激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
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 「女性は子ども産む機械」―品性の欠片もない美しい国の政治家たち
2007年01月30日 (火) | 編集 |


■27日に開かれた松江市での自民県議の後援会で、
柳沢厚生労働相が少子化問題にふれた際
「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などと発言した。


さらにあきれたことに、この厚労相発言に対して、会場からの反論や主催者側からの訂正もなかったという。




■当然のこと、与野党の女性議員たちは反発し、辞任要求をつきつけた。海外メディアも報道し、人権小国日本の姿がまたしても晒されたわけだが、怒りを通り越して情けないことはなはだしい。


美しい国だの少子化対策だの、再チャレンジだのと空疎なスローガンを並べ立てている安倍政権の、これが本音であり真の姿なのだ。

安倍首相の言う「美しさ」とは、噴出する不祥事をすべてゴミバケツに入れてフタをし、単に取り繕っただけの偽装美にすぎない。




「護憲」はしないかわりに、インチキ「護美」ならいくらでもやっちゃう、安倍「ゴミ箱内閣」に痛烈な猫キックを!






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 映画「それでもボクはやってない」
2007年01月25日 (木) | 編集 |

■義母の介護で昨日1日だけ休みが取れたので、夕食の片づけを終えた後、急ぎ小田原のシネコンのレイトショーへ行った。
映画館で観るのは、実に「王の帰還」以来である。
とにかく今回は何があっても絶対に観ると固く決めていたので(^^;;、レイトショーがあるとわかって小躍りした。
帰宅したのは夜中の1時過ぎ。強行軍で疲れたが、それだけの価値が十分ある秀作である。

■「それボク」は周防正行監督の11年ぶりの新作で、痴漢冤罪事件を通して日本の刑事裁判をリアルに描いた作品である。

この映画の元になった事件はかねてから知っていたし、例の植草氏事件の信憑性にも私は多くの疑問を抱いてきた。過去の冤罪事件についても、中学生時代から何冊も読んでいる。

そうした一連の興味と、山本耕史が主人公の友人役で出演するというミーハー心が加わって映画館に足を運んだわけだが、2時間半弱という長い上映時間を少しも感じさせないほど、全編が緊迫感に満ちた実に見ごたえのある映画だった。


■冒頭、「十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜(むこ)を罰することなかれ」という有名な法格言が映し出される。
現代法では、疑わしきは罰せずという「推定無罪」が原則である。
ところが日本の現状はこれとは逆に、怪しい人間は捕まえて隔離すべきという「推定有罪」の方向にますます傾きつつあるのではないか、とこの映画は問題提起する。


就職の面接に向かうフリーターの青年・金子徹平は、満員電車の中で女子中学生から痴漢に間違えられる。
駅事務室で何ら申し開きができないまま警察に引き渡され、無実だと容疑を否認したため拘留。そして起訴されて刑事裁判が始まる。


■各シーンとも驚くほどリアルに描かれており、観客はあたかも自ら留置場や法廷にいるかのような息詰まる臨場感に直面する。
出演者全員の自然で抑揚の効いた演技で、映画と現実の境目もすでにあやふやで、最後まで画面から目が離せない。


■そして観終わってから強く納得したこと。
それは周防監督も述べているように、この作品がこれまでの法廷ものと一線を画しているのが、「日本の刑事裁判の主役は裁判官だった」という視点から作られている点だ。
特に小日向文世が演じる室山裁判官には衝撃を受けた。


■徹平青年は本当に無罪なのか、それとも有罪か…。
映画は私たち観客に問いかける。
そして深く考えるほどに、さまざまな疑問が胸に渦巻いてくる。
私がもし徹平だったら…。
あるいは、もし女子中学生の親だったら…と。



■映画を観て恐怖を感じざるを得なかったのは、痴漢というごく身近な事件もさることながら、すでに反戦ビラ配りや政治集会を理由に不当逮捕が相次いでいるという現実である。
もし共謀罪が成立してしまったら、もはやこの恐怖は映画の中だけのものではない、私たち一人ひとりにとってすぐ明日の出来事になりかねないのだ。

