激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 3月は大忙し
2006年03月29日 (水) | 編集 |

■3月に入って1日たりともホッと息を抜ける日がない。それでも去年はさらに宿泊人数が多かったのだから、並大抵の忙しさではなかったのだろう。←他人事みたいな言い方だが、1年前のことはすでに記憶にない(^^;;
湯河原梅林の梅の開花は1ヵ月遅れで、期間延長もあって26日にようやくイベントが終了した。反対に桜の開花が早まったので、この時期、梅と桜を同時に楽しめたわけだ。


■写真は26日の湯河原オレンジマラソン。湯河原名産の「みかん」の名を冠したレースである。周辺の旅館はレース参加者の無料入浴と休憩に協力を要請されていて、うちでは今年20名を引き受けた。以前はもっと大人数を引き受けていたそうだが、レースのために体に塗ったワセリンで源泉が白く濁ったり、時間外に車で乗りつけたりとひどくマナーが悪かっため、私とたくろー氏ふたりの経営になってからは人数も制限し、マナールールも厳しくした。

おかげで無事に終わったが、この日は満室だったから、通常のチェックイン前にレース参加者への駐車場やら広間とお風呂への誘導やらで大汗をかいてしまった。このマラソンよりもっとマナーが悪いのが湯かけ祭りの無料入浴で、肝心の宿泊客に被害が出るため、去年から協力を断ってしまった。特にマナーが悪いのが、祭りの神輿もきちんと担がずにタダ風呂へ入ろうとする輩なので、これは断って当然だと思う。

■梅林にしても、お客には無料の甘酒券を配るけれど、費用は旅館持ちで、うちの場合今年は139枚になり、即刻観光協会が集金に来た。その梅林も今年から入園料を取ることになって、ただし宿泊客は無料なので、そうした案内や無料入園券を配り日々カウントしたりする負担まで負うことになって、それも余計な疲労に加わった。
で、当のイベント企画側は、いつもきちんとした説明なしに押し付けてくるわけで、こちらはその度に振り回されることになる。その際のポスターやら印刷費やらも、どうみても適正とは思えない。この国は末端まで公的機関は業者とあまねく癒着し、無駄金をまことに惜しみなく使っているものよな~と、満開の桜を眺めながらフーッとため息などつくきょうこの頃なのだ。←これも「きっこ」風な言い回しだけど、私だって昔からこんな書き方をしてきたのだヨ(^^;)ゞ


スポンサーサイト

 3月21日は「プチ独立記念日」
2006年03月24日 (金) | 編集 |

■WBCの栄冠を日本が勝ち取ってから、あっという間に日にちが経ってしまった。いろいろ書きたいことはあったのだが、22、23日は義母の介護日で、またまた疲労の極地に陥っていたのだ。

さて日本の優勝が決まった瞬間、野球嫌いの私も思わず「やった!」と声に出し、感動で涙腺が緩んでしまった。
まさにサムライ・スピリット! 最後までヒヤヒヤしどうしではあったが、耐えて耐えて着実に点を重ねた結果での世界一だったから、ああこれが従来の日本の姿なのだと、感激もひとしおだった。その思いは誰もが一緒だったのではないか。今のユルイ、ふにゃにゃけた日本と日本人に「渇!」を入れてくれた彼ら。

ことに、いつになく饒舌で熱いイチローの姿に、私はかつての箱館政府時代の土方歳三を見た思いだった。そして王監督が近藤勇で、松坂が沖田総司かな。とにかく日本チーム全員が、みごとにキャラ立ちしている青春の新選組ってかんじで、私も久しぶりに興奮と充実した時間を共有できたのだった。そう、準決勝から決勝にかけての黄金の時間は、まさに米国の支配からの戦後初めての自立というか、「プチ独立記念日」のごとくの熱狂の坩堝であったのだった。



法政大の暴挙を許すな!

