激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 アジールとしての寺田屋
2005年09月29日 (木) | 編集 |
なぜか旅館の女将をやっている。
なぜか…とは少々投げやりな言い方かもしれないが、半ば強制的にそれまでの暮らしや仕事を中断せざるを得なくなり、自分にとっての新たなレーゾン・デートル(存在理由)がなかなか見出せないでいるからだ。
天性の猫人間にとって、他人に頭を下げたり世話を焼いたりすることなど、最も自分から遠い行為だった。それは1年過ぎた今でも変わらない。外出さえもままならない、あたかも辺境の流刑地へ移送されてきたかのような鬱々とした思いだ。

そんな折、ぼんやり眺めていた大河ドラマの中で、戸田恵子がキップのよい幕末の女将を演じていた。伏見・寺田屋のお登勢である。
寺田屋はもともと船宿で、幕末には薩摩藩などのいわゆる勤皇の志士たちが定宿に使っていた。1862年(文久2年)に、宿に結集していた尊王派の薩摩藩士有馬新七らを同じ薩摩藩の刺客が襲うという寺田屋事件が起きる。その後、薩摩藩つながりで坂本龍馬が定宿にした。
女将のお登勢は気丈で面倒見がよい人物で、龍馬からも慕われていたという。幕末維新の影の立役者の一人だろう。
もともと新選組ファン(薩長政治による明治政府が嫌い)なので、お登勢についても詳しく知らなかったが、ドラマでの歯切れよく啖呵を切る姿に魅せられた。病に伏した義母の世話をしていた点も、義母を介護中の私と境遇が似ている。
宿の正面もなんとなく似ているような気も…(^^;) 気のせい?
左が寺田屋、右が私の宿。

    

客あしらいに長けていたお登勢とは比べようもないが、商売向きでない私でも
―というか、逆にそれをよりよい方に転じた着想でやっていけないだろうかと考えている。
勤皇の志士たちをかくまい手を貸したお登勢のように、真剣にこの国を社会を憂慮し、人間を愛し、将来に思いを馳せている人びとが気軽に利用できる宿でありたい。
また私の旅館の前身は、「中西」という国木田独歩の定宿だったそうだ。
湯河原自体が芥川や藤村、漱石ら、あまたの文豪や芸術家が集い逗留していた温泉街なので、若き芸術家たちにも再び来てもらいたいものだ。
もちろん新選組ファンなら大歓迎。
政治を文学を映画を熱く語ってほしい。

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 似たもの同士―もとい、似て非なるもの
2005年09月28日 (水) | 編集 |
自民党の会見と大黒選手のダイハツCM

衆院選のときにも感じたが、昨日27日の杉村太蔵議員の会見のときも
「あれっ」と思ったことがある。
会見の際の背景が、ほら。サッカーの大黒選手のCMの背景と似てる。
サッカー人気にあやかってというか、同じようなイメージを利用してテレビ
視聴者に好感情をインプットさせるためだろうか。
イメージのマジックにまんまとはまりそうだ。
まったくあざとい作戦を考え出すもんだワ。

   


小泉首相と少女マンガ

ほとんど毎日やってる小泉首相のぶらさがり記者会見と、少女マンガ。
両方に共通してるのは?
はーい、背景にきれいな花をしょっているところでーす。
なるほど。それで女性に人気なんだ、純ちゃん。
右は人気マンガの「ガラスの仮面」より。

    



 衆院選の真実―反対派を挑発し解散を図った!
2005年09月28日 (水) | 編集 |
これは聞き捨てならないと、旅館が暇になったのを幸いに(って、幸いか?(^^;;)大急ぎで湯河原駅前の図書館に行って、新聞記事をコピーしてきた。
で、その問題の箇所を一部転記する。


