2007年01月16日 (火) | 編集 |

写真は八坂神社の天然理心流奉納額(日野市観光協会より)
■私が新選組に興味を持ったのは、たぶん中学生頃だったと思う。
親類が溝の口に住んでいたので、子ども時代はいとこと一緒によく多摩川で遊んだ。
沿線には二子玉川駅があって、だから小学生の時の日記には、多摩川ではなく「玉川」と書いてあって、後から読み返して赤面したものだ。
千葉県から上り電車に乗っていくと、江戸川を境に東京都に入り、さらに多摩川を越えると神奈川県になる。
多摩川ではかつて子ども時代の土方歳三が遊び、薩長軍に敗れて板橋の刑場へと送られる際、近藤勇は江戸川を下った。
■中学時代は沖田総司、高校以降は土方歳三の熱狂的なファンになった。当時はまだ新選組=悪のイメージが支配的で、土方が好きと言っても、「誰それ?」と怪訝な顔をされるのがオチだった。
大人になるにつれて興味の対象は幕末などの時代背景に拡大していき、歴史記述そのものを疑うようになっていった。
願うは、「幕末の仇花」「幕府の犬」「殺戮者集団」という汚名をいつかひっくり返すこと。
■その突破口を見た思いがしたのは、今から10数年前のことだ。
NHKで「歴史発見」という番組をやっていて、偶然ビデオで録画した回があった。
タイトルは「新選組 知られざる志」。

最初に新選組のイメージを語るシーンがあって、司会の高田万由子は「怖いというイメージ」、嵐山光三郎は「歴史に逆行の幕末機動隊」。
作家の佐木隆三は「これまでは血に飢えた殺戮集団のイメージがあったが、詳しく調べていくうちに変わってきた」とのこと。
番組では天然理心流の紹介があり、中には土方歳三が編み出した集団剣法の「草攻剣」や二人で挟み撃ちにする「双竜剣」の実演もあった。
そして多摩地方は坂東武者の子孫が住み着いた土地で、佐藤彦五郎(歳三の義兄)や小島鹿之助らは農兵隊を組織して、西の新選組と彦五郎らの東の寄せ場名主たちは頻繁に連絡を取り合っていたという新たな視点も紹介された。
この中で私が最も強く印象づけられたのが、番組の最後に流れたその後の多摩の様子だった。
つまり、多摩は明治10年代に自由民権運動の拠点の1つになったというくだりである。
そしてその自由民権運動の指導者の多くは、かつて新選組の活動を支えた豪農たちだったというのだ。
ナレーションはこう続く。
「自由党員の名簿には近藤の教えを受けた天然理心流の門人が並び、土方の親族の名前も見える」と。
その後明治21年に党員達の手によって、近藤・土方を顕彰する「殉節両雄之碑」が建立された。
帝国憲法が発布されたのは翌年のことである。
2006年01月03日 (火) | 編集 |

■新選組や新選組!ファンにとって、きょうは朝から山本・土方三昧のよき日である。
早朝はヤマコーの会津の旅で、温泉入浴シーンつき=^-^= NHKアナウンサーのウルフ氏が肌にタッチして「すごくスベスベ。ハイビジョン仕様の肌ですね」と言ったのには笑えた。
31日の紅白の司会では、前川清の名前を「山川」と言い間違えるハプニングがあって、名前言い間違えのコワーイ前例があるものだから冷や冷やしたが、なんとか無事に終わって安堵の(〃´o`)=3 フゥ
テレビでは、現在「新選組!スペシャル」の再放送中。で、いよいよ夜9時からは続編放映。これでNHKの受信料不払いもほんのちょっとは解消される鴨・芹沢。
■Shinsengumi Express!!快速!新選組!!サイト!!!
■『新選組!!土方歳三最後の一日』withほぼ日テレビガイド
2005年10月21日 (金) | 編集 |
■東京新聞の特集 昭和零年―1925年生まれの戦後60年より
平和憲法は超近代の理想です 哲学者・梅原猛氏

