激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
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 いつの間にやら大晦日
2006年12月31日 (日) | 編集 |
■旅館業にとって、年末年始は戦場だ。
今月は中盤から休みなし。
今夜も遅い夕食の際にテレビを観て、「ありゃ紅白歌合戦やってるワ」てな具合で、年越しの気分なんてまったくなし。


■今年の総括としては、夏以降はダメダメ・モードだった。
湯河原に来て2年半。「いきなり女将」になって、蓄積した疲労で帯状疱疹にかかって、気力も低下した。
なんとか自己流の代替療法―ポメオパシーやアロマセラピーの力で元気になってはきたが、今年中に書き上げる予定の原稿を2本も遺してしまった。
やはり仕事での「二足の草鞋」というか「二兎を追う」のは、けっこう辛いものがある。

ブログの更新も結局ほとんどできなかった。
コメント、TBできなくて(-人-)ゴメンネ。


■さあ、明日の新年からは、もうちょっと頑張るぞ。
と言いつつ、また同じことの繰り返しになりそうな予感が(^^;;






今年最後の仲良し。


左:ギン
右:ハナ

ふたりは姉妹。












およっ。

なんか不穏なムードが。














ちょっと
なにすんのさ、ギン。














やめてよ。

このこの~っ。

ぽかすか。













ぎゃー
ぎゃー
ぎゃー。



今年最後の喧嘩
であった。










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 来春観たい映画―仕事がら映画館に行くのは物理的に無理だろうけど
2006年12月25日 (月) | 編集 |
『それでもボクはやってない』

監督:周防正行
出演:加瀬亮・山本耕史・もたいまさこ・役所広司

■『Shall we ダンス』以来の久々の周防監督作品で、痴漢冤罪事件を扱ったもの。
ちょうど植草一秀氏の事件とも重なり、ぜひ一人でも多くの人に観てもらいたい映画である。
『月刊TV navi』新春特大号に周防監督と山本耕史の対談が載っていて、その中で監督は「たとえ映画がヒットしなくても、関わった人たちにだけでも、日本の刑事裁判って変! と気がついてもらえたらうれしい」と語っている。
またこのテーマがライフワークになりそうで、もしかしたら続編を作るかもしれないそうだ。
今回の撮影では山本の演技をかなり高く評価しており、その点でも今後のコンビネーションに期待したい。



『ユメ十夜』

原作:夏目漱石『夢十夜』

■「こんな夢を見た」で始まる漱石の作品を、ベテランから若手まで10人の監督が独自の解釈で描いたもの。

第一夜
監督:実相寺昭雄   出演:小泉今日子・松尾スズキ
第二夜
監督:市川崑  出演:うじきつよし 中村梅之助
第三夜
監督:清水崇  出演:堀部圭亮・香椎由宇
第四夜
監督:清水厚  出演:山本耕史・菅野莉央

  以下略(^^;;


■先日亡くなった実相寺昭雄監督(第一夜担当)は、ウルトラQやウルトラマンシリーズを手がけたことで有名。
栗塚旭主演のテレビ時代活劇『風』でも4話を監督している。
さすがにその手法は際立って斬新で、時代劇なのにSFチックだったり実験的アートシアター系だったりと、実に面白い。
脚本が佐々木守ということもあって、ストーリー、映像、音楽共に、『風』はもっと特筆されるべき作品だと思う。




『どろろ』

原作:手塚治虫
出演:百鬼丸―妻夫木聡 どろろ―柴咲コウ

■室町時代末期、天下取りの野望を持つ醍醐景光は、野望の実現と引き換えに生まれて来るわが子の体を48匹の魔物に与える約束をする。
生まれた赤ん坊はその約束どおり体の48ヵ所を欠損しており、化け物として川に流され捨てられた。
赤ん坊は医者の寿海に拾われ、百鬼丸と名づけられる。そしてちょうど後の作品『ブラック・ジャック』でBJがピノコを人間に再生させたように、寿海によって手足をはじめ、目や鼻の人工のパーツを与えられる。
成長した百鬼丸は旅に出て、妖怪や死霊たちと戦う。1匹の魔物を倒すたびに失った体の部分も1つ戻ってくるのだ。
旅の途中で百鬼丸はコソ泥の少年どろろと出会い、ふたりはさらなる妖怪退治の旅を続けるのだ。



