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 沢田研二『悪魔のようなあいつ』に関する私的考察 その1
2007年09月16日 (日) | 編集 |
阿久+久世+長谷川『悪魔のようなあいつ



■阿久悠の死去に伴い、関連する記事や懐かしい映像も多く見受けられるようになった。そこで阿久にとっても1つのエポックメイキング的な作品となったテレビドラマ『悪魔のようなあいつ』(1975年)を取り上げてみたい。

■ドラマの元になったのは当時としては珍しいマンガ作品で(今はマンガが原作のドラマばかりだが)、阿久悠の原作を『サチコの幸』などの上村一夫が描いたものが、女性誌の「ヤングレディ」に連載された。
ただし4話程でドラマの方が原作を追い越してしまったので、その後の展開はかなり異なるものとなった。

■製作は多くのドラマを手がけ、阿久より前(06年)に死去した久世光彦。脚本は、ゴジこと若き日の長谷川和彦の手によるものだ。




■…と普通ならここでドラマの内容について書くところだが、今回は2つの新選組作品と比較して考察してみることにする。






結束+河野『新選組血風録』と三谷『新選組!』



■左は1965年放送のテレビドラマ『新選組血風録』。
原作は司馬遼太郎の同名小説。1話完結で、新選組隊士の一人ひとりに焦点を当てた構成になっている。
監督・河野寿一、脚本・結束信二。音楽は渡辺岳夫が担当。
主要キャストの栗塚旭、島田順司、左右田一平は全員新劇出身の若手で、島田にいたってはまだ研究生の身分だった。

視聴率こそよくなかったが反響は大きく、その後の時代劇ドラマに多大な影響を与えた。今も新旧のファンから絶賛されている名作ドラマである。






■右は04年のNHK大河ドラマ『新選組!』
(このDVDは総集編スペシャルだが(^^;;)
原作・脚本はドラマ『やっぱり猫が好き』『古畑任三郎』映画『ラヂオの時間』などの三谷幸喜。音楽は服部隆之が担当。
司馬・新選組と異なり、従来通り近藤勇を主人公に据えた青春群像劇。結束ドラマ『新選組血風録』『燃えよ剣』のオマージュともいえる作りで、栗塚が歳三の兄に、島田が沖田の療養先の植木屋に扮して出演したのも大きな話題となった。
これまた視聴率はいまいちだったが、ファンの強い要望で土方歳三が主人公の箱館五稜郭篇も作られた。
近藤勇に香取慎吾、土方歳三が山本耕史、沖田総司を藤原竜也が好演。






フィルムかビデオか、ロケかスタジオか


■放送された年代もバラバラな3つのドラマだが、主役(準主役)を演じた時点での4人の年齢はほぼ同じである。

『悪魔』で可門良を演じた沢田研二は27歳。
『血風録』で土方歳三を演じた栗塚旭は28歳。沖田総司役の島田順司は27歳。      
『組!』で土方歳三を演じた山本耕史も28歳。


■さて映画といえば現在もフィルム撮影が多いが、テレビ用に作られた65年の『血風録』もフィルムで撮影された作品である。
監督の河野寿一(こうのとしかず 大正10年生まれ)は東映時代劇映画を手がけた後、テレビに転向。脚本家の結束信二(けっそくしんじ)と共に数々の名作時代劇作品を生み出していく。
厳密にいえば、当時はテレビドラマではなくてテレビ映画と呼ばれていた。

テレビ映画『血風録』を語る際に欠かせない定番資料でもある、黒須洋子・著『「新選組血風録」の世界』。
そこでの助監督・松尾正武の証言によると、
「河野監督の撮り方はオーソドックスなんです。けれんみとか、映像でごまかしたりしなかったんです。今井正・内田吐夢・黒澤明、そういう巨匠連と同じタイプの撮り方です。(略)
河野監督の映像表現の一つの特徴は、絵が流れるんです。キャメラが移動する、キャメラが動いてなかったら人間が動いている、とリズムがありました。(略)昔のフランス映画がそうでした。河野監督は昔、フランス映画がお好きだった。結束先生も、僕も好きでした。だから根底は、みな同じなんですね。」

黎明期のテレビドラマに新しいスタイルを確立させるんだといった情熱にあふれた河野、結束、渡辺らの製作スタッフと、舞台出身の若い俳優たちの力が合わさって、50分のドラマの中にまるまる映画1本分のエキスが凝縮され、後世にまで語り継がれる名作が生まれたのだった。