■衆院選「与党3分の2」
舞台裏と今後 ―記者座談会
   日本経済新聞夕刊 05年9月15日


 首相自ら「やろうよ」



 解散は不可避だった?
――小泉は解散になるようにわざと郵政民営化反対派を挑発したとの見方があるね。
 6月ごろ、国対委員長の中川秀直に電話で「やろうよ」と言ったらしい。中川は「待ってください」と押しとどめてたとか。
 中川も「勝てる」とみて方向転換した。郵政法案の参院採択直前、森喜朗に小泉説得を命じられたが、「解散を志向するおれに言っても無理ですよ」と答えてた。
 財務省のある幹部は春ごろから「官邸が法案修正で全く譲らないのは解散を誘発するためだ」と吹聴していたよ。
 小泉周辺は法案が可決されるや否や、あちこちに「解散で決まり」と喜々として電話をかけまくってた。
――反対派は「小泉は解散に踏み切れない」と言ってたけど根拠はあったのかな。
 総裁罷免ができるとみていたんだ。荒井広幸は「安倍晋三さんを担げば勝てる」なんて言ってた。
 古賀誠も小泉の腹を読み誤ったクチだ。「解散なんてできない。内閣総辞職のあとは福田康夫さんを立てる」と周囲に漏らしたという話もある。
 亀井静香は途中から解散になると気づいたが、後に引けなくなってた。愛唱歌は「兄弟仁義」。固い契りの義兄弟を裏切るわけにはいかなかった。
――公明はギリギリまで解散を回避しようと懸命だったんだろ。
 解散当日、公明の両院議員総会に武部勤が出席して深々と頭を下げたが、大半は顔を上げなかった。「おまえらのせいだ」とつぶやいてた若手もいたよ。
――民主はどう読んでいたのかな。
 岡田克也は「法案は否決されないと思っていた」と振り返ってた。
 小沢一郎は衆院可決がわずか5票差だった時点で「これは解散になる」と準備を指示してたというよ。 

  
全文表示はこちら→ http://tekcat.cool.ne.jp/shinbun1.html
かなり重いデス(^^;


 今よみがえる「ありふれたファシズム」
2005年09月26日 (月) | 編集 |
■本日午後、小泉首相の所信表明演説が行われた。
この演説は3215字(約14分間)で、77年7月の福田赳夫元首相の所信表明に次ぐ短いものだった。
毎日新聞夕刊の解説には、「衆院選圧勝を受け、今後の政権運営に自信と楽観を示す内容になった。しかしながら、首相が演説を極力簡潔にするようこだわった結果、憲法改正や消費税問題には全く触れず『郵政後』の政権の道筋を示したとは言いがたい」とある。
簡潔にとは、まったくものも言いようだが、相変わらず具体的な政策抜きのスローガンに終始し、ことさらに「国民の支持」とか「国民が正論との審判を下した」と強調した。
つまり、今後どうなろうとあなたがた国民が正しいと支持したんだから文句言うんじゃないよってことだ。

■4年前、小泉首相が熱狂的に迎えられた姿に、ヒトラーとドイツ国民の姿がダブり、そのことを危惧して友人たちとメール交換したものだが、こうもくっきりとその不安が形となって目の前に現れようとは…。

もうずいぶん前の話になるが、大学1年のときに授業を抜け出して、ひとりで有楽町の「丸の内東宝」へ映画を観に行ったことがある。
映画の題名は『野獣たちのバラード』(原題:ORDINARY FASCISM ありふれたファシズム)。監督は旧ソ連のミハイル・ロンム。
ナチス時代のドイツのニュース映画を通して、なぜ人々はヒットラーを歓迎しファシズムに染まっていったのかを描いたものだ。
手元に残っている古い映画プログラムを開いてみよう。

まずロンム監督の言葉から。「私はこの映画でファシズムの姿を、その総てを明らかにしようなどとは思わない。わずか1本の映画でそれを語り尽くすのは不可能なことだ。歴史上の重要な事件が全てフィルムに記録されているわけではないからだ。
そこで私は全力をあげて膨大な資料の中から驚くべき事実、また意味深いものを選びだし、あなた方と一緒に考えて行きたいと思ったのだ。
これはナチズムについて、あるいはナチズムの政策について物語る歴史的な記録映画などではない。
この映画の重要な目的は、ファシズムをあの時代の典型的な現象として理解し、その根源を明らかにし、当時のふつうのドイツ人の精神を証明し、なぜ彼らがヒトラーに従っていったか、いかにしてナチズムが彼らの弱点を見出し、それをうまく利用したかを証明することにあった。
スクリーンにうつるあらゆるシーンは観客に警戒心を起こさせ、考えさせずにはおくまい。この映画は人々の心に驚きと希望をもたらし、未来に対する人類の責任を語りかけてくるにちがいない。
我々は、この映画を見る人々と共に、ファシズムについて、ファシズムを生み出す土壌について、人々を野獣にかえることによって人間を破壊してゆくやり口について考察し、人間が人間であるために何がなされねばならぬかを深く考えたいと思う」

