激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 68回目の長崎原爆の日 「核と人類は共存できない」
2013年08月09日 (金) | 編集 |

猛暑が続く今日は、68回目の長崎原爆の日。
先日6日の広島原爆の日に、こともあろうか安倍首相は、被爆地・広島で原発推進の
考えを表明した。その反発もあってか、本日の平和祈念式典では長崎市長と被爆者代表
から、核兵器の非人道性に関する声明に賛同しなかった政府に対する強い批判の声が
あがった。ことに実際に原爆を体験した被曝者の言葉は重い。
3つの新聞記事を以下で紹介したい。



    共同通信 8月9日
     http://www.47news.jp/CN/201308/CN2013080901001156.html

       長崎原爆の日、市長が政府批判 被爆国の原点に返れ

 長崎は9日、被爆から68年の原爆の日を迎えた。長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれ、田上富久市長は平和宣言で「日本政府に被爆国としての原点に返ることを求める」と述べ、核兵器廃絶に積極姿勢を示さない政府を批判した。被爆地・長崎の明確なメッセージは安倍政権下で活発化する改憲などの議論にも影響を与えそうだ。宣言は一方で、若い世代への体験継承を訴えた。

 田上市長は、4月の核拡散防止条約再検討会議の準備委員会で核兵器の非人道性に関する声明に政府が賛同しなかったことを「核兵器の使用を状況によっては認める姿勢で、原点に反する」と糾弾した。





    毎日新聞 8月9日
     http://mainichi.jp/select/news/20130809k0000e040195000c.html
         長崎原爆の日:被爆者、痛烈に批判

左:式典で平和への誓いを読み上げる被爆者代表の築城昭平さん=長崎市の平和公園で2013年8月9日午前11時20分、丸山博撮影

◇核兵器不使用の共同声明に賛同しなかった政府を

 9日、68回目の「原爆の日」を迎えた長崎は、原爆犠牲者への鎮魂の祈りに包まれ、一瞬にしてすべてを奪った原爆への怒りを新たにした。「私たち長崎の被爆者は驚くというより、憤りを禁ずることができません」。平和祈念式典で被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げた築城(ついき)昭平さん(86)=長崎市ダイヤランド2。核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委で、非人道性の面から核兵器の不使用を訴える共同声明に賛同しなかった日本政府を痛烈に批判した。

 68年前、長崎師範学校2年の18歳だった。動員学徒として長崎市内の三菱兵器住吉トンネル工場での夜勤を終え、爆心から約1・8キロの寮で就寝中に爆風に吹き飛ばされた。厚手の布団を頭からかぶって寝ていたため左手足のやけどですんだが、体中から血が流れ、赤鬼のような姿で近くの防空壕(ごう)まで逃げた。

 戦後、中学校教師として平和教育に尽力した。「幸いにして生き延びた」と言い、米国などで核実験が繰り返されるたびに座り込みに参加。「長崎を最後の被爆地に」と訴え続けた。それだけに「唯一の戦争被爆国として核兵器廃絶の先頭に立つ義務がある」はずの政府が共同声明に賛同しなかったことに憤りを隠さない。

 安倍晋三首相らを前に訴えた「平和への誓い」。築城さんは「ヒロシマ・ナガサキ、そしてフクシマの教訓として、『核と人類は共存できない』ことは明らかです」と主張した。さらに被爆者、戦争体験世代に向かって「今、平和憲法が変えられようとしています。再び戦争の時代へ逆戻りしないよう、あなたの体験をまわりの人たちに伝えてください」と呼びかけた。戦争を知らない世代に継承しなければいけないとの思いを込めて。【梅田啓祐】




    朝日新聞 8月9日
     http://www.asahi.com/national/update/0809/SEB201308090009.html

        長崎市長平和宣言〈全文〉 長崎原爆の日

 68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄(すさ)まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃虚となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。

 このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

 日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。

 今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80カ国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。

 しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。

 インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。

 NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。

 日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。

 非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。

 核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。

 2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。

 しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

 核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。

 「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起(おこ)ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。

 若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウオー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。

 あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。

 地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。

 長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未(いま)だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。

 先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。

 原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

 2013年(平成25年)8月9日    長崎市長 田上富久






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 暑い、ただひたすら暑い(;´Д`A
2013年08月08日 (木) | 編集 |

暑い(;´д`)ゞ  しばらく穏やかな天候が続いていたのに、再び猛暑が襲ってきた。
ただでさえこの時期は忙しいのに、今年はなかなか人手が集まらず、日々のシフト表
作りに悪戦苦闘している( ´Д`)=3 それでも従業員の急な休みとかあって、そんな場合は
私がヘルプに入ってなんとかこなしている状態で、肝心のお盆休みを前にして、早バテ気味だ。

