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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 猫のチャイ死す
2009年12月15日 (火) | 編集 |



在りし日のチャイ。 09年5月9日写す。







同5月9日。
今や看板猫となっている、これも外猫のチャチャ。
家の中で飼っているキキのママでもある。
チャイに向かってニャーニャーと呼びかけている。





    

チャイ「やあ、チャチャ」
チャチャ「うっふ~ん
 







ふたりは仲良く遊ぶのだった




■病気のチャイを保護して4日目。
本日朝7時過ぎにチャイは逝った。
夫がケージに近づき「チャイ」と呼びかけると、フッと目を開けて、初めて体に触れさせた。
そっとなでた次の瞬間、いきなり手足を痙攣させて息を引き取ったという。

ちょうど同じ時刻、部屋にいた私は、外庭の小鳥とカラスがいっせいに鳴いてバタバタと
飛び立つ騒ぎに驚いた。


■ケージに入れて初めて獣医さんに診てもらったとき、あまりに状態が悪いので
「治療にお金を使っても無駄になるかもしれませんよ」と言われた。
そこを無理に頼んで、2回処置してもらった。

すでに自力では立てなくなっていたが、新しい大きなケージと食器を買ってきて
暖房が効いたロビーの片隅に置いた。

チャイは終日うつらうつらし、時折起きて私たちの顔をじっと眺めた。
もはや何も口にできないようだ。
それでも次第に毛つやはよくなり、必死で立ち上がろうとがんばった。


■だが敷いていたバスタオルや新聞紙を取り替えたとき、タオルには点々と血がついていた。
月曜は病院がお休みだったので、また今朝も診察を受けに連れて行こう。
そうしたら、もう治癒が無理でもケージから出して庭に放してやろうと思っていた矢先だった。

外で暮らしていた誇り高いチャイを、はたして保護したことがよかったのか、
かえってストレスを与えて死を早めているのではないかと自問したからだ。


■自分の死を自覚していたのだろうか。
おととい外で鳴いているチャチャに応えるように、チャイが鳴いた。
こんなに長くチャイが鳴くのを初めて耳にした。

それからこれも初めて昨日の晩に、水のみの水を2口飲んだ。


■そして今朝、まるで夫の来るのを待ってたかのように
チャイは最後の挨拶を交わして、すぐに息を引き取った。
苦しみにじっと耐え、決して弱音を吐かず、誇り高く死んでいった。

遺骸は新しいタオルに包んで、裏庭の、チャイがよく座っていた椿の木の根元に埋めた。
もみじの落ち葉を上にかけて、チャイの墓と記した木の墓標を置いた。


■果たしてチャイにとって、人間に見取られた最後が幸せだったかどうかはわからない。
どんなに苦しくても棲み慣れた外でひっそり死ぬ方が自然だったかもしれない。
どこまで野生に人間が介入してもいいのか、その線引きは常に難しい。
心が通じ合ったかもしれないと思うのは、所詮人間側の都合よい解釈であり
自己弁護に過ぎないからだ。

チャイがいなくなった空のケージを見て、ふと『ブラック・ジャック』の台詞が頭に浮かんだ。
脳梗塞で倒れた恩師本間医師を必死で治療するが、恩師の命を救うことはできなかった。
悲しさと悔しさでうなだれるブラック・ジャックの背後で、本間の霊がやさしく語りかける。
「人間が生き物の生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね…」と。

また手術で蘇生させた患者があっけなく交通事故で死亡し、ドクター・キリコのあざけり笑いを
聞きながら、ブラック・ジャックはキッと強く睨み返す。
「それでもわたしは人を治すんだっ。自分が生きるために!!」


■チャイは死んで、私の記憶の中に刻み込まれた。
元気だったチャイの姿は石の上や隣家のベンチの上や暖かい源泉タンクの上などに
いつでも鮮やかによみがえる。

そしてこれからも自問自答を続けながら、外猫たちを見守り続けるだろう。
第2第3のチャイを救いながら。
そう、自分自身が生きるために。






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