FC2ブログ
激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 我々は何者なのか
2007年09月04日 (火) | 編集 |



ポール・ゴーギャン   Paul Gauguin
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
油彩・カンヴァス 1897年




■私はなぜ生まれてきたのだろう。
 そして何のために生きるのだろうか。

人は皆、そうした問いを胸に抱きながら人生を歩み、やがて等しく死んでゆく。
それが人という生き方なのだ。



■今回私は、奇しくも「権力とマイノリティ」氏とほぼ同時期に、「沢田研二」という人物に興味を抱いた。気鋭のジャーナリストでもある氏は、沢田を素材に「文化と政治の関係」について独自の視点で論じていくつもりだという。

私も氏からよい刺激を受けて、その論法には遠く及ばずとも、私なりの比較文化論を綴っていきたい。そうした過程で、沢田に惹かれる私とは何かという自問に、少しでも答えが見つかるならば幸いだ。



■リタイアするような年齢になったら、どこぞの大学院に入って文化人類学や歴史学を学んでみたい、というのがかつての望みだった。
運命の皮肉で、リタイアなどという優雅な時間を望むべくもない環境に放り込まれ、友人や仲間との語らいの場からも遮断されてしまった今、制約だらけの中でどれだけ想像力を膨らませて対象に肉薄できるか、試してみるのも悪くはないだろう。



■さてゴーギャンの問いかけに対して、こんな答えもある。

かつてのサヨクのバイブル(^^;; 白土三平「忍者武芸帳・影丸伝」
信長の暴虐に対し農民一揆を率いて長年戦ってきた忍者・影丸は、ついに捕らえられ八つ裂きの刑に処せられることになった。死の直前、影丸は刑の立会人・森蘭丸に忍びの術を使って、自分の心情をこう伝えたのだった。

「われらは遠くからきた。そして遠くまで行くのだ」と。








スポンサーサイト