激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
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 野田佳彦新代表で民主党と日本の終焉へまっしぐら
2011年08月29日 (月) | 編集 |

■ようやく忙しかった夏が終わってブログも再開しようと思ったとたんにこの凶報 
夏と同時に、初の日本市民革命も終了してしまった。
それにしても新聞テレビによる醜悪なほどの小沢・海江田叩きの世論誘導はすさまじかった。
どこが民主主義国家やら、ただのカルト独裁国家にすぎないことが日々露呈している。


■というわけで、野田新代表を実質的に作り出したメディアと官僚(バックに米国)の高笑いを
聞きながら、14日にアップした「野田よいしょ彦新首相」の予測図をバージョンアップして
再び載せることにしよう(^^;











■愚者ヨシヒコって何ですか? という人にはこれ。
テレビ東京で放送している「ドラクエ」っぽい、おバカドラマのパロディなのだ(^o^)
第1話からしっかり見ている私も私だけど…






『勇者ヨシヒコと魔王の城』
真ん中がヨシヒコ(山田孝之)。
左から、旅の仲間のメレブ、ムラサキ、ダンジョー。



  




■カボイの村に住むヨシヒコは、疫病に苦しむ村人たちを救う幻の薬草を探しに行ったまま
戻らない父の勇者テルヒコの代わりに、新たな勇者として旅に出る。
そして仏から、疫病の原因が魔王にあると告げられ、魔王を倒しに旅を続けるという
ストーリーだ。

キャッチコピーは、「非常識だから、冒険なんだよ。」

閉塞した現状を打ち破れず、冒険もできない野田新代表と彼をかついだ議員たちは
日本を救う勇者ではなく、メディア・官僚・米国・電機業界の傀儡の愚者として
いかに魔王と向き合うのだろうか?
すぐに魔王に倒されちゃったりして…







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 雨の熱海海上花火大会
2011年08月24日 (水) | 編集 |

■観光業にとって、イベントの当日が荒天になるほど嫌なものはない。
熱海で花火があるというのに、夕方から激しいどしゃ降りの雨が続き
バスツアーの予定客が相次いでキャンセルを申し出てきた。

そこで仕方なく、ちょうど遊びに来ていた娘たちと一緒に、代わりにバスに
乗り込むことにした。
娘は、自分は「晴れ女」だからぜったいに雨は止むと自信満々だ。
ちなみに私は「雨女」


■同じことを考える人がいるようで、バスツアーに添乗する観光協会のスタッフも
急遽、晴れ男が代わって乗り込むことになったという。
おいおい、これってオカルトツアーか


■と、ななんと熱海に着いたら雨が上がってるし。
多忙のためずっと体調が悪いままだから、晴れ女と晴れ男に負けたわけね。
というわけで、雨空のため花火の煙が空をおおって、あまりきれいには見えなかったけど
迫力いっぱいの夏の花火を堪能した。
ツアー客の席は打ち上げ場所の正面なので、巨大な3D映像を見ているようだ。
大音響で耳が痛い。

というわけで、後半の連続乱れ打ち上げの一部を動画に撮ったので、夏の余韻を
お楽しみください。












 たまごっちのラブリンと猫のギンちゃん
2011年08月22日 (月) | 編集 |



ギン「いいこね、もう寝ましょ」
ラブリン「おやすみ~っ」

たまごっちキャラのラブリン人形は、触ると60の言葉をしゃべるのだ。







ギン「すりすり」
ラブリン「ウニョニョ~ン」







 野田氏を首相にかつぎたがる人たち
2011年08月14日 (日) | 編集 |












 新顔・猫のキンちゃん
2011年08月12日 (金) | 編集 |



しばらく前から居つくようになった雌猫の「班目キン」ちゃん。
変な名前つけないでって言われそうだけど
うちで飼っているギンに毛並みと顔が似てるので、キンと命名。
もしかしたらギンと同様、もっと毛足が長くふさふさしていたのかもしれない。
おどおどしたやせっぽちのキンちゃん
たくさん食べて猛暑を乗り越えてね








こっちが尻尾じまんのギンちゃん。
元の飼い主が「ギズモのギーちゃん」と呼んでいたので
それではかわいそうと思い、ギンと改名した。
珍しい三毛の長毛種。
2度の大病と手術を乗り越え元気に暮らしている。





