激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 <非道日本の現実> 福島原発のあの被曝作業員はどうなったのか?
2011年03月31日 (木) | 編集 |

■わずか半月で、日本の大地も日本人の心も恐ろしい勢いで崩壊を始めた。
その中での気がかりの1つが、24日に福島第1原発3号機のタービン建屋内で
足首を被曝した3人の作業員の運命である。
診察の結果、健康状態が良好のため28日に退院したと知り、愕然とした。
多量に被曝したのに心配ないので退院とは、いったいどういうことなのか?
これも国民の間に不安やパニックを起こさせないようにという「官邸の配慮」の
結果なのか?


    時事通信 3月28日
      http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032800497

   被ばくの作業員3人が退院=足の皮膚に症状見られず-放医研

 東京電力福島第1原発3号機のタービン建屋内で24日、復旧作業中に被ばくし、放射線医学総合研究所(千葉市)で治療を受けていた作業員3人が28日、退院した。足を被ばくした2人の皮膚に症状は見られず、今後は最悪でも赤みが生じる程度で自然治癒が可能という。
 放医研によると、3人のうち2人はくるぶしより下を局所被ばくし、被ばく量は当初2~6シーベルトと見積もられていたが、東京電力から提供された水の解析データや症状を分析した結果、2~3シーベルト程度と分かった。内部被ばくの影響もないとみられる。
 作業員3人は正午ごろ退院。いずれも健康状態は良好で、うち1人は放医研を通じ「被ばくを受け心配していたが、専門機関である放医研で治療してもらい安心した」とコメントした。




■1999年9月、茨城県東海村の核燃料加工施設・JCO東海事業所で
国内初の臨界事故が起き、現場作業員2人が被曝した。
もっとも被曝度合いの大きい大内久氏(35歳)は83日間の苦しい治療に耐え
亡くなった。もうひとりの同僚・篠原理人氏(40歳)の被曝量は大内氏の半分以下
(6~10シーベルト)だったが、やはり194日目に亡くなった。

たしかにこのふたりの被曝の程度は福島原発の3人とは格段に大きいものだったが
病状の経過をみると、福島の3人についても、とても上記の記事のように安心とは
思えない。
東海村臨界事故のあとに出版された本をすぐに入手したので、以下に紹介したい。








2002年10月初版。









目次。字が読みづらくてごめん。
被曝…1999年9月30日
タイトルの下に、被曝2日目、3日目、5日目…と記してある。








臨界事故で被曝した大内氏。35歳。
174センチ、76キロ。高校時代はラグビーの選手。

本文より
「8シーベルト以上の放射線を浴びた場合の死亡率は100パーセントだ。
染色体検査などの結果から、最終的に大内の被曝量は20シーベルト前後とされた。
これは一般の人が1年間に浴びる限度とされる量のおよそ2万倍に相当する。」

「前川(註:治療に当たった東大の医師)は大内の様子に一瞬目をみはった。
どこから見ても重症患者には見えなかったのだ。顔面が少し赤くなって、むくみ、
白目の部分がちょっと充血しているなと感じたが、皮膚が焼けただれているわけでもなく、
はがれ落ちているわけでもなかった。水ぶくれさえなかった。
意識もしっかりしていた。医師の目にも重い放射線障害があるとは見えなかった。」









大内氏は最初、福島の被曝作業員と同じ千葉市の放射線医学総合研究所へ
運ばれたが、放医研は造血幹細胞移植の経験がなかったので(びっくり!)
東大病院へ転院した。
驚くことに、被曝5日目でも大内氏は看護師と普通に会話し
笑ったりもできていた。
しかし放射線は大内氏の染色体をズタズタに破壊しており
徐々に症状も悪化していった。

上の写真は看護記録より(99年10月8日)。
苦しい治療下で、大内氏は「もう嫌だ」「やめてくれよ」「茨城に帰りたい」
「おれはモルモットじゃない」と叫ぶようになった。