■『どろろ』は手塚が水木しげるを意識して描いた作品で、アニメ化(モノクロ)もされたが、身障者差別に当たるという的外れな批判を受けて、長らく再放送もできない扱いを受けていた。
数年前にようやくBSで放送解禁になり、改めて内容の素晴らしさを堪能したものだ。
映画の方の主役ふたりは予想外のキャストだ。
妻夫木がクールな百鬼丸をどう演じるのか。
手塚作品の女性ファンにはBJに次いで人気キャラの百鬼丸だけに、ちょっと心配でもある。








 「正社員を非正社員並みに」だって
2006年12月22日 (金) | 編集 |

■昨日21日は、本間正明・政府税制調査会長の辞任に関しての説明記者会見で、「一身上の都合で」を13回も繰り返してワイドショーの格好のお笑いネタになった首相がいたが、そのお膝元の経済財政諮問会議の民間メンバー、八代尚宏・国際基督教大教授も18日の内閣府の労働市場改革などに関するシンポジウムでトンデモ発言をしていたのだった。



■なんと、正社員と非正社員間の格差是正し「同一労働・同一賃金」を達成するためには、正社員の待遇を非正社員のレベルに合わせる必要があると述べたそうなのだ。

八代教授は、労働市場流動化のための制度改革「労働ビッグバン」を提唱しており、現在の格差問題は規制緩和が原因で生じたものではないとの強硬姿勢を貫いている。


■この八代教授は10日に放送したNHKスペシャル「ワーキングプアⅡ」でも、専門家の一人として「非情」(^^;;発言をしている。
まさに本間正明、竹中平蔵と同じく、すでに実践的にも破綻した新自由主義経済理論を振りかざし、日本を亡国へと導いているメンバーでもあるのだ。

何はともあれ悔しいのは、私自身、かつて八代教授の規制緩和論を記事にしたことがあるという事実だ。

だからこそ、声を大にして言いたい。

われわれ一般国民をさらなる地獄へと導く、新自由主義―規制緩和―を肯定してはいけない。
一刻も早くこのインチキ理論のからくりを暴いて、悪夢から目覚める必要があると。






 中央政府なんかいらない
2006年12月20日 (水) | 編集 |

■教育基本法の改定は日教組つぶしが目的だったし、これまでも同じ手法で国労や総評などがつぶされてきた。
次は農協(JA)あたりが狙われるのだろうか。
こうして次々と組合や組織が解体され、やがては共謀罪も適応されて、2人以上集まって反対意見を言うことさえ禁止される日がやってくる。



このままでは庶民は物言えぬ個人へと分断されて、中央政府に抵抗する力さえ失ってしまいかねない。
安倍政権の目標である「戦争のできる美しい国」にあっては、「再チャレンジ」できるのは政治家などの特定のパワー・エリートであり、一方これから確実にワーキングプアに陥るであろう大多数の国民に与えれられる再チャレンジとは、正式な軍隊となる自衛隊の派遣社員ならぬ「派遣兵士」に登録して、給料や進学と引き換えに最も危険な前線で戦うことを意味するようになるだろう。



■そんな私たちのエンパワーメントになるような本や実際の取り組みなどを、皆でそれぞれ紹介しあって、どうにかしてこの社会の在り方を変えていかなければ、本当に取り返しのつかない事態になってしまうのではと、心底そう思う。

最近、内橋克人の本を読むことが多い。
基本的に考え方が似通っているせいかもしれない。
鳥越+しりあがりの本も気軽に読めてお薦めだ。

内橋克人
『もうひとつの日本は可能だ』 文春文庫


鳥越俊太郎 しりあがり寿
『ほんとうは知らなかった日本のこと』 ミシマ社






■『生活と自治』12月号より


           世界の貧困をなくすために“民営化”をやめ、
          先進国の援助の在り方の見直しを!