特に私が気になったのが、徹平が116日間という長期間拘留されていた警察の留置場(代用監獄)のシーンである。
この日本の代用監獄とは世界の先進国の中でも特異な制度で、警察は最大23日間も被疑者を拘留して取り調べることができる。
徹平のように否認して起訴されると、さらに長期拘留されてしまう。
実際に反戦ビラの人の場合も約3ヶ月拘留されたと記憶している。
そしてこの代用監獄こそが、しばしば冤罪の温床となっているのだ。




映画「これボク」の元になった事件と
    映画を紹介した朝日新聞夕刊記事 07年01月24日


     ニッポン人・脈・記  弁護士の魂「うその自白、絶対だめ」
     http://www.asahi.com/jinmyakuki/TKY200701240269.html





 まやかしの「美しい国改憲」へGO!
2007年01月21日 (日) | 編集 |
   





■去る17日、自民党は新高輪プリンスホテルで党大会を開催。そのオープニングセレモニーとして書道家の川又南岳氏が「美しい国」と書いた後に、安倍首相が「日本」と書き足した。

時事通信の記事によると、【川又氏の書体に比べて首相の文字はやや小さく、線も細め。これには「首相の線の細さがにじんでいる」(中堅議員)との声も出ていた。】だって。


    ショエ~! ← 「ひとつ屋根の下」のアンちゃん風に(^^;;

    いったい、これのどこが美しい書体やら…。



■そしてその後の挨拶では、

「国の骨格、国のかたちをなすのが憲法だ。立党の精神に立ち返り、憲法改正に取り組みたい。そのために、通常国会で憲法改正の手続きを定めた国民投票法案について、各党との協議が進展することを期待する」

と、改憲と国民投票法案の実現に向けて強い意欲を示した。

ついでに共謀罪も早々に通そうと狙っているのだ。



平和と国民の生活を踏みにじる「第2次薩長政権」を、断固として否定しよう。






 見所満載(^Q^)の「華麗なる一族」を観てしまったわけだが
2007年01月19日 (金) | 編集 |
■TBSテレビのなんとか記念番組とかで、やたらに番組宣伝がうるさかった山崎豊子の小説の同名ドラマ(リメイク版)を、山本耕史が出演するのでのぞいて見た。
第1回目は1月14日放送。

内容は1960年代の山陽特殊製鋼倒産事件をモデルにしたもので、ドラマでは万俵財閥を率いる万俵大介の長男・鉄平(木村拓哉)を主人公に据えて展開するらしい。


■山崎豊子の小説は、概略は知っているが、実際に読んだことはない。
また木村拓哉主演のドラマも、今回初めてまともに(^^;;見た。


で、プロローグはどうやら自殺するために雪山に登ってきた、不精ヒゲを生やしたキムタクのシーンで始まった。
頂上に大木(とナレーションで言ってたような…。そのわりには大して大きくない)に近づくと、木のそばには何やらうごめく黒い物体が。
えっ、犬? 狼? と目をこらしていると、ゆっくり立ち去るその後姿にブタのような尻尾が。

イノシシだ! 

思わずえええーっとのけぞってしまった。
なにゆえここにイノシシがぁ。今年の干支だから? まさかね。
そういうわけで、冒頭からいきなり大きな謎に阻まれて、頭の中はすっかりイノシシのイメージに占拠されてしまったのだった。写真は伊豆・天城いのしし村の黄金のイノシシ像。


■次に驚いたのが、当時の神戸の街並みロケ風景。
上海で撮ったそうだが、どう見ても60年代どころか終戦直後のムードが芬々とする。一気に気分が萎えてしまった(-""-;)


■さらに(゜Д゜) ハア??の状態になったのが、キムタクのヘアスタイル。茶髪のおばさん風味のパーマヘアとでも言おうか。前途多難だなあ。
さすがに出演者は豪華でセットも金をかけていて、ストーリーもけっこう面白いのだが、この後もキムタクがらみで(゜Д゜) ハア??のシーンがいくつか続く。



■しかしそれより何より目が点になったのが、鉄平の祖父(万俵財閥の創設者)の肖像画
鉄平(キムタク)によく似ているとの設定で、年取ったキムタク風味の絵なのだが、これが下手糞でしょぼいのなんのって。
観ている方が恥ずかしくて、思わずうなだれてしまったワ。
このドラマって実はコメディだったのだろうか…。
ちなみに写真は、猫のギンちゃんの肖像画(のつもり)。





■ところがどっこい、最強の衝撃シーンが最後に用意されていたんだな、これが。
父・大介が、息子・鉄平が実は祖父の子ではないかと疑う場面。
キムタクがパンパンと池で手を叩くと、祖父だけにしか反応しなかった池の主の黄金の鯉「将軍」が姿を現すわけだが…。
他の鯉たちが逃げ惑ったあとにボコボコと大量の泡が昇り、なにやら不気味な影が近づいてくる。
えっ、ジョーズ? シーマン?