上:大内氏の右手。10月7日(被曝8日目)。
東大病院転院時には、赤くはれているだけだった。

中:同じ右手。10月25日(被曝26日目)。
表皮が失われ、赤黒く変色している。

下:移植された妹の細胞が生み出した白血球。
赤く発色しているのは女性の性染色体。









大腸の内視鏡映像の経過と、筋肉細胞の顕微鏡写真。
大胸筋の繊維はほとんど失われていたが
心臓だけは、不思議なことにほとんど破壊されていなかった。




■大内さんの被曝量20シーベルトは、1年間に浴びる限度量の2万倍だった。
福島の労働者の被曝量が、少なく見積もっても2シーベルトということは
限度量の2千倍ということになる。
大内さんの症状の経過で推測すると、退院した4日目にはまだ元気で
特に悪いところも見えなかったと思われる。
しかし悪化するのはしばらくたってからなのだ。
とても自然治癒するとは、私にはとても思えない。
だれか、心あるメディアは、彼らのその後をぜひ追ってほしい。
事実が闇に葬られないうちに。








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 思えばゴア氏の『不都合な真実』の登場から原発災害は予感されていた
2011年03月30日 (水) | 編集 |

■地震・津波に加えて原発事故と、あまりの悲惨な状況を前に、行き場のない
怒りと無力さにとらわれる日々。毎日ひたすらツイッターの時系列を追いかけ、
政治家やジャーナリストに対しても、考えられる限りの意見と提言をツイートしてきた。


■被災地へ物資を運ぶより被災者を安全な地域へ運ぶこと。
また物資の運搬には鉄道貨物を利用すること。
原発に近い被災者の、特に乳幼児・こどもにはヨード剤を配布して、妊婦も一緒に
安全な場所まで早急に避難させること。
事故原発の冷却には無人偵察機やロボットを使うこと。
放射能の飛散を抑えるために、原発周辺に壁や幕をめぐらすこと。
菅内閣や東電ではもはや事態を収拾できないので、諸外国の知恵と技術にまかせること。
非常手段として、日本を国連預かりにしてもらうこと。
放射性ヨウ素に汚染された牛乳はチーズに、ほうれん草は冷凍して保存すれば、その後
安全に食べられること。などなど。


■振り返ればたしかに素人の意見だったにすぎないが、それでもさほど間違った方向では
なかったと思う。
それにしても、今回の上杉隆氏をはじめとしたフリーランスのジャーナリストたちの活躍
には目を見張るものがあった。
政治家でも田中ヤッシーや下地氏など小政党の議員は実際に被災地を歩いたし、APF通信社
の山路徹氏は避難指示区域となった南相馬市小高区の現状をレポートした。
この地域にはまだ少数の住民と、置き去りになった犬たちがいるのだ。
さらに山路氏はこの犬たちにペットフードを運ぶというので、キャットフードもお願いします
と書き込んだところ、うれしいことに犬に加えて猫の保護もすることになったという。










■さて今回の大地震と原発事故に関しては、数年前から予兆というか、不安な予感があった。
そこで当ブログの過去記事を、いくつか拾い集めてみることにした。


 そもそもの始まりはこれだ! 地球温暖化騒ぎ。

   ゴア氏にノーベル平和賞――その正体は政治プロパガンダ
            2007年10月13日  <カテゴリ:目覚めよ日本>
        http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20071013.html

「ゴア氏の主張は、対ブッシュの、そして温暖化の名を借りた原子力発電推進の意図を隠し持った政治プロパガンダなのだ。彼の主張は決して地球を救うことはない。貧しい国の人々をさらに困窮へと追い込むだけだ。一見科学を装った、根拠の薄い偽科学にだまされてはいけない。それはあたかも世紀末に人々の心をおののかした、あのノストラダムスの大予言のようなものだからだ。」


   温暖化で加速する「原発受注」 2008年01月18日
                  <以下カテゴリ:地球温暖化の罠>
         http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20080118.html



 温暖化とは逆に地球は寒冷化へと向かう。大災害の予感。

    太陽黒点の減少が続いている  2009年06月03日
          http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20090603.html

「太陽の活動が200年ぶりの低水準にまで落ち込んでいる。これまでのパターンだと再来年には活動の極大期を迎えるはずなのに、活発さの指標となる黒点がほとんど現れない。研究者も『このままだと地球はミニ氷河期に入る可能性がある』と慌て始めた。」