久々の日本の「気概」に胸をいっぱいにする一方で、こんな腹の立つ、自由と民衆主義を踏みにじる出来事も発生していた。
法大といえば、私にとってはご近所同士。中学時代の恩師や数人の友人も法大出身だし、数年前には新校舎でのシンポジウムにも参加したことがある。まったく法大よお前もかと、情けない限りである。



まずは「五十嵐仁の転成仁語」の3月17日(金)の日記より引用。


「自由と進歩、進取の気象」「民主法政」の名がすたる

私は、法政大学大学院の出身であり、今も大学の附置研究所に勤務しています。大学のOBとして、また構成員の一人として、この大学を良いものにしたいという気持ちは誰にも負けないと自負しています。大学が掲げ、大学HPのトップに出てくる「自由と進歩、進取の気象」という理念には全幅の信頼を置き、「民主法政」の伝統を守りたいと念じています。
 だからこそ、発言しなければなりません。法政大学を愛しているが故に、その執行部を厳しく批判せざるを得ない苦しい胸の内をご理解いただきたいと思います。
 法政大学の現理事会は大きな過ちを犯しました。その過ちを直ちに是正することを強く要求いたします。
 その過ちの一つは、3月14日の昼に生じました。法政大学市ヶ谷キャンパスにおける立て看板の撤去とそれに対する抗議行動を行った中核派学生29人の逮捕です。」



また同事件に関して[AML 6288] では


速報:法政大で29人逮捕

「信じがたい大弾圧!! 本日、昼過ぎ、全国から集まった学生が市ヶ谷キャンパスからデモして戻ってきたところを、門前に待ち受けていた100人ぐらいの権力にパックされ、デモに参加していた全員がパクられたとのことです。弁護士が聞いてみたところ、罪状は言わないが全部逮捕だと!全く許しがたい!!!

そもそも、法大当局は、3月14日(本日)から「タテカン禁止、ビラまき禁止」を一方的に通告してきていました。(これは国民投票法の先取りのような攻撃です!)それに対する闘いとして、昨日・今日と法大生を中心に、東北大、広島大、京都大など全国から学生が集まって、デモ行進やビラまき、タテカン設置などをしてたたかっていました。ほんとう、ユルセナイ!」



そして、当の法政大のHPにはこのように記されていた。


法政大学市ケ谷キャンパスにおける
学外者の侵入及び業務妨害行為について


 3月14日(火)市ケ谷キャンパスで起きた「全学連」を名乗る学外団体による立看板撤去妨害行為について、法政大学の考え方を説明します。
 本学は、キャンパス内における立看板の設置や掲示物についての原則を定め、学内に対する周知を行ってきました。具体的には、立看板の設置や掲示物は本学学生を構成員とする学内団体に限定し、作成者の氏名、団体名及び連絡先等、身元を明らかにしたもののみ認めることとし、学外団体のものや違反したものは撤去するというものです。

 これに対して、「全学連」を名乗る学外団体は、「看板撤去作業粉砕」を掲げた立看板を無許可で設置し、3月13日(月)と14日(火)の両日にわたり、本学の警告を無視して学内に侵入し、拡声器を用いて大声で集会をしたり、事務室内に入り込み教職員の業務の妨害を繰り返した後、市ヶ谷周辺の街頭デモを行いました。
 本学は大学からの退去勧告と校内アナウンスを繰り返し、従わない場合は警察へ通報する旨再三にわたり警告しました。
 特に14日(火)は本学による無許可立看板の撤去日であり、これ以上「全学連」を名乗る学外団体の許されない行為を放置することは一般学生や近隣住民の方々に多大な迷惑をかけることであり、これ以上は放置できないものと判断しました。しかし、学内の力だけで事態を収束することは困難と考え、やむなく警察に通報せざるを得ない状況に至りました。

 本学は、思想信条や表現の自由を保証する立場を従来から堅持していますが、このようにキャンパスを混乱させる行為は絶対に認めることはできません。また、大学内であっても一般社会のルールは守らなければならないものと考えております。
 大学のキャンパス内で多数の学外者の逮捕者を出す結果となり、学内外の皆様にご心配をおかけしましたが、やむをえざる事態に対するご理解をいただきますようお願い致します。





 王JAPAN
2006年03月20日 (月) | 編集 |

■WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の準決勝で、日本は韓国に6-0という圧倒的な点差で勝った。これにはびっくりしたし嬉しかったが、テレビで「王JAPAN」「王JAPAN」と言うたびに、私には「おうじゃぱん→王者パン」って聞こえてしまうのだ(^^;;
すっごい空耳。荒川静香の「金芽米」も有名になったけど、王様マークのブレッド「王者パン」もヒットするに違いない。
…んなワケあるかい!