いや、あれは黄金のロボット鯉だ!

写真は「魚ロボット レンタル事業」のサイトのもの。
http://www.mhisoltech.co.jp/S_sakanarobot_rentaru.htm

ここの説明によると、ロボット鯉のプロフィールは

遊泳深度 0.9m
遊泳速度 0.4ノット(約20cm/秒)
体長 1.0m
空中重量 17kg



あ・り・え・な・い!



■こんなドラマでOKなの、TBS?
もうお笑いどころ満載の喜劇じゃん。

山本耕史はじめ、他の俳優が好演しているだけに、頭にくるなあ。
それとあまりにあまりのキムタクのヘタさかげん、外見と表現力・しゃべり方すべての貧弱さに、最後は哀れにさえ思えてきてしまった。


お口直しじゃないけど、欲求不満が限界に来て、このあとNHK『新選組!! 土方歳三最後の一日』の、土方と榎本の長台詞シーンを見返して、ようやく気分が上向いたのだった。
今さらながらドラマ作りの質に関しては、さすがに腐ってもNHKだね。


    















       「新選組!」関係の出演者

上段左:鈴木京香(大介の愛人・高須相子)  組!ではお梅
  中;山本耕史(鉄平の弟・万俵銀平)   組!では土方歳三
  右:吹石一恵(万俵家の長女・美馬一子) 組!では八木ひで
下段左:矢島健一(帝国製鉄尼崎製鉄所長)  組!では広沢富次郎
   右:小林隆(阪神銀行常務、東京支店長) 組!では井上源三郎






 ケロにゃんシスターズ
2007年01月17日 (水) | 編集 |
      カエル帽子でオシャレしてみました






キキ


かわいいものは独り占め。
首輪だって大好き。
どう、似合ってる?
目力が自慢なの。














ハナ


最近アンニュイなわたし。
影が薄いかも。
帽子なんかどーでもいいし。
これって虐待?













ギン


どんぐり眼っていわれるの。
キキのいじめで運動量が増えて
ダイエットに成功。
目指すはグラドルよ。












マヨ


あたしが本命。
でも一番スマートだから帽子がブカブカ。
おまけにピンボケだし(`へ´)プンプン。
伸ばした足がかわいいでしょ。








 新選組―知られざる志
2007年01月16日 (火) | 編集 |


       写真は八坂神社の天然理心流奉納額(日野市観光協会より)


■私が新選組に興味を持ったのは、たぶん中学生頃だったと思う。
親類が溝の口に住んでいたので、子ども時代はいとこと一緒によく多摩川で遊んだ。
沿線には二子玉川駅があって、だから小学生の時の日記には、多摩川ではなく「玉川」と書いてあって、後から読み返して赤面したものだ。

千葉県から上り電車に乗っていくと、江戸川を境に東京都に入り、さらに多摩川を越えると神奈川県になる。

多摩川ではかつて子ども時代の土方歳三が遊び、薩長軍に敗れて板橋の刑場へと送られる際、近藤勇は江戸川を下った。



■中学時代は沖田総司、高校以降は土方歳三の熱狂的なファンになった。当時はまだ新選組=悪のイメージが支配的で、土方が好きと言っても、「誰それ?」と怪訝な顔をされるのがオチだった。

大人になるにつれて興味の対象は幕末などの時代背景に拡大していき、歴史記述そのものを疑うようになっていった。
願うは、「幕末の仇花」「幕府の犬」「殺戮者集団」という汚名をいつかひっくり返すこと。



■その突破口を見た思いがしたのは、今から10数年前のことだ。
NHKで「歴史発見」という番組をやっていて、偶然ビデオで録画した回があった。
タイトルは「新選組 知られざる志」


             