「神も仏も捨てたのが、明治政府です」と、梅原猛さんは意外なことを言った。仏教を排斥した廃仏毀釈(きしゃく)の史実は教科書にも載っているが、神を捨てたというのはどういうことなのだろう。
「縄文の昔から日本人は、自然が神様、山川草木すべてが神様だという多神論でした。仏教にもそういう思想があって、神と仏を合体させた宗教を民衆はずっと信仰してきました。神仏習合、それが日本の思想の中心ですよ。ところが、明治になって国家神道という一神教になったわけです」
つまり明治から敗戦までの国家主義が、日本古来の思想を無視し、国家神道という新しい宗教を国民に強制したということだろう。教育勅語はその道具であったはずだ。
(中略)
梅原さんは国家主義が嫌いである。軍人の面子(めんつ)が、自国民や他国民を死への道連れにしたと考えている。確かに東京が丸焼けになる前に、特攻作戦をする前に、原爆が落ちる前に、日本が降伏していたら、数え切れない人々の命が助かったはずだ。
“一神教時代”を支えたもの。そのもう一つが、靖国神社である。
「日本の伝統では、恨みを持って死んだ人を怨霊(おんりょう)神として祀(まつ)りました。祟(たた)りを怖(おそ)れたからです。だから、本来は中国などアジアの犠牲者を祀らなければいけない。国家のために死んだ軍人や人々だけを祀る靖国神社は、古来の伝統に反しています」
日本の平和憲法は、哲学者・カントの説く永久平和論に近いという。カントは防衛する軍隊は認めたが、侵略する軍隊には反対した。
「世界政治の現実は国家の枠で動いてるんだろうが、平和憲法は生かさなければいけない。人類が求めている『超近代』という理想ですよ」
(後略) 文・桐山桂一 2004年11月30日
平和憲法は超近代の理想です 哲学者・梅原猛氏

「神も仏も捨てたのが、明治政府です」と、梅原猛さんは意外なことを言った。仏教を排斥した廃仏毀釈(きしゃく)の史実は教科書にも載っているが、神を捨てたというのはどういうことなのだろう。
「縄文の昔から日本人は、自然が神様、山川草木すべてが神様だという多神論でした。仏教にもそういう思想があって、神と仏を合体させた宗教を民衆はずっと信仰してきました。神仏習合、それが日本の思想の中心ですよ。ところが、明治になって国家神道という一神教になったわけです」
つまり明治から敗戦までの国家主義が、日本古来の思想を無視し、国家神道という新しい宗教を国民に強制したということだろう。教育勅語はその道具であったはずだ。
(中略)
梅原さんは国家主義が嫌いである。軍人の面子(めんつ)が、自国民や他国民を死への道連れにしたと考えている。確かに東京が丸焼けになる前に、特攻作戦をする前に、原爆が落ちる前に、日本が降伏していたら、数え切れない人々の命が助かったはずだ。
“一神教時代”を支えたもの。そのもう一つが、靖国神社である。
「日本の伝統では、恨みを持って死んだ人を怨霊(おんりょう)神として祀(まつ)りました。祟(たた)りを怖(おそ)れたからです。だから、本来は中国などアジアの犠牲者を祀らなければいけない。国家のために死んだ軍人や人々だけを祀る靖国神社は、古来の伝統に反しています」
日本の平和憲法は、哲学者・カントの説く永久平和論に近いという。カントは防衛する軍隊は認めたが、侵略する軍隊には反対した。
「世界政治の現実は国家の枠で動いてるんだろうが、平和憲法は生かさなければいけない。人類が求めている『超近代』という理想ですよ」
(後略) 文・桐山桂一 2004年11月30日
2005年10月17日 (月) | 編集 |
靖国参拝に際して、「戦没者の慰霊」「不戦の誓い」という言葉をよく耳にするが、そもそも靖国神社とは何か、そしてその本質はどこにあるのかを、歴史を辿りながら考えてみたい。