     緊急地震速報にドッキリ   2009年08月25日
           http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20090825.html

東工大の丸山茂徳教授の話
「黒点が少ない時期は歴史的にも浅発地震が多いと指摘する。黒点が少ないと太陽の磁場が弱まり、その結果地球に降り注ぐ宇宙線も増えるわけで、この宇宙線の一部は地表の下にまで達して少なからぬ影響を与えるのである。」







 フランスのル・モンド紙報道 「東電の罪」と「原子力ロビー」
2011年03月28日 (月) | 編集 |

■東電の原発事故に関しては、もはや日本のメディアの報道は当てにならない。
そこでル・モンド紙の記事を日本語訳したサイトがあったので、以下に転載する。


  FRANCE MEDIA NEWS フランスからのニュース
    http://francemedia.over-blog.com/article-70296514.html

フランス在住の翻訳に携わる有志グループが福島原発と東北関東大震災に関するフランスメディアのニュースをお知らせします。


    Samedi 26 mars 2011 6 26 /03 /Mars /2011 23:33 福島原発 

    「東電の罪」と「原子力ロビー」(仏ル・モンド紙報道
            3月26日 23時45分(日本時間27日7時45分)
 

 仏日刊紙ル・モンドは26、27日版紙面で福島原発の状況と東京電力に関する特集記事を掲載している。「日本人は原子力災害を意識し始めているものの、未だ事故の重大性には気づいていないようだ」と冒頭で同紙の東京特派員は語る。特派員によれば、「新聞、民放テレビ局、インターネットのブログなどで語られる原子力専門家の話を聞いていると、この一連の悲劇の背景に「原子力業界のロビー活動」が見え隠れしている」という。


   日本の「原子力ロビー」

 この「原子力ロビー」には原子力事業を総括する経済産業省と同省の管轄である原子力安全・保安院、電力各社、電気事業連合会(電事連)、そして発電所を建設する東芝や日立といった産業界の大企業が関与し、「非常に大きな資産と影響力」を誇っているという。また、原子力関連の官庁からの天下り社員が送られることにより、完全な「情報統制」を行うだけでなく、出版やテレビ局を通じて大規模な広告キャンペーンを繰り広げ「原子力は100%安全である」という神話を築いて来た。
 さらに、現在の与党民主党は原子力エネルギー業界出身の組合員が多い労働組合「連合」を支持層にしているため、2009年の政権交代後もこの状況に変化はなかった。
 同紙は、「この行政、監督官庁、原発建設企業そして電力会社間の緊密な関係が原発反対派を黙殺し、さらに原子力に関するあらゆる疑問を回避してきた」と指摘。電力各社は「1970年代以降から度重なる原発事象を隠蔽、改ざんし続けて来た。当時最も批判が集中したのは東京電力である」と付け加える。


   安全よりもコスト削減

 ル・モンド紙は未確認の情報とした上で、「電力各社は長期的な原発の安全性よりも短期の利益勘定を優先し、世界で最も地震と津波が多い日本国土の危険性を考慮していない」という東電元社員の証言を紹介。
 福島原発は1956年に発生したチリ地震をモデルにして5,5メートルまでの波にしか耐えられるように設計されていなかったため、地震発生時原子炉は自動停止したものの、冷却システムは津波の影響で完全に機能を失ってしまった。東京新聞では福島原発の建設に関わった当時の東芝の技師が「設計時の耐震基準が低すぎた」と告白している。
 経済産業省は「この危機が落ち着いた段階で東京電力の処遇を決める」としているが、「それまでの間、一体何人の被害者が出るのだろうか?」と同紙は問う。
 「日本が直面しているのは自然災害ではなく、人的災害である」という東芝元社員の証言、「福島原発は異常事象と作業員の被曝が日本で最も多い発電所」という共産党吉井英勝議員の告発、さらに原発保全作業は下請会社の経験乏しい作業員が行い、今現在大災害の現場で戦っているのもその作業員達である事実も判明している。事故後の対応の遅さに加え、地震と津波が発生してから2日間、周辺住民への被害よりも設備の保全を優先させていた経緯も厳しい批判を受けて当然だ。実際、地震の際に福島原発に派遣されていたフランス原子力企業アレバ社の8名は危険性をすぐに察知して真っ先に退避している。