■さて、もともと私はどうも野球にはあまり興味が持てず知識も乏しいのだが、このWBCというのは、まさにアメリカによるアメリカのためのアメリカ式ルールがあからさまに適用された対抗戦で、それにもかかわらず肝心のアメリカが敗退してしまったというお笑い草なのだ。
外の世界においても、覇権国家アメリカはさまざまなボロが出てきている状態で、イラクでは開戦から3年たった今でも何ら出口が見えてこない。日本においても然り。このままの従米政治では、ほどなくアメリカと無理心中しかねない。いや、無理心中どころか、その前に日本だけ崖下に蹴り落とされるのが関の山だろう。国会は相変わらず空転し、国民は希望と覇気を失っている。

そんな中での決勝進出は、このアメリカ式ルールがいかにご都合主義で、他国の国益に反するものであるかをくっきり炙り出してくれた。今回日本はアメリカの審判に決然とNOを叫び、モチベーションで劣っていた韓国にも気力を奮い起こして勝利を勝ち取った。その韓国も、1敗しただけで敗退という理不尽な組み合わせに泣かされた。

「王者パン」ではないが、日本は従米という悪夢から早く目を覚まして、小さくても王者の誇りと心意気を取り戻してほしい。そして韓国や中国とも、互いに敵ではなくよきライバル同士として切磋琢磨していきたいものだ。



 ウィリー死す
2006年03月18日 (土) | 編集 |

やはり14歳の壁は厚かった。
今朝ウィリーの心臓が停止した。予期せぬほどのあっけない死だった。
昨日まで小康状態を保っていたのだが、ついに食事も水も受け付けなくなり、深夜になって何度もベッドから落ちて、そのたびに首を激しく床に打ちつけながら、遠吠えのような鳴き声をあげた。ふだんはほとんど吠えない犬なので、やはり苦しかったのだろう。こちらも疲労の極地にあったので、暗闇の中、首にクッションをあてがい、体にバスタオルをかけてやる程度しかできなかった。たくろー氏は、その後ウィリーを抱っこしてしばらく過ごしたという。抱っこの間はウィリーも安心していたようだ。

今朝8時過ぎに見たときは呼吸がかなり速かった。だがチェックアウトやら宿泊延長やら予約の電話やらで、部屋に戻ったのは10時半。そのときにはすでに息が止まっていた。まだ尻尾もやわらかいままなので、死んだ直後だったと思われる。おだやかな死に顔だった。私たちが最後を看取れなかった分、ダイや猫たちがずっとそばにいたから、ウィリーもきっと淋しくはなかっただろう。ふたりでウィリーの体を拭き清めてやった。オムツもはずし、ようやく全身が伸び伸びした。
獣医は心臓にかなりの負担があったのだろうと言った。たくろー氏が椿寺に電話すると、ちょうどお彼岸でお寺も忙しい時期で、しかしきょうくらいは家に置いてやりたいとのたくろー氏の願いで、明日の朝荼毘に付すことになった。

写真は03年9月、ダイも生まれ、元気な姿のウィリー。毛布をズタズタに破壊し、そこらじゅう毛だらけになっている。ダイの母もダルメシアンだが、ラブラドールの血が混じっていたらしく、子供は黒い斑点が多い雑種になった。
ウィリーは、わが家で唯一のチャンピオン犬の血統書付の生まれであった。本名を「ウィラード」という。


 春まったり(´- `*)
2006年03月17日 (金) | 編集 |

■湯河原駅前の桜。おととい15日に歯医者に行ったおりに写す。
右側の銅像は源氏の武将・土肥実平夫妻。
「土肥(どい)」とは湯河原の古称で万葉集にも詠われている。ようするに土肥氏は土地の豪族だったわけだ。下は桜のアップ。




■うちの宿の玄関脇の「緋寒桜(または寒緋桜)」。
主に沖縄原で自生する早咲きの桜で、鮮やかな色が特徴。花は下向きに咲く。最近熱海や伊豆で有名な「河津桜」は、この緋寒桜と大島桜(白)を掛け合わせたもの。
でも、散ると毎日掃除が大変なのよネ(ノ_-;)ハア…。