映画プログラムの解説から。「この映画は、ファシスト・ドイツの記録映画である。しかし、これを単なる過去の出来事とか他人事と考えるのは間違っている。もし、ファシズムが、今これを読んでいるあなた自身の心の中にある、と言ったらあなたは信じられるだろうか? だがこの映画は、あなたにもファシストの資格があることを告発する。ファシズムは人間が思考を放棄したときに起る、とこの映画は結論している。(略)思考停止のあるところファシズムあり、それがこの映画の証言であり、未来への警鐘である」

佐藤忠男氏の解説から。「(略)ファッシズムというものは、ある日とつぜんまき起こるというものではなく、全国民的な規模における日常的な訓練をつうじてつくりあげられてゆくものである。その意味では、やっている本人自身はそのことについて特に意識してはいないような、たいしたこともない日常な出来事や行動が、あとから考えると、ファッシズムへの道の一歩一歩であったということがいっぱいあるはずであり、そのつみ重ねが、のっぴきならない段階にまで達したときに、アウシュビッツやワルソー・ゲットーが起る、とも言える。(略)」

西義之氏の解説から。「(略)たしかにヒットラーはしゃべっていると、だんだん興奮してくる雄弁家でしたが、それを滑稽とか異常とかするのは、現在の時点からふりかえってみるからでしょう。当時はあの演説のスタイルは聴衆に十分迫力と感銘とをあたえたらしく、あの熱情は本当に国を思い、不正に対し民衆とともに怒っているという感動をよびおこしました。しかもその演説はよく計算され演出されたもので、感情のおもむくままの、即興的なものでは決してなく、冗談一つまで原稿にきちんと書きこまれてあったということです。
この映画のなかでも、花束を捧げる子供をヒットラーが抱き上げたり、女性たちが泣き出したりするシーンがありますが、演出なのか、民衆の自然な感動なのか判らぬくらい見事なものです。しかしこんなシーンはアメリカの大統領選挙やわが国の選挙戦でもときどき見られることを考えますと、ヒットラーがとくに異常だったわけではなく、大衆の心理、なかでも女性の心理をちゃんと心得ていた大タレントという感じがいたします。これにはのちに宣伝大臣となったゲッペルスの演出力の功績も大きいようですが、ヒットラー自身、いざ本番となると、どこまでが演出か、どこまでが本気なのか自分で区別できぬほどその役柄にとけこんでしまうところがあったようです。その点、かなりカリスマ(教祖)的な人物だったのでしょう。(略)」






■過去の出来事、歴史の愚かな教訓としてしか認識してこなかったファシズムが、今、突如目の前に現れ、改めて先人の警告に唇を噛みしめる思いだ。ヒトは過去の過ちから、果たして何かを学んできたのだろうか。

かつて私たちが若者だった頃、揶揄をこめて「政治的アパシー(無関心)」層と呼ばれていた。
無関心の要因としては、肥大・巨大化した政治の前での個人の無力感や政治腐敗に対する失望、高度資本主義下で一歯車として働くことによる政治への興味の喪失、マスコミによる非政治的な対象への興味の誘導などがあげられる。
特に現代の政治的無関心層は社会への鬱屈した感情を持っているので、特定の方向への誘導によってたやすくファシズムの支持層へと転化しうるのだ。
ナチズムでも見られたように、ファシズムとは大衆デモクラシー的なものが生み出した独裁の形である。伝統的な共同社会から分断された現代人は、孤独や不安の中で、マスメディアによって一方的に世界とつながっている。そして特定方向の情報や絶え間ないTVコマーシャルによる欲望の喚起で、ますます受身になって体制に順応し、大衆よりもむしろ群集へと近づいていくのだ。
こうした主体性を失った無力な大衆(群集)の前で、支配者層はその力を誇示し、エリートとその他大衆とへ2分化されていくのである。


