激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 豪雨、そしてデング熱
2014年09月07日 (日) | 編集 |

20世紀の終わり頃から、「異常気象」という言葉を聞くことが多くなった。
そして現在、「異常気象」に加え「観測史上初」という言葉も飛び交うようになった。
50年ぶりの大雨とか、70年ここに住んで初めて…といった感想も、災害のたびに
聞かされる。
で、テレビの解説によると、これらの自然災害の原因は決まって地球温暖化であり
今後はより一層大きな台風や竜巻が襲来するそうだ。
個人的な感覚ではやはりそうなのかなと思う部分もあるが、先日のテレ朝「そもそも
総研」では、気象庁の専門家が、トータルで見ると必ずしも巨大台風が増えているとは
言えず(雨の量はたしかに増加してるが)、結論としては異常気象ではないと明言して
いた。

そうはいっても、この夏は各国で荒天が続き、ことに米国の天気の悪さには度肝を
抜かれるほどで、どれだけ広範囲に被害が出たのか、日本以上に農業被害が大きい
だろうななどと思ったりした。
そういう日本でも8月20日に発生した広島市の大規模土砂災害では72名の犠牲者が
出て、未だに2名が行方不明である。
そんな大被害をもたらした豪雨だが、世界ではさらにすごいウルトラ豪雨が降ったところ
があったのだ。以下は、8月26日のBS1ワールド・ウェザーの一場面より。








さて西アフリカを中心にエボラ出血熱の流行が懸念されているが、ここ日本では
デング熱の国内初の発症が確認されたことで、代々木公園をはじめ周辺の公園が
次々閉鎖になっている。まるで戒厳令のような騒ぎである。
それにしてもデング熱を知らない病院が多い中で、よくすぐに病名と感染場所を特定
できたもんだ。NHKの解説では、流行地でさえ1000匹の蚊を採取しても、ウィルスを
持った蚊は数匹程度だそうで、いったいどれだけ危険な蚊が公園内を飛んでいるのか
正確な数字を出してもらいたい。
で、このデング熱の流行の原因も地球温暖化ということで(便利な言い訳だこと)、
たしかにうちでも同じ時期に蚊が大量発生して、そこらへんに「虫コナーズ」だの「虫よけ
当番」などをたくさん置きまくり、さらに蚊とりスプレーを噴霧した結果、その範囲からは
蚊がいなくなったものの、なんのことはない、少し離れた場所にいっせいに移動していた
ことがわかってアチャー( ´゚д゚`)となった次第である。






写真:CNN
代々木公園には殺虫剤が散布され、一部を除き立ち入り禁止となった


     CNN 9月5日
       http://www.cnn.co.jp/world/35053368.html

            東京でデング熱感染、世界でも流行の恐れ WHO

東京・代々木公園でデング熱のウイルスを持つ蚊が見つかったことを受け、都は4日午後から同公園の大部分を立ち入り禁止にした。世界保健機関(WHO)は地球温暖化の影響で、蚊が媒介するデング熱やマラリアなどの感染症が世界各国で増える可能性があると警鐘を鳴らしている。

日本でデング熱が流行したのは1945年以来、ほぼ70年ぶり。これまでに少なくとも10代~70代の55人の感染が確認された。

感染者はほぼ全員が、代々木公園で蚊に刺されたと訴えている。東京都が同公園で採集した100匹あまりの蚊を調べたところ、デング熱のウイルスが見つかった。

デング熱は感染してもほとんどは1週間以内に回復する。しかし治療法やワクチンは存在せず、まれにデング出血熱と呼ばれる重い合併症を引き起こして死に至ることもある。

WHOによると、デング熱は熱帯から亜熱帯の国で発生しており、世界の人口の約半分は危険の高い国で暮らす。昨年流行したシンガポールでは1万2000人以上が感染し、4人が死亡した。

デング熱の症例は増加傾向にあり、WHOの会議ではマラリアやデング熱といった感染症と気候変動との関係が指摘されていた。

湿度と気温が上がれば蚊の寿命が長くなって感染症を媒介する危険性が高まり、地理的に遠く離れた場所まで感染が広がる危険性も高くなる。「気候変動が健康に与える悪影響に対して効果的な対応を打たなければ、極めて深刻な健康問題に直面することになる」とWHOの専門家は警告した。

世界のデング熱感染者数は、WHOの推計で年間5000万~1億人。しかし最新の研究では、実際の感染者数はその4倍に上る可能性もあると指摘している。





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 ラッキー・クライシス
2014年09月06日 (土) | 編集 |