■連日の猛暑で、人間はもちろん、外で暮らす動物たちもグロッキー状態だ。
私も客室セットの途中で何度か気分が悪くなりかけた。
毎年この時期には過労で免疫力も低下するため病気にかかりやすくなるのだが
やっぱりまた持病の膀胱炎になってしまった
行きつけの病院はみなお盆休みに入ってしまい、昨日、決死の思いで遠くの
病院まででかけた。
安静にできれば回復も早いのだが、戻ったその足でいつも以上の業務をこなした
ので、薬を飲んでもなかなかきついものがある。
おまけに目もひどく痛むので、日々のブログもほんのちょっと下書きを書いただけで
アップするには至っていない。
これからお盆休みに突入するので、ため息をつきつつ、時間をみて滞った文章を
もし修復できたら順次アップすることにしたい。







 福島県の子どもの検査結果を原子力安全委員会が削除していた
2011年08月11日 (木) | 編集 |

■個人情報保護という名目で、国民に知らせるべき情報がこれまでも
数多く隠蔽されてきた。これもその1つである。








    NHK 8月11日
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110811/k10014837761000.html

         子どもの被ばく検査結果 削除

 東京電力・福島第一原子力発電所の事故で、インターネット上で公開されていた福島県の子どもの甲状腺検査の結果について、個人を特定できる可能性があるとして、国の原子力安全委員会が、すべて削除していたことが分かりました。専門家は、「正確な情報提供に逆行する」と指摘しています。

 福島第一原発の事故で、国の対策本部は、3月に福島県いわき市などに住む15歳以下の千人余りを対象に、放射性物質が甲状腺に蓄積していないか検査を行い、原子力安全委員会がインターネット上で結果を公開してきました。この中には、いわき市の4歳の子どもが健康への影響は無いとされる、甲状腺に受けた放射線量にして35ミリシーベルトの被ばくをした、とする記述もありました。ところが、詳しい住所が含まれていたことから、原子力安全委員会は、「個人を特定できる可能性がある」として、今月初め、記述をすべて削除しました。しかし、子どもの甲状腺の検査結果は、ほかには一切公表されていないうえ、個人の特定とは関係のない、被ばく線量などの情報まで削除されたことから批判の声があがっています。災害時の情報伝達に詳しい東京女子大学の広瀬弘忠名誉教授は、「子どもの被ばくに過敏に反応されることを恐れて削除したと言われてもしかたがない。正確な情報提供で対応できるようにしてもらわなければならないのに、逆行するあり方だ」と指摘しています。



■上で指摘されているように、削除することによって、「健康への影響はない」
という文言自体が疑わしいと思われても仕方がない。
常日頃から「臭いものに蓋」「触らぬ神にたたりなし」的な責任回避に汲々と
しているから、必要以上に情報隠蔽をしてしまうのだ。
いわゆる「自粛」と同じ構図である。
自粛がなんら前向きの結果を生み出さないように、行き過ぎた情報保護も受け手の
利益を損ねるだけだ。
正しい情報開示こそ民主主義の根幹であることを、しっかり自覚してほしい。







 燃えるロンドン 暴動は周辺部に拡大も
2011年08月10日 (水) | 編集 |



CNNの写真より



■きょうは結婚記念日(えーと、たしか100回目か?)なんだが、
毎年夏の忙しいさなかで、いつも本人にさえ忘れされてしまう悲しい日でもある。

でクールダウン気味の記念日とは逆に、この暑い夏場に派手に燃え上がっている
のがロンドンで、どうやら周辺部にも飛び火しているらしい。


   ロイター通信 8月8日
     http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-22605820110809

    ロンドン暴動が中部バーミンガムなどに拡大、215人逮捕 

[ロンドン 8日 ロイター] 警官による市民射殺をめぐり6日夜にロンドン北部のトットナムで発生した暴動は8日、ロンドンの新たな地区や中部のバーミンガムなどにも飛び火。各地で放火や略奪が相次ぎ、過去数十年で最悪の暴動となっている。
 来年に迫った夏季五輪の会場にも近いロンドン東部のハックニーでは、フードをかぶった若者らがごみ箱に火を放ったり、警官隊に向かって瓶やれんがを投げたりするなどした。
 暴動は南部のペッカムやクロイドン、ルイシャムなどにも拡大。また警察によると、中部バーミンガムでも、店舗が襲撃され、商品が略奪されるなどの被害が出たという。
 この事態を受けて首相府は、キャメロン首相がイタリアでの休暇を切り上げて帰国し、緊急の危機対策会合を開催すると発表。今回の暴動で、警察はこれまでに215人を逮捕している。

