FC2ブログ
激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 千葉法相による唐突な「死刑執行」と「刑場公開」、そして映画『休暇』について
2010年09月05日 (日) | 編集 |

■参院選で落選したにもかかわらず菅首相から続投を求められた千葉景子法相は
同7月24日(参院議員としての任期満了前日)、唐突に死刑執行命令書にサインし、
28日には東京拘置所で自ら立ち会って2人の死刑を執行した。

そしてその1ヵ月後の8月27日には、これまた唐突に、記者クラブ所属の記者21人
だけを対象に、東京拘置所の刑場を公開したのである。


■死刑執行に立ち会ったと聞いてすぐに思い浮かんだのが、刑場のシーンをリアルに
描いた映画『休暇』だった。
この映画についてはあとで触れるが、死刑の是非についてブログに記そうと思いつつ
夏場の繁忙期でなかなか書けないうちに、刑場公開へと突き進んでしまった。
そこで今回は、この千葉法相による刑場公開について記してみたい。




    

朝日新聞 8月27日の夕刊の切り抜き。

【固く秘密が守られ、拘置所内でも限られた職員しか立ち入らない
死刑の執行場所が報道機関に初めて公開された。
千葉景子法相が「国民的議論の契機に」と打ち出して実現したものだが、
死刑にかかわる職員の複雑な思いもあり、
厳重な警戒の中での「限られた公開」となった。】

【刑場は全国7ヵ所の拘置所・拘置支所にあり
これまで国会議員が視察したことはあるが、
報道目的で公開されたのは初めて。】
 



■刑場の詳しい様子については、たしか廃刊前の『論座』か『月刊現代』で元刑務官
による手記を読んだ記憶がある。
さて上の記事に「これまで国会議員が視察したことはあるが」と書かれた国会議員の
ひとりが、前衆院議員の保坂展人氏である。
その保坂氏が反論もこめて、9月10日号の『週刊朝日』に寄稿している。
以下がその記事である。



    



■保坂氏はご自身のブログ「保坂展人のどこどこ日記」でも同じ趣旨の内容を
公開しているので、そちらの方も転載する。


   「刑場の公開」は記者クラブ限定の「半公開」に 8月27日
   http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/492b8a47213091ff21f39dc9b3cdbc5c

 さすがに「密行主義」と言われるだけの法務省である。今日の午前、東京拘置所の刑場が「一部公開」された。何度問い合わせても回答のないフリーランスや海外メディアには黙って、「縛り」のきく記者クラブだけを対象として、「抜き打ち記者クラブ限定取材」をさせたのだ。スチールとムービーカメラは1台づつの代表取材だったようで、撮影は法務省の許可する範囲で行なわれた。

 外の見えない黒テープで窓を覆われたマイクロバスで刑場に案内された21人の記者たちは、まず「教誨室」に通されたという。私たち、衆議院法務委員会は03年、07年と2回にわたって東京拘置所の「刑場」を見ているが、一度も案内されたことのない場所だ。そして、死刑囚が拘置所長から「死刑執行命令」を宣告される控室(前室と呼ぶらしい)から、刑壇(下に落下していく踏み板がある)の部屋にも入り、ボタン3つの写真も撮影されている。少し前まで法務省は、ガラスで隔てられた立合席のみ許可するという姿勢だったようだが、ぎりぎりで取材を認める範囲を広げたということだ。

 ただし、壁伝いのロープを通す輪と、天井の滑車は写真にあるが、肝心のロープ(絞縄と呼ぶ)はない。死刑執行には不可欠な道具だが、「通常の管理状態では備えられていない」という理由を述べたというが、その状態では「刑場」とは呼べない「刑場準備室」だろう。何人かの人に写真を見せたが、「ピンとこない。意外ときれいな部屋」「言われないと何の写真かさっぱり判らない」というものだった。ここにロープの輪が天井から降りていれば、誰にでもわかる。

 また、報道陣は立合席から地下室へ降りることも禁じられた。「死刑囚が生命を絶つきわめて厳粛な場で、死刑囚やその家族、刑務官などに与える影響を考慮した」ことが、法務省の立ち入り禁止理由のようだ。私は以前から「刑場の公開」と呼べるかどうかは、この地下室に入ることが出来るかどうかによって決まると述べてきた。上層階がジュウタンがしきつめられた部屋であるのに対し、コンクリート打ちっぱなしの地下室は「死の空間」だ。2回の視察で、地下室に入り、ここから上の踏み板が頑丈で堅牢な部品に支えられて、何百回でも開閉し続けるたびに人が死んでいくのだという実感を持って、背筋が凍った。立合室(上層)から見下ろすように写した写真が読売新聞(夕刊)に掲載されている。その下部には「排水口」があって、間近で見ると生々しい。「刑場の露と消える」という言葉がぴったりの黒い鉄格子が不気味だった。

