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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その4
2008年08月21日 (木) | 編集 |
■05年にフランスのテレビが製作し、06年にNHKが「世界のドキュメンタリー」として放送した
『ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略』。
今回は、その4回目(この回の分け方は私の都合でやっているのだが)の内容を紹介したい。

「民主化」という装いをまとった東欧4ヶ国の「カラー革命」。
その裏にはアメリカの対ロシア戦略があった。
今回は「カラー革命」におけるバイブル本の著者をはじめ、ウクライナ、グルジアが舞台となる。
特にグルジアでのシェワルナゼ追放劇に、ジョージ・ソロスが関与した事実が明らかにされるのは衝撃だ。


■さて地理的には東欧とは反対側になるが、伊藤千尋『反米大陸』には、こういうくだりがある。

 アメリカが起こしたイラク戦争には、日本も名を連ねた有志連合諸国が派兵したが、その多くはアジアや東欧、アフリカなどの小国である。中南米から派兵したのは、中米のニカラグア、エルサルバドル、ホンジュラス、そしてカリブ海のドミニカ共和国の4ヵ国だけだ。
 このうち中米の3ヵ国に共通していることがある。いずれも1980年代に、紛争が展開した地域だ。冷戦のさなか、当時のレーガン政権は、軍事、経済援助や経済制裁、情報操作などを通じて中米を取り込もうとした。左翼政権が握っていたニカラグアには、CIAが組織した反政府ゲリラを送り込み、経済制裁を行って、ついに政権を倒した。その反政府ゲリラの基地を置いたのが隣国のホンジュラスである。エルサルバドルでは、アメリカが極右政権を軍事支援して、左翼ゲリラによる革命を阻止した。



アメリカはその戦略的政策をまず中南米で「実験」し、その後他の国々に応用していった。
アメリカに都合の悪い国には露骨に介入し、クーデターを起こして、武力で反米政府を倒し、多くの市民を犠牲にした。
東欧の場合もまったく同様である。
そして小国グルジアは、2000人もの兵士をイラクに派兵しているのだ。

翻って、日本の場合はどうだろうか?
決して他人事ではないのだ。











ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その4





  ~ボストン~

■革命に沸くキルギスを後にして、アメリカの東海岸ボストンに向かった。
これまでの革命に影響を与えた本の著者ジーン・シャープに会うためだ。
シャープは40年前から非暴力革命について執筆している。


シャープ「今では20カ国以上で発行されています」

著書『独裁制から民主制へ』
これには独裁を支える警察との友好関係が大事だと記されている。

シャープ「セルビアの活動家たちは前もって軍部を懐柔し、警察ともある程度良好な関係を結んでいました。だからデモのときもあまり手荒に押さえ込まれることがなかったんです。ミロシェビッチ政権が崩壊する2、3年前、10代の少年少女たちが警察に小包をたくさん送りました。警官たちの心を解きほぐすため、食べ物などが入っていたと思います。次に警察上層部に働きかけました。そうしておいたので、いざというときに警察は人々を通してくれたんです」



2000年のセルビアの革命以来、シャープの思想を諸外国に伝えてきた人物がいる。
アメリカの陸軍退役将校ボブ・へルビーだ。
ヘルビーがインタビューに応じることは滅多にない。

記者「できればボブ・ヘルビーにもお会いしたいんですが」

シャープ「どうぞ。ちょうど来ましたよ」

ボブ・ヘルビーは30年間アメリカ陸軍に所属し、ミャンマーの体制派の指導も行った。軍部を手なずける方法をよく知っている。

へルビー「独裁政権から屋台骨を引き抜き、自分たちの陣営に引き入れるというやり方です。彼らをやっつけようと思ってはいけません。民主政権になっても居場所があることをわからせ、政権の座から立ち退かせるのです」





■ストーンの印刷所を支援し、先日キルギスの大統領を叱りつけたマケイン上院議員はミロシェビッチ大統領の失脚の2ヶ月前、ボブ・へルビーにセルビアの若者たちの指導を依頼した。


セルビアでヘルビーの支援を受けた元リーダー、セルジャ・ポポビックに会った。現在はカフェを経営している。

ポポビック「初めてヘルビーに会ったのは2000年の4月です。その頃私たちは大々的にキャンペーンを繰り広げていました。ヘルビーのアドバイスはとても役に立ちました。警察の中でこれぞと思う人を選びメッセージを送り続けるんです。メッセージは、あなた方も私たちもお互い被害者なのだ。警察の役目は13歳の子どもを逮捕することじゃない。あなた方も被害者なんだ、というものです。まず運動を目に見える形にすること。人前で行動を起こし、シンボルを選ぶことです。ウクライナではオレンジ色だった。オレンジを身に着けてさえいれば革命の支持者だと知らせることができます。人目につく場所で行動を起こし仲間を増やしていきました」


戦術は成功し、ヘルビーがセルビアを訪れた3ヵ月後、ミロシェビッチ政権は崩壊した。
以来、当時のセルビアの活動家たちは革命を願う人々のいる国へ出向き、戦術を伝えている。
グルジアもウクライナも、背後にはセルビア人の手ほどきがあった。




 

