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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 9条変えなくてよいが66%に
2008年05月03日 (土) | 編集 |

■憲法記念日の本日、日本国憲法は施行から61年目を迎えた。
朝日新聞社が4月19、20の両日に実施した電話による全国世論調査では、
憲法9条を「変えない方がよい」との回答が66%にのぼり、「変える方がよい」の23%を大きく上回った。憲法改正が「必要」とする人は56%いるが、その中で9条改正を支持する人の割合は37%にとどまり、54%が「9条は変えない方がよい」と答えた。



■記事の全文はこちら。
朝日新聞 5月2日
9条改正反対66%に増、賛成23%に減 本社調査
http://www.asahi.com/national/update/0502/TKY200805020272.html



■昔から改憲というと9条と、なんかセットものみたいで(^^;; 憲法には9条しかないのか!?なあんて文句の1つも言いたくなってしまう。
私は9条は変える必要などさらさらないと思うし、もし変える部分があるとしたら、ばかげた拡大解釈ができないようにガチガチに論理的な表現に改めるとか…、でもそれでも無理やりこじつけて解釈するんだろうな。


■ただし9条以外では変えたいところもある。
その1つが第3章の国民の権利及び義務のところだ。
憲法が出来てもう60年を超えたというのに、国民の自由や権利は逆に狭められ、それを危機だと感じる民度も低下している。理不尽な法律ができても、あきらめきって唯々諾々と従う場面が多く、主権在民という言葉さえも忘れられたかのようだ。

そんなわけで、この国民の権利及び義務は3章ではなく、1章に移動させたらどうか。
日本国憲法というとすぐに「第1章 天皇」と続くので、国民に関する章はないように思えて(憲法をほとんど読んだことのない人はなおさらだ!)、だからいつまでたっても個として自立できないままでいるのだ。


■もう1つは、同じ第3章第12条【自由・権利の保持と公共の福祉】後半部分の「又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」というのはカットした方がいい。
いつだって濫用するのは権力側で、この「公共の福祉」をたてまえに好き勝手に国民の自由と権利をないがしろにしてきたからだ。











  


■左は「五日市憲法草案」。東京・多摩市内の土蔵で発見された。
明治時代の自由民権運動の中で生み出された私擬憲法の1つである。多摩といえば新選組を生んだ土地で、その自由で自治精神旺盛な土壌の中で、こうした民間の手による憲法が生み出されていたのだ。
新選組の関係者やその子孫の多くも、多摩の自由民権運動にかかわっている。
そしてこの憲法には、すでに「三権分立」や「国民の権利」について明文化されており、その優れた内容が敗戦後のGHQ案に大きな影響を与えて、日本国憲法の基礎となったのだ。

右はその史実を元に映画化した『日本の青空』。
日本国憲法はアメリカからの押し付けではない、日本人自らが作り上げたという事実が明らかにされている。










第11条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第12条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。

第97条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

第98条  この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

第99条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。








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