   過信した大企業 東京電力

 今日3月26日は東京電力が福島原発1号機の操業を開始して丁度40周年を迎える。
原子力エネルギーに着手して40年目の今日、東京電力は重大な原子力災害を引き起こす直前の状態にまで追いつめられている。さらに、事故後の対応が批判に晒されているにも拘らず、ガス価格の値上げを理由に4月の電気料金を値上げすることを発表。事故発生から29時間後に行われた記者会見以降公式の場に姿を現さない清水正孝社長にも批判が集中している。
 東京電力は従業員3万8千人と(2009年度)売上げ5兆円と1337億円の純利益を誇る世界4位の大電力企業である。
「原子力安全・保安院と経産省を始めとする原子力推進ロビーに支えられ「奢り高ぶった」企業の体質が、原発内の事象や技術報告の隠蔽を生み出した温床ではないか」と同紙は問う。
 しかし今回の事故により東電グループは解体の危機にあり、同社の原子力計画も中止を余儀なくされるだろう。ましては2012年に予定されていた新規原子炉2機の工事着工などは夢の話だ。

参考記事
"Silences coupables", Le Monde, 26-27/03/2011
"La compagnie d'électricité Tepco, arrogante et dissimulatrice", Le Monde, 26-27/03/2011







 福島原発から20~30キロ圏「南相馬」を救え!<必見動画2本>
2011年03月27日 (日) | 編集 |

■まるで朝鮮半島の38度線のように地域、いや生死の境を分断するかの
ように設けられた事故原発からの20キロのライン。
20キロ圏内の住民には避難指示、そして20~30キロ圏内の住民には最初
屋内退避。その後自主避難要請というあいまいで無責任な指示が出された。

■驚くことに危険な20キロ以内はおろか、屋内退避なら安全とされた30キロ圏
からも、大手の記者クラブメディアはいち早く逃げ出し、取材に訪れたのは地元紙や
フリーランス、外国メディア高だという。
そんな中、この圏内を果敢に取材に訪れた、今話題の(^^;APF通信社代表・山路徹氏と
新党日本代表・田中ヤスオちゃんの動画をリンクしておく。





    
■20キロ圏内(避難指示区域)・南相馬市小高区の現状
        撮影:山路 徹(APF通信社代表)
            3月25日(金)午後2時頃>  

http://www.ustream.tv/recorded/13556663





 ■新党日本 平成の“棄民”を見捨てるな!南相馬からの報告
          guest桜井勝延氏(南相馬市長) BS11 3月26日
             http://www.nippon-dream.com/?p=3088













 今からでも遅くない チェルノブイリで何が起こったかを直視し、ここから学ぼう
2011年03月24日 (木) | 編集 |

■東北関東大震災後、最初の原発事故のニュースがあってすぐに
私は千葉県に住む娘に、もしかしたらチェルノブイリに相当する規模に拡大する
かもしれない。その場合、将来は日本を捨てざるを得ない事態になることも覚悟する
ようにとメールした。
テレビでは枝野官房長官が、放射能流出の危険はないとペラペラとしゃべっていた。
娘たちからも、私は過剰に心配しすぎだとたしなめられた。


■一般市民はともかく、大勢の命を預かる国家や自治体、政治家たちは、災害対策に
おいて常に最悪の事態を想定しておかねばならない。
特に原発事故についてはスリーマイル、チェルノブイリといった大災害の実例があり
いくらでもここから学び教訓にできたはずだ。


■というわけで、私はチェルノブイリ原発事故については、折に触れて資料を見聞きし
直後の様子からその後の経過について、個人的に調べてきた。
以下の写真は、チェルノブイリ事故の1年後に緊急出版された現地ルポのものである。








著者のアンドレイ・イレッシュ氏は、1949年モスクワ生まれ。
当時はイズベスチヤ紙で、主に環境問題について執筆。
チェルノブイリ事故では、記者として初の潜入ルポを行った。







立ち入り禁止区域から外部へ出る車は
特殊除染液のシャワーを浴びなければならない。
マスク、ゴム手袋、特大のゴム長靴に身を包んだ作業員が
車に液体を吹きつける。(写真は車内から撮影)