キルギスのアイトマトフ外相(左)の背後にも
セルビアのミロシェビッチ(右)の背後にも
マケイン議員の姿が見え隠れしている。






  ~ウクライナ~


ウクライナ

選挙の2ヶ月前に、学生のリーダーを教育するため現地で講習会を開く。
これはオレンジ革命が起きる前の映像だ。
ウクライナの学生たちがセルビア人の話に耳を傾けている。

「自分たちは孤立しているのではないと知ってください。国外にはすぐにも手を差し伸べてくれる人が大勢いるんです。皆さんの痛みを理解し、ウクライナが民主化され自由の国になるためにできる限りのことをしてくれるはずです」





元セルビア民主化リーダー、サーシャ・マリク
マリク「ウクライナの若者たちに組織をどう立ち上げていったらいいか教えました。ロゴの作り方、メッセージの広め方、運動員の集め方、人々をどう1つの主義にまとめるか。それから資金の作り方も」






講習会にはアメリカからも講師が来ていた。
共和党国際研究所クリス・ホルツェンだ。

ホルツェン「誰も注目してくれていないと思ってる若者たちに、そうではないと伝えるんです」

フリーダムハウスの女性メンバー「バットマンやスーパーマンは知ってるでしょう? 特殊な能力を持っていてひそかに街を治めているの。皆さんも同じ。悪者を震え上がらせて政権から追い出さないと」






講習会から10日後、リーダーの素質がありそうな若者を対象に実習が行われた。
選挙までわずか1ヵ月半。
少数の精鋭を運動の担い手に育てるのだ。
実習の資金を提供するのはキルギスの印刷所を援助しているフリーダムハウスだ。





  ~ニューヨーク~


ニューヨークにあるフリーダムハウスの事務所を訪ねた。
エイドリアン・カラトニッキーが民主化の進捗状況を説明してくれた。


カラトニッキー「緑色は現時点で自由主義国家と呼ばれる国です。ウクライナは革命が起きたのが2004年で、まだ地固めの状態です。グルジアも改革はまだまだです。制度改革が進んでいません」

記者「だから黄色ですね」

カラトニッキー「ええ。濃い青は今後のターゲット、言ってみれば厄介な地域です。ロシア、中国、イラン、サウジアラビア。ウクライナでは確か30000ドルほど援助して、若者数100人をクリミアに集め訓練を行いました。そこで市民の動きを見極め、選挙に向けてどう導いていけばいいかを教えたんです。実はアメリカ国内では1950年代から70年代にかけて同じような活動がCIAの手で行われていました。活動は秘密裏に行われたのですが、それが誤解を招いたようです。活動家たちを情報機関のメンバーじゃないかと思わせてしまった。ですからアメリカはこうした活動を公然と包み隠さず行うことに決めたんです」





  ~グルジア~


■私たちは2003年のバラ革命でアメリカ陣営に移行したグルジアを訪れた。
この日の午後、首都トビリシをブッシュが訪問する。
毎年アメリカはグルジアにさまざまなプロジェクトを通じて1億ドル以上を注ぎ込んでいる。

グルジアのバラ革命を支援したのは、アメリカの大富豪ジョージ・ソロスが主催する「オープン・ソサエティー財団」だった。







エドワルド・シェワルナゼ「この写真は私です。ブッシュ・シニアと写っています」

革命で政権の座を追われた元グルジア大統領だ。

シェワルナゼ「政権を握った若い政治家たちは資金の大部分を有名なアメリカの億万長者ジョージ・ソロスから得ています。ソロスがなぜグルジア政府を倒したかったのか私にはわかりません。あれは革命ではなかった。クーデターですよ」





■グルジアの革命運動のリーダー、ギガ・ボケリア。現在34歳。
大統領主席顧問となったボケリアは国会にも自由に出入りする。

この日は朝の会議に出席せず、べラルーシの反政府活動家に会いにホテルに向かった。
先輩のセルビア人たちがしてきたように、グルジアでの自分たちの経験を伝えるためだ。




ボケリア「大統領の側近で一番攻めやすいのは誰か、力になってくれるのは誰か見極めるんだ」

ベラルーシ反政府活動家アナトリー・レベドコ「ベラルーシのルカシェンコ大統領は反対する人を死刑や国外追放にしてきました。自分より優秀な人間に我慢できないんです」

ボケリア「よくわかります。グルジアでも同じでした。パンフレットを国中にばら撒くことは可能ですか? 死者が出る?」

レベドコ「ええ大勢」

ボケリア「じゃあ考えないと」

レベドコ「そうなんです」

ボケリア「資金の調達はどうなってる?」

レベドコ「支援者からの援助が大半です。米国議会で数百万ドルの助成金が決定しましたが、まだ待っている状態です」

ボケリアの仲間「私たちが協力しますよ」








ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その1
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その2
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その3
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その5






 ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その3
2008年08月20日 (水) | 編集 |
■2000年から始まった東欧の「カラー革命」。
セルビアの「ビロード革命」に端を発し、グルジアの「バラ革命」、ウクライナの「オレンジ革命」そしてキルギスの「チューリップ革命」と、旧ソ連の4ヶ国が「民主化」という名でアメリカの陣営に接近した。