最初に新選組のイメージを語るシーンがあって、司会の高田万由子は「怖いというイメージ」、嵐山光三郎は「歴史に逆行の幕末機動隊」。
作家の佐木隆三は「これまでは血に飢えた殺戮集団のイメージがあったが、詳しく調べていくうちに変わってきた」とのこと。

番組では天然理心流の紹介があり、中には土方歳三が編み出した集団剣法の「草攻剣」や二人で挟み撃ちにする「双竜剣」の実演もあった。
そして多摩地方は坂東武者の子孫が住み着いた土地で、佐藤彦五郎(歳三の義兄)や小島鹿之助らは農兵隊を組織して、西の新選組と彦五郎らの東の寄せ場名主たちは頻繁に連絡を取り合っていたという新たな視点も紹介された。

この中で私が最も強く印象づけられたのが、番組の最後に流れたその後の多摩の様子だった。

つまり、多摩は明治10年代に自由民権運動の拠点の1つになったというくだりである。
そしてその自由民権運動の指導者の多くは、かつて新選組の活動を支えた豪農たちだったというのだ。

ナレーションはこう続く。
「自由党員の名簿には近藤の教えを受けた天然理心流の門人が並び、土方の親族の名前も見える」と。


その後明治21年に党員達の手によって、近藤・土方を顕彰する「殉節両雄之碑」が建立された。
帝国憲法が発布されたのは翌年のことである。


           





 今だからこそ考えたい―かつて民衆に根ざした日本型デモクラシーが存在したことを
2007年01月16日 (火) | 編集 |
  


■安倍内閣になってから、教育基本法の改定(改悪)、防衛庁から防衛省への昇格と矢継ぎ早に続き、真の目的といわれる共謀罪や憲法改定までもが視野に入ってきた。

改定の理由は戦後60年という節目に当たって古い体制を見直したい、そのためには「占領政策の押しつけである」憲法や教育基本法を「日本人自らの手」で作り直す必要があるというわけだが、ちょっと待ってほしい。
この「押しつけ」という枕詞に、私たち日本人はずいぶんとだまされてきたのではないだろうか。


日本国憲法も改定前の教育基本法も、本当に「押しつけ」だったのだろうか? 日本人は自らの手で、何ら新しい思想を生み出せなかったのだろうか?

いいや、決してそんなことはなかったのだ。



■歴史にif(もしも)は禁句だとよく言われるが、私はそんなことはないと思っている。むしろ常にifを考えてこなかったからこそ、過去から学ぶことなく何度でも同じ過ちを繰り返す結果へ繋がったのではないか。


■さて日本国憲法はGHQによる「押しつけ」憲法だとの言説が一般化しているが、実際はそれとは大きく異なっている。
むしろGHQの憲法原案作成に多大な影響を与えたのは、日本の民衆が作った60種類にも及ぶ「私擬(しぎ)憲法草案」だった。
さらに驚くべきことにこれらの草案は、明治時代の大日本帝国憲法作成前にすでに作られていたのである。


日本国憲法は、だから決して占領軍による押しつけなどではなく、明治期の日本人自らが作り上げた世界に誇るべき民主憲法なのである。


■1968年、東京都西多摩郡五日市町にある深沢家の土蔵から、歴史家の色川大吉氏らによって、大量の翻訳書や文献と一緒に「憲法草案」が発見された。
これが「五日市草案」である。
この「五日市草案」については、色川大吉『民衆憲法の創造―埋もれた草の根の人脈―』評論社(上の写真)に詳しい。


幕末-明治期の多摩といえば、そうズバリ新選組の発祥地である(^^;;
そして新選組多摩自由民権運動とは切っても切り離せない深い関係にあるのだ。
この点については次回に譲り、上記の色川の本から2ヵ所引用してみたい。