こんな本はいかが?
『安心のファシズム ―支配されたがる人びと―』 
斎藤貴男 岩波新書

「ファシズムは、そよ風とともにやってくる。
これまた珍しくもない常套句だが、かつ、忘れられてはならない警句でもある。独裁者の強権政治だけでファシズムは成立しない。自由の放擲と隷従を積極的に求める民衆の心性ゆえに、それは命脈を保つのだ」
         本書あとがきより

2004年春のイラク人質事件をめぐって、「自己責任」論争が日本中を席巻した。ネット掲示板を中心に自作自演説が飛び交ったわけだが、なんとその発信源は首相官邸だった。
階層間格差の拡大を意図的に生んでいく小泉構造改革は、国民を「勝ち組」「負け組」に選別し、中流以下の階層に属する者は、その理不尽な不満のはけ口として、弱者へ差別と攻撃を向けていく。
9.11以後の世界は以前と大きく様変わりし、善か悪かの単純化が進み、真実よりもわかりやすさが重要になった。
本書は携帯電話、住基ネット、自動改札機など身近なテクノロジーを例にとりながら、なぜこの国の人びとは自由から逃走し支配されたがるのか、その心性を解き明かしてゆく。今回の衆議院選の様子をダブらせて読むと、なおさら感慨深いものがあるだろう。
       



 山本・土方のポスター発売
2005年09月26日 (月) | 編集 |
NHKサービスセンターよりメールが届く。
なになに、NHKとしては異例のポスターを製作・販売だって?
最近いやに気前がいいですねえ。完全版DVDも出してくれたし。
これで少しは受信料の契約も伸びるかも(?_?)






和装・洋装
各1,050円
(2種セットあり) 
10月中旬発売
予約受付開始は
9月30日から


おのおの方、ゆめゆめ抜かりなく!

 「新選組!」続編
2005年09月24日 (土) | 編集 |
ちょっと情報が遅くなってしまったが…
「新選組!」続編キャスト発表
キタ━━━━━━(≧∀≦)ノ━━━━━━ !!!!!

       

NHK2006年正月時代劇「新選組!!~土方歳三最期の一日」

メインキャスト 
【土方歳三】…山本耕史さん
【榎本武揚】…片岡愛之助さん
【島田魁】…照英さん
【尾関雅次郎】…熊面鯉さん
【相馬主計】…小橋賢児さん 【蟻通勘吾】…山崎樹範さん
【山野八十八】…鳥羽潤さん 【市村鉄之助】…池松壮亮さん
【永井尚志】…佐藤B作さん

回想シーンで登場
【沖田総司】…藤原竜也さん 【藤堂平助】…中村勘太郎さん
【原田左之助】…山本太郎さん 【永倉新八】…山口智充さん
【山南敬助】…堺雅人さん 【井上源三郎】…小林隆さん
【斎藤一】…オダギリジョーさん【松平容保】…筒井道隆さん
【近藤勇】…香取慎吾さん

近藤勇の死で終わった2004年大河ドラマ「新選組!」。
いわばその「続編」として、盟友である土方の最期を、三谷幸喜がオリジナルで描きます。
佐幕に生き、佐幕に殉じた"最後の武士"、土方歳三。激動の時代に尽忠報国を貫いた土方の思いを、最後の一日に焦点を絞って熱くダイナミックに描きます。

    NHKドラマホームページより  

        

「佐幕に生き、佐幕に殉じた」とか「尽忠報国を貫いた」ってのはステレオタイプな正しくない視点だけど、これは史実ではなくドラマだからオーケーなのだ。
悪いことだらけの昨今の状況にあって、続編ニュースは実にうれしい希望の光だね。ま、これとNHKの一連の不祥事&受信料の未払い問題とはまた別だけどサ。
皆々様、日々の暮らしに負けずにがんばりまっしょい!



