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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 アフリカへの視線 その1 スーダン
2008年05月02日 (金) | 編集 |
■昨日5月1日の新聞に、アフリカのスーダンに約208億円の経済支援をするとの記事が載っていた。
先月4月23日には、高村外相が5年間でアフリカに小学校を1000校建設すると言っていた。この援助費用は約300億円になるという。途上国への支援は当然の義務みたいなものだが、日本国内が財政不足で苦しんでいるこの時期に、ずいぶんな大盤振る舞いではある。

高村外相は今年1月4日にも訪問先のタンザニア・ダルエスサラーム市で、アフリカ諸国の人道復興支援や平和構築などに約300億円を無償援助すると言っていた。

おまけに2月には、ダルフール紛争で揺れるスーダン南部での国連平和維持活動(PKO)に参加するため陸上自衛隊部隊を派遣したいと笑顔で話していた。


■そういえば「第4回アフリカ開発会議」とかが、今月末に横浜で開催されるのだった。
毎日新聞の解説によると、TICAD(アフリカ開発会議)とは、「日本が国連や世界銀行と共催する、アフリカ開発を議論する国際会議。93年初会合。今年5月、横浜で開く第4回会議にはアフリカ各国の首脳が参加して「元気なアフリカを目指して」と題し、貧困、環境、人口問題などを話し合う。」のだそうだ。


■ところがこの「第4回アフリカ開発会議」、どうも日本国内の関心度が低く、外務省の薮中三十二事務次官がTICADという名称がなじみにくいので、「「日アフリカ・サミット」の通称にしたいといきなり言い出し、もうポスターも出来てるのにと省内の反発を招いているという。

     朝日新聞 4月28日
     「日アフリカ・サミット」と呼んで 開発会議の浸透狙う
     http://www.asahi.com/international/update/0428/TKY200804280355.html



■しかしながら上記のように政府内はこのところにわかにアフリカ・ブームになっているが、どういった思惑があるのだろうか。これに関しては、以下のような見方がある。


 急成長を続ける中国の政府は、エネルギー資源を爆食する人口13億の巨大市場にエネルギーを安定供給するため胡錦濤国家主席や温家宝首相らがアフリカを訪問しトップ外交を展開し大規模な資金援助で資源獲得や友好国としての関係確立を図っています。
 中国は06年に首都の北京でアフリカ48カ国を招待して首脳会議を開きました。同会議では約40カ国から大統領や首相が参加し、対アフリカ外交を強化する中国の存在感を世界に示しました。日本政府は中国に見劣りしないようにアフリカ各国に首脳の出席を呼びかけています。
   FujiSankei Business  2月21日
    http://www.business-i.jp/news/for-page/naruhodo/200802210005o.nwc



 TICADは平成5年に発足した。冷戦終結により国際社会のアフリカへの関心が低下する中で、アフリカ開発の重要性を訴えるため、日本が国連や世界銀行などと共催している。国連常任理事国入りを目指す日本にとって、TICADがアフリカ諸国の支持を得るための戦略的な財産となるとの見方もある。
 日本の政府開発援助(ODA)は厳しい財政事情により、減少の一途だ。これに対し、石油・レアメタル(希少金属)の獲得や台湾の国家承認阻止を目的とする中国のアフリカ支援は増え続けている。日本のODAに占めるアフリカ向け援助は10・5%(17年)であるのに対し、中国のそれは4倍の44%に上る。
 こうした現状に、自民党内から「このままでは日本の存在感は薄れる一方だ」(中堅)との声が上がっている。

      産経新聞 4月18日
     http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080418/plc0804180959002-n1.htm



■ようするにどうしても国連常任理事国入りをしたいという外務省の切なる願いのためにはアフリカ票が必要なのと、そのアフリカに大きな影響力を持ちつつある中国に負けたくないという思いで、パッパと経済支援に励んでいるわけなのだ。おまけに人手も出しますよと、PKOにも参加するつもりだ。
簡単には武器を使用できない自衛隊をまた紛争地域に派遣する非道さ。そんなに派遣したけりゃ、外相自ら派遣部隊の先頭に加わってみればいいのにね。





 







■中国がスーダン政府から原油を買ったり武器を売ったりすることで、結果的に住民の虐殺を助長しているとして今回の北京オリンピック開催を非難されるきっかけとなったダルフール紛争。
もとはといえばスーダン内戦のタネは、この国を植民地支配していたイギリスが蒔いたものだ。

■アフリカ最大の面積を持つスーダンは、北部がイスラム教のアラブ系(人口の7~8割)、南部がキリスト教に改宗した黒人系が多い。1965年にイギリスから独立後、イスラム国家を作ろうとした北部に対して南部が反対し、この宗教対立がやがて南部の分離独立を目指す内戦へと拡大した。
この南北の内戦は04年のアメリカの仲介によって石油資源の分配などの合意にこぎつけ、徐々に沈静化に向かっている。

■ところが今度は西部にあるダルフール地方で紛争が勃発した。
03年、ダルフールの非アラブ系(アフリカ系)住民からなるスーダン解放軍が政府軍と空港施設を攻撃。これに対し政府は「ジャンジャウイード(武器を持った馬に乗る人の意)」というアラブ系民兵を組織してアフリカ系住民の村々を襲撃し、20~40万人もの人々を虐殺した。また大量の難民が隣国チャドに逃げ込んで、チャドとスーダン両国の関係も悪化している。

■この長期化したスーダン内戦の裏には、石油資源をめぐるアメリカの反政府勢力(非アラブ系)への支援と、同じく石油を求める中国の政府系勢力支援という構図が横たわっているのである。






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