このカラー革命を仕掛けたのがアメリカのネオコン派で、今回はどのようにしてキルギスに影響力を行使して「チューリップ革命」を導くに至ったかが描かれている。
そしてここでのキーパーソンが、米国共和党のマケイン議員である。

今回のグルジア紛争でグルジアのサーカシビリ大統領をそそのかし、南オセチアを攻撃させた黒幕もマケイン氏ではないかとの噂も流れている。
その目的はもちろん新しい冷戦の拡大化(マケインは強力な反ロ派)と、政敵オバマ氏の追い落としである。










ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その3




■ウクライナの活動資金の大半を援助したのはアメリカだ。
選挙の行われた04年には6000万ドルを注ぎ込んだ。
キルギスでは民主化運動の支援に5000万ドル注いでいる。
エディルの所属する組織も選挙監視資金として11万ドルを受け取っている。



会報の第1面はブッシュの記事だ。

エディル「大統領の指名受託演説の写真です。私たちもブッシュには複雑な気持ちを抱いているんです。特にお気に入りというわけではないんですが、ブッシュはこう言ってるんです。『アメリカは圧制の元で暮らすすべての人を決して忘れていない。アメリカは独裁者を決して許しはしない。あなた方が自由を求めて立ち上がる時アメリカも共に立ち上がる』と」




■私たちは旧東側諸国に民主主義の輸出を図っているアメリカ人を探した。
首都ビシケクのゴルフ場。
キルギスの民主化運動とはあまり縁のなさそうな場所だ。
ここでアメリカの団体の代表者に会った。

マイク・ストーン。報道の自由を求める「フリーダムハウス」という団体のキルギス支部代表だ。
キルギス在住15年のブライアン・ケンプル。アメリカの国際開発機関の現地事務所所長。
弁護士のディビッド・グリアー。キルギスの人たちに市場経済の仕組みについて教えている。






グリアー「アメリカの国益に沿う自由市場原理に基づいた政策でなければなりません。キルギスでの私たちの役割は先進国の最も優れた経済原理を持ち込むことです」

ケンプル「アメリカ政府がなぜキルギスを支援するのか本当のところはわかりません。ですが私の行っていることはこの国の人たちのためになることだし、世界をよくすることに繋がっていると思っています」

ストーン「自由選挙、公正な裁判、報道の自由を保障するなら帝国主義も悪いとはいえません。私たちのやっていることがそうだと言われてもかまわない。プーチンにどう思われようが平気です。プーチンは秘密警察のお偉方でした。次にどういう手を打ってくるか想像つきますよ」




■テキサス出身のストーンは、キルギスに来る前ハンガリーとベラルーシで活動していた。
現在はキルギスで唯一民間の印刷所を経営し、反政府的な内容の新聞を発行している。
日が落ちるのを待って印刷所に案内してくれた。


ストーンが経営するフリーダムハウスの印刷所。秘密警察が来ている。

記者「誰かいますか?」

ストーン「座席で横になってる。これは心理作戦でね、やつらが車にいたらカントリーミュージックをかけてやるんだ。本当だよ。そうやってノリエガだって追い払ったんだ。宮殿の前でロックを鳴らしてね」

かつてはどの新聞も政府を支持していたが今では違う。
壁にはアメリカからの激励のメッセージ。輪転機には「アメリカ国務省」と記されている。

10日前、印刷所はキルギス政府に電気を止められた。




原因はこの記事。

ストーン「これです。アカエフ大統領の家と貧しい子どもの写真を並べて掲載したんです。妙なことに5日後また電気が止められました。第1回の議会選挙の5日ほど前のことでした」

この日、作業はアメリカ大使館から借りた発電機で行われていた。


なぜ電気が止められたかについては別の理由もあるようだ。

記者「『独裁者の倒し方』という本を出しましたか?」

ストーン「さあ、どうだったかな」

記者「題名は?」

ストーン「たしか『独裁制から民主制へ』でした」

記者「ウクライナの学生たちが読んでいた革命の手引書ですね」

ストーン「革命のすべてがまとめられています。セルビアのベルベット革命、ウクライナのオレンジ革命、次はドル札革命だ。金を注ぎ込めって言い続けているけどね」



キルギスの反政府勢力のメンバー、トルカン・イスマイロバはストーンの印刷所で刷ったという本をひそかに配布している。

イスマイロバ「『独裁制から民主制へ』という題名で、著者はジーン・シャープです。私がキルギス語に翻訳しました。私たちのバイブルです。暴力を使わずに独裁を倒す方法が示されています。セルビアもグルジアもウクライナもこれを頼りに革命を成し遂げたんです。独裁政治の弱点、革命の準備の仕方、どのように権力を引き継げばいいか記してあります。6000部印刷しましたが、もう手元には100部しか残っていません。学生たちが大学のキャンパスで配っているんです」