 いわゆるユートピア文学についての戯言
2005年09月23日 (金) | 編集 |
オーウェルの『1984年』の話題が出たところで。
今を去ることずーっと昔、気の合う仲間と同人誌などやっていた頃に書いた、自分の小説に出てくるキャラクターたちとの「お笑い架空座談会」より、そのごく一部を抜粋。

         

ロキ:そもそもユートピアという言葉を知らしめたのは、かのトマス・モアだということくらいはモエさんでもご存知だと思いますが、ユートピアutopiaを分解すると、ギリシア語のou(非・否)とtopos(場所)とに分けられます。この「どこにもない」理想国家は、モアの生きた16世紀の社会体制を批判するものとして生み出されたもので、カンパネルラ、ベーコンを経て、やがて「科学的社会主義」を称するマルクス主義の壁にぶち当たります。
近年の最も名高いユートピア小説としては、オーウェルの『1984年』やハックスリーの『すばらしい新世界』があげられますが、そこに至る間にも、ベラミの『顧みれば―2000年より1887年を顧みる』や、これに対する批判書としてのモリスの『ユートピア便り』、20世紀に入ってからはロンドンの『鉄のかかと』やウェルズの『解放された世界』が、一方ロシアではチャヤーノフの『農民ユートピア国旅行記』やザミャーチンの『われら』が書かれました。この『われら』の影響を受けて、オーウェルやハックスリーがそれぞれの作品を創ることになるのです。
ジェイ:『われら』というタイトルは、バクーニンの言葉からとったものなんだ。
モエ:バクーニンって、アナキズムの親分さんでしょう? 大男で髭面の。
ジェイ:そう。マルクスの天敵。無政府主義というよりも、偉大なる矛盾主義者。
モエ:なるほど、それでロキさん好みなんですね。
ロキ:ぼくが何だって? まったくうっとうしい連中だな。アナキズムの正しい意味は「絶対自由主義」ってこと。おい、ジェイ。自由という文字を取ったほうがより正確だ、なんて言いっこなしだからね。
ジェイ:自分から言ってれば、世話ないよ。
ケニー:今までに名前があがった中で、ロキが面白いと思った本はどれですか?
ロキ:ぼくのお薦め本は、1984年のロシアの農本主義ユートピアを描いた鋭い予言書である『農民ユートピア国旅行記』と、さっき言い忘れたけど、バージェスの『1985年』。
モエ:へえっ、そんな本があるんですか?
ロキ:バージェスは『時計仕掛けのオレンジ』の作者で、『1985年』は、オーウェルの『1984年』についての評論とバージェス自身の小説がくっついた、エッセイ・ノヴェル(評論小説)なのです。
ジェイ:バージェスは彼の著書の中で、「オーウェルの1984年は本質的にコミックな本です」とか「オーウェルは、ユートピアもしくはカコトピア(悪いユートピア)の実物大模型を造るという知的ゲームをしていたのです」などとブラックユーモアたっぷりに皮肉ってる。あと、ぼくだったらゴールディングの『蝿の王』とコルチャックの『子どものための美しい国』をぜひとも推薦したいな。少年たちによる一種のユートピア建設とその崩壊という興味深い内容で、ね。

          

きのう急にバージェスの『1985年』が読みたくなって本棚を探したが、どこにもない。
去年からここ湯河原に来て、家に置いてきたままの蔵書を、子供たちに頼んでときどき送ってもらっているが、主にマンガ本ばかり衣装ケースにつめて送ってくるわけで(ーー;)
大型書店がたくさんあった実家周辺と違い、なんと湯河原は駅前に文房具店を兼ねた小さな本屋しかない。
おかげで精神的な飢餓状態に陥ってしまってますワ。
かつて湯河原は芥川や藤村、独歩といった多くの文人が逗留した温泉地だったのに、本屋がないとはどーゆーこっちゃい。
友人たちと心ゆくまで語り合いたい、今日この頃の「秋日和」である。






 日本はいつまでアメリカに従属するのか
2005年09月20日 (火) | 編集 |
幕末から現代を知る
 ―新選組とは何だったのか― その2


民主党の新代表がネオコン派の前原誠司氏に決まったことで、日本のアメリカ化はますます加速の一歩を辿ることとなった。
アメリカの出張所・小泉自民党に加え民主党まで親米になったら、この国はいったいどうなってしまうのか。
まさに「郵政民営化はすべての改革破壊への入口」だったのだ。
小泉の言う改革とは、日本的なあらゆるものの破壊の別称である。
こうして日本のアメリカ従属化(属国化)はさらに強まり、独立への道も遠のいていく。