■靖国神社の前身は「東京招魂社」といって、1869(明治2)年、戊辰戦争での官軍戦没者を祀るために創建された。
1879(明治12)年に靖国神社と改称し、別格官幣社となる。別格官幣社とは、神話上の神々や天皇ではなく天皇への忠誠で戦死した臣下(一般国民)を祀った神社のことである。
このように「靖国」とは、決して日本古来からの伝統に基づいたものではない。きわめて異質な思想なのだ。
■東京招魂社では、創建された明治2年6月29日から5日間にわたって「招魂祭」が行われた。
この「招魂」の思想は幕末の、いわゆる勤皇の志士たちの風習がルーツになっている。
当時は尊王攘夷を唱える志士たちによるテロリズムが横行していて、彼ら志士たちはさかんに招魂場を設けて招魂祭を行なった。招魂祭とは仲間の死者の霊魂を称え、自らの死を賭けて敵への復讐を誓うもの。殺された仲間の魂を招いて、その慙愧の念を自らの中に取り込み、復讐と憎悪をかきたてる儀式なのだ。
日本では古来より戦場で死んだ者は敵味方の区別なく弔ってきたが、この招魂の思想は敵を徹底的に憎んで、味方の死者のみを慰霊・顕彰し、その霊に復讐を誓うという異質なものである。
戊辰戦争での官軍は倒幕諸藩の寄せ集めで、まだ天皇への忠誠心は乏しかった。そのため戦闘のたびに陣中で招魂祭を行なった。士気を鼓舞し、天皇の軍隊としての意識を高めるためである。この招魂祭によって、敵と味方、官軍と賊軍の峻別がなされたのだ。
■さて東京招魂社での招魂祭では、3,588名の魂が招かれ祀られた。反対に幕府軍として戦って死んだり、左幕を貫いて処刑や殺害された約8,625名(もちろん新選組も)と、いったんは新政府側についたももの断罪された1,359名、合計約1万名の魂は排除され、招かれなかった。
靖国神社とはこのように、慰霊とか不戦の誓いの場ではなく、天皇のために戦って死んだ者だけを称え、後に続く者の士気を鼓舞し戦場へと送り込む国家的な装置なのである。
余談だが、「非情」で、反対者は「抵抗勢力として排除」する小泉首相の心情となんと瓜二つであることか。
参考:小泉靖国参拝違憲訴訟・千葉
松山大学・田村氏のサイト
招魂 戊辰戦争から靖国を考える 奈倉哲三氏

■靖国神社の前身は「東京招魂社」といって、1869(明治2)年、戊辰戦争での官軍戦没者を祀るために創建された。
1879(明治12)年に靖国神社と改称し、別格官幣社となる。別格官幣社とは、神話上の神々や天皇ではなく天皇への忠誠で戦死した臣下(一般国民)を祀った神社のことである。
このように「靖国」とは、決して日本古来からの伝統に基づいたものではない。きわめて異質な思想なのだ。
■東京招魂社では、創建された明治2年6月29日から5日間にわたって「招魂祭」が行われた。
この「招魂」の思想は幕末の、いわゆる勤皇の志士たちの風習がルーツになっている。
当時は尊王攘夷を唱える志士たちによるテロリズムが横行していて、彼ら志士たちはさかんに招魂場を設けて招魂祭を行なった。招魂祭とは仲間の死者の霊魂を称え、自らの死を賭けて敵への復讐を誓うもの。殺された仲間の魂を招いて、その慙愧の念を自らの中に取り込み、復讐と憎悪をかきたてる儀式なのだ。
日本では古来より戦場で死んだ者は敵味方の区別なく弔ってきたが、この招魂の思想は敵を徹底的に憎んで、味方の死者のみを慰霊・顕彰し、その霊に復讐を誓うという異質なものである。
戊辰戦争での官軍は倒幕諸藩の寄せ集めで、まだ天皇への忠誠心は乏しかった。そのため戦闘のたびに陣中で招魂祭を行なった。士気を鼓舞し、天皇の軍隊としての意識を高めるためである。この招魂祭によって、敵と味方、官軍と賊軍の峻別がなされたのだ。
■さて東京招魂社での招魂祭では、3,588名の魂が招かれ祀られた。反対に幕府軍として戦って死んだり、左幕を貫いて処刑や殺害された約8,625名(もちろん新選組も)と、いったんは新政府側についたももの断罪された1,359名、合計約1万名の魂は排除され、招かれなかった。
靖国神社とはこのように、慰霊とか不戦の誓いの場ではなく、天皇のために戦って死んだ者だけを称え、後に続く者の士気を鼓舞し戦場へと送り込む国家的な装置なのである。
余談だが、「非情」で、反対者は「抵抗勢力として排除」する小泉首相の心情となんと瓜二つであることか。
参考:小泉靖国参拝違憲訴訟・千葉
松山大学・田村氏のサイト
招魂 戊辰戦争から靖国を考える 奈倉哲三氏
2005年09月26日 (月) | 編集 |
NHKサービスセンターよりメールが届く。
なになに、NHKとしては異例のポスターを製作・販売だって?
最近いやに気前がいいですねえ。完全版DVDも出してくれたし。
これで少しは受信料の契約も伸びるかも(?_?)


