を、後藤さんだけに背負わせるのは、あまりにむごい。ある意味、日本の人々、特に12年前のイラク開戦時に大人だった日本人は皆、問われるものがあるだろう。せめて、イラク戦争の失敗から学ぶべきなのだ。残虐の限りを尽くすISISの暴走を食い止めなくてはならないが、集団的自衛権の行使や単なる米国追従では同じ間違いを繰り返すだけ。上記したように、少なくともイラクにおいては、イラク戦争やその後のイラク政府の暴挙の数々が招いた宗派間対立こそがISISに付けいる隙を与えている。もし、日本を含む国際社会が強く働きかけ、イラク政府が全ての宗派や民族の融和と和解を進めるにようになれば、ISISも弱体化していくだろう。






 ブレーンワールドに生まれて
2015年01月14日 (水) | 編集 |

地球という惑星の、とあるエリアでは、デフレ脱却ということでインフレーション経済が
待望されているが、その地球を含めた宇宙(私たち地球人が「観測可能な宇宙」)の、
そもそもの成り立ちの初めには、インフレーションという加速度的な急膨張があった。

人は誰でも自己存在に対する懐疑と同様に、この宇宙の謎――始まりと終わりに
ついて思いを巡らしたことがあるだろう。
最近の宇宙論の発展はめざましく、これまで疑問だったことが次々明らかになっていく
さまは実にスリリングだ。

私の子どもの頃からの大きな疑問も、やはりこの宇宙の誕生と終焉についてであり、
地球の歴史が46億年なのに、なぜ宇宙ができてからたった138億年(少し前まで137
億年だった)しか経っていないのか。宇宙誕生の前には何があったのか…などと考えて
は、睡眠不足になった( ´艸`) ものだった。

今では「超ひも理論」によって、宇宙は1つではなく無数に存在するマルチバース
であり、私たちの宇宙は10次元または11次元の時空の中を漂うブレーン(膜)宇宙
の1つであることが主流仮説になってきたので、ようやくモヤモヤが晴れてスッキリした
気分になったところである。

で、私たちが住む宇宙空間は3次元(時間を含めると4次元)だが、その外側には
10次元(11次元)の「余剰次元」が広がっていて、でもこの余剰次元はとても小さくて
「カラビ・ヤウ空間」という6次元の奇妙な形に丸め込まれている。
そのカラビ・ヤウ空間についてだが、他の宇宙論の本では単独の図で描かれていて
私たちの3次元とどのような関係になっているのか、いまいちよくわからなかったが
『別冊日経サイエンス 宇宙の誕生と終焉』に載っている図を見て、目からウロコの
ように、これまたスッキリ理解できたのだった。下の図。

スロートが伸びている図は初めて見た(゚д゚)!
カラビ・ヤウ空間からはいくつものスロートが伸びていて、その先端にそれぞれブレーン
(膜宇宙)が接しているのだ。
こうしたブレーンの数は、10の200乗個もあるという。くらくらする程の多宇宙だ。




 









今回はよくわかるカラビ・ヤウ空間の図の紹介だったが、ついでになぜ
インフレーションやビッグバンが起きるのかを解説した図も転載する。



    

ブレーン(膜宇宙)と反ブレーンがぶつかって両方とも消滅するが
その時に放出されたエネルギーが他のブレーンに伝わり
インフレーションを起こす。

またブレーンに他のブレーンがぶつかって、ビッグバンが起きる。
だからビッグバンの前にもビッグバンがあって
その後も繰り返しビッグバンが起きるのである。
 



昔々、私が中学生の時に持っていた(まだ織田信長が生きている時代だったかな?)
最新宇宙論の本には、宇宙は膨張を続けているが、やがて収縮に転じると書いてあった。
現在では宇宙の膨張は加速を続け、ダークエネルギーの密度が同じで推移すれば、
すべての天体も恐ろしいスピードで遠ざかり、近未来の日本と同様、宇宙も過疎化
して銀河の周辺は暗闇になる。
もしダークエネルギーの密度が減少すれば膨張は収縮へと変わり、「ビッグクランチ」で
ブラックホールに飲み込まれてしまう。
またもしダークエネルギーの密度が増大すれば、宇宙膨張はますます加速されて、
最後は「ビッグリップ」で引き裂かれてしまう。
ま、その前に地球にはまた氷河期が到来したり、逆に10億年後には明るさを増した
太陽によってすべての海が蒸発して生き物が住めない惑星に変わっているだろう。