(136ページ)
それではこういった運動、自由民権運動というのはこの地方でなぜ突然出てきたんだろうかという問題を指摘したい。この地方は天領、つまり代官支配の領地が多かったのですね。ですからどちらかというと、薩長、明治政府に好意的でない、反薩長であり、反明治政府的であった。そこへ持ってきて、三多摩はご存知のように非情に剣術の盛んなところでして、天然理心流の本場である。「燃えよ剣」で有名な土方歳三とか近藤勇とか、立川には砂川源五右衛門などという剣客もいました。かれらは農民でありながら武士的精神の強い風潮があったわけです。そこへ持ってきて代官江川太郎左衛門という人が進歩的な役人でしたから、幕末の段階で五日市地方にも農兵隊を組織し、早くから西洋流の兵術や知識などを啓発したのです。私たちが驚いたのは深沢さんの土蔵の中からおそらく安政の終わりか、文久ごろに筆写したと思われる文書が、イギリス、アメリカ、フランス、ロシアなどと結んだ外交条約、日英和親条約などが出てきたことです。これは資料展にも展示しましたが、私非常に驚いた。まさかこんな山の中の農民が外国と結んだ条約の全文を書き写して保存しているとは思わなかったのです。
 こういうものを書き残しているという精神、こういう精神が受けつがれなかったら、一八八〇年代という早い時期に民権運動があらわれるということはなかったでしょう。僕らはよく自由とか人民の権利とかを西洋伝来のもの、舶来のものと考え勝ちだ。しかし、自由民権などというのは舶来のものだろうか。なるほどルソーとかスペンサーとかいった外国人の翻訳書を一生懸命勉強しているわけですから、そういうものから大きな影響を受けたことは事実です。しかしそういうものの影響を受ける前に、実はペリー艦隊の出現いらい、日本の民衆の中には非常にうつぼつたるナショナリズムがすでに生まれておった。国際環境に対する非常に感度の鋭い精神というものが目覚めていて、それが自分たちのもっと身近な権利、自分たちの人権を、自分たちの政治への自由な参加を通じて要求した時に、ナショナリズムの精神となってよみがえってきているのです。(略)


(143ページ)
皆さんが、いま立っているこの自然には、祖先の人々が流した涙や汗や血がはかりしれないほど多く注ぎこまれている。われわれが毎日踏みしめているこの道はただ窒素と炭素と水素の結合ではない。それには何千、何十万人の先人達がさまざまな深い苦しみや喜びの思いを抱いてその上を歩いた。涙を流し、汗を注いで開いてきた土地なんです。その人々が幕末から明治維新にかけて日本の近代の夜明けの時期に世界に誇れるような立派な仕事を残し、また立派な地域社会をつくろうと奮闘した。そういった血の滲むような歴史を完全に忘れさり、そういうものへの痛いほどの感覚を失って、どうして郷土愛とか自治とか、もっと大きく愛国心などということができるかと、ぼくは思うわけです。




類 書


『自由民権の地下水』
色川大吉・著  岩波書店

<内容 岩波書店より>
北村透谷の足跡をたずねて踏みこんだ三多摩の地に自由民権運動の膨大な史料が隠されていた。近代民衆思想史を開拓した著者の代表的論稿「困民党と自由党」「自由民権運動の地下水を汲むもの」等をはじめて一巻に収録。





『劇画 日本国憲法の誕生』
勝又進作・画 古関彰一・原作 監修  高文研

1章 マッカーサー
2章 よみがえる自由民権思想
3章 囚われた法学者たち
4章 密室の一週間
5章 第二の敗戦
6章 “日本化”への苦闘
7章 最後の帝国議会







 「明日の天気は変えられないが、明日の日本は変えられる」
2007年01月08日 (月) | 編集 |

■…と、言ったのは去年亡くなったゼミの恩師である。

彼は生前「臨床政治学」を提唱していた。
そのうち詳しく尋ねようと思っていたが、それもかなわなくなった。
遺された覚え書きの中に、スウェーデンのティングステン教授の次のような言葉が引用されている。

「デモクラシーは、それが正しい反省と本質的にその問題について討論することなしに導入したところでは、どこでも傷ついてしまっていることをよく認識しておくこと」

大学に新しく建てられた「リバティータワー」で最後のゼミの講義を受けたが、その中でもティングステンの話が出たことを覚えている。

教授は語った。「定理、公理、原理原則が今の日本にはない」と。
そして「理想を現実政治の中で実現すること」「自己変革の哲学を持つこと」をせよと。


■ふと思い出して、10代の最後に使ったテキストを開いてみた。
すっかり古びたその本の終わりの方に、自分の字のメモ書きがあった。

“ケインズ以前にケインズ理論を考えた。それはミュルダール(スウェーデン)。『福祉国家をこえて』”