和装・洋装
各1,050円
(2種セットあり)
10月中旬発売
予約受付開始は
9月30日から
おのおの方、ゆめゆめ抜かりなく!
なになに、NHKとしては異例のポスターを製作・販売だって?
最近いやに気前がいいですねえ。完全版DVDも出してくれたし。
これで少しは受信料の契約も伸びるかも(?_?)


和装・洋装
各1,050円
(2種セットあり)
10月中旬発売
予約受付開始は
9月30日から
おのおの方、ゆめゆめ抜かりなく!
2005年09月24日 (土) | 編集 |
ちょっと情報が遅くなってしまったが…
「新選組!」続編キャスト発表
キタ━━━━━━(≧∀≦)ノ━━━━━━ !!!!!

NHK2006年正月時代劇「新選組!!〜土方歳三最期の一日」

メインキャスト
【土方歳三】…山本耕史さん
【榎本武揚】…片岡愛之助さん
【島田魁】…照英さん
【尾関雅次郎】…熊面鯉さん
【相馬主計】…小橋賢児さん 【蟻通勘吾】…山崎樹範さん
【山野八十八】…鳥羽潤さん 【市村鉄之助】…池松壮亮さん
【永井尚志】…佐藤B作さん
回想シーンで登場
【沖田総司】…藤原竜也さん 【藤堂平助】…中村勘太郎さん
【原田左之助】…山本太郎さん 【永倉新八】…山口智充さん
【山南敬助】…堺雅人さん 【井上源三郎】…小林隆さん
【斎藤一】…オダギリジョーさん【松平容保】…筒井道隆さん
【近藤勇】…香取慎吾さん
近藤勇の死で終わった2004年大河ドラマ「新選組!」。
いわばその「続編」として、盟友である土方の最期を、三谷幸喜がオリジナルで描きます。
佐幕に生き、佐幕に殉じた"最後の武士"、土方歳三。激動の時代に尽忠報国を貫いた土方の思いを、最後の一日に焦点を絞って熱くダイナミックに描きます。
NHKドラマホームページより

「佐幕に生き、佐幕に殉じた」とか「尽忠報国を貫いた」ってのはステレオタイプな正しくない視点だけど、これは史実ではなくドラマだからオーケーなのだ。
悪いことだらけの昨今の状況にあって、続編ニュースは実にうれしい希望の光だね。ま、これとNHKの一連の不祥事&受信料の未払い問題とはまた別だけどサ。
皆々様、日々の暮らしに負けずにがんばりまっしょい!
「新選組!」続編キャスト発表
キタ━━━━━━(≧∀≦)ノ━━━━━━ !!!!!