いくら時代が進んでも戦争や貧困がなくならず、ますますきな臭い時代へと突入
していく人間社会に生きていると、宇宙の無限の広大さの中で、本当に虚しい思いに
押しつぶされそうになる。
自分と違う国や人種の他者を疎んじたり、異なった宗教を揶揄する人々に言いたい。
自分のすぐ目の前のあまりに些細な差異ばかりにとらわれず、時には天空を見上げて
星々や銀河宇宙について思いを馳せてほしい。
そうすれば、自分の心の憎しみや卑しさがどんなにちっぽけなものか、きっと思い知るに
違いない。私たちは全員が皆、無限の宇宙に浮かぶ、1つの孤独なブレーンワールド
(膜宇宙)の住人なのだから。






 佐賀知事選で自公推薦候補が落選 安倍政権は、これで地方知事選3連敗だ!
2015年01月13日 (火) | 編集 |

佐賀県知事選は11日の投開票の結果、山口祥義氏(元総務省過疎対策室長)が
当選を決めた。Twitterで応援の声が大きかった島谷幸宏氏(九州大学大学院教授)は
残念ながら及ばなかったが、自公が国政選挙並みに大々的な支援を展開した樋渡
啓祐氏(前武雄市長)が落選したのは、佐賀県民の安倍政権への批判票ゆえだった
と言えよう。
先の衆院選でも、自公の得票数はわずか4分の1に過ぎず、小選挙区制のマジックと
メディアの政権寄り報道による勝利だったわけで、地方選はこれで滋賀、沖縄に続き
3連敗となり、官邸は心穏やかではないようである。
以下、佐賀新聞の記事をいくつか転載する。








     佐賀新聞 1月12日
       http://www.saga-s.co.jp/senkyo/governor/30301/144469

              山口氏歓喜の輪 「佐賀のことは佐賀で決める」

写真:当選が確実となり、集まった支援者と笑顔で握手を交わす山口祥義さん(中央)=11日午後11時4分、佐賀市多布施の事務所

■「県民党」激戦制す

 「佐賀のことは佐賀で決める」。自公政権が国政選挙並みに幹部を送り込んだ異例の知事選を制した元総務省過疎対策室長の山口祥義(よしのり)さん(49)。歓喜の渦の中、「県民一人ひとりの力がどれほど強いか、日本中に示した」とつぶれた喉で叫んだ。
 事務所には、自民党の推薦する樋渡啓祐さんの政治手法に反発するJAグループ佐賀の政治団体・県農政協議会や多くの首長、地方議員ら約300人が詰め掛け、「ヤマグチ」コールで新知事を迎え入れた。何度も万歳して喜び合った。
 選挙戦を通じ、旗印に掲げたのが党派の垣根を越えた「県民党」だった。反樋渡の一点で、民主党議員や連合佐賀も参戦。集会では過去の選挙でしのぎを削った者同士が席を並べた。国対地方の構図は「佐賀の乱、佐賀の百姓一揆だ」(与党筋)と注目を集めた。
 中でも県内最大の政治団体である農政協は「かつてないほど死に物狂いで動いた」(幹部)。集落単位に張り巡らされた2千数百の生産組合の末端まで指示を下ろし、圧倒的な動員力で決起大会の会場を毎回、満杯にした。
 それでも、立候補表明が告示9日前と出遅れ、知名度不足をばん回できないまま、各報道機関の情勢分析でも苦戦が伝えられた。事務所開きでは司会に名前を「よしひろ」と間違えられ、陣営幹部も「先ほど本人とお会いしたばかり」と繕うほどだった。
 もともと地方自治や防災対策の経験が豊富で、誰とでもすぐに打ち解ける明るい性格。陣営内での認識も反樋渡の「みこし」から、「この人に知事になってほしい」へと変化していった。最終盤の県都決戦では大半の佐賀市議らが「自分の選挙でも記憶にない」ほど汗をかき、大逆転で勝利をもぎ取った。
 出馬を決意したのが昨年12月12日。1カ月前は無名の官僚が佐賀県知事になった。「奇跡の30日間だった。県民一人ひとりの声に耳を傾け、現場目線で改革を進める。選挙が終わればノーサイド」。山口さんは持ち前の気さくな笑顔で支援者らと抱き合った。