日本はちゃんとした独立国だと思う人がいたら、それは大きな誤りである。
敗戦で押しつけられた憲法を作り直せばいい、というのも大きな誤りである。
また、戦前の社会に回帰すべきだというのも大きな誤りである。
根はもっともっと深い。
黒船がやってきた幕末、そして明治維新までさかのぼる必要があるのだ。
だから、やれ歴史の見直しだ、自虐史観だ、教科書問題だと騒いでいる人々には、そっくりそのまま同じ言葉をお返ししたい。
「本物の愛国者なら、封印された偽りの歴史を今こそ見直して、真の独立国日本をめざせ」と。

以下、入手しやすく読みやすい数冊の本をご紹介しながら、その核心に触れていきたい。



属国日本史 幕末編   
副島隆彦 劇画・ロシナンテ青木 早月堂書房


タイトルに「思想劇画」とあるように、とかく敬遠しがちな歴史を劇画で一気見せしようという迫力が感じられる。
プロローグの中から文章の一部を拾ってみよう。
「(略)尊皇攘夷という思想を、後世、計画的に骨抜きにした者たちがいる。『明治の元勲』と後に呼ばれた者たちだ。(略)実は、偽りの偽者の尊王攘夷派が、裏で、外国勢力とつながって、武器・弾薬、軍資金を与えられて、明治維新は出来上がったのだ。
『公武合体(派)」=『天皇と将軍が、団結して、日本国民が、打って一丸となって、外国勢力を打ち払おうとした』 この考えが、本当の尊王攘夷派でもあり、正しかったのだ。それを、奇怪な動きと理屈で変質させ、自分たちに都合のいい、後に維新の歴史を、捏造した者たちがいる。それを、私は白日の下に明らかにする。
(略)幕末の英雄たちがこの国を近代国家に押し上げ、立派な国に仕上げたと…今の日本人が信じ込んでいること自体が、日本国の危機である。坂本龍馬は本当に英雄なのか? 高杉晋作は幕末維新のヒーローなのか? 西郷隆盛は一世一代の英傑なのか? 決して、そんなことはない! 彼らには裏がある…日本は幕末という時代に、裏のある者たちの手によって帝国の属国に成り果てたのである。このことはつらい現実認識だが、私は自分の生まれ育った国を深く愛するがゆえに、属国日本史論をここで唱えなくては済まないのだ」


偽りの幕末の英雄・偽者の尊王攘夷派とは、坂本龍馬、大村益次郎、高杉晋作、伊藤博文、井上馨、西郷隆盛、木戸孝允、岩倉具視、後藤象二郎ら。
そして彼らに武器や金を供与していたのが、アヘン戦争で暗躍したイギリスのジャーディン=マセソン商会と、その日本支社である長崎のグラバー商会だった。力で開国を迫ったアメリカが南北戦争で手薄になったのに代わって、イギリスが日本支配の覇権を握ったわけだ。
1863年イギリス公使館焼き討ち事件のわずか5ヵ月後に、伊藤博文や井上馨らはロンドンへ渡るが、この旅費(5人で現在の10億円)を出したのもグラバーだ。
グラバーが何をしたかというと、幕府が注文していたアームストロング砲を長州藩に横流しし、結果として鳥羽伏見の戦いで薩長討幕軍を勝利に導いたのである。その後、グラバー商会の資産と経営は三菱財閥に引き継がれる。また長州藩は外国商船相手の金貸し業で巨額の利益をあげて、倒幕用に大量の武器を買い付けた。
イギリスはさらに外交官アーネスト・サトウを送り込み、幕府と討幕派の間を巧みに泳ぎ回りながら、倒幕へのレールを敷いていった。龍馬が仲介したとされる薩長同盟も、背後で成立させたのはイギリスだったのだ。当時幕府側についていたフランスを排除するためにも、イギリスは日本人同士を戦わせて自国の支配を完成させたのだ。
ここに日本属国のルーツがある。

        