NHK2006年正月時代劇「新選組!!〜土方歳三最期の一日」

メインキャスト
【土方歳三】…山本耕史さん
【榎本武揚】…片岡愛之助さん
【島田魁】…照英さん
【尾関雅次郎】…熊面鯉さん
【相馬主計】…小橋賢児さん 【蟻通勘吾】…山崎樹範さん
【山野八十八】…鳥羽潤さん 【市村鉄之助】…池松壮亮さん
【永井尚志】…佐藤B作さん
回想シーンで登場
【沖田総司】…藤原竜也さん 【藤堂平助】…中村勘太郎さん
【原田左之助】…山本太郎さん 【永倉新八】…山口智充さん
【山南敬助】…堺雅人さん 【井上源三郎】…小林隆さん
【斎藤一】…オダギリジョーさん【松平容保】…筒井道隆さん
【近藤勇】…香取慎吾さん
近藤勇の死で終わった2004年大河ドラマ「新選組!」。
いわばその「続編」として、盟友である土方の最期を、三谷幸喜がオリジナルで描きます。
佐幕に生き、佐幕に殉じた"最後の武士"、土方歳三。激動の時代に尽忠報国を貫いた土方の思いを、最後の一日に焦点を絞って熱くダイナミックに描きます。
NHKドラマホームページより

「佐幕に生き、佐幕に殉じた」とか「尽忠報国を貫いた」ってのはステレオタイプな正しくない視点だけど、これは史実ではなくドラマだからオーケーなのだ。
悪いことだらけの昨今の状況にあって、続編ニュースは実にうれしい希望の光だね。ま、これとNHKの一連の不祥事&受信料の未払い問題とはまた別だけどサ。
皆々様、日々の暮らしに負けずにがんばりまっしょい!
2005年09月20日 (火) | 編集 |
幕末から現代を知る
―新選組とは何だったのか― その2
民主党の新代表がネオコン派の前原誠司氏に決まったことで、日本のアメリカ化はますます加速の一歩を辿ることとなった。
アメリカの出張所・小泉自民党に加え民主党まで親米になったら、この国はいったいどうなってしまうのか。
まさに「郵政民営化はすべての改革破壊への入口」だったのだ。
小泉の言う改革とは、日本的なあらゆるものの破壊の別称である。
こうして日本のアメリカ従属化(属国化)はさらに強まり、独立への道も遠のいていく。
日本はちゃんとした独立国だと思う人がいたら、それは大きな誤りである。
敗戦で押しつけられた憲法を作り直せばいい、というのも大きな誤りである。
また、戦前の社会に回帰すべきだというのも大きな誤りである。
根はもっともっと深い。
黒船がやってきた幕末、そして明治維新までさかのぼる必要があるのだ。
だから、やれ歴史の見直しだ、自虐史観だ、教科書問題だと騒いでいる人々には、そっくりそのまま同じ言葉をお返ししたい。
「本物の愛国者なら、封印された偽りの歴史を今こそ見直して、真の独立国日本をめざせ」と。
以下、入手しやすく読みやすい数冊の本をご紹介しながら、その核心に触れていきたい。