     佐賀新聞 1月12日
       http://www.saga-s.co.jp/senkyo/governor/30301/144468?area=ranking

             共感、票に変えられず 島谷氏

写真:落選が決まり敗戦の弁を語る島谷幸宏さん=11日午後10時20分、佐賀市柳町の事務所

 無党派のうねりは起きなかった。「政局より政策」を掲げ、組織に頼らない草の根選挙を展開してきた島谷幸宏さん(59)。4候補の中で唯一、反原発、反オスプレイを訴えたが支持は一部にとどまった。3万票という結果に「支援の輪を広げることはできた。本当にありがとうございました」と支援者に感謝を述べた。
 2013年夏から、市民とどんな佐賀県にしたいか語り合ってきた。政治理念である「県民主体の県政」を実現するため、選挙期間中もミニ集会を継続し、有権者との対話を重視した。経験に基づく専門家としての具体的な自然再生や反原発政策は、インターネットを介して県内外で共感を集め、有志が寝袋持参で続々と応援に駆け付けた。
 しかし、保守分裂の激しい選挙戦の中で運動は県内で広がりきれず、票を伸ばせなかった。島谷さんは「共感を票に変えられなかった。市民選挙の課題を乗り越えたい」と語り、政治活動を続ける意向を示した。
 




     佐賀新聞 1月13日
       http://www.saga-s.co.jp/senkyo/governor/30303/144764

            =知事選・記者座談会= 自民党本部主導に反発

■分裂選挙に冷めた視線も

 無所属の新人4人が争った佐賀県知事選は、元総務省過疎対策室長の山口祥義氏(49)が前武雄市長の樋渡啓祐氏(45)に約4万票差をつけて勝利した。両氏の激戦の中で、草の根で支持拡大を目指した九州大学大学院教授の島谷幸宏氏(59)、農業飯盛良隆氏(44)は伸び悩んだ。12年ぶりに保守分裂となった選挙戦を担当記者が振り返った。

 A ふたを開ければ、知名度ゼロだった山口氏が樋渡氏に約4万票の差をつけて勝利した。

 C 保守分裂となり、国政選挙では敵味方となる人たちが手を取り合う場面も多かった。民主党の大串博志衆院議員と自民県議が横に並び手を振ったり、選挙カーに同乗したり。

 D 「呉越同舟」の山口陣営では、県内最大の政治団体である農政協もフル回転した。市議からも「自分の選挙より必死」という皮肉交じりの冗談が聞こえてきたよ。

 C 自民党県連が推薦を決めきれず、党本部に“丸投げ”したことに対する反発も大きかったね。複数の市議が「『地方の時代』と言いながら、やってることは逆だ」と批判していた。

 B 樋渡氏の対立候補として、地元の国会議員や県議、農政協が当初、擁立を目指した政府のTPP担当者を、党本部や官邸が「地元の意向を無視してつぶした」(県議)やり方への反発も相当強かった。