別の女性「私の村でも評判になっています。みんな政権が変わるのを見たがっています」

イスマイロバ「キルギス中に配布しました。南部ではかなり読まれていて、すでに革命の火種がくすぶり始めています」



印刷所ではストーンが翌日の新聞の一面を編集していた。今度も痛烈な政治メッセージだ。

若い男性「この写真は失脚したシェワルナゼとクチマ。次はアカエフです」

キルギスのアカエフ大統領は15年前に95%を超える得票率で政権の座についた。

ストーン「これは独裁者の面々の写真。誰が誰だったか…。ルカシェンコ、プーチン、これは…」


ストーンが大胆な行動に出られるのは強力な後ろ盾があるからだ。
共和党のジョン・マケイン上院議員だ。




■アメリカ・ワシントンDC

マケイン議員は10年前から共和党国際研究所の代表として世界に民主主義を輸出している。
研究所はマイク・ストーンの印刷所に資金の提供もしている。

マケイン「民主主義は何であるかを教えることが一国の政府の転覆を企てることだとは思いません。時には民主主義を支援することが内政干渉と紙一重のこともあるでしょう。しかし私たちのような組織の支援がなくても遅かれ早かれウクライナ、グルジア、レバノン、キルギスといった国の人々は自分たちの権利を主張し始めたはずです」


しかし私たちはキルギスへの内政干渉ともいえる現場を目撃した。




■再び、キルギスの首都ビシケク

印刷所の電気を止められたと聞き、マケイン上院議員はキルギスの外務大臣と電話をつなぐよう指示した。
上院議員からの電話にキルギスの外務大臣が応じた。

マケイン「こちらワシントン。ロンドン、プラハ、モスクワ…。ビシケクの皆さん、こんばんは」


外務大臣とのやり取りは共和党国際研究所の各国支部に中継された。

マケイン「キルギスはアメリカの大切な同盟国です。印刷所の電気が止められ憤りを感じています。旧ソビエトを思い起こさせます。自由な社会では考えられません」

外務大臣は1時間以上厳しい非難を受けた。言い訳もできず、最後は謝罪を求められた。

キルギス外相アスカル・アイトマトフ「マケイン議員、聞こえますか? 深くお詫びします。政府は民間のメディアを支援すると約束してきました。約束は守るべきだと考えます。ありがとうございました」




アイトマトフ外相(記者に向かって)「社会が成熟していなければ民主主義を無理やり押し付けようとしてもうまくいかないものです。そう思いませんか?」

記者「キルギスでも革命が起こるんじゃないかという意見があるが、どう考えますか?」

外相「わが国には必要だと思いません」






■しかしこの10日後、革命が起きた。

学生たちがデモを率い、セルビア、グルジア、ウクライナの時のようにおそろいのスカーフとシンボルカラーが登場し、警官に花を手渡す光景が見られた。
わずか2時間で大統領官邸は占拠された。
そして権力を15年間握っていたアカエフ大統領は失脚した。

この騒ぎの中、学生運動のリーダー、エディルの姿が見えなくなっていた。
エディルは警察に逮捕され、勝利を祝う瞬間に立ち会えなかった。
ニュースの映像に連行される姿が映っている。


数日後、私たちは閉鎖された大統領官邸の前でエディルと再開を果たした。

エディル「ウクライナ・オレンジ革命やグルジアの革命の時もそうでしたが、背後にアメリカの思惑があったという記事が出回るんです。仮にそうでもかまいません。政権の打倒にアメリカが手を貸すこともあるでしょうが、内政干渉とは違います。正義と人権のための闘い、人の尊厳をかけた闘いなんです」












ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その1
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その2
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その4






 ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その2
2008年08月19日 (火) | 編集 |
■グルジアとロシアはなぜ敵視しあうのか。
米国はなぜグルジアに肩入れするのか?

紛争の火種がつきないカフカスやウクライナ、ユーラシアなど、わかりにくいこの地域におけるアメリカの戦略とロシアの思惑について描いた、フランスのドキュメンタリー番組を数回に分けて紹介する。

今回はスロバキアとキルギスが舞台となる。















フランス CAPA  05年製作
06年2月 NHK世界のドキュメンタリーとして放送








■05年2月スロバキアの首都ブラチスラバ。
オレンジ革命でウクライナがアメリカ寄りになってから初めての米ロ首脳会談が始まろうとしていた。表向きは米ロが再び和解し、新たな関係を築く一歩となるはずだった。
しかしこの夜会場のホテルの別室では、アメリカ側の代表が内輪のパーティーを催していた。
ブッシュ大統領の親しい政治顧問、ビジネスリーダー、ロビイストなどが集まる部屋の一角に特別なゲストがそろった。
旧東側諸国からロシア寄りの政権を一掃した民主化革命の指導者たちだ。
ブッシュ大統領に招待された。

「互いの国を超えて話を深めてください。一番注目してほしいのはベラルーシからの仲間です」
互いに乾杯を交わすのは、革命を成し遂げたリーダーたちだ。






イワン・マロビッチ(33歳)…セルビア 学生運動のリーダー。
ギガ・ボケリア(34歳)…グルジアの学生運動のリーダー シェワルナゼを失脚させた。
ウラジマラフ・カスキフ(32歳)…ウクライナ オレンジ革命のリーダー。