 


■上の記事は少し古いので、現在では死者も出て、逮捕者の中には小学生もいるという。
発端はマーク・ダッガンという黒人の青年を警官が射殺して(青年は銃を持っていなかった)
抗議の人々が200~300人集まったが、このデモは平和的に行われていた。
ところがこの中の参加者がパトカーに瓶を投げたり放火したのがきっかけになり、放火や
略奪行為が広がっていった。
そしてロンドンの暴動は沈静化に向かったものの、今度は周辺地域からも火の手があがった。


■暴動の中心は若者で、小学生などの子どもも含まれている。
慢性的に高い失業率に悩むイギリスではこれまでもこうした暴動が発生していた。
きっかけは黒人青年の射殺だったが、中東各国などの政治的なデモとは違い
社会に蔓延する鬱屈した思いが、事件を引き金にて暴発したのだと推測される。
人種差別というよりも、厳然たる階級社会のもたらす絶望感が根底にあるのだろう。

父の仕事の関係で、私も子どもの頃にイギリス貴族の生活を垣間見たことがあるが
上流と下流では話す言葉から違い、まして植民地の人間(当時のインド人など)は
20世紀の文明社会というのに、彼らから人間扱いされていなかった。

経済の衰退と格差が広がる米国や日本もいずれはイギリスの後追いをするようになるのか
そうした事態を回避するためにも、現在の経済政策を誤らないよう、私たち国民も
注視していかなければならない。





  

 66年目の長崎原爆の日 田上長崎市長が脱原発依存を宣言
2011年08月09日 (火) | 編集 |

■平成23年長崎平和宣言全文
  http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/japanese/appeal/

 今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然としました。爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。
 「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。
 自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか……、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。
  たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。

 福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。
 世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。
 核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。
  世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。
 人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい爆風。廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。
 そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

 一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。
 オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。
  アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。
 日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被爆者の実態に即した援護の充実をはかってください。  
 長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被爆の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。
  「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被爆の写真パネルを展示してください。被爆地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。  

 1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。
  原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。  


2011年(平成23年)8月9日
長崎市長 田上 富久
 






       核兵器はいらない!
       核発電(原発)もいらない!









 バクテリアでセシウム除染に成功
2011年08月07日 (日) | 編集 |

■今後長期間にわたって内部被曝問題が深刻化する中で、明るい希望が
もてるようなニュースも目にする。
その1つが有効な除染法で、バクテリアや乳酸菌の力を借りるものだ。


   福島民報 8月3日
     http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2011/08/post_1647.html

     バクテリアの除染に効果 飯舘の水田、線量が大幅低下

 南相馬市、飯舘村で微生物を活用した除染実験に取り組んでいる田崎和江金沢大名誉教授(67)は2日、放射性物質を取り込む糸状菌のバクテリアを発見した同村長泥の水田の放射線量が大幅に下がったと発表した。南相馬市役所を訪問し、桜井勝延市長に報告した。
 水田の表面は毎時30マイクロシーベルトの高い放射線量だったが、7月28日には1桁台に下がっていた。水田では無害のバリウムが確認されており、田崎名誉教授はバクテリアの代謝によって放射性セシウムがバリウムに変わったとみている。
 金沢大低レベル放射能実験施設で水田の土1キロ当たり447ミリグラムのバリウムを検出した。バリウムは通常、土壌からは検出されないという。今後の除染実験に使用するため、バクテリアの培養も行っている。同村長泥の放射線量が高い湿地で根を伸ばしたチガヤも確認した。根にはカビ類が大量に付着、除染効果との関係を調べる予定。
 南相馬市原町区の水田では、バクテリアと、粘土のカオリナイト、ケイ藻土の粉末を使って稲を栽培、除染効果を確認している。
 報告には、実験に協力している同市の庄司建設工業の庄司岳洋副社長、庄建技術の佐藤直営業部長、高橋正則技師長が同席した。
 成果は学会誌「地球科学」に発表する。




