FC2ブログ
激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 向山窯で茶碗を作る
2005年11月16日 (水) | 編集 |

■「湯河原温泉おかみの会」で、向山窯(こうざんがま)で体験陶芸をした。険しい山道を登ったところにある工房なので、湯河原駅近くの蕎麦屋「たかはし」で昼食を取ってから、タクシー3台で向かった。出席者は14名。まだまだ湯河原の地理にうとい私にとって、こうしてたまに参加する「おかみの会」は、よき交流と体験の場でもあるのだ。


■工房の主催者は、地元湯河原出身の陶芸家・鈴木秀男氏。
鈴木氏の説明によると、物に日に照らされる面と影の面ができるように、表と裏で違いがあることが伝統的な日本の焼き物の特徴だという。
これには2種類あって、
①自然釉(ゆう)…薪の灰が自然にかかって釉薬となり色がついたもの。
②灰釉…人工的に木の灰をかけておいて焼いたもの。

向山窯では、1回に15トンもの薪を燃やすそうだ。特に赤松の薪がよい。窯の内部の温度は1,300度にもなる。自然釉の作品を作るには灰がよくかかる前列に並べる必要があるが、薪を投げ入れて燃やすため、前の方の作品は片っ端から壊れてしまうという悩みがある。この点について鈴木氏は「自然釉でいいものを作りたいが、成功率は低い。だから食うためには、人工的な作りにならざるを得ないですね」と話す。


■体験陶芸ではもちろん灰釉の作品を作るわけだが、この灰釉は木の灰の分子と土の分子が化合して色がでるそうだ。また体験では湯河原の土を半分程度混ぜる(いつもは8割)。湯河原の土は鉄分が多く、これに湯河原名産のみかんの木の灰をかけると、茶色の地に緑という独特の風合いを持った「湯河原焼き」ができる。みかんの代わりに竹やススキの灰をかけると、また違った色合いになる。写真は、みかん(緑)とススキ(白)の灰をかけた作品。


■今回は湯飲み茶碗に挑戦。いやあ難しい。当初思い描いていた形通りにはならず、他の人たちも「形になればいい」「水漏れしなければいい」「大きくなってしまったので花瓶に変更」「花瓶にもならなかったら植木鉢。それもダメならお皿」と、だんだん妥協が大きくなるばかり。それでも少し手を入れてもらって、全員なんとか完成した。

左の写真は私の作品(^^;;
さてこの後の作業だが、ひびが入って割れないように、ビニールをかぶせて時間をかけゆっくり乾かす。その間1ヵ月。そして800度の温度で素焼きし、木の灰を水でといてドロドロにしたものを上からかける。それから5~7昼夜焼き、10~15日かけてさましていく。だから作品が完成するのは3ヶ月後の来年2月中旬になるという。すべて天然の素材を使って仕上げるので、こうした長い時間を要するのである。それにしても気の長い話だ。

■鈴木氏は語る。
日本の器というのは「育つ器」です。使っていくうちにだんだん汚れが染み込んでゆき、土の色になっていく。ものは皆、最後には土に還ります。つまり生きているというのは、土に還る支度をしていることなんですね。私たちはだから、手間と暇とお金をかけて汚してゆくわけです。現在日常で使っているのは、西欧の汚れない器です。たとえばマイセンは17歳くらいの永遠の少女。それと異なり、日本の器というのは「汚れる器」であり、「相手がいることを認識した器」なのです。
以前「沓茶碗」を観たことがあって、それが歪んで真っ黒で、内心ええっと思ったんですが、いったん器に抹茶を入れると、もう鳥肌が立つほど美しく変身したんですね。それは抹茶が美しく見えるようにと、器が夢中で祈っているからで、この相手を生かすこと―相手をどれだけ美しくできるかが日本の器なのです。
かつて私たちは互いに支えあい、共に調和しながら生きてきました。ところが今はそうした文化も生活も考え方もすべて欧米風に変わってしまいました。今回こうして伝統的な器を作ったのをきっかけに、日本本来の美しい心や所作について思いを馳せてもらえれば幸いです。
スポンサーサイト