並んでいる黄色い袋にはCD、Tシャツ、スクラップブックといった革命グッズが入っている。

「向こうに重要人物がいます」




リーダーたちが感謝を伝える相手は旧東側諸国担当のアメリカ政府顧問ペイジ・リーフだ。

リーフ「民主化の波は相手がプーチンだろうとベラルーシのルカシェンコだろうと関係なく、津波のように古い政権を押しのけていくんです」

リーダーたちはブッシュ大統領との会合にも招かれている。

カスキフ「ブッシュ大統領はロシアを含め、かつてのソビエト全域を民主化するために僕らを活用すべきだと言うつもりです。今こそ世界中に民主主義を広げるチャンスなんです。必ずやり遂げますよ」

ブッシュ大統領との会合は非公開だった。




翌朝、大統領は若いリーダーたちを讃えた。

ブッシュ「ヨーロッパの中部、東部から若者たちが来ています。彼らの勇気と自己犠牲に感謝の意を表します。15年前に起こった民主化の波はウクライナにまで達しました。自由の素晴らしさが人々の魂に届いたのです。この自由はいつの日か全世界に行き渡るでしょう」

民主化を讃える演説は、プーチン大統領がスロバキアに到着する1時間前に行われた。








■10日後取材陣は6000キロ離れた中央アジアのキルギスに向かった。
かつてソビエトの一部だったこの国にもブッシュ大統領のメッセージが伝わったようだ。
2回目の議会選挙を目前に控え、首都ビシケクには緊迫感が漂っている。

キルギスは天然資源には乏しいものの、中国と国境を接しているため、ロシアとアメリカにとって戦略的に重要な国だ。ロシアの軍事基地がある。そして大規模な米軍基地もあり、アフガニスタンのタイバン掃討作戦に使われている。

キルギス政府はあらゆるデモ行為を禁止している。しかし政権に反発する学生たちは投票で不正が行われた場合、すぐに街頭に繰り出せるよう準備を進めている。




  



私たちは首都ビシケク郊外にある学生の活動拠点に誘われた。
そこでは、深夜会合が開かれていた。
学生が集まったのは「独裁者を倒せ」というドキュメンタリー映画を観るためだ。映画はミロシェビッチ政権を倒したセルビアの革命運動を追ったもので、アメリカ人が製作した。


映画を観ながら―

学生A「学生運動のメンバーが首都ベオグラードに行くところだ。大勢の市民が声援を送っている。私たちと同じで事務所も持たずカフェに集まっていた。この映画を上映して、私たちだってできるんだと皆に伝えるんだ」

女子学生「この映画は若者でも政府が倒せることをはっきり示していると思う」

学生B「やるぞ!」

学生たち「セルビア、グルジア、ウクライナ、キルギス万歳!」拍手。


エディル・バイサロフはこの映画を何十回も観ている。アメリカ政府から奨学金をもらってアメリカで学んだ。現在はオルブライト元国務長官が所長を務める民主党国際研究所で働いている。
キルギスでの任務は選挙を監視する立会人を組織することで、この日は最後の打ち合わせだ。

エディル「一般の立会人は君たちを指導者だと思って頼りにしています。投票所で不正があったとき、皆さんが問い質してくれると頼りにしているのです。だから行動を起こしてください。皆さんこそ新しい運動の指導者なんです」

エディル「伝わったかな?」

エディルのオフィスからは新しい時代のうねりが見渡せる。

エディル「あれが中央広場です。今はまだ人影がまばらですが、いずれ大勢の人で埋まるでしょう。そうなったらこう呼びかけます。『明日は投票に行きましょう!』」



エディル「ウクライナの人たちが使ったオレンジ色のスカーフです。私も行ってきました」

エディルはオレンジ革命の裏側を見るためにウクライナに派遣されたのだ。

エディル「このレインコートはウクライナの独立広場で配られていたものです。雨の中、夜遅く広場に集まった何千人もの人がこれを着たんですよ。ウクライナの人々の活動を見て感心したのは、とても優れた組織を作り資金が豊富で、たくさんの小道具をそろえていたことです。もらってきたものを仲間に見せ、言っています。ウクライナでは革命の準備がしっかりできていた。レインコートまで作って配っていたってね。こうやって着るんです」






ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その1
ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その3






 ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その1
2008年08月18日 (月) | 編集 |

  

写真左:17日、ロシア北オセチア共和国アラギル郊外の避難所で(朝日新聞)
右:16日カリフォルニア州でウォレン牧師を囲むマケイン、オバマ両議員(AFP=時事)




グルジア紛争をめぐって、16日ロシアのメドベージェフ大統領がグルジアとの6項目の和平合意文書に署名。本日18日からロシア軍の撤退を開始すると表明した。しかしグルジアを警戒して、ロシア軍の撤退規模や期限は未だ明確になっていない。

また上の写真のようにロシアの北オセチアへ逃げ込んだ南オセチアからの避難民たちは、グルジア側の攻撃で肉親や家財を失い、グルジアへの怒りが収まらない。
フィンランドのテレビ記者の「グルジアと共存できないのか」という質問に、「こんな目にあって、できるわけがない」とまくし立てた。
http://www.asahi.com/international/update/0818/TKY200808180185.html



■米大統領選候補の民主党オバマ氏と共和党マケイン氏の争いが、ここに来て接戦になっているという。
マケイン陣営はテレビCMを使ってオバマ批判を展開し、さらにグルジア紛争の期間にタイミング悪く夏休みを取っていたオバマ氏をここぞとばかりに攻撃している。
ん…このためにグルジア軍に侵攻命令を出したりして(?_?)



