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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 台風9号小田原上陸 その3
2007年09月08日 (土) | 編集 |
■今回の大型台風9号の被害について、
本当はこのことが書きたかったのだ。

写真キャプション:
水で川の中に取り残され、消防隊員に救出される男性ら
7日午前、東京都大田区で (東京新聞)

■湯河原→東京を東海道線の電車で往復するたびに、多摩川に架かる鉄橋の下や河川敷に青いテントが増えていくので、いつも気になって窓から眺めていた。このことは以前のブログにも書いたのだが、そのホームレスの人たちが台風9号による多摩川の増水でテントごと流されたとニュースで報じられた。




            東京新聞 9月8日記事を転載

      “家”手放せぬ 河川敷生活者 3人不明『生活か命かの選択』
    http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007090802047303.html


 「危ないから退去してください」という行政側からの事前の呼びかけにもかかわらず、河川敷の“わが家”に残った人たちが、台風9号の影響で急激に増水した流れの中で取り残された。東京・神奈川の都県境の多摩川で七日午前、繰り広げられたホームレスの人たちの救出騒ぎ。東京消防庁のまとめでは三十六人が救助されたが、少なくとも三人のホームレスが流され、行方不明となっている。「逃げないから悪い」で片付けてしまえる問題だろうか-。地元自治体なども、対応の難しさに頭を痛めている。(略)

 多摩川の河川敷を管理している国土交通省京浜河川事務所(横浜市鶴見区)によると、河口付近から青梅市までの約六十一キロに及ぶ河川両岸に約九百人のホームレスの人が生活している。(略)

 救助に当たった東京消防庁によると、助けられた人は「寝ていて気付いたら水が来た」「飼い猫がいるから逃げなかった」などと話したという。自分が河川敷に確保した“家”を離れたら別の人に取られると避難に難色を示した人もいた。(略)

 東京・新宿近辺の路上生活者の相談に乗ったり食事などの支援をしている「スープの会」の世話人後藤浩二さんは「河川敷の“家”を拠点に、月二、三万円の現金収入でギリギリの生活をしている人も多い。避難は全財産と生活の拠点を失うことで、生活が持続できなくなるか、命の確保を選ぶかという究極の選択となる」と指摘。「自治体が設けている緊急一時保護センターなどを活用する必要がある」と話している。




■今朝のニュース番組でゲスト・コメンテーターが「レスキューは命がけなんだから、猫がおびえるとかで救助を拒むのはおかしい」などと言っていた。
確かにそうかもしれないが、ずいぶんと冷たい言い方ではないか。
ホームレスを非難する前に、なぜ彼らがこんな河川敷でテント生活を送らなければならないのか、その根本原因をきちんと追求する方が先だろう。
弱いものがこうして片隅に追いやられ、さらに災害で真っ先に命の危険に怯えなければならないこの不当な構図を、いかにしたら断ち切れるのだろうか。

濁流に流されてホームレスが行方不明になったというこのニュースを聞いて、先日大水害に見舞われた北朝鮮から、韓国との境のイムジン川に数体の水死体が流れてきたという報道を思い浮かべた。

北朝鮮と今のこの日本と、いったいどこが違うというのか。







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 台風9号小田原上陸 その2
2007年09月08日 (土) | 編集 |

■東日本に多大な被害を及ぼしながら北上していった台風9号。
自転車並みのゆっくりした速度で海上を進み、なんと湯河原のご近所の小田原に上陸! いやぁスゴイ大暴風雨だった。
左の写真は真鶴半島。鶴が羽を広げている形というのが由来。この角度だとスッポンが首をのばしているように見えるけどね(^^;;


■中央にこんもり茂ってるのが「御林」。
江戸徳川時代に小田原藩が15万本の松を植林したもので、今では「魚付き保安林」としてこの地域の漁業を支えている。
半島を抜けて左へ進むと湯河原や熱海に、右へずっと行けば小田原に至る。小田原をさらに右に進んでいけば東京に行き着く。


