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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 国民をテロの脅威に晒す首相
2006年07月20日 (木) | 編集 |
これも「心の問題」なのか?

        













左:ホロコースト博物館にて
右:嘆きの壁にて  見よ、この自己陶酔!



■ポチ首相がサミット前にイスラエルを訪問した際、キッパー(kippah またはヤルムーカ)というユダヤ教徒の帽子を被ってホロコースト博物館や嘆きの壁を訪問したことに対して、特にイスラム教徒から批判の声があがっている。

キッパー(キッパ)とはお皿の形の丸く小さい頭蓋のことで、ユダヤ教の戒律に熱心な男性は、シナゴーグや神聖な場所では帽子またはこのキッパーを被って、神への恭順の意を表すのである。
宗教映画やドキュメンタリーではおなじみだが、キッパーを被るようになった経緯は不明らしい。

ユダヤ教の施設に入る場合は外国人にも着用が義務づけられるようだが、上記の写真が出回るのは、この時期、いかにも無神経すぎる。

これではまるで、ポチ首相はシオニストであるって、世界に宣伝してるようなものではないか。
イスラム教徒が怒るのも無理はない。

いや問題は、ひとりポチ首相だけではすまない点だ。
中東和平どころか、サミットで「ヒズボラのくそみたいな行為」と口走ったブッシュと同様、日本は親イスラエル政権としてイスラム諸国から敵対視されかねない。
これではテロを防ぐどころか、ポチ首相の愚かな行為によって、国民は反対にテロの脅威に晒されることになってしまうではないか。






「何回行こうが問題にならない。個人の自由だ」


   


■今朝の日本経済新聞が昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモとして、一面でこう報じている。

昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。




■また朝日新聞も昭和天皇「私はあれ以来参拝していない」 A級戦犯合祀のタイトルで、同様の内容を報じている。

昭和天皇が死去前年の1988年、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されたことについて、「私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」などと発言したメモが残されていることが分かった。当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が発言をメモに記し、家族が保管していた。昭和天皇は靖国神社に戦後8回参拝。78年のA級戦犯合祀以降は一度も参拝していなかった。A級戦犯合祀後に昭和天皇が靖国参拝をしなかったことをめぐっては、合祀当時の側近が昭和天皇が不快感を抱いていた、と証言しており、今回のメモでその思いが裏付けられた格好だ。(以下略)

 

■写真右が、昭和天皇の発言を記したメモ(朝日新聞による)。

しかし上記の記事については、少しでも靖国神社問題に関心のある者なら既知の内容でもある。

これってもしかしたら、批判噴出で行き詰った靖国参拝を、分祀することで一気に解決して天皇参拝再開の道を開き、以後みんなそろって堂々と参拝しようっていう姑息なしかけなのだろうか。


■だけどたとえ分祀されようと、靖国神社が「天皇のために死んだ天皇の軍隊」だけを祀っている、日本の伝統とは無縁で異質な神社であることに変わりはない。

そうであるなら、A級戦犯こそ、天皇に最も忠実な臣下として殉じた褒美として、まっさきに靖国に祀られるべきなのかも…なんて思ったりもする。

分祀で喜んでいると、かえってまた戦前と同じ道を合法的に歩むような気がして、足元をすくわれないよう、より注意する必要があるんではないかな。


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