■素晴らしい成果ではないか。
記事のタイトルが「バクテリアの除染」となっているので、あれれと思った。
ここは「バクテリアによる除染」ということで(^^;
どのくらいの量のバクテリアを使い、何日間で桁が下がったのか文面からは
わからないが、一刻も早く実用化してほしいものだ。


■他にも古い記事になるが(本当は3月の時点で書こうと思ってストックしておいた)
やはり微生物によって除染する技術がある。
こちらの実用化はどうなっているのか知りたいものだ。


   ヒロシマ平和メディアセンター 08年3月4日 

    放射性物質 微生物で回収 劣化ウラン弾処理 視野 
          広島国際学院大と関西の企業との研究グループ


 広島国際学院大(広島市安芸区)と関西の企業との研究グループが、土壌や河川を汚染しているウランなどの放射性物質を微生物を使って回収する技術を開発したことが23日、分かった。劣化ウラン弾による放射能汚染への活用も視野に入れ、2009年の実用化を目指している。

 研究グループの統括代表者の佐々木健・同大教授(生物環境化学)によると、これまで回収に成功している放射性物質は、ウラン、ストロンチウム、コバルトの3種類。Y字型のセラミック(全長5センチ)に封じ込められた特殊な光合成細菌が帯びるマイナス電気が、プラスイオンの放射性物質を引き寄せる仕組みだ。

 放射性物質20ミリグラムを含む1リットルの水に、細菌入りのセラミックを6日間入れた実験では、セラミック1個当たり2ミリグラムの放射性物質を回収できた。この実験などから、放射性物質に汚染された土壌にセラミックを埋め込むと、3―6カ月間で、1個当たり10―20ミリグラムの放射性物質を回収できると推定している。

 放射性物質は、薬品で除去することができるが、高価で環境への負荷も生じる。特に、低濃度で広く汚染されている場合は、今回のバイオ技術の方が低コストで環境にやさしい、という。

 研究は8年前からスタート。大学院生を中心に計6人で取り組み、1月末に特許を申請した。佐々木教授は「劣化ウラン弾の処理や、地震の時などに漏れた放射性物質の回収に活用できる技術。ヒロシマ発で世界に発信したい」と話している。





   ウラン、プルトニウムを濃縮する微生物

      13ページ中7ページ目に記述あり。








 66年目の広島原爆の日 非核・脱原発の覚悟を私たちは歴史から問われている
2011年08月06日 (土) | 編集 |





■66年目のヒロシマ。
朝8時15分、ここ非核宣言都市・湯河原でも黙祷のサイレンが鳴り響いた。
テレビ画面に映る平和記念公園の参列者の顔から汗が流れ落ちているのが見える。
今年の式典では、福島原発事故についてどのように語られるかが注目された。


■自らも被爆2世である松井一実・広島市長は平和宣言の冒頭で、公募した被爆者
2人の生々しい体験談を引用した。

「8月5日は、中学2年生の私にとっては久しぶりに一日ゆっくり休める日曜日でした。
仲良しだった同級生を誘って、近くの川で時間の経(た)つのも忘れて夕方まで、
砂場でたわむれ、泳いだのですが、真夏の暑いその日が彼との出会いの最後だったのです」
(当時13歳の男性)

「体重40キロの私の体は、爆風に7メートル吹き飛ばされ意識を失った。意識が戻った
とき、辺りは真っ暗で、音の無い、静かな世界に、私一人、この世に取り残されたように
思った。私は、腰のところにボロ布をまとっているだけの裸体で、左腕の皮膚が5センチ
間隔で破れクルクルッと巻いていた。右腕は白っぽくなっていた。顔に手をやると、右頬は
ガサガサしていて、左頬はねっとりしていた」(当時16歳の女性)


■3月の東日本大震災と原発事故については、松井市長はこう述べた。

「今年3月11日に東日本大震災が発生しました。その惨状は、66年前の広島の姿を彷彿
(ほうふつ)させるものであり、とても心を痛めています。」
「また、東京電力福島第一原子力発電所の事故も起こり、今なお続いている放射線の脅威は、
被災者をはじめ多くの人々を不安に陥れ、原子力発電に対する国民の信頼を根底から崩して
しまいました。そして、『核と人類は共存できない』との思いから脱原発を主張する人々、
あるいは、原子力管理の一層の厳格化とともに、再生可能エネルギーの活用を訴える人々が
います。
 日本政府は、このような現状を真摯(しんし)に受け止め、国民の理解と信頼を得られる
よう早急にエネルギー政策を見直し、具体的な対応策を講じていくべきです。