 A 自民と連立を組む公明党も告示日に樋渡候補に推薦を出した。

 C 公式には「全面支援」だったが、佐賀市や杵島地区など、地域によって温度差があったようだ。実質的な自主投票、との声も漏れ、一枚岩ではなかった。

 A 知名度で圧倒する樋渡氏は、当初のリードを守りきれなかった。「反樋渡」の空気はそんなに強かったのかな。最終盤には週刊誌にも言動をめぐる批判記事が掲載されもしたが。

 B 一概には言えないと思うよ。問題とされていたのは「独善的」とされた政治手法だけど、サービスを受ける県民にとっては関係のない話。実際、反発したのは利害関係者だったと思うよ。

 A それにしても自民党や官邸の力の入れ方は異常だった。

 B 佐賀はオスプレイや玄海原発再稼働問題など政権が進める課題を抱え、自民の推薦候補を落とせなかった。昨年の滋賀県、沖縄県に続き、第3次安倍政権のスタートでつまずくわけにもいかなかった。菅官房長官と谷垣幹事長という、官邸と党のナンバー2に加え、公明党は元代表の太田国交相。考えられないメンバーでてこ入れした。

 A 安倍首相の電話メッセージも物議を醸したね。

 B 党本部もプラスマイナスを考慮し、プラスが大きいと判断したようだ。

 D 電話を受けた人からは、「あれは逆効果」という声も聞いたけど。

 B 今回は、「なんで佐賀の知事選に中央が首を突っ込むのか」という党本部主導への反発が大きかった。党本部がてこ入れすればするほど、反発が強まっている印象だった。

 C 自民関係者は「選挙が終わればノーサイド」と言っているけど、実際は戦後処理に骨を折りそうだ。

 A 他の候補者はどうだった。

 D 反原発、反オスプレイを明言した島谷氏は票を伸ばせなかった。結果的には山口、樋渡の戦いの中で埋没し、得票は全体の1割に満たなかった。「共感を票に変えられなかった」という島谷氏の言葉が陣営を象徴していた。

 E 飯盛氏は独自の戦いだった。スタッフ不足を見かねた人が、ポスターはりを申し出ていた。

 A 保守分裂の激戦の一方で、投票率は54%と戦後最低だった。

 C 投票率の低さは、“年またぎ”となった時期や、3連休の中日だったことも関係したのでは。声をかけても、反応が薄いという恨み節をよく聞いた。

 E 無党派の中には、分裂選挙を「内輪のもめ事」と冷めた目で見る人も多かった。

 A インターネットの活用はどうだった。

 D 4候補者ともフェイスブックやブログなどで政策や街演予定、演説の様子を発信していた。

 B 陣営の動きとは別に、ネット上では特定候補者に対する「落選運動」もすさまじかった。陣営のネット活用にも言えることだが、これらがどれだけ県内の有権者に影響したかを把握するのは難しい。

 A まだまだ手探りが続きそうだ。










 パリでの反テロ大行進「UNITY MARCH」の深層とは  英BBC・仏F2のニュースより
2015年01月12日 (月) | 編集 |

7日の当ブログで、フランスのオランド大統領が5日、フランスのラジオ局で
「ウクライナ情勢で進展があれば、ロシアに対する制裁措置を解除すべきだ」と
提案したことを書いたが、その後すぐにパリの風刺週刊紙の「シャルリ・エブド」
本社が襲撃され、また連続して印刷工場や食品スーパーなどの立てこもり事件
が起きて、17名が殺害された。

オランド発言と銃撃テロとに因果関係などないと怒られそうだが(^_^;) それでも
半年前に警察のチェックを解除された犯人たちによって、しかもなぜこのタイミング
で…といったいくつかの疑問が残る。