           (「オックスファム・プレスリリース」06年9月)


 60年以上の歴史を持ち、途上国支援、政策提言、啓発活動を行っている国際NGO「オックスファム」は9月、『公共の利益のために1万人のための保健医療、教育、水、衛生設備』という報告書を発表した。
 世界では、毎日、4000人の子どもが浄化されていない水を飲んで下痢で死亡、1400人の妊産婦が適切なケアを受けられず死亡しており、1億1500万人もの子どもたちが学校へ行っていない。世界の5人に1人が、1日1ドル未満で生活している。
 このような状況を解決するため、2000年の国連総会において『ミレニアム開発目標』が採択され、国際社会は15年までに、3億人を超える人々を貧困から救い、少なくとも1億2800万人の児童を新たに小学校に通わせるなど、具体的目標が設定された。
 これらの目標のうち、保健医療、教育、水道、衛生設備(トイレ)など生活に欠くことのできない基礎サービスに関する目標達成にどれだけの費用が必要か。オックスファムの試算によると、年470億ドル。世界の軍事費が年1兆ドル、ペット・フード消費額が年400億ドルであることを考えると、この学は決して過大とはいえないと、オックスファムは述べている。
 またオックスファムは途上国各国の調査から、ミレニアム開発目標の達成が危ぶまれる事態となっているのはなぜかを分析。その原因の多くを世界銀行と国際通貨基金(IMF)が推進する保健医療・水道など公的事業の私企業化(いわゆる「民営化」)と先進富裕国の援助の在り方、また、先進国が途上国の医師・看護師などの労働力を吸収していることにあるとし、保健医療、教育、水道・衛生事業の公的運営と受益者負担の廃止、GNPの0.7%を援助にあてるという36年前の先進国首脳の約束を実行するように求めている。









 暴挙! 教育基本法改悪案が参院可決・成立
2006年12月15日 (金) | 編集 |

■本日夕方、教育基本法改悪案が、民主・共産・社民・国民新の野党4党の反対の中で、参院本会議にて自自民、公明両党の賛成多数で可決、成立した。

防衛庁の省への昇格と共に、平和憲法を破壊するための楔(くさび)として、この暴挙は21世紀日本の歴史に残る大きな汚点となった。

これでわが日本は「戦争のできる美しい国」へと、さらに大きな一歩を踏み出したことになる。



■さて、内橋克人氏の『悪夢のサイクル』については以前も簡単に紹介したことがあるが、この本の内容は、これまで私の心に引っ掛かっていた言葉や事象をみごとに一繋がりにしてみせてくれた。

例えばそのひとつは、CIAが介入した南米のチリ軍事クーデターとピノチェト将軍
それを描いた映画『ミッシング』について。

また5~6年前に取材した経営セミナーで、講師が「市場のことは市場にまかせていればうまくいく」と言ったのに呆然としたこと。
それってアダム・スミスじゃん。今はいったい何世紀?
思えば、これこそ新自由主義理論だったわけだ。


そしてNHKスペシャル『ワーキングプア2』にも登場した、八代尚宏教授
私は彼がまだ上智大の教授をしていた時、大学の研究室へ取材に行ったのだが、まさかここまで冷血な市場原理主義者だったとはね。
その後テレビで氏の発言を聞くたびに、まじまじと画面に見入ったものだった。


それから一連の小泉改革の負の遺産と安倍政権の数々の偽装と暴挙。
リストラ、格差、靖国神社、イラク派兵、耐震偽装、郵政民営化、シャッター街、ワーキングプア、日の丸君が代、いじめ、自殺、ライブドア、ハゲタカファンド、凶悪犯罪、米軍再編、北朝鮮、共謀罪、自治体倒産、防衛省、教育基本法改悪、憲法改悪などなど。


■書くだけで腹が立ってくるが、上の事象をすべて引き起こして日本社会をズタズタにした元凶が、市場原理主義のネオリベラリズム(新自由主義)なのである。

かつて南米の軍事政権は、この新自由主義政策による「規制緩和」によって格差が広がり、猛烈なインフレになって、国民の半数が貧困層に転落した。
幸いチリではピノチェト政権が倒れて中道左派政権になり、経済成長と貧困率が改善した。
だがアルゼンチンは「失われた10年」を取り戻すために更に自由化政策を押し進めた結果、外資に支配され、治安悪化、人心荒廃、地域破壊を招き、ついに国家破綻してしまったのだ。


なんと、破綻したアルゼンチンは今の日本と瓜二つではないか!



