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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 フランス式デモ
2006年04月11日 (火) | 編集 |

■ドビルパン首相は10日、シラク大統領や与党・国民運動連合(UMP)党首のサルコジ内相らと協議、CPE(若者雇用促進策「初期雇用契約」)を撤廃して代わりの雇用策を進めると発表し、ついに労組・学生側は大きな勝利を勝ち取った。

個人的にはフランスはあまり好きではないが、不正や権力に堂々と立ち向かう、フランス革命によって培われた真のデモクラシーには深い畏敬の念を感じざるを得ない。

かつて日本にもあったこのパワー、この高らかな理想を思い出そう!
道路いっぱいに、広げた手をつなぎあって行進した、あの目の輝きと熱い連帯を思い起こそう!

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 スプリング・エフェメラル
2006年04月11日 (火) | 編集 |


■今朝の毎日新聞の「余禄」欄はカタクリの花について書いている。


猪(い)の舌」「初百合(はつゆり)」「ぶんだいゆり」「堅香子(かたかご)」「かただんご」--みなカタクリの異名という。雪解けの北国からもカタクリの花便りが届くようになった。異名の多さも、花便りのにぎやかさも、この花が人々に愛されている証しだ(中略)▲「スプリング・エフェメラル」は「春のはかない命」という意味だが、ちょっと気どって「春の妖精」という人もいる。雪解けとともに地上に出現し、花を咲かせ、春が終わると地表から消える--そんな植物を指すのだが、カタクリはそのスプリング・エフェメラルの代表的存在という(後略)



■カタクリといえば、そのままずばり『スプリング・エフェメラル』というタイトルで、その昔、同人誌に書いたことがある。
イエロー・ジャーナリズムと揶揄されるゴシップ雑誌記者の「わたし」が、生きることの意味を見出せぬまま、ピット(地獄)と呼ばれる荒れすさんだ地球に降り立つところから始まるストーリーだ。
その中の、タイトルにちなんだ部分を転記する。


「……本当にわたしのこれまでの人生って、いったい何だったのかしら。生き生きと過ごしている女たちを見るたびに、自分の非力さ、才能のなさを悔やんだわ。このまま歳をとってしまうのかと思うと、とてもたまらなかった。何もいいことのない人生。まるで日が射さない暗い森のよう…。春の来ない冬の森の中で、いえ確かに春は来ているのかもしれないけれど、それはあまりに短い一瞬の出来事のため、他の木々の陰になったまま一度も花を咲かせることなく朽ちてしまうひ弱な植物……それが、わたしなの」
 セサルはわたしが話し終えるまで、一度も口をはさむことなく、わたしのそばに寄り添うようにしてじっと耳を傾けてくれていた。やがて彼はゆっくり立ち上がり、窓の外で一夜の眠りにつこうとしている街並みを見下ろしながら、
「……スプリング・エフェメラル」
と、小さくつぶやいた。
「長く厳しい冬の間、落ち葉の厚い層の上に降り積もった雪の下には、カタクリとかイチリンソウといった小さな花をつける植物たちが、時の訪れをじっと待っている。やがて雪解けの季節になり森の奥深くまで春の強い光が射し込むと、彼らはいっせいに地上に葉を伸ばし、競い合うように花を咲かせる。そこに現われるのは、わずかひと月たらずの、まるで夢のように美しく、はかない地上の楽園に過ぎないが、そのひとときの短い春を迎えるために、彼らは再び残りの11ヵ月を暗い森の中で耐え続けるんだ」


■写真は、同人仲間で現在は北海道にいる友人にもらった絵はがき。
男山自然公園に咲くカタクリの群生だそうだ。彼女の友人が写して絵はがきにしたもの。もう少し早くもらっていれば、作品の挿絵にしたかったくらいみごとなスプリング・エフェメラルである。

皮肉なことに、自然の豊かな湯河原に来てからは、詩の一篇も作っていない。少しでも創作意欲がわくような状況になっていければいいのにと、またまた溜め息だけは大きな今日この頃である。