■これも宿の裏庭の椿。
椿は日当たり具合によって開花の早さが違うのか、近所の宿のものはまだつぼみのままだ。









■介護生活を満喫?中のダルメシアン犬ウィリーのベッドを、息子のダイが不法占拠し、はずみでウィリーの上半身が床に転がったところ。このあと完全に床に投げ出された。最盛期は27キロあった体重が現在は21キロまで落ちたとはいえ、抱えて移動するのは大変だ。
昨日たくろー氏がまた真鶴町の獣医まで連れて行ったが、抱っこして運ぶので、人間の介護よりも骨が折れる。ペット用のオムツでは漏れるので人間の赤ちゃん用のパンツ式オムツを買ってきてシッポの穴を開けはかしたが、後ろ側がピッタリしすぎるのがワウワウと鳴いて自分でぬいてしまった。今度はもうひとまわり大きいのを買ってこなくては。


■途中から湯河原の住人になった身には、湯河原に関するいろいろな疑問点やら不可解しごくなことが多い。
これは、私が知っているだけで少なくても3年以上前から延々と続いている道路拡張工事。
たったこれだけ広げるのに、何度も何度も掘っては埋め、電柱を移動したり紅白の柵を立てたり、今回はその柵をはずして花かなんかを植えるのだろうか、茶色いポッドがたくさん置いてあった。なんという無駄! 税金と時間のとほうもない浪費だ。地方に来ると、行政のアホ加減さが際立って見えてくる。


■そしてこれが、極めつけのアホ政治風俗。
15日の北海道新聞の記事を転記する。


必ず起き上がるはず…あれれ 民主・渡部氏が郷土玩具披露 

民主党の渡部恒三国対委員長は十四日、党代議士会などで、倒しても起きあがる玩具「起き上がり小法師(こぼし)」を議員に配り「二大政党を目指し、必ず起き上がってくれという気持ちだ」と、送金指示メール問題で打撃を受けた党の再起を訴えた。
渡部氏の地元・福島県会津地方の支援者から贈られた郷土玩具で、親指大の人形の丸い底に重りがあり、何度でも起き上がる仕組み。
ところが、役員会で前原誠司代表に配った起き上がり小法師が、倒しても起き上がらないハプニングがあり、渡部氏は役員会終了後「転び方が悪かったのかな」。
<写真:前原誠司代表(左)、鳩山由紀夫幹事長(中)に「起き上がり小法師」を配る渡部恒三国対委員長(右)>


まったく、これほど頭の中が春爛漫でマターリってものはないね。
桜も逃げ出す「たりらりらーん」さだワ。



 犬の介護生活
2006年03月14日 (火) | 編集 |
  
■14歳のダルメシアン犬ウィリーは先日から紙オムツを着用。それでも少し漏れてしまうので、毎日ベッドのマットや毛布、バスタオルの洗濯が欠かせない。居間の食卓の脇にベッドを置いたので、食事どきには直接ご馳走を口に入れてもらえ、ちょっとした殿様生活だ。
その様子を見ていたウィリーの息子の大(ダイ)は、自分も殿様生活を味わいたいのか、今朝から急に狭いベッドの中に入り込み始めた。もちろん窮屈なので、ウィリーの弱って傷ついた後ろ足を踏みまくりである。何度も叱って、ようやくいつもの低位置のソファーの上に退かした。

■数年前、まだウィリーが元気で私も千葉県にいた頃、宿の隣家(T旅館所有)に暮らすTの大旦那のオメカケさんがいきなり、「隣りの宿の犬は散歩させてもらえないので、体中に黒い腫瘍ができている」と保健所に通報したそうだ。保健所の職員があわてて駆けつけると、ちょうど山からの散歩帰りのたくろー氏とウィリーに出会い、あまりのでたらめな通報にあきれ返ったという。あたりまえだが。黒いのはダルメシアンの模様だろーが(-""-)
このロクデナシの老女は、それ以後もうちの植木屋が窓のガラスを割っただのと言いがかりをつけて大枚をせしめたり(義母が1枚3万円もガラス代を払ったとか。そんな高いガラスなんてありえなーい)、サルスベリの花が屋根に落ちるから木を切れとか難癖をつけたそうだが、大旦那が死んだ後に息子からたたき出されたとか。そのT旅館の息子も老女とはまったく赤の他人なのに性格はよく似ていて、うちの木の枝が邪魔なので全部切れと同じような難癖をつけている。テメエの方が後から境界ギリギリに建てたんだろーが。