私事になるが、父はイギリス系の銀行に勤めていて、幼い頃からジャーディン=マジソン(マセソン)の名は日常的に耳にしていたし、家にイギリス人が遊びに来ることもあった。
銀行所有の軽井沢の別荘に泊まったこともあったが、軽井沢といっても他人が近づけないような不便な山の中にあり、プールやテニスコートもついた広大な敷地にびっくりしたものだ。日本人の発想とは違う、植民地支配に慣れた人種の感性を身をもって知り、それがやがてイギリスへのアンビバレンツな感情へと育っていったのだと思う。
高校時代に読んだ世界史の参考資料に、父の銀行の前身が東インド会社で、イギリス資本主義の手先と書いてあった。
このとき私の中で思想的な大変換が起きた。そして日本的なもの、特に幕末や新選組に深く共感を覚えるようになったのだ。
だが勤皇の志士と呼ばれる人々や明治維新に関しては、どうしても納得できない点が多く、それらが大きな胸のつかえのようにいつまでも残っていた。
この『属国日本史 幕末編』はそうした疑問に快く答えてくれた本の一つである。イギリスならこうした謀略もさもありなんと、うなずきながら読み進んだ。
ただし全体の構成はあまりわかりやすいとはいえず、劇画も下品なお遊びが多すぎて、辟易する人も多いのではないか。せっかくの優れた内容が、余計な下品さによって大幅に価値を下げてしまっている。
さらに決定的にダメなのが、新選組に関する記述である。新選組とは鍬を刀に持ちかえた武士になりたかった百姓の集まりで、思想もない人殺し集団だったという、今じゃ子供にもバカにされるようなステレオタイプな認識なのだ。
これでは、既成の歴史観にとらわれている人たちに対して、それは違うと叫ぶことなどできないのではないか。逆に突っ込まれるのがオチだ。
筆者のさらなる切磋琢磨を求めたい。



 ここでも成績下位だった小泉首相
2005年09月19日 (月) | 編集 |
この人、普通の会社に入ってたら営業成績どん尻で、即リストラだったろうね。芸能人(あえて政治家とは言うまい)になるしか道はなかったんだ、もともと。
で、成績が悪い仲間同士残っちゃったわけね。これって頭の程度も比例して反映されてるような気もするんだけど…。


綿貫氏トップ、首相は下位/自民の党員獲得資料判明

      四国新聞 2005/09/19 02:15

自民党組織本部が今年2月にまとめた衆院300小選挙区支部別の地域党員獲得人数の内部資料が18日、判明した。ノルマ達成率1位は、郵政民営化関連法案に反対して離党し国民新党代表となった綿貫民輔元衆院議長(富山3区)で、1万5495人の党員を獲得し達成率は310%。反対組はほかにも古屋圭司氏(岐阜5区)が165%で8位、野田聖子氏(同1区)が136%で13位、江藤拓(宮崎2区)、森山裕(鹿児島5区)、亀井静香(広島6区)の各氏もそれぞれ21位、22位、31位に名を連ね、皮肉にも党への高い“貢献度”が浮き彫りになった。
 一方、小泉純一郎首相(神奈川11区)の達成率は22%で218位、武部勤幹事長(北海道12区)が66%の57位、山崎拓前副総裁(福岡2区)は9%で273位だった。


 もう始まった改憲への地ならし
2005年09月17日 (土) | 編集 |
こうやってどんどんなし崩し的に飼いならされていくのか。
想定されたことだけど、めっちゃ悔しいなあ。

陸自が商店街を武装行進 長崎・佐世保で240人 
          Yahoo!ニュースより


 長崎県佐世保市の陸上自衛隊相浦駐屯地の隊員約240人が17日午前、小銃を抱え腰に銃剣を着けた迷彩服姿で初めて同市の商店街をパレードした。市街地の中心部約1キロの行進となり、平和団体は「市民を威圧し軍事行動を誇示する暴挙」として抗議集会を開催した。
 駐屯地創設記念日の行事で、パレードは2002年から始まった。同年は佐世保市制100周年行事の一環だったため「刺激的過ぎる」との市側の意見を受け入れ武器は持たずに行進した。
 しかし、翌03年からは「真の姿を見てほしい」と武器を持つ代わりにコースから商店街を外し、隣接した国道を歩いていた。
               (共同通信) - 9月17日13時15分更新





追記  民主党の新代表が前原誠司氏に決まって、改憲の靴音がいっきに近 づいてきた。
心あるものはみな眉を曇らせている。
さらに目を見張って今後の推移を注視していこう。
    9月19日(月)