<訳者あとがきより>
死者31人、負傷者300人、さらに13万人以上の住民を疎開させた
原発史上最悪の惨事を、ジャーナリストとして一番乗りしたイレッシュ記者の
本格的現地踏査ルポルタージュである。
本書は、1987年9月の時点でまだソ連では刊行されていない。
われわれがラボーチイ・テクスト(作業用原稿)をもらったのが4月半ば、
最終稿を6月に入手した。
アメリカ、スウェーデンなどでは1987年末に出版の予定という。












突貫工事で建設が進む第4発電棟の「石棺」。
コンクリートと鉄材からなるこの巨大な遮蔽建造物が完成し、
原子炉は安全に隔離された。(完成直前の1986年9月末撮影)







爆発と火災のため、完全に崩れ落ちたチェルノブイリ第4発電棟。







右上:第4発電棟をすっぽり包んでしまう「石棺」づくりのため
地下にバンカーと呼ばれる指揮所が作られた。
工事の模様は工業用テレビに映し出される。
右下:事故の起きた第4発電棟わきで、除染作業に活躍する
日本製ブルドーザー。無線運転をしている。
左は原発職員の宿舎と出勤風景。







政府の事故対策本部と放射能チェックポイントの様子。
左下:事故直後からソ連軍部隊が復旧作業に出動した。
30キロ圏近くにつくられたテント村。
「国民と軍隊は一つ」のスローガンがみえる。








右上:立ち入り禁止区域にはいる直前のチェックポイント。
路面に散水してあるのがわかる。
右中:原発構内で放射能を含んだホコリが舞い上がらぬよう
常時散水車が路面に水をまいている。
右下:復旧作業の人々のための食事サービス。

左上:放射能の混じったチリやホコリが舞い上がるのを防ぐため
特殊フィルムで道路を舗装する。
左下:放射能で汚染された畑の表層土をブルドーザーで削りとる。
その土は特殊コンテナ車で運搬し、確実な方法で埋める。
この作業が終わってはじめて農民たちは戻ってくることができる。







右上下:原発構内の主要交通機関は装甲車だ。
お呼びがかかれば、直ちに出動する。
左上:チェルノブイリには最新機械が投入された。
このトラクターは遠隔操作の機能を持ち、同時に運転キャビンは
放射能防護装備となっている。
左下:作業に当たった軍人たち。







右:原発職員と家族が住んでいたプリピャチ市。
事故後、市全体はゴーストタウンとなった。
左:30キロ圏によくみられる交通標識。
「路肩立ち入り禁止・危険・放射能」








 箱根周辺は閑散としてるけど安全です
2011年03月23日 (水) | 編集 |

■大震災とガソリン不足と計画停電で、旅館のキャンセル率80~100%。
ついに午後から臨時休業にして、奥湯河原・箱根経由で静岡県三島まで行ってみた。

■箱根めぐりの定期観光バスが休止しているので、椿ラインを通る車はほとんどない。
車のわだちの跡もなく、道の両端に落ち葉が積もっている。
しかしながら今回の地震による大きな被害は特になく、小規模ながけ崩れを修復する
工事の車両が2~3ヵ所に止まって作業をしていた。
とはいえ、この場所は少し大雨が続いたり台風が来ればすぐにがけ崩れでストップに
なるところなので、ふだんよりも被害は少なかったといえるだろう。

■芦ノ湖へ向かう途中の外気温は2度。寒い。粉雪が舞ってきた。
芦ノ湖には観光用の海賊船が停泊していた。
観光の中心である中国人客の姿がほとんど見えないので、国際的な観光地にも閑古鳥が
鳴いている。

■静岡県の韮山や三島に入ると、日常の活気が見られてホッとした気分になった。
今はちょうどイチゴ狩りの季節だ。
農協でこの地域の停電についてたずねたら、今夜遅い時間に停電の予定だという。
どこも商売のやりくりに苦心している。
途中で、東京の金町浄水所で規定以上の放射性ヨウ素が測定されたというニュースを
知った。すぐそばのスーパーに入ったら、すでにペットボトルの水もお茶も品切れで
都内以外でも水パニックは拡大中だ。