そして昨日11日、犠牲者を追悼する大規模デモ行進が、パリを中心にフランス
各地で開催され、50人近い各国首脳らも参加した。



     共同通信 1月12日
       http://www.47news.jp/CN/201501/CN2015011101001522.html

            百万人超、パリでデモ行進 テロに屈しない決意示す

【パリ共同】フランス週刊紙銃撃などの一連のテロ事件で犠牲となった17人を追悼し、テロに屈しない決意を示そうとパリで11日、「130万~150万人」(主催者発表)が参加した大規模デモ行進が行われた。国や宗教の違いを超え、言論の自由など普遍的価値の下への結集をオランド大統領が呼び掛け、市民とともに世界各国の約50人の首脳らが肩を並べた。
 デモは週刊紙本社に近いレピュブリック(共和国)広場から南東へ約3キロ離れたナシオン広場まで行進。地元メディアは「1944年の(ナチス・ドイツからの)パリ解放以来の熱気」と伝えた。












このデモ行進の様子を、イギリスとフランスのテレビニュースから。
  ロキにゃんの私的感想も、ちょっぴりまじえて…c(-。-,,)c)~



         イギリスBBC





タイトルは「UNITY MARCH」 (団結のための行進)だ。
すごいエネルギーだね。日本にも、こうした巨大広場があればいいのに。
たしか『広場の思想』とかいった本もあったような。
だけど「団結」という言葉からは、中世の十字軍から始まった
異端を排除する危険な血の匂いが感じられる。
実際に今、ヨーロッパ各国ではポピュリズム政治への傾倒が加速している。
キーワードは「反移民」と「反イスラム」である。






100万人デモとか。
たしかに、こんなものすごい数のデモ行進は見たことがない。
フランス革命の熱気を彷彿させる。






腕を組んで参加した各国首脳。
メルケル、キャメロンをはじめ、パレスチナのアッバス議長
それにイスラエルのネタニヤフ首相まで。
敵の敵は味方ってことか。あざとすぎるワ

だけど本来のデモ行進は、こういった権力者を批判したり
打倒するためのものなのに、なんか変。
安倍ぴょんも、「表現の自由を守れ!」って叫びながら
一緒に行進すればいいのに(^皿^)






一方、同じフランスではユダヤ系市民の不安が高まり
フランからの出国を真剣に考えている人たちも少なくないという。
またイスラム系市民の間では、暴力に対する強い反発の声が上がっている。

カタールの「アルジャジーラ」によると、イスラエル政府は今年中に
ユダヤ系フランス人が1万人、イスラエルへ移住すると述べたそうだ。
このパリテロ事件でユダヤ系市民が4人殺害されたのが理由だが、
ネタニヤフ首相はさらに移住を呼びかけるためパリ入りしたという。






しかしながら、抗議行動に対する反応には温度差もある。
顔を隠すことを条件に取材に応じてきた女性は――。






暴力を強く非難しながらも、「シャルリ・エブド」が掲載した
風刺画も、同様に強く批判している。
「今回のテロ事件には強く反対します。
しかし自分はシャルリではなく、フランスに住むイスラム系市民
だという、言論の自由が私にはあります」

英国は西側覇権国のひとつであり、政治的には共感しないが
さすがにジャーナリズムに関しては、腐っても鯛という
筋の通った部分がある。
時には堂々と政権批判もするし、社会的弱者の代弁もする。
あの米国のボストンマラソン爆弾テロ事件の際、
犯人とされる兄弟の兄は、警官との銃撃戦後、彼を助けようとした
弟の車に轢かれて死亡したとされているが
ちょうど私はBBCのライブ映像を見ていて、丸腰の兄が
警官に素っ裸にされてパトカーに押し込められるところを
たしかに目撃したのだ。
今回のパリの事件の犯行内容にも、やはり疑問点が少なくない。











         フランスF2





BBCをはじめ各国テレビと同じ、首脳らの腕組み行進。
各国要人も含めると60人近くが参加した。
フランスの大統領がデモに参加するのは1990年以来のこと。
各国首脳がフランスのデモに参加するのは
もちろん初めてだ。






おっ、ちょっとカメラが引いた…。






あらら。
お偉いさんたちは別の場所で行進していたのね(゚д゚)!