終活が流行りなんだそうだ。
そういう私も以前「エンディング・ノート」を購入したが、面倒くさいので
まだ何も記入していない(^^ゞ

誰もがいずれ死を迎えるが、同居しているペットにもやはり死は訪れる。
黒猫のラッキーは、今からちょうど3年前の2011年10月、玄関でじっと
うずくまっているところを保護した。
病院での診断は、いわゆる「猫エイズ」と「猫白血病」(人間や犬には感染しない)。
余命はわずか1ヵ月とのこと。他の猫たちとは隔離して、闘病生活がはじまった。
それから3年。毎日の投薬とブラッシング、マッサージなどの介護で食事も増え
元気に過ごしてきた。

大きな危機は、今年の冬に訪れた。
外猫のチャーコが、避妊手術をしたのに野生本能を失わず、まるで発情したように
毎晩家のそばで鳴き声をあげたため、ラッキーもそれに呼応するように鳴き続け
喉を痛めて、急に病状が悪化したのだ。
びっくりするくらいダラダラとヨダレを垂れ流すようになり、それも腐敗臭がひどく
部屋中がひどく臭うようになった。病院でもらってきた口内炎の薬も効果がない。
海外から取り寄せた薬がようやく手に入り、それを飲ませた結果、ヨダレは徐々に
少なくなり、臭いもなくなった。
死を覚悟していたのだが、特効薬のおかげで元の元気を取り戻したのだ。
しかし成分が強力な分、副作用も強く、長く服用もできない。

3年にわたる闘病で、黒くつややかだった毛も次第に茶色くなった。
そして最近のこと。急に両手の毛を舐めてむしり取るようになった。
ストレスということで、また新しい薬をもらったが、次第に毛むしりはお腹にまで
及び、私がやめさせると、隠れてまでむしるようになっていった。
その結果、舌が赤く傷ついてただれ、再びヨダレが出て、食事も摂れなくなった。
このまま延命治療をしないで静かに死なせたほうがいいのだろうかと悩んだが
やはり病院に連れていくことにした。





前足の毛をむしったラッキー。
注射器のスポイトで、猫ミルクや水を強制的に飲ませることにした。







病院で新しい抗生物質の注射を受けて帰宅。
今までの薬に耐性ができてしまったのではないかとのこと。
栄養剤も出してもらったが、ドライは少し食べられるようになった。
警戒して、天井に一番近い場所に逃げ込んだラッキー。
延命か死か、答えはだせない。
しばらくはまた介護生活が続きそうだ。








 ブチと子猫のその後
2014年09月05日 (金) | 編集 |

それぞれの人生にドラマがあるように、野に暮らす猫たちにもそれぞれのドラマがある。





4匹の子猫を出産したブチ。




ブチの子育ては順調で、ようやく子猫たちも大きくなって活発に遊ぶようになった
やさきの8月3日の朝、たぶん一番体の大きな、やんちゃな子が車に轢かれた。
玄関先に出た私がふと目の前の小道を見ると、子猫が横になって倒れていた。
急いでツレを呼んで見てもらうと、子猫の頭が潰れていた。ひき逃げだ。
体をタオルで包んで箱に横たえ、庭に埋めた。
まだ死んだばかりで、体は温かかった。箱の隅にドライフードを少し入れてやった。

しばらくして、町役場の委託を受けた業者が、死体を回収しに来た。
近くの旅館から片付けるよう依頼の電話があったという。
すでに埋葬したと伝えると、お礼を言って帰っていった。
回収といっても生ゴミと同じ扱いになる。
うちにゆかりのある外猫たちは、これまでも何匹か丁寧に庭に埋葬した。
同じ場所に眠るので、子猫も淋しくないだろう。





ブチは子どもの1匹がもう帰らないことを理解したのか、数日の間
子猫を埋めた場所の近くにずっと座っていた。
その後再び、残った3匹と一緒にいつもの暮らしに戻った。






塀に登る子猫を見守るブチ。






あれれ、あれは何だろう?