■と、たまには悪口でも言わないことにはストレスたまりまくりだもんね、この商売は。
とかく品のないこうした輩が横行している人間界の住人と違って、ウィリーは犬ながら、というよりいかにもこの犬らしく、いつもじっと辛抱強く、決して無駄吠えすることもなく、野良猫や小動物にもやさしく、思慮深い目をしている。かつて宿に滞在していたまくずさんが「ウィリーの瞳の奥と私の心の奥がシンクロした」という目だ。

おまけに、犬たちと同居している猫たちの写真もアップ。


左はマヨ  ヒトラーのような髪型(^^;; フクロウのような顔つき。白土三平のマンガにこんな顔のフクロウの忍者がいたような…。マヨは実は化け猫。といっても、化け物猫ではなくて、猫に化けた(つまり偽装の)エイリアンなのじゃヨ。壁を蹴って方向転換するキックターンが得意。猫界のジャッキー・チェン。
右はハナ 革張り椅子をさかさまにした中に巣を作って(あんたもエイリアンかい)お昼寝中。

  
左はギン リスのケージの前で。舌なめずりをしているが、別にリスを食べたのではない。食事のときは必ず真っ先にやってくるので体重も日々増加し、先日マヨと喧嘩して初勝利した。マヨの真似をして、スケールの小さいキックターンを見せびらかす。
右はキキ  どこにいるのか不明なときは、布団をはがしてみると発見できる。小さく写っているのは半分布団にうずもれているため。目を開けるとかわいいが、閉じているとおばあさん顔のブサ子ちゃん。後ろから見るとミニ豚(毛並みがそっくり)かクリオネ。ギンを執念深く見張って、隙あらば襲うプチ野生獣なのだ。



 あの日もこんな強風だった
2006年03月12日 (日) | 編集 |

■疲労で気力が萎えている私に超うれしいプレゼント。
京都・壬生在住のZ氏が、またまた栗塚旭関連のDVDを、それこそザクザクとたくさん送ってきてくださったのだ。
O(-人-)O ありがたや、ありがたや。
これで栗さん関連の主な作品、新選組や風や用心棒シリーズは全部そろったことになる。老後の楽しみにゃもってこいですワ。…って、今から考えてどーする。これらの作品の解説は、そのうちに別項にて。…って、これも断言しちゃってどーする、この三日坊主が。

疲労ついでに、コンビニで買って飲んだ「FINAL FANTASY XII」とコラボした清涼飲料「POTION」を写す。バックの白いのはZ氏からいただいたDVDを収めたファイル。こりゃ最高の組み合わせでしょ。
ポーションは、ご存知ヒットポイントを回復させる薬で、ほんとにあったらいいなと常々思っていたもので(^^;;サントリー製の中身はエルダー、カモミール、マンネンロウ、メリッサなどのハーブを配合した、どこかで飲んだ記憶のちょっとクセのある香りだ。いかにもFFっぽい深い青みのあるビンがステキ。


■午前中は日も差して穏やかな天気だったが、昼頃から急に雨が降り出し、その後突風が吹いて、玄関前の看板まで倒れそうになった。春は天候が不順で、強風の日も多い。
強風といえば、あの日、61年前の3月10日も強い風が吹いていたという。あの日とは、東京大空襲のことである。母方の親戚がみな東京の下町に集中していたので、子供の頃に母から大空襲の話を聞いて育った。主な親類はその頃母の母、すなわち私の祖母が嫁いだ千葉県F市の家に疎開していて、そこから赤々と燃える東京の様子が見て取れたそうだ。その後都内に戻った母は、通学でいつも通っていた靖国神社の周辺がすっかり燃えたため、はるかかなたまで見通せて驚いたという。私も小学生のときに近所の本屋で、早乙女勝元の「火の瞳」という子供向けの本を買い、東京大空襲のすさまじさに戦慄した覚えがある。

また20代の数年間を両国で暮らした。住んでいたのは横網町公園内にある東京都慰霊堂(本所陸軍被服本廠)の近くで、ここはもともと関東大震災の被害者を慰霊する震災祈念堂だったが、東京大空襲の被害者約10万人も合わせて祀るようになったものだ。戦時の一般市民犠牲者を慰霊する公的施設として最大とはいえ、靖国神社の慰霊の規模にはあまりに程遠い。