■属国日本史 幕末編
副島隆彦 劇画・ロシナンテ青木 早月堂書房
タイトルに「思想劇画」とあるように、とかく敬遠しがちな歴史を劇画で一気見せしようという迫力が感じられる。
プロローグの中から文章の一部を拾ってみよう。
「(略)尊皇攘夷という思想を、後世、計画的に骨抜きにした者たちがいる。『明治の元勲』と後に呼ばれた者たちだ。(略)実は、偽りの偽者の尊王攘夷派が、裏で、外国勢力とつながって、武器・弾薬、軍資金を与えられて、明治維新は出来上がったのだ。
『公武合体(派)」=『天皇と将軍が、団結して、日本国民が、打って一丸となって、外国勢力を打ち払おうとした』 この考えが、本当の尊王攘夷派でもあり、正しかったのだ。それを、奇怪な動きと理屈で変質させ、自分たちに都合のいい、後に維新の歴史を、捏造した者たちがいる。それを、私は白日の下に明らかにする。
(略)幕末の英雄たちがこの国を近代国家に押し上げ、立派な国に仕上げたと…今の日本人が信じ込んでいること自体が、日本国の危機である。坂本龍馬は本当に英雄なのか? 高杉晋作は幕末維新のヒーローなのか? 西郷隆盛は一世一代の英傑なのか? 決して、そんなことはない! 彼らには裏がある…日本は幕末という時代に、裏のある者たちの手によって帝国の属国に成り果てたのである。このことはつらい現実認識だが、私は自分の生まれ育った国を深く愛するがゆえに、属国日本史論をここで唱えなくては済まないのだ」
偽りの幕末の英雄・偽者の尊王攘夷派とは、坂本龍馬、大村益次郎、高杉晋作、伊藤博文、井上馨、西郷隆盛、木戸孝允、岩倉具視、後藤象二郎ら。
そして彼らに武器や金を供与していたのが、アヘン戦争で暗躍したイギリスのジャーディン=マセソン商会と、その日本支社である長崎のグラバー商会だった。力で開国を迫ったアメリカが南北戦争で手薄になったのに代わって、イギリスが日本支配の覇権を握ったわけだ。
1863年イギリス公使館焼き討ち事件のわずか5ヵ月後に、伊藤博文や井上馨らはロンドンへ渡るが、この旅費(5人で現在の10億円)を出したのもグラバーだ。
グラバーが何をしたかというと、幕府が注文していたアームストロング砲を長州藩に横流しし、結果として鳥羽伏見の戦いで薩長討幕軍を勝利に導いたのである。その後、グラバー商会の資産と経営は三菱財閥に引き継がれる。また長州藩は外国商船相手の金貸し業で巨額の利益をあげて、倒幕用に大量の武器を買い付けた。
イギリスはさらに外交官アーネスト・サトウを送り込み、幕府と討幕派の間を巧みに泳ぎ回りながら、倒幕へのレールを敷いていった。龍馬が仲介したとされる薩長同盟も、背後で成立させたのはイギリスだったのだ。当時幕府側についていたフランスを排除するためにも、イギリスは日本人同士を戦わせて自国の支配を完成させたのだ。
ここに日本属国のルーツがある。
私事になるが、父はイギリス系の銀行に勤めていて、幼い頃からジャーディン=マジソン(マセソン)の名は日常的に耳にしていたし、家にイギリス人が遊びに来ることもあった。
銀行所有の軽井沢の別荘に泊まったこともあったが、軽井沢といっても他人が近づけないような不便な山の中にあり、プールやテニスコートもついた広大な敷地にびっくりしたものだ。日本人の発想とは違う、植民地支配に慣れた人種の感性を身をもって知り、それがやがてイギリスへのアンビバレンツな感情へと育っていったのだと思う。
高校時代に読んだ世界史の参考資料に、父の銀行の前身が東インド会社で、イギリス資本主義の手先と書いてあった。
このとき私の中で思想的な大変換が起きた。そして日本的なもの、特に幕末や新選組に深く共感を覚えるようになったのだ。
だが勤皇の志士と呼ばれる人々や明治維新に関しては、どうしても納得できない点が多く、それらが大きな胸のつかえのようにいつまでも残っていた。
この『属国日本史 幕末編』はそうした疑問に快く答えてくれた本の一つである。イギリスならこうした謀略もさもありなんと、うなずきながら読み進んだ。
ただし全体の構成はあまりわかりやすいとはいえず、劇画も下品なお遊びが多すぎて、辟易する人も多いのではないか。せっかくの優れた内容が、余計な下品さによって大幅に価値を下げてしまっている。
さらに決定的にダメなのが、新選組に関する記述である。新選組とは鍬を刀に持ちかえた武士になりたかった百姓の集まりで、思想もない人殺し集団だったという、今じゃ子供にもバカにされるようなステレオタイプな認識なのだ。
これでは、既成の歴史観にとらわれている人たちに対して、それは違うと叫ぶことなどできないのではないか。逆に突っ込まれるのがオチだ。
筆者のさらなる切磋琢磨を求めたい。
―新選組とは何だったのか― その2
民主党の新代表がネオコン派の前原誠司氏に決まったことで、日本のアメリカ化はますます加速の一歩を辿ることとなった。
アメリカの出張所・小泉自民党に加え民主党まで親米になったら、この国はいったいどうなってしまうのか。
まさに「郵政民営化はすべての
小泉の言う改革とは、日本的なあらゆるものの破壊の別称である。
こうして日本のアメリカ従属化(属国化)はさらに強まり、独立への道も遠のいていく。
日本はちゃんとした独立国だと思う人がいたら、それは大きな誤りである。
敗戦で押しつけられた憲法を作り直せばいい、というのも大きな誤りである。
また、戦前の社会に回帰すべきだというのも大きな誤りである。
根はもっともっと深い。
黒船がやってきた幕末、そして明治維新までさかのぼる必要があるのだ。
だから、やれ歴史の見直しだ、自虐史観だ、教科書問題だと騒いでいる人々には、そっくりそのまま同じ言葉をお返ししたい。
「本物の愛国者なら、封印された偽りの歴史を今こそ見直して、真の独立国日本をめざせ」と。
以下、入手しやすく読みやすい数冊の本をご紹介しながら、その核心に触れていきたい。