■箱根、三島そして湯河原もガソリンスタンドは通常営業に戻っている。
湯河原のスーパーには水のペットボトルはまだあったが、中年の男性2人が10箱以上の
水を買い占めてショッピングカートに積み込んでいるのを発見。
こういう連中が物不足パニックを引き起こし、ヤフオクでべらぼうな値段で売りつけて
利益を得ているのだろう。彼らこそ「我欲」のかたまりであり、いつか「天罰」を受けても
しかるべきだろう。
電池は、単1単2が相変わらずない。

■計画停電は確実に経済を低迷させている。
町も店内も薄暗く、気分も落ち込んでしまう。
少しでも電気や暖房をつけると、あそこは節電していないといった無言の圧力があるのだろう、
みな無理して我慢しているのが現状のようだ。
これは決して美徳ではない、日本人の嫌な部分が露出しているのだ。
怒りが本物の敵に向かわず、身内同士で監視しあい傷つけあう。
為政者にとって、これほど御しやすく騙しやすい国民はないのかもしれない。
ふう( -.-) =з







 必見! 大前研一氏の講演「福島原発事故の現状と今後」
2011年03月21日 (月) | 編集 |

■朝から激しい雨。
原発事故の収束の兆しは未だに見えず、計画停電の不確実さに怯える地方の町は
きょうも閑散と冷え込んでいる。

■それでも週が明けて、スーパーの棚にはお米や菓子パンが並ぶようになり
ガソリンスタンドも平常の営業に戻りつつある。
先がまったく見えない大地震・津波被害と原発事故の三重苦の中、テレビの報道や
解説にただいらだちを増幅するだけの日々だが、You Tubeにアップされた大前研一氏の
講演を視聴して、ようやくこれまでの疑問に納得がいき、私が考え提起していた内容とも
重なる部分が多いことに勇気づけられた。

以下にその映像をリンクしておく。
また講演中に提示されるいくつかの説明文も書き写したので、あわせて参考にどうぞ。





  地震発生から1週間 福島原発事故の現状と今後(大前研一ライブ579)
                        3月19日収録












  ①新しい東北地方

■復興はやらない→災害経験から立ち直るのではなく
 21世紀型の安全安心コミュニティ
■人々は昔のところに戻りたいとは思っていない
 →心理的に不安・資金がない
■津波の襲った低い海抜のところは緑地+公共建築物
■高台に新たなコミュニティを建設
 (八ッ場ダム方式?) 
■漁師の職住隣接を変更
 -強固な水門付き漁港→数は絞る
 -安全な高台から“通勤”




  ②福島第一原発事故

■地震で大きな被害
 -外部電源施設がダメージ
 -内部の物理的損傷
■想定外の津波でプラントが水浸しに
 -非常用電源(DGなど)が恐らく水没
 -外部電源取り込み施設が使用不能
■特殊事情
 -GE社製を日本化していない悲劇(400Vや600Vでは
  電源車など使えない)
 -外部電源取り込める変電所1ヵ所
■複数炉の同時進行事故
 -人員・機器不足
 -スペース不足 




  ③今起っている問題

■東電の機能不全
 -トップに原子力の専門家がいない
 -メーカーを出入り業者とする体質
 -現場まかせ
■政府の司令塔不在
 -非常事態組織を持たない経産省(原発推進)
 -専門知識のない保安院(天下り・おかざり組織)“レベル5”?!
 -東電内に司令塔を置く非常識さ
 -“エクスパート”がバラバラに意見
 -長期展望の欠如
 -対外コミュニケーション機能不在(CNN/BBCが代行?) 
■NHKなどのマスコミ:プラントを知らない“解説者・学者”
■国民の不安と不信の増大→心理の萎縮→経済低迷




  ④あーニッポン! 特殊事情

■史上稀にみる地震と津波が同時に
■原発の複数同一場所設置
 -住民対策
 -効率
■冷却プールの巨大化
 -中間貯蔵施設不在
 -むつ小川原完成(10年12月予定)までの仮置き
 -76万kwの炉に200万kwくらい貯蔵
 -冷却水喪失事故を前提としていない“仮設”に近い簡易プール
 -6基とも併設、満杯