■西欧諸国はグルジア紛争に関して、米国のようなロシア批判は避けて中立の姿勢を取っている。
なぜなら欧州はウクライナ経由のパイプラインで、ロシアから天然ガスを調達しているからだ。
グルジアと同様に反ロのウクライナは06年1月にロシアからパイプラインを閉められ、欧州も被害を受けた。もっともこの措置は、特別低価格でウクライナに供給していたガスの価格を欧州並みにしたいという提案をウクライナが蹴ったからで、その後もウクライナはパイプラインから勝手にガスを盗んだりしたので、何をかいわんやである。欧米寄りの報道だけでは事の真相はわからない典型だ。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008081800454



■さて前置きが長くなってしまったが、昨今のグルジアをめぐる欧米の動きやロシアとの関係はいろいろ複雑で、よくわからない部分も多いのではないだろうか。
そこで上の赤太字の国々や人物を含めた相関関係や確執についてより明快に理解できる、フランスのドキュメンタリー番組を、何回かに分けて紹介したい。

NHKでこのドキュメンタリーを放送したときに、番組を見ながらメモを取ったものだ。











ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略

プロローグ







2000年10月、ミロシェビッチが「ビロード革命」で権力の座を追われた(写真左)。
2003年11月グルジア。シェワルナゼ大統領が「バラ革命」で追放された(写真右)。








04年12月ウクライナ「オレンジ革命」で新政府誕生(写真左)。
そして05年4月キルギスの「チューリップ革命」(写真右)。




暴力のない革命で、旧ソ連の名残をとどめる4つの政権が姿を消した。
いずれも不正選挙をきっかけに大規模な抗議デモが起き、政府は倒された。
この5年間、自由化のうねりの中でロシアの勢力下にあった国々は変貌を遂げ、アメリカに接近しようとしている。


グルジアでのブッシュ大統領の演説。
「皆さんの心に火がともされました。火はその力を信じる人々を暖めてくれます。この自由の火はいつの日か、世界を隅々まで照らすのです」

こうした動きにロシアのプーチン大統領は苛立ちを隠せない。
プーチン「バラ革命でもどんな色の革命でも、革命をもたらす活動は危険極まりない。当事国の法が尊重されるべきです」


民主化運動はどのように行われたのか。次に革命が起こるとすればどこなのか。
スロバキア、セルビア、グルジア、ウクライナ、キルギス。
さらにモスクワとワシントンに取材の足を延ばした。

とどまることを知らない旧東側諸国民主化のうねり。その舞台裏を探る。






ロシア周辺諸国民主化とアメリカの戦略 その2 へ続く






 ロシアとの関係をさらに悪化させる米国
2008年08月17日 (日) | 編集 |
■かつてアメリカが仕掛けたロシア周辺諸国への民主化、いわゆる「カラー革命」の真相について描いたドキュメンタリーの紹介をしようと思っていたが、昨日今日とオーバーワークで体調が悪化して断念
7月の2週からずっと忙しくて今月末まで休みなしのため、そろそろ体力の限界かも(T.T)

それにしてもコソボといい、グルジアといい、米国の対ロ戦略の危うさにはいつもハラハラしてしまう。
そしてさらにこんなことも…。


     時事通信 8月15日
      http://www.jiji.com/jc/zc?k=200808/2008081500105&rel=j&g=afp

 ミサイル配備で大筋合意=米・ポーランド-対ロ関係、一段と悪化は必至 

【ベルリン14日時事】ポーランドのトゥスク首相は14日、同国への米ミサイル防衛(MD)システム配備計画について、大筋合意に達したことを明らかにした。同計画をめぐっては、ロシアが強硬に反対しており、ロシア軍のグルジア侵攻で冷却化した米ロ関係が一段と悪化するのは必至だ。

     


■とにかく米ロ関係を悪化させている元凶が、この「MD配備問題」なのだ。
そしてMD配備に熱心だったのが、米国ネオコンのラムズフェルド前国防長官だった。

東京財団研究員の畔蒜(あびる)泰助氏は、こう書いている。
「東欧へのMDシステム配備問題とは、国防長官を辞任するにあたり、米ロ「対テロ」共闘路線に歯止めをかけるべく、ラムズフェルドが最後に残していった置き土産だったのではないだろうか。」



ラムズフェルド一派の高笑いが聞こえるようだ。






 父・米国にそそのかされた息子・グルジア
2008年08月16日 (土) | 編集 |



天に代わってお仕置きよっ! 