配管にしがみついて、くつろぐ子猫。
まるでコアラみたいね。
この先もいろんなドラマが待ち受けているだろうが
どうか無事に育ってほしい。願うのはそれだけだ。






 「日本会議」に席巻された第2次安倍改造内閣
2014年09月04日 (木) | 編集 |

昨日3日、第2次安倍改造内閣が発足した。
数日前からテレビでは石破氏の処遇がどうたら…と大騒ぎしていたが
この政権にはもともと関心がないというか、日々腹立たしいことばかりだし
妖怪もどきの(昔ながらの薄気味悪い妖怪や魔物の類いという意味の)顔が
アップされるたびに息苦しい気分に陥るので(>_<) 国内ニュースは見るのは
やめて、ひたすら海外ミステリードラマに集中していた(^^;





で、これが新メンバー。
代わり映えがないというか、さらに劣化したもよう。
あまりの不気味なメンツにひきつけを起こしそうだヽ(`Д´)ノ
特に石破氏は野に下る勇気もなく、金目ならぬ「最後はポストでしょ」
とばかりに、食虫花内閣に取り込まれて死に体に。




で、この改造内閣の性格を最も的確にすばやく分析したのが、
以下のWSJのtweetだった。






さらに赤旗の記事によると、日本会議国会議員懇談会に加入する閣僚は
次のとおり。

  安倍晋三総理
 麻生太郎副総理
 高市早苗総務相
 岸田文雄外相
 下村博文文科相
 塩崎恭久厚労相
 望月義夫環境相
 江渡聡徳防衛相
 菅義偉官房長官
 竹下亘復興相
 山谷えり子公安委員長
 山口俊一沖縄・北方相
 有村治子女性活躍相
 甘利明経済再生相
 石破茂地方創生相



そして日本会議については、7月31日の東京新聞「こちら特報部」に詳しく
載っていたので、記事を切り抜いて、きょうまで温存しておいた(´∀`*)
この日本政界を牛耳る、会員数3万5千人の一大右翼カルト組織について
私たちはもっともっと知るよう努力しなければ、再び暗黒の時代の到来を許して
しまうことになるだろう。



    
 






 京都・西本願寺で新選組の新たな記録を発見
2014年09月03日 (水) | 編集 |

21世紀に入り、幕末維新史における新選組の新たな見直しがようやく本格化し
これまで見逃されてきた文書や史料も次々と発見されている。


これは9月3日の東京新聞に掲載された記事で、西本願寺の北集会所を新たな屯所とした新選組が京の猛暑に苦しみ、歳さまが待遇改善のため阿弥陀堂も借りたいと寺側に申し出たという記録が見つかったそうだ。
しかしなにぶん未だに新選組嫌いの本願寺の解釈なので(^_^;) 「当時の新選組は崩壊の危機にあった」云々の解釈つきだが、新選組が崩壊の危機にあったのは池田屋事件以前のことで、西本願寺時代は隊士も増え、安定した日々を送っていた。 
しかしながら、「暑くて暑くて、もう我慢できねぇんだよ。どーにかしろぃ(#゚Д゚)!」とブチ切れそうな歳さまの心情が伝わってきて、たしかにこれは貴重な文書といえる。




さて以下に転載するのは、8割の市民が新選組嫌いだとされる(ノ∀`)
地元京都の新聞記事。
…のわりには東京新聞より多少好意的な内容であり、しかも永倉新八の手記より
信頼性が高い史料と断定しているところがうれしい。
晩年の永倉の回想をさらに改竄した新聞記事がひとり歩きして、これが逆に新選組を
貶める結果になっていることは否めないからだ。
今後も新たな史料が発見されて、新選組研究にさらなる弾みがつくことを願ってやまない。


     京都新聞 9月2日
       http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20140902000121

            土方歳三の苦悩生々しく 京都・西本願寺で新選組文書発見   


写真の説明:西本願寺で見つかった新選組関連の史料。手前は阿弥陀堂50畳の拝借を求めたことが記された文書(2日、京都市下京区・西本願寺)西本願寺で見つかった新選組関連の史料。手前は阿弥陀堂50畳の拝借を求めたことが記された文書(2日、京都市下京区・西本願寺)

 西本願寺(浄土真宗本願寺派本山、京都市下京区)が、幕末に境内に駐屯した新選組とのやりとりを書き留めた文書類を発見し、2日発表した。当時の状況を記した史料はこれまで知られていなかった。「鬼の副長」と皆に恐れられた土方歳三の苦悩や焦りがにじむ貴重なものという。

 寺の日記など計14点で、新選組が境内に入った1865(元治2~慶応元)年と、寺を出る67(慶応3)年のやりとりが分かる。

 このうち、慶応元年6月の「諸日記」には、200畳の広さがある北集会(しゅうえ)所に駐屯した隊士の様子が生々しく記されている。土方は畳1枚に隊士1人が寝る手狭な環境と炎暑によって、「誠々以凌兼」(誠に誠に我慢できない)ので病人が出て隊士の不満を制止できないと、同寺に窮状を説明し、阿弥陀堂の一部、畳50枚分の貸与を願い出た。寺側が代替案として北集会所の改修を申し出ると、土方から感謝の手紙が届けられたとの記述があった。