   ⑤今後のステップ

■非常手段で注水・冷却 数日間
 (“蝉のション便”はNG→国際的な笑いもの)
■安定した手段で注水・冷却 3~5年
■建屋全体をテントのようなもので覆う 3ヵ月後
■クレーンなどの修復/設置 ~5年後までに(☆)
■格納容器・カバー・圧力容器外し炉心から燃料搬出
■冷却プールから燃料の搬出・海路陸奥へ(数千本)
■核分裂物質の除去(できるだけ)
■コンクリートで永久封印 6年後? (☆)
■汚染地域の縮小後半永久的に立入禁止区域とする

    ☆放射能と崩壊熱のレベルによっては数年早まる




  ⑥緊急避難地域の問題

■避難指令は今のところ適切
 -~20km 避難指令
 -~30km 屋内待避
■全体の支援本部が不在(人道/生計/事業/学業等)
■範囲が拡大するか縮小するか見通せない
■長期化が避けられない地域の問題
 -放射線の線量毎に一時帰宅し、引越し
 -工場や企業などの個別事情対応(移転/仮設)
 -寝たきり介護施設などは移動困難




   ⑦国際・外交問題

■クリーンエネルギーの柱としての原発ゆらぐ
 -各国とも内政問題
 -先進国は同型炉を抱える
 -日本で何が起きたのかが不明(特殊?類似?)
■国際的なエキスパートチーム不在
 -各国がバラバラな対応
 -日本不信(“一私企業に振り回されて指導力不足”)
 -長期展望が必要
■原子力は“相互依存”
 -一国の問題が他国に波及
 -レベル5以上の事故で30年間は新規建設ストップ
 -産業としては衰退・滅亡(アメリカ、ドイツ)




  ⑧計画停電の愚

■東電はコンピュータで動く近代社会を理解していない
 →安易に了承した首相は???
■東電らしい差別→難しい地域を避け弱者に集中
■ピークでブラックアウトが起きる
 →節電よりも集中排除が対策
■15%カットの案を三つ重ねる
 -4月からサマータイムで2時間ずらす
 -週5日間を選択制で操業し平準化する
 -夏の甲子園を中止、または春か秋に
■可及的速やかに東西グリッドの完全接続を




   ⑨復興資金

■期間限定・目的限定被災地救済消費税
 -最大2%1年=4兆円
 -半分を住民に
 -半分を公共・産業インフラに
 -“おおいに使って、飲んで、食べて東北救済!”
■節電のノルマ化→電気料金のレビー化
 -大口は高く(今は逆)
 -個別15%ルール 
  ・過去3ヶ月の平均使用量の15%以下は同一料金
  ・85~94%は10%アップ
  ・94~100%は15%アップ
  ・100%以上は20%アップ









 東日本大震災発生 そのときテレビ各局は何を映していたか?
2011年03月19日 (土) | 編集 |

■この未曾有の大悲劇の中で、私たち日本市民は、何が正しく何が偽りであるのか
少しずつ明確に知るようになった。
長年にわたって小沢叩きを繰り返し、小泉-菅ラインの経済至上主義を礼賛し、国民生活
破壊に率先して手を染めてきた、新聞・テレビの記者クラブメディアが大地震の前後に
テレビ画面で何を放送していたのか、どうかじっくり見てほしい。


     東北地方太平洋沖地震発生時の全テレビ局同時マルチ映像

      http://www.youtube.com/watch?v=eOrAwvJLKxo&feature=topvideos



■唯一NHKが、素早く緊急地震速報と津波警報を即発令。
しかし民放各局の対応はあまりに遅く、あまりに緊張を欠いていた。
もし民放各局が素早く対応して警告のテロップを流していたら、津波の被害から
逃れられた住民も多かったかもしれない。
さらに原発事故でも、テレビは東電のスポークスマンと化し、御用学者を招いて
無駄に時間を浪費し、取り返しのつかない深いダメージを国民に与えることになった。
こうしたメディアに対して、今後の厳しい検証が必要だ。