■朝日新聞(8月16日)の朝刊「時々刻々」に、「米ロ緊迫 EU慎重」というタイトルでグルジア紛争に関する記事が載っていた。

後手に回って手をこまねいている米国に対して、ドイツはEUの役割はどちらにも加担しないで地域安定を図ることとし、メルケル首相がロシアのソチ(プーチンの別荘がある)を訪れメドベージェフ大統領と会談した。エネルギー戦略をめぐってロシアとドイツは緊密な関係を築き、フランスとの仲も良好だ。
北京オリンピックの開会式で、プーチンはサルコジの息子とハグしていたし(^^;;


で上記の記事の中に面白い箇所があった。

 動物園で父(米国)にそそのかされた息子(グルジア)が、棒でクマ(ロシア)をつつく。激怒したクマがいきなり襲いかかり息子はずたずたに――。英インディペンデント紙の風刺漫画は、慎重に扱うべきロシアに対しグルジアや米国は軽率、という欧州の見方の一つを表している。


メドベージェフはクマという意味だし、世界が思っているより、この新顔のクマも手ごわそうだ。


 米国はグルジアを「民主主義国」と形容する。しかし、現政権は野党やメディアを非常事態宣言で弾圧したこともある。ロシアだけを「独裁国」扱いするわけにはいかないとの判断もあるようだ。


おお、久しぶりにまともな意見キターーっ!!
どんなに繕ってみても、サーカシビリの悪行は白日の下に晒される運命なのだ。






 犬や猫も戦争の犠牲になった
2008年08月15日 (金) | 編集 |
■正午、遅いチェックアウトの若い団体の集合写真を玄関先で撮ってあげていると、
近くの防災無線のスピーカーから大音量でサイレンが鳴り出した。
20歳前後の若者たちは怪訝そうな表情で互いに顔を見合わせた。

今日は63回目の終戦記念日。
かつて日本とアメリカが戦ったことも、いや戦争があったことすら知らない
若い世代が増えてきているという。
つい先日の北京オリンピック開幕日にもグルジアが突如南オセチアに侵攻し
あわや米ロの衝突になりかかって、全世界がヒヤリとした。



■戦争や紛争は計りきれないほどの大きな犠牲を伴う。
そして犠牲になるのは人間だけではない。
ペットとして飼われている犬や猫たちも、先の大戦で多くの命を失ったのだ。

終戦記念日にちなんで、猫が主人公の2つの絵本を紹介したい。
今までにない視点から、戦争の愚かしさや悲劇がストレートに伝わってくると思うので。




  

左:『のら猫・ボス』 乾律子・作 田中優子・絵 (文芸の森社)
右:『ニャンコ、戦争へ』 菊池秀行・文 平松尚樹・絵 (小学館)




■去年NHKの朝のニュースを何気なく見ていたら、多くの飼い犬や猫が供出命令を受けて殺された事実を報道していて、大きなショックを受けた。動物園の象や猛獣が毒殺されたことは最近の教科書にも載っているが、普通のペットまでが殺されたとは最近まで知らなかった。

第二次世界大戦当時、6年生の少女だった乾さんは、この供出命令で愛猫のクロを失った。その悲しみや悔しさ、戦争への怒りが60年の歳月を経て、『のら猫・ボス』に結実した。
同じく供出問題を扱った『犬の消えた日』の著者である作家の井上こみちさんが、乾さんの思いを文章化した。

私はニュースを見終わってからすぐにNHKに問い合わせて、『のら猫・ボス』というタイトルと出版社を教えてもらった。少しでも多くの人にこの本と、人の命も動物の命も奪ってしまう戦争の愚かしさを知ってもらいたい。



    『のら猫・ボス』より

 ボスは、夢を見ていました。
 夢はよく見ますが、この夢だけは、なぜかくりかえし見るのです。
 それは日本が、多くの国を相手に戦争をしていたころのことです。
<国のために、飼い犬や猫を、供出するように>という命令が、家々にまわってきたのです。国の命令には、だれもがしたがわなければなりません。
「なぜ、犬や猫の命をさしださなければならないのか」
 ほんとうの理由は、わかりませんが、「人の食べものもすくないというのに、犬や猫を飼うのはぜいたくだ。犬や猫は毛皮や肉になって、戦地の兵隊さんのために役にたてるのだ」と、いわれていました。
 そして、たくさんの犬や猫の命がうばわれたのでした。
 ボスの夢にでてくるのは、ひとりの女の子と、その女の子がだきしめている猫です。
「クローっ、許して。わたし、おまえを助けられなくて、ごめんね。かならず仇をとるから。生まれかわっても、おまえのことはわすれないよーっ」
 猫をうばわれた女の子が、なきながら、さけんでいるのです。女の子が立っているところは、犬や猫のなきがらが、ころがっている雪の原です。
 犬や猫のおびただしい血で、雪はまっ赤にそまっています。
 夢からさめても、ボスの耳には、女の子のさけび声がのこっています。
 ボスは、なぜ、地獄絵のような夢を見るのか、わかりません。
 でも、クロというのが、その女の子の家の猫だということは、すぐにわかりました。
 女の子は、供出命令にしたがって、クロを麻ぶくろにいれて、指定の場所につれていったのです。
 クロは、まもなくじぶんが殺されることなど、知るはずもありません。麻ぶくろの中で眠っていました。クロは、麻ぶくろごと女の子からひきはがされると、まもなく、なぐり殺されたのでした。
「クローっ、許して。わたし、おまえを助けられなくて、ごめんね。かならず仇をとるから。生まれかわっても、おまえのことはわすれないよーっ」
 ボスは夢のなかで、その声をきくたびに、女の子にささやきかけます。
「仇うちは、順調かい?」
 女の子は、もくもくと、いくあてのない犬や猫のせわをつづけています。
 いつのころからか、ボスの夢にでてくる女の子の黒くつややかだった髪には、白いものが、まじりはじめていました。
 ボスには、女の子のすがたがどのように変わっても、すぐにわかるのでした。
 ボスは夢のなかで、
「クローっ、許して……」という女の子の声をきくたびに、
「仇うちは順調かい?」とささやきかけているのです。