■松井市長は、原発は国家による政策事業であるので、その意向を無視して地方自治体の
長が脱原発宣言を行うべきではないとの考えから今回のように遠まわしな表現をとらざるを
得なかったのだろうが、ここはもっとはっきりと「原発ノー」を宣言してもよかったのでは
ないか。
私がもし市長の立場にあったら、国の意向がどうだろうと、
「私は広島市長として『核と人類は共存できない』との思いから脱原発を主張します」と
絶対に言ったと思う。
政治家として甘いと言われようと、生意気だと誹謗中傷されようと、広島長崎の被爆者や
福島原発事故の現在そして未来の多くの被災者の気持ちを考えれば、脱原発をきっぱり宣言
せざるを得ないからだ。


■また延命に汲々としている菅首相は、原発への依存度を引き下げ、『原発に依存しない社会』
を目指すことを挨拶の中で述べた。
この場所で脱原発に言及したことは、あとから「あれは個人的な意見だった」とは2度と訂正
できないことを肝に銘じて、しっかり脱原発へと舵を切ってもらいたい。










■さて仕事の合い間に部屋に戻って何気なくテレビをつけたら、NHKスペシャルで
原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報 」という番組をやっていた。
全部は見られなかったが、番組説明によると…

【広島・長崎あわせて20万を超える人々の命を奪った原子爆弾。これまで日本は、アメリカが原爆攻撃の準備をしていることを知らないまま、“想定外”の奇襲を受けたとしてきた。しかし実際は、原爆投下に向けた米軍の動きを事前に察知していたことが、新たな証言と資料から明らかになってきた。日本軍の諜報部隊が追跡していたのは、テニアン島を拠点に活動するある部隊。軍は、不審なコールサインで交信するこの部隊を、「ある任務を負った特殊部隊」とみて警戒していたのだ。8月6日、コールサインを傍受した軍は、特殊部隊が広島に迫っていることを察知。しかし、空襲警報さえ出されないまま、原爆は人々の頭上で炸裂した。そして9日未明、軍は再び同じコールサインを傍受、「第2の原爆」と確信した。情報は軍上層部にも伝えられたが、長崎の悲劇も防ぐことはできなかった。
番組では、広島・長崎への原爆投下を巡る日本側の動きを克明に追う。情報を掴みながら、なぜ多くの人々が無防備のまま亡くならなければならなかったのか…。原爆投下から66年、その問いに初めて迫る調査報道である。】


■当時の米軍の動きを必死で追いかけていた人々がいた。
しかし彼らがもたらした情報を日本軍の中枢は知っていながら、なぜか動こうとせず
原爆を搭載したそのB29が飛来しても、空襲警報は発令されなかった。
もし屋内や防空壕に避難していたら、多くの命が助かったはずだった。
この情報隠蔽は2度も行われ、長崎も犠牲になった。
B29の長崎への原爆投下を知って待機していた空軍パイロットにも、出撃命令は
ついに降りなかった。
このとき日本軍のトップたちは降伏が及ぼす天皇と自分たちの責任回避をめぐって、
長々と会議中で、国民の命はまったく顧みられなかったのである。
彼らは原爆の存在を知っていながら否定し、その後、すべての証拠隠滅を部下に命じた。


■歴史は繰り返す。
いや過去に目をつぶり反省をしてこなかった人々が、再び同じ過ちを繰り返すのだ。

戦時中に資金不足で核開発を断念せざるを得なかった連中は、性懲りもなく、日本も
核武装をしたいとの野望のもとに、核の平和利用という名目で日本に原発を導入したのだ。
その後も原発を危惧する声には耳を向けず、安全神話と助成金を撒き散らし続けた。

そして3月の事故。
戦争中と同じように、政府も東電もメディアもSPEEDIによる情報隠しで福島県民
をいたずらに被曝させ、ただちに影響はないと日本中に汚染を拡大してしまった。

さらに3度4度と過ちを繰り返すのか、それとも過去をしっかり教訓として新たな未来を
切り拓いていくのか、私たちは今ここで歴史に問われているのだ。












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