 調査した本願寺史料研究所の大喜直彦上級研究員(53)は「土方が隊をまとめるために苦悩していたことが伝わる。『一畳一人ツツ位之割』の記述から、隊士が200人ほどだったことが分かる」とする。

 また、西本願寺が僧侶らに対して、隊士に傲慢(ごうまん)な態度を取るなとお触れを出したことや、同寺のほか寺と関係する商人が合わせて計500両を新選組に支払ったことも記録されていた。当時の門主が北集会所近くにあった「御成道(おなりみち)」を使わず新選組を避けるように同寺に出入りしたことや、新選組が寺を出て行くことに尽力した寺関係者に褒美を与えたことなども記されており、新選組に対する同寺の複雑な胸中がうかがえる。


■信頼性高い史料

 京都女子大非常勤講師の中村武生さん(幕末政治史)の話 新選組が西本願寺に旅宿(駐屯)したころの具体的な動きを知る同時代史料はなく、リアルで信頼性が高い。幹部の永倉新八が後に記した手記の影響で、新選組が西本願寺に対する嫌がらせを継続させたように理解されているが、少なくとも駐屯初期はお互いに配慮していたことが分かる。今回の史料は永倉の手記の検証にも役立つ。







 アナグマとの攻防の日々
2014年09月02日 (火) | 編集 |

この夏―7月、8月は酷暑に加えて忙しく(仕事が忙しいのはありがたいことなんだが)
いろいろな体の部位も悪くと、もうひどい3重苦で、一日無事に生き抜くのが精一杯という、
もはや奴隷労働に等ししい状況で、精神的な平衡を保つのに苦労する日々だった。
そうした余裕のない状態に追い込まれると、悲しいことに世の中の動きのことなどどうでも
よくなるというか、国内のしょーもない御用ニュースは見ざる聞かざるに徹して、代わりに
各国の海外ニュースをしっかり視聴していた。なんちゃってm9(^Д^)


さてこの夏は、家の内外の動物たちの世話に明け暮れる日々でもあった。
内猫、外猫の面倒で手一杯という中、ニホンアナグマ連中の面倒も見なくてはならず
大食いの彼らとの攻防戦が果てしなく続くのであった。
いい加減、どっか山の中に戻ってくれないかなぁ C= (-。- )





食事にやってきた大人のアナグマ。
お尻が見えてますよー。
もう何代目のファミリーになるのか、わけわかんないわ。






猫のブチやマダラと同じ時期に
なんとアナグマも出産していたのだった。
しかも3匹ヽ(´Д`;)ノ
自分らの分だけでなく、猫のご飯もすべてたいらげる大食漢。
おまけに飲み水の入れ物に顔ごと突っ込むから、泥だらけ。
一日に何度水を入れ替えて、全部の食器を洗って
新しくエサを補給することか…。
あー、もーたまらん。疲れる。
私の疲労の半分は、アニマルどもの世話のせいじゃ。






 この夏 わが家で流行ったもの
2014年09月01日 (月) | 編集 |

いい加減そろそろ浮上しないと、親友のMさんやらTさん、Kさんやらに「わりゃ、
いつまでグダグダ怠けとるんじゃあ」と半殺しにされそうなので、8月のまったくの
空白を知らん顔でなかったことにして(ーー;) ちびちび記すことにしようっと。

さて物事や病気にも流行り廃りがあるように、この暑くて長い夏、わたし的に流行った
と思われる変なものなどあげてみる。






先月、小田原のクリニックに行った帰りに小田原駅で買ったもの。
「忍者めし」「狩人めし」のネーミングに惹かれて購入。
ようするにハードグミで、味は「狩人めし」の方が美味しかった。
真ん中は、ふなっしーの「船橋ソースラーメン」。
説明には、戦後、船橋に生まれ根付いていたラーメンで、
今再び注目されているとあるが、船橋で生まれ育った根っからの
船橋土着民の私も、ぜーんぜん知りませんでしたけど
これはまだ食していないので、美味しいかどうかはわからん。





実は、上のはどーでもいい品で、この夏の我が家の本当の流行りものはこれ!





「チャバネアオカメムシ」
植物や果実類につくカメムシで、なぜか今年の夏に大発生。
廊下や階段にもくっついたり、転がっていたりする。






「ホソヒラタアブ」
8月の初め頃まで家屋に侵入し、そこらへんの壁に停まっていた。
特に実害はなく、この種がいなくなったら
普通の大きなアブが飛び込んでくるようになった。






「オオゲジ」
その名のとおり、大きなゲジ。
猫にハンティングさせようと思ったら、危険を察してか
どこかに逃げ隠れてしまった。