■『ニャンコ、戦争へ』は、伝奇SFで有名な菊池秀行の作品である。


いつも世界は戦争中。あまりに多くの兵隊が死んだり怪我をするので、政府の頭のよい誰かが、人の代わりに猫を兵士として戦場に送ることを考えた―。

「ニャンコがはじめて戦争へ行ったのは、僕が三つのときだった。
 もちろん、僕は戦場も、ニャンコがそこへ行ったわけも知らなかった。半年ほどして、ニャンコは戻ってきた。」


ニャンコは何度も戦場に送られ、戻ってくるたびに目や足などを失っていた。
そして最後に戦場に向かったあと…。



静かな中に、やり場のない悲しみが胸を打つ。
ジョージ・オーウェルやP・K・ディックを髣髴させる、シニカルで優れた風刺作品だ。
ぜひ一読をお勧めしたい。





 夏はサイダー!
2008年08月14日 (木) | 編集 |





ほんとにいつまで続くこの暑さ、この忙しさ。

ということで、夏はスカッとサイダーがよろし。
いろいろ取り揃えてみました。
ケーキ・ソーダはバニラの香り、コーラ・ソーダはコーラの味。
って、当たり前か。
カレーラムネは、スパイスが効いて辛いというより痛いというかんじ。
これは最後まで飲めなかった。

やはりオーソドックスなサイダーが一番美味でした





 ロシアとグルジアが和平案で合意
2008年08月13日 (水) | 編集 |



フランスのサルコジ大統領(左)とロシアのメドベージェフ大統領




■南オセチアをめぐるロシアとグルジアの軍事衝突の仲介にEU議長国のサルコジ大統領が乗り出し、紛争の和平案合意にこぎつけた。とはいえ長年にわたる民族間紛争の地であり、今回も大きな犠牲を出しただけに、今後の協議も難航のが予測され、ロシアとグルジア(米国)の溝もますます深まりそうだ。




■グルジアのサーカシビリ大統領(左)は12日、独立国家共同体(CIS)からの脱退の意向を明らかにした。
サーカシビリ「「われわれはCISを永久に脱退する。ロシアが運営するこの共同体からの脱退を他国にも提言する」(インタファックス通信=朝日新聞)

共同通信の用語解説より
【独立国家共同体】旧ソ連構成国でつくる緩やかな国家連合体。1991年12月8日、ロシア、ウクライナ、ベラルーシがベラルーシのベロベージエで創設協定に調印。93年秋までに12カ国が加盟した。加盟国間では、ウクライナやグルジアなど北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)早期加盟を目指す親欧米諸国と、ロシア中心の再結集を目指す中央アジア諸国との立場の違いが鮮明化している。



■サーカシビリはまた国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)に、国連人種差別撤廃条約違反でロシアを提訴した。90年代以降、ロシアがグルジアで民族浄化を行ってきたというのであるが、92年から14年間もグルジア・アプハジア紛争が続いて8000人程が犠牲になった経緯がある。
ゆえにロシア側は、民族浄化を行っているのはグルジアの方だと非難している。


■91年にグルジアはソ連崩壊とともに独立。
ゴルビー政権下で活躍したシェワルナゼが大統領に就いたが、03年にアメリカが仕掛けた民主化革命、いわゆる「バラ革命」によってシェワルナゼは大統領の座を追われ、傀儡のサーカシビリ政権が誕生した。
グルジアといえば独裁者スターリンや秘密警察のベリヤの出身国で、国民はこうした強権的な指導者を好む傾向がある。
今回のグルジア紛争停戦にあたって、これは専制国ロシアに対する民主国家グルジアの勝利だとする論調が見受けられる。しかしながらアメリカの思惑で誕生したサーカシビリ大統領は次第にその独裁的な面をあらわにするようになって、去年07年には10万人にも及ぶ反サーカシビリ・デモが起きた。これに対しサーカシビリはデモを力でもって打倒し、野党系のテレビ局イメディに特殊警察を突入させて放送機材を破壊したのだ。

またリトビネンコ毒殺事件の犯人とされるルゴボイも頻繁にグルジア入りしている。
そんなこんなで、果たしてグルジアが真の民主国家であるかは大いに疑問なのであるが(^^;;






 ロシア、南オセチアでの軍事作戦停止か?
2008年08月12日 (火) | 編集 |


■本日12日の時事通信は、ロシアのメドベージェフ大統領が
グルジア・南オセチアへの軍事介入の目的が達せられとして
ロシア軍の軍事作戦停止を決定したと述べたと伝えた。
本当なら一安心なのだが…。
この後もグルジア情勢を注視したい。
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2008081200740