このブログにもコメントをお寄せいただいているが、ようやくパソコンを立ち上げるのが
夕方になったり、深夜になって何か書かなくちゃと思っても体力や気力が続かなかったりと
またまた居留守状態になってごめんなさい

そんなわけで、クソ暑い中、おバカサイトでちょっと遊んでいたら、こんなの出ました
沖田総司とくされ縁ってのは何となくうなずけるけど、岩崎弥太郎からどんな恨みを受けて
るのか気になるわぁ。これが本名での相関図だと、明治新政府の連中に恋されたりソウル
メイトだったりと、さらに気色悪いのだ。
ま、天気も政治も暑苦しい夏は、こうして息抜きをしながら耐えるしかないよね。














 6日の広島原爆の日に、安倍首相が被爆地・広島市で原発政策の推進を表明
2013年08月07日 (水) | 編集 |

昨日6日は68回目の広島原爆の日。
テレビ画面で式典の様子が流れていたが、安倍首相の挨拶(官僚が書いたもの)には
何の感慨もわかなかった。その後のニュースでは首相が原爆症の未認定患者救済の
考えを表明したと強調していたが、福島原発の現状と原発再稼働、原発輸出の動きに
批判的な国民の多くは、もはや素直には受け取れない。
さらに驚くことに、首相は式典の後で被爆者代表7名と面談した際に、すべての原発を
停止してほしいとの要請に対して原発推進の考えを述べたというのだ。
アベノミクスでもわかるように、口先ではきれいごとや景気のよいことを言っても、結局は
大企業や金持ちの利益だけを考え弱者の痛みや窮状を理解できない政治家には、
国民国家の運命をこの先も委ねるわけにはいかない。

新聞の紙面とネットでの文章は異なっているが(紙面の「解説」の部分を掲載)、以下に
両方を併記して紹介したい。



 東京新聞 8月7日
   http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013080702000113.html

           首相 原発推進を強調  被爆地で不信増幅     

 安倍晋三首相が六日、被爆地・広島での被爆者との面談で、原発政策を推進する考えを表明した。世論の反対が強い原発再稼働や原発輸出だが、首相には前提条件である安全性を、日本の技術は満たすことができるとの過信がある。被爆地での表明は信頼を得るどころか、不信感を増幅させたといえる。 (城島建治、宮尾幹成)

 東京電力福島第一原発事故の教訓は、原発を完全にコントロールできないということ。事故が起きれば、放射能が拡散し、甚大な被害が出る。事故から二年半たった今も、十五万人が避難生活を余儀なくされている現実が物語っている。

 民主党政権の菅直人、野田佳彦の両首相(いずれも当時)は原発事故後、広島の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」で「脱原発依存」を目指す考えをそれぞれ表明した。福島の原発事故の反省があったからだ。

 だが、安倍首相はその広島で、原発を推進する姿勢を重ねて鮮明にした。被災地では除染も進んでいないのに、首相の言葉をうのみにする人はいないだろう。

 広島は、同じ核の後遺症に苦しみ続けている。安倍首相は式典で原爆症の未認定患者を早期に救済する考えを表明し、被爆者に寄り添う姿勢は示している。

 ただ、原発を再稼働することは、事故のリスクと表裏一体。首相は原発について「安全性を確保する」と強調しつつ、国会などでは「絶対安全はない」と認めるという自己矛盾から目を背けている。









09年の政権交代でようやく国民の側に立った鳩山政権が
誕生したのも束の間、米国の介入で鳩山・小沢両氏が失脚。
最悪の菅内閣が原発事故の対応を遅らせ、今に至る消費税増税、
TPPへの道筋をつけた。その後に首相になった野田はさらに最悪で
民主党そのものを崩壊させ、自民党の復活を招き入れた。
これ以上ひどい政治はないだろうと国民が選挙で大勝させた自民党は
なんと以前にも増して強権の牙を剥き、弱肉強食政策を爆進中だ。
そして安倍の次の政権は…? 考えるだけでも恐ろしい(ーー;)





 麻生氏発言の真意は「ナチスの手口」ではなく、「だれも気づかないで変わった」の部分にある。
2013年08月01日 (木) | 編集 |

例の「ナチスの手口」発言は案の定国内外で大きな問題になり、米国からの
お叱りを受けて、「誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげた
ことは撤回したい」と、この人が取材陣に語ったとか







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といっても謝罪をしたわけではなく、「ナチス云々」の部分を撤回しただけ。
それも、誤解を招くように間違って解釈したのはそっちだろ的な態度は崩さない。
何より麻生氏の歴史解釈はデタラメで、ワイマール憲法がいつの間にかナチス憲法に
変わっていたという史実はない。「全権委任法」の成立によってヒトラーは議会の承認
なしで法律を制定できる力を手中にし、ワイマール憲法を無力化させたのである。