この東京大空襲については、以下のサイトを紹介したい。
http://www.ne.jp/asahi/k/m/kusyu/kuusyu.html


 14歳の壁
2006年03月12日 (日) | 編集 |
■インチキとされる「堀江メール」へのあまりの杜撰な処置ぶりに、こちらのテンションも思い切り下がって、この数日間は鬱々とした時間を過ごしていた。それにしても個人的なブログでさえ、継続して書くことはなかなか難しい。書くことに関しては一応プロなのだが、やはり〆切りとか明確なテーマ性がないと、ついつい後回しになってしまう。というか、最近はパッションに欠けてると自分でも感じるね。
20代や30代の頃はギンギンに燃えていて、いくらでも文章が書けたし、なんにでも興味が持てた。それに比べて、特にこの頃はε-(ーдー)ハァだワ。簡単な文面さえ思い浮かばない。哀しいニャ~ゴ。

■…そんなわけで(きっこみたいな言い方だけど、私だってもともとこんな書き方をしてたのだ)、本来ならきつーい毒言を日々吐き散らしたいところなのだが、気力低迷のため(^^;;カテゴリも「プチ言の葉」と、自分の中でワンランク下げることにした。
さてさて3月は人の移動が活発になるせいか、旅館の方もけっこう忙しい。3日に新宿に取材に行って夜8時過ぎにバックし、そのまま旅館の仕事に突入して以来、宴会だの、満室だの、義母の在宅介護だの、館内整備だのと続いて、ようやく8日の晩に2時間だけ抜け出してたくろー氏と近くの沖縄料理店に行った。外食はほんとーに(この部分強調!) 久しぶりだった。その後また忙しい日々が続き、あまりの疲労にフロントでついウトウトするなんてこともあった。もともと不眠症なんだけれど、夜中に本を数行読んだだけで寝入ってしまう。気力がないのは実際には疲れのせいなんだけど、こんな言い訳も書きあきたしネ。

■「14歳の壁」という言葉があるそうだ。これだけじゃ(=・ェ・=? ホエってところだが、これは大型犬の寿命に関しての獣医の言葉で、14歳になるとガクッと体力が衰え死に至るが、この壁を乗り越えられた場合はあと数年生き続けるという。
実は我が家のダルメシアン犬ウィリー(♂)がちょうど14歳で、今年に入って足腰が急激に弱くなって転倒したり、トイレが間に合わなくなっていたのだが、この2、3日で悪化して、今朝から犬のベッドごと居間に移し、たくろー氏が抱えてお風呂に入れた後、紙おむつをして寝かしたところなのだ。当然ながら昨日の晩あたりから猫たちも異常を感じて興奮していたが、現在は落ち着いて、犬嫌いのキキまでベッドに近づいて、心配そうに横たわったウィリーを見守っている。奥湯河原にある老舗のK旅館の大型犬も14歳で、やはり寝たきり状態だという。本当に14歳は壁なんだと実感。
ウィリーはもともと死んだ義弟の飼い犬で、ろくに散歩も面倒も見てもらえない哀れな境遇だったが、たくろー氏が義弟の代わりに旅館を引き継いでからは(同時に莫大な借金まで引き継いだわけだが)、毎日の散歩をはじめ入念な世話を受け、後半生は息子の大(ダイ)も授かって幸せな日々を送ってきた。死後はペット霊廟で有名な椿寺に葬ることも決まっている。
ウィリーが14歳の壁を超えられるかはかなり微妙だが、この老齢化の時代、人はもちろんのこと、犬も猫も最後まで十分な介護をつくしてやりたいものだ。

 ウイッキーさん
2006年03月04日 (土) | 編集 |

■昨日3日、取材で新宿矢来町のテレビランドというスタジオに行った。桃の節句というのに今にも冷たい雨が降りそうなどんよりした天気で、冬用のコートをしっかり着込んで行った。東西線・神楽坂駅を降りるとすぐ前が新潮社へ続く通りで、ぶらぶら5分ほど歩いて、赤茶色のレンガのビルに行き着く。
かつて「ズームイン!!朝!」で毎朝ワンポイント英会話を担当していた人が今はどんなかんじになったのかなァ…などと考えていると、「ウィッキーで~す。サンコンさんじゃありませ~ん」と、いきなり軽いノリで現われた。ソフトでにこやかな紳士ってイメージだったんだけど、だいぶサンコン似のイメージに移動修正されてしまった(^^;;  一緒に腕を組んだ写真も記念に撮ってもらったのだ。ちなみに私も白い服。
ウィッキーさんと言えばイコール英会話ってかんじだが、もともとは海洋生物学を学びに来た留学生だったのだ。先のスマトラ沖大津波で、スリランカの実家の庭がえぐられたとか。おちゃめで熱血先生で、学生たちに慕われているウィッキーさんについてはこれから原稿に起こすわけだが、今回はなるべく早く書くようにしよう(と、いつも思うだけ(^^ゞ)。