なぜ南米に次々、反米政権が誕生するのか、今こそ真剣に考えるべきではないのか。

小泉―安倍が進めるこの新自由主義政策はとっくに失敗・破綻しているのだ。なぜ南米に学ばないのか。
日本はこのままアルゼンチンと同じ道を辿るのか、それともチリのような選択をするのか。
まさに、われわれ国民の決断が迫られている。






 NHKスペシャル「ワーキングプア2」
2006年12月11日 (月) | 編集 |

■昨夜のNHKスペシャルで、前回大きな反響を呼んだ「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」の第2弾、「ワーキングプア2 努力すれば抜け出せますか」が放送された。

ワーキングプアとは、働いても生活保護水準以下の暮らししかできな「働く貧困層」のことで、今や日本の全世帯の10%、400万世帯、あるいはそれ以上とも言われている。



■今回は、さらに厳しい状況に置かれている女性に主な視点を置いて、派遣やパートの仕事をしながらぎりぎりの生活に耐えている人々の現実をカメラが追った。
仕事の合い間に番組を見たので、急いでメモした範囲で内容を再現する。



    NHKスペシャル 
     「ワーキングプア2 努力すれば抜け出せますか」




   その1 女性たちの悲鳴

現在、働く女性の半数以上が、パートや派遣などの非正規雇用になっている。

ケース1
2人の男の子を抱える母子家庭の31歳の女性は、昼と夜の2つの仕事を掛け持ちし、睡眠時間を4時間に削りながら奮闘している。
資格を取ってより収入のよい仕事に就きたいが、それには仕事を休んで学校に通わなければならず、苦しいジレンマに直面。
「こうやって生活している私は、まだ自助努力が足りないというのか…」と彼女は重い口で自問する。


ケース2
北海道在住の絵の得意な23歳の独身女性は、父親の病気(うつ病)で、専門学校への進学と都会のゲーム会社で働く夢をを断念せざるを得なかった。
人口2000人の町には、若い女性に選べる仕事はない。
町立病院の調理の臨時職員に就いたが、おととしから民間委託されて、670円のパートになった。
妹と共に同じ仕事で家計を支え、父親の面倒も見る。
給与は姉妹合わせて16万円。
少しでも給与を増やしたいと頑張って調理師免許を取った。
だが、結果は時給が10円上がっただけだった。
彼女は唇を噛みしめながら言う。
「パートでしか雇ってもらえない私たちは、使い捨てなのか。結局負け犬と呼ばれてしまうのでしょうか」
それでも夢だけは捨てたくないと彼女は思う。



NHKへ寄せられた手紙から
「自分は働く意志も能力も持っている。でもワーキングプアです」



   その2 景気回復を実感できない

岐阜県・柳ヶ瀬市。地場産業の繊維業が衰退し、シャッター街が続く。今、グローバル化による海外との価格競争で、さらなるコストダウン化が進んでいる。

ケース3
メーカーの下請けで衣服のプレスの仕事をする57歳の女性。
8年前に夫を亡くし、ひとりで工場を守ってきたが、ここ最近は収入が月7万円まで落ち込み、とうとう工場をたたむことになった。
独身で仕事をしている娘のところに身を寄せるという。
甲斐性のない親で情けないと、涙ぐむ。


ケース4
岐阜市には中国から低賃金で働く人が急増し、その数は1万人にのぼる。彼らは日本の技術を学びに来た研修生や実習生で、月5万円くらいの低賃金で働き、なかには時給200円という不当な額で働かされている人たちもいる。これがさらなるコストダウンに拍車がかかる原因となっているのだ。

この地に住む56歳の男性。コストダウンの要求は、彼のような末端の仕上げ業者に最もしわ寄せがかかってきている。
これまで1着100円だった工賃は50円に下がって、今年の年収はとうとう30万円を割ってしまった。
そのため58歳の妻がパートの掛け持ちをして家計を支えている。
老人施設での食事作り。同じ職場では同業の女性も働いている。
みな本業だけでは暮らせなくなってしまったのである。
娘の大学進学代のため、妻はもう1つパート先を増やした。皮肉なことに、中国人の研修生たち用の食事作りの仕事だった。
しかしこれら3つの仕事を掛け持ちしても学費全額はまかなえず、銀行に借金をした。
こわばった笑顔を作りながら、妻は言う。
「とにかく卒業させること。この4年間は、老後のことは考えないようにしようと…」