■属国日本史 幕末編
副島隆彦 劇画・ロシナンテ青木 早月堂書房
タイトルに「思想劇画」とあるように、とかく敬遠しがちな歴史を劇画で一気見せしようという迫力が感じられる。
プロローグの中から文章の一部を拾ってみよう。
「(略)尊皇攘夷という思想を、後世、計画的に骨抜きにした者たちがいる。『明治の元勲』と後に呼ばれた者たちだ。(略)実は、偽りの偽者の尊王攘夷派が、裏で、外国勢力とつながって、武器・弾薬、軍資金を与えられて、明治維新は出来上がったのだ。
『公武合体(派)」=『天皇と将軍が、団結して、日本国民が、打って一丸となって、外国勢力を打ち払おうとした』 この考えが、本当の尊王攘夷派でもあり、正しかったのだ。それを、奇怪な動きと理屈で変質させ、自分たちに都合のいい、後に維新の歴史を、捏造した者たちがいる。それを、私は白日の下に明らかにする。
(略)幕末の英雄たちがこの国を近代国家に押し上げ、立派な国に仕上げたと…今の日本人が信じ込んでいること自体が、日本国の危機である。坂本龍馬は本当に英雄なのか? 高杉晋作は幕末維新のヒーローなのか? 西郷隆盛は一世一代の英傑なのか? 決して、そんなことはない! 彼らには裏がある…日本は幕末という時代に、裏のある者たちの手によって帝国の属国に成り果てたのである。このことはつらい現実認識だが、私は自分の生まれ育った国を深く愛するがゆえに、属国日本史論をここで唱えなくては済まないのだ」
偽りの幕末の英雄・偽者の尊王攘夷派とは、坂本龍馬、大村益次郎、高杉晋作、伊藤博文、井上馨、西郷隆盛、木戸孝允、岩倉具視、後藤象二郎ら。
そして彼らに武器や金を供与していたのが、アヘン戦争で暗躍したイギリスのジャーディン=マセソン商会と、その日本支社である長崎のグラバー商会だった。力で開国を迫ったアメリカが南北戦争で手薄になったのに代わって、イギリスが日本支配の覇権を握ったわけだ。
1863年イギリス公使館焼き討ち事件のわずか5ヵ月後に、伊藤博文や井上馨らはロンドンへ渡るが、この旅費(5人で現在の10億円)を出したのもグラバーだ。
グラバーが何をしたかというと、幕府が注文していたアームストロング砲を長州藩に横流しし、結果として鳥羽伏見の戦いで薩長討幕軍を勝利に導いたのである。その後、グラバー商会の資産と経営は三菱財閥に引き継がれる。また長州藩は外国商船相手の金貸し業で巨額の利益をあげて、倒幕用に大量の武器を買い付けた。
イギリスはさらに外交官アーネスト・サトウを送り込み、幕府と討幕派の間を巧みに泳ぎ回りながら、倒幕へのレールを敷いていった。龍馬が仲介したとされる薩長同盟も、背後で成立させたのはイギリスだったのだ。当時幕府側についていたフランスを排除するためにも、イギリスは日本人同士を戦わせて自国の支配を完成させたのだ。
ここに日本属国のルーツがある。
私事になるが、父はイギリス系の銀行に勤めていて、幼い頃からジャーディン=マジソン(マセソン)の名は日常的に耳にしていたし、家にイギリス人が遊びに来ることもあった。
銀行所有の軽井沢の別荘に泊まったこともあったが、軽井沢といっても他人が近づけないような不便な山の中にあり、プールやテニスコートもついた広大な敷地にびっくりしたものだ。日本人の発想とは違う、植民地支配に慣れた人種の感性を身をもって知り、それがやがてイギリスへのアンビバレンツな感情へと育っていったのだと思う。