昔もちっとも勉強しない学生だったし、今だってちっぽけな旅館の女将になって地を這いずるような暮らしをしているが、教授の言葉を胸に、自分なりに第3の新しい社会のビジョンを求めて少しずつ学んでいきたい。

キーワードは、デモクラシー、ネオ・アナキズム、北欧、臨床政治学、環境政治学などなど。



■さて本日購入した本が
『アメリカの日本改造計画―マスコミが書けない「日米論」』 イースト・プレス である。

まだ読んでいないので、アマゾンにあった内容紹介を記しておく。


格差社会、郵政民営化、ホリエモン・村上ファンド問題、耐震偽装問題、牛肉輸入問題、消費者金融問題......「失われた10年」に起こっ
た数々の問題の原因は、すべてアメリカの「年次改革要望書」が発端だった! 
『拒否できない日本』(文春新書)で「年次改革要望書」の存在を明らかにし、対米追従政治に警鐘を鳴らした関岡英之氏を中心とした20人の豪華執筆陣が、知られざる日米関係のタブーに挑む!


  目次

独占!巻頭ダブル対談1 小林よしのり(漫画家)×関岡英之(ノンフィクション作家、『拒否できない日本』著者)―思考停止の「親米論」を疑え! 「売国マスコミ」との終わりなき戦い!
独占!巻頭ダブル対談2 佐藤優(起訴休職外務事務官)×関岡英之―アメリカが押しつけた「東京裁判史観」が封印した、戦前日本の知的遺産 「昭和の巨人」大川周明に学ぶ戦前日本の世界戦略とインテリジェンス
巻頭特別収録 近代主義の堕落と「魂の復興」―「武士道」という日本人が持つ記憶の意味
1 アメリカに「国益」を売った者の正体!―なぜ、政府は「年次改革要望書」を拒否できないのか?
2 「グローバリゼーション」という名の虚構―誰も幸せにしない「構造改革」の真実
3 日本人が「美しさ」を取り戻すために―「節度と品格」を蘇らせるための提言
巻末特別収録 保守論壇を叱る―経済と政治は一体である
独占!巻末特別インタビュー 西部邁(評論家)―西部先生、「保守思想」でいかに日本を守りますか? 「アメリカ帝国主義」に立ち向かうために日本人が知っておきたいこと






 安倍首相の世迷言「残業代ゼロは少子化対策にも必要」
2007年01月06日 (土) | 編集 |

■別名「過労死促進法」とも呼ばれる「ホワイトカラー・エグゼンプション」(いい加減日本語に変えてよね(`へ´))の導入について、安倍首相は「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じ」なので、ホワイトカラー・エグゼンプションは労働時間短縮につながる。
したがって家で過ごす時間が増えて少子化対策にもなると、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」式のお気楽な見解を示した。

■と、ここまで書いて
早2日が経過してしまった(*ノ-;*)エーン。
私の方が過労で「ジ・エンド」になってしまいそうだ。
旅館業だから、休みなしも1日16~17時間の長時間労働も仕方がないが、こんな労働環境を年収400万円以上のホワイトカラー全員に押し付けようって魂胆なのだからあきれてしまう。
私も事務や営業系の仕事をいろいろ経験してきたけど、こんな法律がまかり通ったら、とてもじゃないが暮らしを維持していく自信はない。

■まったく今が21世紀の世界だとは信じがたいほどの、時代に逆行した悪法が次々と通過していくさまに戦慄を覚える。
これまで長い時間をかけて勝ち取ってきた様々な権利が、こんなにいとも簡単に覆されていいものだろうか。

■このとんでも法案の「ホワイトカラー・エグゼンプション」についてはまだまだ知らないサラリーマンやOLも多いらしいので、徹底的に搾取して働かせようと狙っている側に対抗するためにも、もっと知識をつけなくてはいけない。
そこで、以下いくつかのサイトをご紹介。


構造改革をどう生きるか 森永卓郎

  第46回 残業代なしでただ働きを強制される時代の到来
       ~ ホワイトカラー・エグゼンプションって何? ~
     http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/o/46/
 

家計の冬に備えよう! 
   「荻原博子のがんばれ!家計」
     http://www.asahi.com/special/06-07/TKY200612300129.html