中小零細企業の倒産は、この10年で16万件にものぼっている。




    番組を見た3人の専門家の意見(1)


日本女子大学教授・岩田正美氏
日本の母子家庭は、世界でも類を見ないほどよく働いている。
しかし働いているのに貧しいところに、この国の問題がある。
就労支援は所得保障と連動できる制度が必要。
また努力に労働条件がついて行っていない。雇う側に、労働条件の責任を持たせる方向が必要だ。


国際基督教大学教授・八代尚宏氏
政府のワーキングプアへの支援は十分ではないが、さらに構造改革を進めていけば、いずれ問題は解決する。
何よりも景気の回復が第一。このようにワーキングプアが増えている原因は長期の経済停滞だからだ。
もっと高い経済成長で雇用機会を増やすことが大事。
岐阜の繊維産業に今求められているのは、より付加価値を高める製品を生み出す努力だ。
高成長でないとやっていけないビジネスモデルが問題で、それをあきらめてもらうより仕方がない。低成長でもやっていけるモデルに変えていかざるを得ない。
中小企業といっても企業だから、企業というのはビジネスをする以上お客のあるところに移っていかれなければ、ビジネスを辞めてサラリーマンとして働くしかない。
そういう努力を支援するのが、国の役割。昔と全く同じビジネスを続けることを国がサポートするのは間違いだ。


経済評論家・内橋克人氏
景気回復だけではワーキングプアの問題は解決できない。
岐阜の、海外からの安い労働力によるコストダウン競争は、労働の規制緩和が進めば他の産業にも起こりうる。
研修生という名のチープワーカー(安い労働力)を使うというのは、現在の日本人の労働力をさらに安くできる余地を作ること、すなわち「どん底」へ向けて競争していく装置、しかけ、社会の在り方。
こういうことでコストを安くしたところで、日本の競争力や企業の競争力は高まらない。
大企業だけが利益を独占する今の経済構造を変えない限り、非正規雇用の女性や地域でがんばる人々の努力に報いることはできない。
報われないと、人々の勤労意欲がなくなる。勤労を美徳とするこれまでの徳性というものが失われていく。
働くことにどう報いるのかというのが、その国の本質を物語る。
このままいくと、貧困者がマジョリティー(多数派)になる。
そんな国が、どうして豊かな国といえようか。




   その3 働き続ける高齢者


ケース5
京都。早朝に町内の空き缶を拾い集める80歳の男性。
3年前から拾った空き缶を業者に売って生計を立てている。
75歳の妻も一緒に拾い集めて、1ヵ月5万円の収入に。1キロ130円、1缶あたり、わずか2円だ。
缶拾いをするのは、年金をまったくもらえていないからである。
男性は元大工。家族を養うのに精一杯で、年金の保険料を払えない期間があった。現在は万一のための貯金が70万円あるために、生活保護も受けられない。
妻は落ちているギンナンの実を拾って食材の足しにする。子供たちは家族やローンを抱えているので頼れないと、彼女は言う。
男性は3年前まで公園清掃の仕事をしていたが、この仕事に就く人が増えて、最も高齢だった彼が辞めた。
ようやく見つけた缶拾いの仕事も、やはり次第に競争相手が増えて、手にできる現金の額も減っていくばかりだ。


このケースのように、年金がもらえていない老人は全国で40万人になる。


ケース6
年金があっても、働かざるを得ない人も増えている。
東京。公園掃除をする76歳の男性。
月6万円の年金と公園掃除8万円の収入があるが、妻がアルツハイマー型の認知症で特別養護老人ホームに入所しているため、その特養に払う6万円で年金は消えてしまう。
この先、介護保険や医療費のアップで、さらなる負担増が待っている。






    番組を見た3人の専門家の意見(2)