高校時代に読んだ世界史の参考資料に、父の銀行の前身が東インド会社で、イギリス資本主義の手先と書いてあった。
このとき私の中で思想的な大変換が起きた。そして日本的なもの、特に幕末や新選組に深く共感を覚えるようになったのだ。
だが勤皇の志士と呼ばれる人々や明治維新に関しては、どうしても納得できない点が多く、それらが大きな胸のつかえのようにいつまでも残っていた。
この『属国日本史 幕末編』はそうした疑問に快く答えてくれた本の一つである。イギリスならこうした謀略もさもありなんと、うなずきながら読み進んだ。
ただし全体の構成はあまりわかりやすいとはいえず、劇画も下品なお遊びが多すぎて、辟易する人も多いのではないか。せっかくの優れた内容が、余計な下品さによって大幅に価値を下げてしまっている。
さらに決定的にダメなのが、新選組に関する記述である。新選組とは鍬を刀に持ちかえた武士になりたかった百姓の集まりで、思想もない人殺し集団だったという、今じゃ子供にもバカにされるようなステレオタイプな認識なのだ。
これでは、既成の歴史観にとらわれている人たちに対して、それは違うと叫ぶことなどできないのではないか。逆に突っ込まれるのがオチだ。
筆者のさらなる切磋琢磨を求めたい。
2005年09月16日 (金) | 編集 |
プロローグもどきここ最近の一連の政争劇を目の当たりにして、造反やら転向、裏切り、恐喝の類いに、思いっきりブルーな気分だ。
さて、現在の混迷した社会状況は幕末に似ているとはよくいわれることだ。
幕末―今から140年ほど前の時代。ペリーの来航をきっかけに、開国か攘夷か勤皇か左幕かに分かれて争い、ついには幕府が倒れて新しい文明開化の世の中が訪れる。前近代と近代との戦いでもあり、保守派が破れ開明派が勝利する…等々。
しかし、ちょっと待って! これって本当なんだろうか?
歴史は常に勝者の手と視点で記述されてきた。だから常識とされるこうした
幕末に関する事実だって、十分疑ってかかる必要があるんじゃなかろうか。
ちょうど小選挙区制のトリックみたいにね。
そこで新選組だ。
去年はNHK大河の『新選組!』がブレイクして、東京でも新選組のふるさと・
日野市などに大勢のファンが押し寄せた。
かくいう私も高校時代からの古〜い新選組ファンである。
歴史ものの中でも常に上位の人気を誇る新選組だが、驚くなかれ、ごくごく最近までアカデミックな研究対象にもなっていなかったのだ。膨大な関連書の類いは在野の研究者や一般の人々の手によるもので、ブームが起きるたびに新しい資料が見つかったりはするものの、内容に関しては優れたものからトンデモなものまで、それこそ玉石混合、雑多である。
新選組本に関しては、高校生のときに初めて読んだ司馬遼太郎の『燃えよ剣』から最近の松浦玲『新選組』まで、小説、評論、マンガといろいろ読んできた。
とはいえ、心から納得できる内容の本にはなかなか巡り合えなかった。
そんな折、手に入れたのが佐藤文明氏の本である。彼の著書によってこれまで疑問に思っていた事柄が点から線に、線から面へと明瞭になり、同時に自分の歴史観が間違っていなかったことも確認できた。
これからこの佐藤氏の本を中心に、新選組の隠された真実を探りながら、幕末とはどういう時代だったのか、そして幕末から何を学び、どう現在に生かしていったらよいのかを考えていきたいと思う。

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