 死刑執行の場となる刑場は、「法と正義」の名の下で「厳粛性」を保つように設計されている。だが、死刑執行は生命断絶のプロセスで、どのように糊塗しようとも「残虐性」を消すことは出来ない。ロープも地下室も、「死刑囚の死」という生々しい現実を物語る。その「残虐性」を出来るだけ消して、「厳粛性」を強調するというのが法務省の方針だった。記者たちは、刑場取材の間、拘置所職員の説明に対して、記者の側から質問することも禁止されたという。

 口も開くな、勝手に撮影するなと制約だらけの「半公開」ではあったが、ツイッターには「日本の死刑執行は絞首刑だったとは知らなかった」などの書き込みもあり、情報開示へ一歩であることも事実だ。千葉大臣は、任期終了までに「国民的議論」を喚起したいのなら、東京拘置所で死刑執行を待つ確定死刑囚の処遇もぜひ見てほしいし、40年以上、冤罪を訴えて獄につながれている袴田巌さんにも面会してほしい。これも、死刑制度をめぐる情報開示としては重要だ。

 今日の「刑場の一部公開」が、死刑制度をめぐる議論の土台になるかどうかは、これからの私たちの議論の深め方にかかっている。千葉法相は、「裁判員制度で国民が究極の選択を迫られる」との認識から「刑場の公開」を考えたと言うが、「裁判員制度」の欠陥の手直しを提言した死刑廃止議員連盟の提案をなぜ受け入れないのか疑問だ。「裁判員裁判における死刑の全員一致制度」と「死刑と無期・懲役の間に終身刑を創設する」というものだ。この点については、明日以降、書く。











■刑場公開の顛末と意義と疑問そして今後の課題については、保坂氏の文面の通りである。
しかし新聞や雑誌に載った記事や写真・図だけからは、なかなか死刑そのものの実感を
想像するのは難しい。
それを映像であくまで淡々と描いたのが、吉村昭の原作を映画化した『休暇』である。
監督は門井肇。小林薫、西島秀俊、大杉漣らが演じている。
映画のコピーは「生きることにした。人の命とひきかえに。」

映画と実際では多少違いはあるだろうが、これまで隠されてきた死刑囚と刑場、そして
刑を執行する人々について少しでも理解することで、日本の死刑制度や法そのものを
オープンに議論できる場ができればいいなと思う。








拘置所のベテラン刑務官として淡々と日々を過ごしてきた平井(小林薫)は
子連れの若いシングルマザー(大塚寧々)と結婚することになったが
使える有給休暇は残っていなかった。
そんなとき、死刑囚の金田(西島秀俊)の執行命令が下る。
もし死刑執行の際に「支え役」を務めれば一週間の休暇を与えると言われ
誰もが敬遠するその役に、平井は自ら手をあげたのだ。
そして執行の翌日に結婚式を挙げ、平井は新婚旅行に旅立った。
他人の死とひきかえに得た幸福は、はたして本物の幸福たりえるのだろうか…。





   

左:死刑執行について知らされる刑務官たち。
中:死刑囚・金田の平穏な日常。
右:「その朝」は突然やってくる。




   

いつもは静かな金田は抗いながら引きずり出される。




   

左:「前室」(または「教誨室」)で死刑囚・金田を待ち受ける教誨師。
中:ここで金田は拘置所長から死刑執行を言い渡され、
教誨師(牧師)が聖書の一節を読み上げる。
右:教誨師が去ると、刑務官たちも退室する。




    

左:執行室の真下の地下室へ急ぐ刑務官たち。
右:途中にある3つ並んだ執行ボタン。
刑場の「踏み板」を開いて死刑囚を落下させる。
 



   

左・中:ふるえる手で末期の水を飲み、遺言を書く紙を渡される金田。
右:その後、目隠しをされる。




   

左:手錠をかけられる。
中:「前室」のカーテンを開けると、奥は「執行室」(刑場)になっている。
右:執行室へ連れて行かれる金田。




   

左:「踏み板」の上に立ち、足をゴムバンドで縛られる。
そしてロープが首にかけられる。
中:刑場の下の地下室で待つ刑務官や検察官、医務官ら。
右:地下室の天井の「踏み板」。ここから落下する。




   

左:おそろしい勢いで地下室へ落下した金田のからだ。
足もとに鉄格子の排水口が見える。
中:落下の勢いで隅に突き飛ばされた、もう1人の「支え役」の刑務官。
恐怖で顔が引きつっている。
右:まだ動いて痙攣している金田のからだを必死に支える平井。




   

左:死亡を告げる医務官。
中:全員が祈りを捧げる。
右:執行を終え、私服に着替えた刑務官たち。疲労の色がにじむ。







スポンサーサイト