経済評論家・内橋克人氏
80歳の高齢者の現在は、今まさに働いている若者の明日の姿。
生活に困窮して年金が払えなかったために年金がもらえない。こういう状態を社会が放置していたら、これは「貧困の再生産」だ。
こんな状態を放置して、なにが国家か。
国家と国民が完全に乖離(かいり)している。
国民を大事にしない国家に繁栄などない。


国際基督教大学教授・八代尚宏氏
高齢者でありながら十分な年金をもらっていない人には、最低生活の保障を。社会保障を、もっと所得再分配を意識した形に変えていくことが必要。これは年金や医療の改革と一緒にやらなければいけない。
日本が目指すべき方向は、「健全な市場主義」だ。
効率的な社会保障、きちっとしたセーフティーネットを国が作って行く。その中で企業の競争を高めていく社会が、これから目指すべきものである。


日本女子大学教授・岩田正美氏
働いているのに貧しいというのは、今の日本の生産力水準から見て変だ。どういう状態の生活が今のような経済水準にある日本社会の中で、普通だとか最低ラインだとかある程度はっきりさせて、それ以下になったらまったくおかしいぞと。
だからいくら外国との競争でも、賃金はそれ以下にはさせないという力を社会が持たないと、ずるずる下がっていく。
どのくらいが最低賃金か、あるいは一人親で子供を育てている場合社会がどこまで支援するのか、70、80歳になって缶を拾わなければ生きていけないという高齢者の、そういう社会をよしとするかどうか、そういう判断を私たちに迫っている。




番組司会者の言葉
今回、現場に行って最も強く感じたのは、ワーキングプアは一部の人だけの問題ではなく、病気、親の介護、老いることなど身近なできごとがきっかけで誰にでも起こりうるということだった。
番組で紹介した人たちは、子供、親、家族のために懸命に働いていた。
また自らの境遇を誰のせいにもしていなかった。
それでもワーキングプアから抜け出せない。
これ以上の自助努力を求められるだろうか。
ワーキングプアの問題を放置することは、もう許されない。
国は再チャレンジを支援する政策を打ち出した。
しかしワーキングプアについては、その実態の調査さえ行われていない。
その現実を見なければ、有効な対策も見出せないのではないか。





 松の木猫―救出お姿4態
2006年12月08日 (金) | 編集 |
■兵庫県西宮市の夙川公園に住み着いていたメスの白猫が、犬に吠えられ松の木に駆け登ったまま降りられなくなった。
猫が登った枝は高さ15メートル。いくら猫でもこの高さは怖い。
近くの住民が、今月3日くらいに登ったきり降りられないと警察に通報。早く救出してほしいと、木の下には心配顔の人々が集まった。
寒さのため、猫は鼻水を垂らしていたが、当局は作業車が入れないなどと手をこまねくばかり。

あの「崖っぷち犬」と同様、マスコミが注目して全国の話題になったとたん、救出は難しいといっていたのが一転、高所作業車2台が出動して猫を網で捕獲。無事5日ぶりに地上へと帰還したのだった。


■海外のレスキュー番組では、こうした動物にすぐ救助の手が差し伸べられる様子が映っている。

たかが猫、たかが犬かもしれないが、教育基本法を無駄にいじくるよりも、こうした小動物の救出劇を応援しながら見るほうが、命の大切さを実地で学べて、はるかに人間性を豊かにできるのではなかろうか。


犬や猫をいとおしむ心は、他者への愛と尊厳に向かう。
犬や猫を大切にする国は、国民もまた大切にされる国である。



     


     


写真は、上段左:朝日新聞 右:神戸新聞 下段左:東京新聞(共同) 右:よみうり新聞

  




 人間であるがゆえの恥辱
2006年12月07日 (木) | 編集 |



■上の写真は湯河原の紅葉風景。11月29日に写す。
今年から広大な私有地を、池峯「もみじの郷」として一般公開。
黒川紀章設計の茶室でお茶も楽しめる。
約1時間のハイキングコースを歩くと心も体も清々しくなれるが、歩き慣れないとちょっときついかも。
そのもみじの郷のコース途中から、向かいの峰を写してみた。