陰影の深い落ち着いたモノクロ画面。松尾証言にもあるように流れるような美しいカメラワークは、画面にはるかな広がりと気品あるたたずまいを与えている。
そして決して過剰に走らない抑えたトーンが、しみじみとした情感と余韻を生んでいる。日本人の心の琴線に触れるような作風なのだ。
ロケ現場での撮影の多さも、自然の風光とリアリティーをより感じさせている。
ドラマというより、まさにテレビ放送用の映画というべきだろう。



■これに対して『新選組!』はビデオ撮影されたドラマである。
技術の進歩とコストの軽減で、00年以降は時代劇も含めてほぼ全部のドラマがビデオ撮影されるようになったのだ(もちろん例外もあるが)。
どうしても粒子の荒さがあって扱いにくいフィルムに対して、ビデオ撮影された作品はくっきりと鮮明に映っていて見やすい。すぐそばで演じられているような臨場感というか、ソフトで身近な親しみもより強く感じられる。
その代わりやや平面的というか、ドラマにあまり陰影が感じられないきらいもある。
加えて大河ドラマの場合は、予算の都合上か、最初の頃は迫力ある野外ロケ・シーンも多いのだが、終りに近づくにつれてスタジオ撮影が増えていく(^^;; 
ことに『組!』での鳥羽伏見の戦いはスタジオセットで、そのしょぼさにはかなり萎えた。
この点『血風録』の姉妹編ともいえる『燃えよ剣』での鳥羽伏見と箱館での戦いのシーンは、度肝を抜かれるほどの大迫力だったが。



■そこで悪魔のようなあいつはどうかといえば、ちょうど『血風録』から『組!』への移行の過度期に当たり、いろいろな要素もまた混在しているのだ。

そもそもこの企画は、ジュリーこと沢田研二なる素材の持つ魅力に惹かれ彼を愛してやまない阿久悠(あくゆう)と久世光彦(くぜてるひこ)の妄想を実現するために企てられたのだった_(^^;)ゞ

そしてそこに、彼らの妄想など少しも理解できない現実派の長谷川和彦が加わったのだから、あとは押して知るべきであろう。

『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』などのコメディー・ホームドラマ作りで有名な久世と、今村プロと日活でさまざまな問題作映画の助監督を務め、後に『青春の殺人者』、沢田主演の『太陽を盗んだ男』を監督することになる長谷川。
片やスタジオ撮影に固執するロケ嫌いの久世と、やっぱり迫力あるロケがほしいと切望する長谷川だが、ここは力関係で久世方式が主体となった。          

ストーリーは3億円事件の犯人で、バー「日蝕」でギターの弾き語りをしながら時効を待っている良(ジュリー)と、その3億円をめぐってさまざまに画策する周囲の人間模様を描いたもの。

いかにも久世ドラマらしいお茶の間食事シーンも満載で、ギャグもそこここに散りばめられている。ビデオ撮影+オール・スタジオセットというチープ感がなんともいえない味をかもし出していると表現すべきか。
そのクラクラするような臨場感は、テレビドラマというより、むしろ舞台そのものである。そのように脳内変換して見れば(^^;; バー「日蝕」の階段に続く外の書割みたいな景色(まさしく書割だ!)にも納得がいくだろう。あはは。

ところが前半のちょっと中だるみが一変、長谷川による3億円強奪現場の再現―バリバリの野外シリアス実写ロケ・もちろんフィルム撮影―の挿入によって物語は急転直下の展開を見せ始める。
こうなったらもう止まらない。あとは最終話まで見続けるしかない。
しかしその最後の肝心なシーンが…やっぱり久世テイストに彩られて、ああっ!
まさにこれも後世に語り継がれるべき「ε-(ーдー)ハァ」な迷ラストシーンと相成ったのであった。



■以上、フィルム撮影+ロケで大人のドラマの『血風録』と
ビデオ撮影+ロケ+スタジオセットの青春ドラマ『組!』
そしてビデオ撮影+ほとんどスタジオセット+ちょびっとロケの駄菓子屋風味ドラマ『悪魔』
を比較考察してみた。


いずれも甲乙つけがたい、日本テレビドラマ史に残る名作であることだけは確かである。
なんちゃって。







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