この間にもユダヤ人や共産主義者への激しい弾圧が続いた。
ナチス政権は第一次大戦で疲弊し、戦勝国への恨みの感情が渦巻くドイツの人びとの
心の隙間に上手に入り込み、合法的な選挙によって大躍進を遂げたのであった。
こうした手法においては、まさしくナチスと自民党はぴったり重なり合う。
そしてナチス独裁への道を切り開いた「全権委任法」を真似て、自民党もこの後、現憲法
の無力化を図るつもりなのだろう。

麻生氏の撤回部分以外の発言はこうだ。
「憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。
だれも気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に
みんないい憲法と、みんな納得してあの憲法変わっているからね。」

発言の真髄は、「だれも気づかないで変わった。わーわー騒がないで。」という部分だ。
ある日、日本人は知らない間に、現憲法が自民党作成の憲法に変わっていたのに気づいた。
個人の権利と自由は制限され、戦争に駆り出されて死ぬ自由だけがあった。
といった悪夢世界が、ついそこまでやってきているのだ。
これはナチスよりもさらに巧妙な仕掛けがされた、絶望的な未来かもしれない。




    朝日新聞 8月1日
      http://www.asahi.com/politics/update/0731/TKY201307310562.html?ref=reca

       麻生副総理の憲法改正めぐる発言要旨

 護憲と叫んでいれば平和が来ると思っているのは大間違いだし、改憲できても『世の中すべて円満に』と、全然違う。改憲は単なる手段だ。目的は国家の安全と安寧と国土、我々の生命、財産の保全、国家の誇り。狂騒、狂乱のなかで決めてほしくない。落ち着いて、我々を取り巻く環境は何なのか、この状況をよく見てください、という世論の上に憲法改正は成し遂げるべきだ。そうしないと間違ったものになりかねない。

 ヒトラーは民主主義によって、議会で多数を握って出てきた。いかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違う。ヒトラーは選挙で選ばれた。ドイツ国民はヒトラーを選んだ。ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下にヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくてもそういうことはありうる。

 今回の憲法の話も狂騒のなかでやってほしくない。靖国神社も静かに参拝すべきだ。お国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。いつからか騒ぎになった。騒がれたら中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから静かにやろうや、と。憲法はある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当にみんないい憲法と、みんな納得してあの憲法変わっているからね。ぼくは民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、私どもは重ねていいますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。



    琉球新報 8月1日
      http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-210369-storytopic-11.html

     社説 麻生氏「ナチス」発言 看過できない重大問題だ

失言・放言癖のある人だから、では済まされない重大発言だ。
 麻生太郎副総理兼財務相が講演で、憲法改正をめぐり戦前ドイツのナチス政権時代に言及する中で「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。
あの手口を学んだらどうか」と述べた。
 当時、世界で最も民主的で先進的といわれたワイマール憲法を現在の日本国憲法になぞらえて、改憲の必要性を説く中で出た言葉である。
 麻生発言の向こう側に、ワイマール憲法破壊後に戦争に突き進んだナチス政権と、憲法を改正して国防軍創設などを目指す自民党、安倍政権の姿勢が重なって見えると言ったら言い過ぎだろうか。
 1933年の政権奪取後、ナチス政権は「一家に1台フォルクスワーゲン」のスローガンの下でアウトバーン建設など公共工事を推し進めて景気を回復。一方で、反ユダヤ主義などでナショナリズムを刺激し、政権基盤を固めた。
 その「手口」に学び、アベノミクスによる景気回復を強調し、尖閣などの領土問題や歴史認識問題でナショナリズムを刺激する。こうした中で「改憲やむなし」の空気を醸成する。そういうことか。
 ナチス政権は国会議事堂放火事件を政治利用し「緊急事態」に対処するためとして、内閣に立法権を一時的に付与する「全権委任法」を成立させた。同法を根拠にナチス以外の政党の存在を認めずに、独裁と戦時体制を確立したのだ。
 自民党の憲法改正草案も98条と99条で「緊急事態」に関する規定を設けている。有事や大規模災害時に、法律と同等の政令を制定することができるなどの権限を内閣に付与するものだ。これもナチスの「手口」に学んだのか。
 自民党、安倍政権の改憲目的は、戦時体制を整えるためにあるのかと思われても仕方があるまい。しかし、緊急事態規定がいかに権力によって乱用され、悲劇的な結果を招くかはナチス政権を見ても明らかだ。
 昨年の衆院選での自民党同様、ナチス政権も民主的制度の下で合法的に政権を奪取した。しかしその後に、かつての日本と同様に戦争への道を歩んだということを、国民は肝に銘じる必要がある。
 首相の任命責任も重い。麻生氏は民主主義を否定するつもりはないとも述べたが、額面通り受け取る人がどれだけいるだろうか。