■さて。もう半月以上もブログを書くのを止めてしまった。
相変わらず日々の旅館の仕事は忙しく、大人数の宴会が入ったり、従業員同士のいさかいの仲裁だの求人募集だので、自分の時間がほとんど取れなかった。

仕事の原稿の方も遅れに遅れ、編集からの催促メールを見るのがイヤで、メール自体も開かない体たらく(^^;;
心臓によくないもんね。
ようやく1本書き上げてホッとしたのもつかの間、新しいのも含めて、まだ数本残ったままだ。
ε-(ーдー)ハァ


■といういつもの愚痴よりなにより、近頃はテレビをつけるたびに殺人だ、自殺だ、いじめだ、やらせだ…といったニュースばかりで、日本中がネガティブな感情で多い尽くされた感がある。

もちろんこれは官邸や大手メディアの策謀で、実際の事件内容よりもオーバーに、しかも改ざんもされて垂れ流されているわけだが、まるで洪水のようなその垂れ流しぶりにあやうく溺れそうになって、テレビをつける回数もめっきり減った。



■脳出血と癌との壮絶な闘いの中で書かれた、辺見庸の『自分自身への審問』の第1章に、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズが語った内容が引用されている。


(略)強制収容所はわれわれの内面に「人間であるがゆえの恥辱」を植えつけたが、この恥辱には様々な形があって、収容所を生き延びた人々も生きるために大小の妥協をせざるをえなかったという恥辱もあった。いまは昔のようなナチスは存在しないかもしれないが、テレビのバラエティー番組を見たり、大臣の演説や楽天家のおしゃべりを聞いたりするとき、この恥辱が頭をもたげてくる、と彼は言います。ぼくもまったく同感です。(略)



■この「人間であるがゆえの恥辱」という言葉が妙に心に響き、ああそうだ、この頃テレビや新聞、雑誌を見るたびに感じていたこのネガティブな感情は、私にとっての「人間であるがゆえの恥辱」だったのだと思い至ったのである。


■「品格」という言葉は、今年流行語となって手垢がついた言葉へ堕ちてしまったが、あまりに品性下劣な人間や行為や言葉があふれかえり、わが身までもが汚れてしまいそうで、しばらくの間外部の情報を遮断して、内面世界を浮遊していた。
それは現実からの逃避かもしれないが、私にとってオルタナティブな生き方の小さなヒントにはなったと思う。

行きつ戻りつ、時々立ち止まりながらも、私は私なりにゆっくりと歩んでいきたい。






 初秋の「根府川の海」
2006年12月05日 (火) | 編集 |




  根府川の海

       茨木のり子



根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たつぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまつさおな海がひろがつていた

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人こゝを通ったことがあつた

あふれるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケツトにゆられていつたこともある

燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かつたふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在つた

丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ

沖に光る波のひとひら
あゝそんなかゞやきに似た十代の歳月
風船のように消えた
無知で純粋で徒労だつた歳月
うしなわれたたつた一つの海賊箱

ほつそりと
蒼く
国をだきしめて
眉をあげていた
菜ツパ服時代の小さいあたしを
根府川の海よ
忘れはしないだろう?

女の年輪をましながら
ふたゝび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこゝろを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら……





■詩人の故・茨木のり子の「根府川の海」を以前にも取り上げて書いたことがある。
その後、何度か根府川駅を通過するごとに、駅のホームに造られた花壇にカンナの花を探した。
そして夏。車窓からちらりと目の端に映ったカンナは黄色だった。

花壇の黄色いカンナは早々としぼみ、9月の中旬に、ふと思い出して根府川駅に寄ると、駅舎の外にまだ咲いている赤いカンナの花があった。



■茨木がカンナの花越しに見た根府川の海は「まっさお」な夏の海だったが、この日私が見たのは、初秋の夕焼けの最後の紅に輝きながら、やがて漆黒へと暮れなずんでいく空と駅舎と、海だった。


そして私は激しく思った。
この夕暮れの根府川の海こそ、今の日本の心象風景にふさわしいと。
再び近づいてくる軍靴の音を予感し、不安で胸を高鳴らせている今の日本の姿に似ていると。


根府川の海は、もう一度、燃えさかる街々を見るのだろうか。












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