■しかし湯河原に来てからは、都内に取材に行くのにこれまでの4倍強の時間がかかるので、ちょっとした旅行に行く気分だ。電車に乗る前にキオスクでお茶のペットボトルを買っておかないと、車内で乾き地獄を体験することになってしまう。最近は東京駅まで普通車のグリーン席で行く。特に帰りはラッシュにぶつかるから、グリーン席まで満員状態だ。写真は東海道線の車内から見た海側の景色。田舎で殺風景で侘しいなあ。東京駅に着くと、このまま近くの実家まで帰ってしまいたい望郷の念にとらわれる。しかし犬の散歩があるので、いつだって取材先から急いで湯河原までとんぼ返りしなくちゃならないのだ。
夕飯のおかずを大丸地下で買って夜の8時過ぎに戻ると、一足先に4人連れのお客が到着していて、そのままの格好で部屋に案内した。私もスーツとブーツというお客風格好だもんで、お客も「レレレ(?_?)」の困惑顔だった。毎回こんな調子で、疲れて帰ってきたせつなに女将の仕事がアングリと口を開けて待っている。ふう。おまけに飛び込み予約のお客が、仲間と合流して飲んでからチェックインすると電話してきたきり、待てど暮らせど到着しない。結局夜中の1時半まで待って、腹が立ったので通常は閉めない玄関の自動ドアのカギをロックしてしまった。その後に「チャングムの誓い」の新作レンタルDVDを観て(ようやく念願のチェゴサングンになったチャングムに涙)、朝起きたら腰がイタタ。長時間電車に座ってたからね。リクライニングにすると、却って腰を痛めてしまう。腰というより背中が痛いんだけれど。
などと愚痴を言いつつ、今夜は土曜で満室。問い合わせも10組以上断った。今宵は湯河原の宿はどこもかしこも満員なんだろうな。そう…思いたいものだ。


 日本の真の支配者とは…?
2006年03月01日 (水) | 編集 |

■いわゆる「堀江メール」をめぐる民主党の謝罪会見が行われたが、真相は依然としてあいまいなまま。が、こんな茶番劇はどうでもいいのだ。中断したままのコイズミ政腐追求の本道に、早く立ち戻ってほしい。

このところ降ったり止んだりのはっきりしない天候のせいか、疲労が抜けずに体調が思わしくない。先月から続いている宴会も疲労の原因のひとつなんだが。毎月1日に発行している旅館用のニューズレターも、昨日は怠けて作らなかった。金曜は取材で新宿へ行かなくてはならないが、こっちの準備もまだしていない。普段どおりに1ヵ月30日見当で考えていたら、あらら、きょうから3月だったんだっていうのが偽らざる心境で、いまあわててロビーのカレンダーを3月に換えてきたところだ。気候も体調も気分も日本社会も、いまだ春来たらずってとこなんだろうな。

■さて、B・フルフォード氏言うところの「政・官・業・ヤクザ」の“鉄の四角形”に食い潰されているわが日本国だが、去年6月に発行された『別冊宝島 昭和・平成 日本「黒幕」列伝』(宝島社)の特別インタビュー欄で、安部譲二氏がこんなことを語っていた。その一部を転記する。



「……でも、本当の黒幕ってのは、やくざでも右翼でも、金貸しでも政治家でもないんだよ」
「役人だよ。オレの実感として、役人集団は一番悪いし強いしおそろしい。(略)溶け合わないと、角栄みたいに葬られてしまうんだ。こわいよ国家権力は……。ホリエモンだって孫正義だって、役人の怒る限界をわきまえないと大変な目にあわされるよ。親は、息子を医者だの弁護士にするだの言ってないで、子供は役人にしなきゃ。民間の黒幕がいくら頑張ったって、役人集団にはかなわないって」


