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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 やっぱり日本のサーカシビリだった前原外相
2010年09月26日 (日) | 編集 |







■19日のブログで菅改造内閣の目玉は前原外相であり、彼は日本のサーカシビリ
(サーカシビリはグルジアの大統領)だと書いたばかりだが、米国+イスラエルの
威を借りて(そそのかされて)、勇ましくロシア軍に先制攻撃をかけグルジア戦争を
起こしたはいいが、たった5日で敗北し頼みの米国からもそっぽを向かれてしまった
サーカシビリと同じく、みごとに米中にしてやられて大恥かいたのが、この誠司さん^_^;

ま、本人は米国の意のままに動いたぼくちゃんは優秀なエージェント。
よくやったと褒められちゃったから、次はいよいよポスト菅だな…などと勘違いで
ニンマリしているかもしれないけど。


■誠司君が日本のサーカシビリなら、今回の尖閣諸島沖の衝突事件とその顛末も
グルジア戦争と似ている部分が多分にある。
あの2008年8月の、ちょうど北京オリンピックの開会式のさなかに、グルジア戦争
勃発の報告が開会式で手を振るロシアのプーチン首相にもたらされた。
プーさまはあわてずさわがず(たぶん(^^;)現地へ飛んで自ら陣頭指揮をしながら、最初は
優勢だったグルジア軍を撃退し、フランスのサルコジ大統領の仲介で六項目合意のもと
「五日間戦争」に勝利したのだった。


■ロシア軍が戦地に入るには険しいコーカサス山脈を貫くトンネル(ロキ・トンネルという。
ほんとよ=^_^=)を使うしかなく、兵器も旧式で、戦闘機もグルジア軍に撃墜された。
それでも勝利できた理由が、大野正美・著『グルジア戦争とは何だったのか』に記されている。
とても興味深い指摘なので、その部分を以下に転記する。


    

 しかし、地理的に有利な条件や、開戦当初の圧倒的な兵力の優位を活かすことなくグルジア軍は壊滅的な敗北を喫した。英BBC放送によると、その原因について2008年12月までに米軍の将校と、グルジアの軍事専門家の2つのグループが調査をし、驚くほど似た結論を出した。
 それによると、グルジア軍参謀本部の指導部は正確な情報交換システムの不在により、極限的な状況のなかで決定を下すことも、予備兵力を効果的に利用することもできなかった。グルジアの国防予算は2004年の1億1000万ドルが2008年には9億ドル以上にまで増えたものの、防空システムは1990年代初めのアブハジア紛争当時と同様に4セットしかなく、うち2セットが稼動できる状態になかった。ロシアがグルジアのあらゆる戦略的目標を空軍の攻撃で破壊しようとすることは、戦争前から十分に予想できたのに、グルジア軍の上層部が備えを怠っていたのは明らかだという。
 また、南オセチアで戦争が始まれば、ロシア軍部隊が応援の兵力や兵器を送り込んでくるロキ・トンネルの方向に攻撃を集中するのが当然だったのに、グルジア軍の中心部隊は侵攻したツヒンバリでの陣地構築などの防衛的行動に終始し、ツヒンバリ以外に展開した約2000人の部隊も、森林地帯や集落で南オセチア側の民兵らを掃討することに力を注ぎ過ぎてしまった。
 さらに、米国からの指導を受けて2004年から軍要員の試験選抜制度を導入したことで、1990年代初めの南オセチアやアブハジアとの軍事紛争に参加した経験を持つ古参の要員たちの多くが軍を離れてしまった。その結果、軍の上層部には若くて経験の浅い人々が、専門的な能力よりは人間的なコネで進出するようになった。すでに長期にわたってグルジアとロシアの間には、戦争へとつながりかねない緊張状態が続いていたのに、軍は敵から侵略を受けた場合に備えた軍事行動の統一的な国家計画すらつくっていなかったという。

    



■まったく耳が痛いというか、ことに赤字で強調したところなど、菅政権の弱点そのもので
笑ってしまうくらいだ。あまりに似すぎて怖い。
ようするに海千山千の中国やロシア、そして米国の指導者たちと対等に渡り合うためには、
頭でっかちで経験の浅いサーカシビリもどきの若造には無理だってことなのだ。
グルジアの経験を他山の石として今後の外交戦略に活かしていかなければ、さらに国益を
損なう事態に直面することになるだろう。






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