■さてなぜここで真鶴半島を出したかというと、台風9号が小田原に上陸するには当然ながら真鶴を通って(ついでに湯河原も巻き込みながら(^^ゞ)小田原→東京と進んでいったわけで、その時私の脳裏に、とある場面が浮かんだのだった。





■真鶴半島の先端に位置する「三ツ石」。
上の写真とは上下逆になっている。
普段は3つの巨岩が海中から頭を出しているので三ツ石と呼ばれる。別名・笠島。
左の写真は干潮時のもので、岬から三ツ石へ歩いて渡ることができる。うかうかしていると満潮になって戻れなくなるけれど(^^;;
初日の出のポイントとしても有名だ。






■で、唐突ながら諸星大二郎の『妖怪ハンター 地の巻』。
これは文庫本で、妖怪ハンター・シリーズの最初の巻に当たる。
収録作品は、「黒い探求者」「赤い唇」「生命の木」
海竜祭の夜」「ヒトニグサ」「闇の客人」「蟻地獄」
「闇の中の仮面の顔」「死人帰り」

諸星は74年に「生物都市」で第7回手塚賞を受賞。
手塚治虫も諸星の作品を高く評価していた。
私も早くから諸星に注目し作品を読んできた。
特に『孔子暗黒伝』『暗黒神話』は文句なしの大傑作だ。



■この「妖怪ハンター」は2度映画化されている。
1度目が沢田研二妖怪ハンターこと異端の考古学者・稗田礼二郎に扮した
塚本晋也監督による「ヒルコ 妖怪ハンター
2度目が、阿部寛が稗田に扮した小松隆志監督の「奇談」。
こちらは「生命の木」が原作になっている。


■ここで取り上げるのは、当然ながらジュリー版「妖怪ハンター」である(^◇^)/
映画「ヒルコ 妖怪ハンター」のクレジットには、「海竜祭の夜」が原作と記されているが、これは一部の造型を参考にしているのであって話自体は関係ない。
原作はむしろ「黒い探求者」をベースに、「赤い唇」のエキスもプラスして作られていると言ったほうが正しい。

ジュリー主演の映画のほうはまた別の機会に書くことにして、今回台風の件で私の頭に浮かんだのが「海竜祭の夜」の以下の場面だったのだ。
あ~ここまで引っ張ってくるのが実に長かった~(;^_^A










東京の大学で
私の講義をとっていた学生に
加美島出身の若者がいた
私が島を訪れたのは
平家伝説よりも
その島の風変わりな海竜祭に
興味をもったからだった




■海竜祭が執り行われるのは、旧暦の3月24日。
祭りの日には岬に立てた鳥居と鳥居の間に魚を1匹ずつ置き、
その夜は村人たちは明かりも消して家の中でじっとしているのが慣わしになっている。

この年の祭りも、海へ向かい「平家物語」を詠じることから始まった。
「迎えるというより、海竜を海に追い返すような祭りだな」と稗田はつぶやく。
ところがその晩地震が起こり、海竜を海に還す部分の鳥居が倒れてしまう。
稗田は悟った、海竜祭とは壇ノ浦で死んだ安徳天皇の鎮魂祭だということを。
そして、ついに海竜様が岬にやってきた…!



■古の人々は地震や台風などの天変地異を天(神)の怒りと考え、畏れ敬った。
この海竜祭での安徳天皇霊の来襲も地震による津波が真相だったのだが、もし私たちが古代人だったら、今回の台風9号も乱れきった政治や社会に対する神の鉄槌なのだと考えただろうか。


荒ぶる海の神が三ツ石に足をかけて、西湘バイパスをなぎ倒しながら小田原に上陸し、首都を目指して進んでいった…と。




■書いているうちに、台風の話なのかジュリー映画についてなのか、
はたまた諸星作品の解説なのかわからなくなってしまった。
あ~頭が痛いσ(--#)