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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 今こそ普天間と日米関係について考えよう
2010年06月13日 (日) | 編集 |

■鳩山政権の命取りとなった普天間移設問題。
しかしながら菅新政権になったとたん、沖縄の声は日増しに遠のき、再び忘れ去られようと
している。メディアのあの熱狂、国民の沖縄を思う気持ちはどこへ行ったのだろうか。
それともそれらは単なる一時の熱狂で、初めから沖縄は視野の外にあったに過ぎないのか。


■月刊『世界』2月号の特集は「普天間移設問題の真実」だった。
普天間問題について関心を持っている人が多いためこの号は完売になったとのことで
近くの町営図書館に取り寄せを頼んでおいた。
この町営図書館も財政難のしわ寄せで『世界』を購入できなくなったため、遠く小田原市の
図書館からの取り寄せになった。
せめてこうした月刊誌だけでも電子書籍化されるとありがたいのだが。


■さてその『世界』2月号。
寺島実郎氏「常識に還る意思と構想」の初めの部分に共感を覚えたので、
その部分を転記する。

 中国の作家魯迅は、20世紀初頭の中国について、植民地状況に慣れきった中国人の顔 が「奴顔」になっていると嘆いた。「奴顔」とは虐げられることに慣れて強いものに媚びて生きようとする人間の表情のことである。自分の置かれた状況を自分の頭で考える気力を失い、運命を自分で決めることをしない虚ろな表情、それが奴顔である。
 普天間問題を巡る2009年秋からの報道に関し、実感したのはメディアを含む日本のインテリの表情に根強く存在する「奴顔」であった。日本の軍事同盟を変更のできない与件として固定化し、それに変更を加える議論に極端な拒否反応を示す人たちの知的怠惰には驚くしかない。
 常識に還るということ、日本人に求められるのは国際社会での常識に還って「独立国に外国の軍隊が長期間にわたり駐留し続けることは不自然なことだ」という認識を取り戻すことである。詭弁や利害のための主張を超えて、この問題に向き合う強い意志を持たぬ国は、自立した国とはいえない。




■また同じ特集の中の執筆人の一人である西谷修氏(東京外語大大学院教授)も
寺島氏の主張に通じる「“自発的隷従”を超えよ ―自立的政治への一歩― 」を寄稿。
本誌紹介文には、こう簡潔にまとめられている。

【自由民主党とはアメリカへの従属と引き換えに日本の政権を担うべく結成され、冷戦期にアメリカとの一蓮托生で日本の政治を担ってきた政党であり、この根本的性格が、その後半世紀の日本の政治を既定してきた。第一世代、たとえば岸信介にとっては、「対米従属」は日本の再軍備というみずからの政治理念を実現する手段だったが、第二世代以降の政治家にとっては、「対米依存」が日本の政治の所与の構造であり、アメリカ傘下の「優等生」であろうと努め、アメリカの気に入られることを誇りさえするようになる。「従属」は、もはややむを得ぬ手段ではなく、進んで担われる枠組みである。この「自発性 (自由)」と区別されない「従属」、それを「自発的隷従」(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシー) という。】


この続きの文章を転記する。
自民党と官僚組織の米国への自発的隷従による日本国民統治の方法が
よくわかる一文である。


 この「自発的隷従」状況は、自民党の政治家の間だけでなく、その恒常的支配を通して官僚組織のうちに浸透し、日本の統治システム全般の基本様態になってきた。けれども日本全体がそれに染まったわけではない。とりわけ、民衆の末端にまでは浸透しない。というのは、この「隷従」の圧力がもっとも重くのしかかるのは民衆の上にだからだ。その顕著な例が、広大な米軍基地を有無を言わさず60年以上押し付けられてきた沖縄の民衆の場合である。彼らは「自発的」どころか、動こうとしない米軍基地に「強制的」に隷従を強いられている。その「隷従」は、あの手この手の懐柔を施しても、繰り返される暴力や生活の破壊のためについに「自発化」のしようがない。
 「自発的隷従」とはじつは、為政者ないしは統治する者たちの、より大きな権力への「隷従」であり、統治する側にとってはこれはきわめて都合のよい状態なのである。というのは、「これはアメリカの要請だ」と言えば、自分が責任を取らなくても、動かしがたい決定だとして扱える。「アメリカの要請」だから基地は必要だし、沖縄以外にそれは作れない。さらに都合のよいことには、実際にアメリカがどんな意向でいても(もちろん「アメリカの意思」というのが単純にひとつであることもありえないが)、「これがアメリカの意向だ」と言えば、その「動かしがたさ」を盾に、じつは自分たちの都合でしかないことをも国民に押し付けることができる。それが「自発的隷従」の最大の効用であり、自民党と官僚組織という日本の統治機構にとって、これが捨てがたい重宝な統治手段になってきた。そして「アメリカの意向」を忖度し、ときに先取りして「思いやり」つつ、その枠組みを活用して自分たちの権益を維持拡大するという仕組みを作り上げてきたのである。




■敵に勝つには敵についてよく知ることだと、小学生のときに母から教わった(^^;
米国の支配から脱して真の独立国になるためにも、米国と米国の威を借りて国民を
二重支配する官僚や政治家・メディアについて正しく分析理解しなくてはならない。
日米合意が立ちふさがってどうしようもないとあきらめることなく、そうだからこそ
さらなる新しい突破口を探し続けていかなければいけないのだ。






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