■今週の『週刊現代』(3月11日号)にも「堀江メール」と、これを提供したとされるフリーライターについての記事が載っているが、私が興味を持ったのは弁護士・安田好弘氏×外務省元分析官・佐藤優氏×ジャーナリスト・魚住昭氏による「ライブドア事件 検察の暴走!」という記事だった。特に気になった発言部分を抜粋してみよう。



魚住:今回の検察のライブドア捜査に関して、私はいつにも増して違和感を持っています。なぜかというと、摘発の必然性というか大義名分が見えないんです。

私は、ホリエモンはフジテレビを取りに行って、検察官僚の虎の尾を踏んでしまったと解釈しています。日本というのは基本的に、官僚組織と放送局・新聞社を中心にした巨大メディアとの阿吽の呼吸での共犯関係、相互扶助の関係で成り立っている国だと思うんです。ところが、テレビのキー局というメディア組織のかなり重要な一画を、異星人のような成り上がりの男が取りにきた。フジテレビの経営陣も怒ったけど、検察官僚たちもこんな男を放っておいたら、自分たちが作ってきた国家秩序が壊れてしまうという危機感を持ったんじゃないでしょうか。

安田:私は今回の事件は戦前の二・二六事件と同じような匂いを感じています。つまり二・二六事件で青年将校が世直ししようとしたように、今回のホリエモン逮捕は特捜検事の彼らなりの世直し、国体護持のための運動ではないかと。もちろんその志は情けなくなるほど稚拙なんですけどね。自分たちが退職した後に顧問弁護士として再就職が予定されている企業、それらは戦後60年の間に利権配分をやり遂げた企業群なんですが、彼らの経済秩序の護持なんですね。

佐藤:司法官僚は世の中で一番頭がいいと思い込んでいる。(略)そういう価値観を持った連中はホリエモンをどう見るか。(略)そんな海のものとも山のものとも分からない堀江を見ていると、何か自分たちがコケにされているような気がする。だったら、国家の主人はオレたち司法官僚だと教えてやろうという発想じゃないですか。われわれはそういう国に生きているんだという意識を持たなければならないわけです。そういう国とは官僚組織によって異物が排除される国ということです。

日本の裁判所は現在も江戸時代の“お白州”なんですよ。(略)日本では起訴された事案の99.9%が有罪です。あのスターリン時代のソビエト連邦ですら実現できなかった数字です。

魚住:いまの検察にホリエモンのルール違反を責める資格はない。検察は自ら裏ガネ作りをやっていて、現役幹部の三井環氏(元大阪高検公安部長)がそれを内部告発しようとしたら、彼を逮捕した。口封じのためです。

安田:そうそう。彼らのやったことは組織的であり構造的で、半恒久的で、かつ巧妙。しかも罪証(証拠)隠滅までやって、いっさい反省もしない。いまの検察庁はどんな形容詞を用意したって追いつかないぐらい悪質です。


■B・フルフォード著『さらば小泉 グッバイ・ゾンビーズ』には、<財務省は、これまで多くの指摘があるように、この国の「真の支配者」である。そして、小泉政権はこの財務省と一体化した政権であり、戦前の日本の軍部と一体化した政権となんら変わるところがないのだ。>(32P)とある。
また、228Pには<現在、日本の権力の中枢は、首相・小泉純一郎を中心とした閣議にあるのではない。彼が内閣府に設置した経済財政諮問会議にあると考えるのが妥当だ。なぜなら、ここで改革の大筋が決まるからである。>と書かれている。
この諮問会議の議長は小泉で、10人のメンバーがいる。そして仕切っているのが竹中平蔵である。民間メンバーは、奥田・経団連会長、牛尾・ウシオ電機会長、本間正明・大阪大学大学院教授、吉川洋・東大大学院教授の4人。
<竹中と4人の民間メンバーが諮問会議の議論をリードして、「骨太の方針」など、小泉内閣の改革案をまとめてきたと言われている。しかし、大手新聞の担当記者によれば、「改革案をまとめる議論を本当にリードしてきたのは、竹中よりは、むしろ彼の恩師である本間正明のほうでしょう」と言う。>
だからこの本間教授こそ、<日本国の経済政策の真の運営者と言っていいのだ。>


■私の体調が悪いのは、雨降りばかりのせいではない。日本の現状を知れば知るほど、腹は立つし、陰鬱な気分になってくる(-"-;)
さ、ちょっと休憩がてら、夕食でも作ってくるか。あとの到着客は7名。最後のチェックインは夜中近くになるだろうから。