共同アピール運動  ~過労死促進法案に反対する~
     http://www.jex-no.org/


日本版ホワイトカラー・イグゼンプション
     サービス残業 青天井   東京新聞 12月6日
     http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061206/mng_____tokuho__000.shtml

     記事の一部を転載する。

日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎弁護士は「一番問題なのは一日八時間、週四十時間という労働時間規制を撤廃する点。一日二十四時間働かせても合法で、残業代を払わなくてよい。健康上の問題が生じるのも必至。使用者が時間管理の責任を負わなくなるので倒れても追及できない」と指摘する。

新制度導入後のシミュレーションを発表した全労連系のシンクタンク・労働運動総合研究所の藤吉信博事務局長も「導入されれば業績を上げるために長時間労働を余儀なくされ、生活も苦しくなる。過労死やメンタルヘルス問題は悪化し、少子化も深刻化しかねない」と懸念する。





 サダム・フセインの死刑執行に思う
2007年01月04日 (木) | 編集 |

■年末の事件で最も驚いたのが、サダム・フセインの死刑執行である。
死刑が確定したのが26日。そのわずか4日後の執行だった。
罪状は、シーア派住民を虐殺した「人道に対する罪」だとか。

■年が明けて、客室のセットをしながらテレビの音量などを調整していたら、死刑執行の際に誰かが携帯で撮影した映像がネット上に流失したとNHKが報じたので、これにも驚いた。



携帯で映した映像 (処刑直後の映像もあるので注意)

  http://www.liveleak.com/view?i=863ce7d4a3&p=1


執行時の立会人の中にシーア派の指導者ムクタダ・サドル師の支持者がいたらしく、「ムクタダ! ムクタダ!」と連呼する声やサダムに屈辱的な言葉を浴びせる場面が映し出されている。
また公式発表とは違い、サダムは終始落ち着いた態度で覆面もせずに執行に臨んだ。
監獄の中でも静かに読書をしたり鳥にパンくずを与えたり、看守に明るくジョークを飛ばしていたという。


■サダム・フセインの死刑執行によってイラクはさらに混乱し、内戦へと突入しかねない局面を迎えている。
執行日の30日はスンニ(スンナ)派の暦で「犠牲祭(イード・アル・アドハー)」に当たっていた。
犠牲祭は断食明けの祭り(イード・アル・フィトル)と並ぶイスラム最大の祭りであり、メッカ巡礼の最終日に行う動物供犠の祭りである。
シーア派の犠牲祭は31日なので、それまでに死刑を執行したいとの思惑だったのだろうが、結果としてスンニ派の反発を強めるだけに終わった。


ではなぜイラク戦争がしかけられ、サダム・フセインが死刑になったのだろうか。

その大きな目的の1つは誰もが知っているように「原油」狙いだが、フセインは2000年にアメリカに対し、「原油取引をドルではなくてユーロ建てにする」と言ったのである。
これはイラク攻撃に値するほどの爆弾発言だった。

そしてイスラム教。
イスラム法には「定められた喜捨(ザカート)」の規定がある。
これは貧しい人々のために、1年間所有している財産の2.5%を喜捨しなくてはならないという定めである。

またクルアーン(コーラン)は利子(リバー)を禁じている
この教えに基づき、イスラム世界には無利子金融であるイスラム銀行が次々に設立された。


つまりネオコンら新自由主義経済推進者にとって、世界市場を拡大するために、イスラム世界は邪魔な存在―破壊すべき存在だったのである。



■そして日本は未だにアメリカのイラク戦争を支持し、とっくに破綻した大量破壊兵器の存在をも否定していない。

今回の死刑執行の背後には、占領軍としてのアメリカの強い影響力がある。
日本では過去の東京裁判の不法を唱える者は数多いが、同じ状況下で行われた今回の裁判に対し、彼らはなぜ沈黙しているのか。
他者の痛みに共感できない者が何を言おうと、ただむなしいだけだ。


確かにフセインは独裁者の暴君だった。
しかしそれだけの理由で彼を処断し、6万にも及ぶイラク市民を殺し国土を破壊した罪は、いったい誰にあるのか。
彼らに石を投げた我が手は、果たして穢れていなかったのだろうか。











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