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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 インド「ボパールの悲劇」に26年ぶりの判決
2010年06月07日 (月) | 編集 |



7日、インド・ボパールでポスターを手に持ち判決を待つ被害者(AP=共同)




■1984年、インド中部の都市ボパールにある米国ユニオン・カーバイド社の農薬工場
から有毒ガスが漏れ出し、1~3万人が死亡するという大事故が発生した。
これはチェルノブイリ原発事故と並ぶ史上最悪の産業事故であり、「ボパールの悲劇」と
呼ばれてきた。

そして本日6月7日、実に26年ぶりに、同社の当時のインド人責任者らに2年の禁固刑が
言い渡された。しかし被害者たちは刑が軽すぎる上十分な補償がされていないと不満を
高めている。


    共同通信 6月7日
      http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010060701000558.html

     印地裁、米化学大手幹部に禁固刑 ガス事故、26年ぶり判決

【ニューデリー共同】インド中部のボパール地裁は7日、1984年にボパールの殺虫剤製造工場から有毒ガスが漏れ、住民ら約2500人が死亡したとされる事故で、過失責任を問われた米化学大手ユニオン・カーバイド社のインド人幹部7人それぞれに禁固2年と罰金10万ルピー(約20万円)、同社現地法人に罰金50万ルピーの支払いを命じる有罪判決を言い渡した。

 被告側は控訴するとみられ、最終的な決定が出るにはさらに時間がかかりそうだ。

 事故は、旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故と並ぶ史上最悪規模の産業事故といわれ、89年にインド側がすべての刑事訴追を取り下げる代わりに、被告側が補償金を支払うことで和解がいったん成立。しかし補償金額が低く、インド最高裁は91年、同社などへの刑事訴追を新たに開始するよう命令した。

 事故を調査している非政府組織(NGO)は、約2500人とするインド政府の死者数の推計は過少と主張。死者は最大3万人で、何らかの身体的被害を受けた人は10万人以上としている。

 同地裁は92年、米国から出廷に応じない同社のアンダーソン元会長に逮捕状を出したが、米国からの引き渡しは実現していない。





■ボパールの悲劇が起きてほどなく、この事故を重く見た主婦グループが自ら1冊の絵本に
まとめ自費出版した。私はさっそくその絵本を入手した。
絵は少々稚拙で装丁もいかにも手作りといったものだったが、内容はデータも含め実に詳細に
事件の経緯と問題となった背景を伝えていた。

当時の日本の報道はさらっと表面的に伝えただけだったので、この絵本によって私はユニオン・
カーバイド社の名前と、同社を含めた米国の軍需産業のしくみを知った。
友人をはじめ、文化祭や各種イベントの場でも、この絵本を見せてボパールの悲劇について
少しでも知ってほしいと説明を続けたものだが、それから26年もたって未だ十分な解決に
至っていないわけである。



■ボパールの悲劇も、ベトナムでの枯葉剤使用も、アフガン、イラクでの劣化ウラン弾使用も
さかのぼれば広島・長崎の原爆投下も、そして沖縄の基地問題も、その根底には米国による
他人種(彼らの言うところのカラード)への差別意識が横たわっている。
そして私たち自身もしばしば、こうした問題を見て語るとき、加害者である米国側と同じ視点に
立っている自分を発見して戸惑うことがありはしないか?
抑圧され差別されている側に寄り添ってはじめて、これまで見えていなかった部分がクリアに
なるのだ。それを自覚しながら、今も世界中で起きているさまざまな悲劇と向き合っていきたい。



■「ボパールの悲劇」については、下記のアムネスティのサイトが詳しい。

     史上最悪の化学工場事故から25年
           ボパールの悲劇は終わっていない


     http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2787










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