 計画停電のまやかし 原発がなくても電気は足りる
2011年03月18日 (金) | 編集 |

■東日本大震災が起きてから、ほとんどツイッターで発信している。
家族の安否の確認やら、計画停電の実施やらで心身ともに大きなダメージを受け
ブログ更新の気力と体力を奪われてしまっているからだ。
自分よりも宿泊客の安全を優先しなくてはならないから、その緊張で胃も背中も痛い。


■さて本日の停電はお昼過ぎからだったので、なんとか無事に耐えることができた。
節電には大いに協力するが、夜の停電だけはどうにか回避できないものか。
計画停電とはよくいったもので、これは大災害に直面した国民の不安と怒りの矛先を
政府と東電に向けさせないよう、反抗する気力を奪う作戦であり、どこぞの御用心理学者か
コンサルタント会社が考えたプランなのだろう。


■原発がないとこうして不自由な停電暮らしが続くのだといった恫喝作戦なのだろうが
この巧妙な嘘にだまされてはいけない。
実際には、日本は原発がなくとも電力不足にはならないからだ。


  ロイター通信 3月15日
    http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPJAPAN-20049520110315

   日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある=IEA

[ロンドン 15日 ロイター] 東日本大震災に伴う原発事故を受けて、国際エネルギー機関(IEA)は15日、日本は原子力発電の不足分を補うだけの十分な石油火力発電による余剰能力を有している、との見解を示した。
 IEAは月次報告書で「実際には、液化天然ガス(LNG)および石炭も使用することで需要に対応できる可能性が高いが、LNG、石炭の両セクターにおいては余剰発電能力がより限定的であるようだ」と指摘している。
 IEAの推計によると、日本は2009年に石油火力発電能力の30%しか使用しておらず、平均で日量36万バレルの原油・燃料油を使用し、100テラワット時余りの電力を生産した。
 IEAはまた「60テラワット時の不足分すべてを石油火力発電で補った場合、石油消費量は年間ベースで日量約20万バレル増加する見通し」としている。








 16日から「計画停電」が始まった
2011年03月17日 (木) | 編集 |

■東電による「計画停電」という、強制的な「無」計画停電がついに実施された。
これまで停電になるなる…と脅されながら回避してきたが、昨晩18時40分から
突然ブツッと電気が遮断された。
計画では昼間の停電だったのだが、夕方突然、外のアナウンスでこれから停電になると
知らせがあったので、これには驚いた。知ったのは30分前だ。
しかしながら予定の18時20分になっても電気は消えない。
よかった今夜も回避できたのかとホッと安堵した矢先に、20分遅れで不意打ちのように
停電になった。

■事前に大慌てで懐中電灯を何本か確保しておいたのだが、いかんせん単1の電池が
足りない。スーパーにもコンビニにも、もうどこにも在庫はない。
それでも複数の客室のお客様に優先的に提供できたのでよかったが…。
私自身は、携帯の明かりを懐中電灯代わりに頼りにするしかない。
入浴中にいきなり電気が消えたカップルはパニックになるし。

■暗闇の中、足元からしんしんと冷えてくる。
8時過ぎになると、玄関のガラス戸越しに外の暗闇が襲いかかってくるようで、ひどく
心細くなった。ラジオも電池がないので使えず、情報がまったく伝わってこない。
予定時間より少し早めに電気がついたときは、本当に安堵した。
しかしすぐに客室のお客様がたの安否確認や、浴場などのチェックと休む間もない。
ロビーの水槽の熱帯魚は、寒さと酸欠で半死状態になっていた。

■そして本日は2回目の停電。
予定時間ぴったりに電気が消えて、ぴったり3時間後に電気がついた。ふう。
旅館街はすべて電気が消えて、しいんとしている。
大きな旅館やホテルはみな休業中だ。
近くの美術館に行ってみたら、館長が表で一服していた。
セコムがかかっているので、館内に入れないのだそうだ。
信号も消えた道路を、ときおり、何かに追われるかのように車が通り過ぎていった。

■スーパーにはお米も乾電池もなく、ガソリンスタンドも閉まったまま。
電車も動かない。
こうして移動手段も情報収集のすべも奪われ、暗闇の中で人の心も蝕まれていく。