50人近くの首脳は、同じバスで警護されながら到着した。
外交的にもロジスティクスの面でも、前代未聞の措置だと
F2テレビは伝えている。






オランド大統領は、大統領府に
一人ひとりの首脳を出迎えた。
左は、ドイツのメルケル首相。






イスラエルの首相とパレスチナの議長が
一緒に来仏したのも歴史的な出来事だ。
左の画面:イスラエル・ネタニヤフ首相
右の画面:パレスチナのアッバス議長。






4分割画面で、1日の象徴的なシーンを演出。
右下でインタビューに答えているのは、ギリシャのサマラス首相。

このサマラス首相よりも、今回のデモ行進の性格を端的に表している
と思われる、イギリスとイタリアの首相の言葉をご紹介したい。

英国・キャメロン首相
「私が忘れられないのは、国旗よりも、人々が窓辺に掲げた
『私はチャーリー(シャルリのこと) 私は警官 私はユダヤ人』
と書かれたポスターだった。犠牲者に自分を重ねる主張です。
これがフランスです。
言論の自由、憲法、私たちが大切にしているヨーロッパの価値観を
非常に誇りにする民主主義の国です」

イタリア・レンツィ首相
「テロ対策を成功させるために、具体的な政治決定に結びつけてほしい。
ヨーロッパの政治統合が必要です。ただ経済成長、緊縮財政に限定された
経済統合だけでなく、価値観、文化、理想を共有するヨーロッパの
実現が重要です」






銃撃事件後、数日前から、警察や憲兵などの治安部隊に対する
国民の大きな支持が表明されている。
11日のこのデモでも、市民が警察を称える場面があった。
これまでには見られなかった光景だ。

「私はシャルリ
私は警官
私はユダヤ人」

多くの市民がこのスローガンを掲げ、フランスの治安部隊を称えた。













 私って何?
2015年01月10日 (土) | 編集 |

本棚を見ると、その人となりがわかると言うが、では自分自身はどんな人間なのか、
ことに仕事に忙殺されて自分というものを見失っている時は、そうした問い直しが、
連綿と続く日常という一種の牢獄の中での、かすかな希望や活力になり得るのかも
しれない。

先日書いたウィリアム・ブレイクの詩や絵画に触発されたわけでもないが(^_^;)
今回はわかりやすく、好きな絵画が数多くある中で、私が最も好きな3枚を選んでみた。






アンリ・ルソー「眠れるジプシー女」

小学校の図工の教科書に載っていた絵。
この絵を見た瞬間、まるで魔力にとらわれたかのように
自分の魂が、静寂に包まれた夜の砂漠を彷徨うさまを感じた。






ジョルジョ・デ・キリコ「街の神秘と憂鬱」

これも小学校の図工の教科書で知った絵。
この絵を見た者は、過去の共通した古い記憶を呼び覚まされ
懐かしさと不安とを同時に感じるといわれる。
20代の終わりに、キリコのこの絵をモチーフに
『午後の部屋』という短編を書いた。






ルネ・マグリット「大家族」

大学生の時に、なぜかこの絵をはさんだファイルを持ち歩いていた。
実際の色合いは、もう少しグレーがかっている。
この絵を見るたび、若山牧水の歌
「白鳥は哀しからずや 空の青 海の青にも 染まずただよふ」
が思い浮かぶ。
マグリットは、ダリ、エッシャー、ミロ、エルンストらと並んで
好きなシュルレアリスムの画家の一人である。






ついでに好きな歌をあげると…

U2 の、特にアルバム「ヨシュア・トゥリー」の中の
     「Where the Streets Have No Name」 と
     「Still Haven't Found What I'm Looking For」

ジャーニー の 
     「Only the Young」 と
     アルバム「フロンティアーズ」の中の「Troubled Child」

アート・ガーファンクル の
     「ブライト・アイズ」
これはアニメ「ウォーターシップダウンのうさぎたち」の主題歌である。












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