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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 コソボが独立宣言!
2008年02月18日 (月) | 編集 |


 2月17日、コソボ自治州がセルビアからの独立を宣言。
写真はアルバニアのティラナで、コソボの独立宣言を祝うアルバニア人
(2008年 ロイター/Arben Celi)






朝日新聞2月18日の図を拡大



■朝日新聞2月18日
http://www.asahi.com/international/update/0217/TKY200802170199.html

     コソボ、独立を宣言 欧米は国家承認へ ロシアは反対

 セルビア南部コソボ自治州議会は17日午後3時(日本時間同日午後11時)から臨時議会を開き、セルビアからの独立を宣言した。多数派アルバニア系住民とセルビア人の民族紛争は99年、北大西洋条約機構(NATO)軍による空爆に至った。それから約9年。「悲願の独立」が実現したが、国連事務総長特使の包括提案に沿って、欧州連合(EU)を中心に新しく作られる国際機構の強い監督権限の下に置かれる特殊な独立になる。(以下略)





■上の地図でもわかるように、コソボはセルビア共和国の自治州である。
人口の9割近くがアルバニア系の住民で占められ、イスラム教徒が多い。対して1割に満たないセルビア人はセルビア正教を信仰している。
11世紀にコソボを中心としたセルビア王国が作られて以来、多数であるアルバニア系住民の独立への思いは強く、1912年には独立宣言を行った。しかし逆にセルビアに領有される結果となり、90年に再び独立宣言。だがセルビアの大統領に就任したミロシェビッチが大弾圧を加えた。アルバニア系住民はコソボ解放軍(UCK)を結成、治安部隊との武力闘争が激化して多数の住民が虐殺された。
そして99年にはNATOが介入してユーゴ空爆を行った。こうした戦闘の激化で多くの住民が難民となり各国に流出した。
99年に安保理決議によって和平が結ばれ、自治政府が樹立された。しかしコソボの地位を巡っては、米・露・EUの三者の仲介による交渉が続けられてきたのである。





■東京新聞2月18日
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008021801000234.html
左の写真は、17日、セルビアの首都ベオグラードの米大使館前で、警官隊(手前)と衝突する市民ら(AP=共同)




     首都で暴動、65人負傷 セルビア、対抗措置も

【ベオグラード18日共同】セルビア・コソボ自治州が独立を宣言した17日、セルビアの首都ベオグラードでは、宣言に抗議する約2000人の市民らが米大使館や米ハンバーガーチェーン店前などで警官隊と衝突、地元テレビによると、双方合わせて65人以上が負傷する暴動に発展した。

 コシュトニツァ首相はテレビ演説で「宣言は無効」とした上で、「米国は自国の国益のため国連憲章を無視して力ずくの政策を進めている」と繰り返し非難。一両日中にもコソボへの対抗措置を発動する考えを表明した。セルビア主要政党は近く、大規模な抗議デモを呼び掛ける見通し。

デモは当初、サッカーのフーリガン数十人が米大使館前で警察隊とにらみ合っていたが、市民も加わり急速に拡大。夜になって商店街を行進、店舗のガラスを割ったり路上のゴミ箱や駐車車両をたたきつけるなど一部が暴徒化した。






  

写真左は、コソボ自治州のプリシュティナで17日、独立宣言を控えて市民からの歓迎を受けるサチ首相(中央)=AP
写真右は、17日、コソボ自治州の州都プリシュティナで、コソボの新しい旗を示す自治政府のセイディウ大統領(左)とサチ首相(AP=共同)



■新しい国旗も決まり、新国家の名称も「コソボ共和国」に決定。
米国やEU、日本など多くは独立を承認する意向だが、セルビアやロシアは反対している。この先の動きが気がかりだ。




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