激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 ステンドグラスを作ってみた
2008年06月16日 (月) | 編集 |



「おかみの会」の月例会。今月はステンドグラス作りを体験。
うちから歩いて5〜6分の場所にある「クレアーレ熱海ゆがわら工房」。
ちょうど湯河原と熱海の境目のところに建っているのだが(住所は熱海市)
こんなところにあるなんてぜんぜん知らなかったわぁ(^^;;
なんでも日本最大のステンドグラス工房だとか。
2階へのスロープを上がっていった、ここが入り口。





    

左:中に置いてあるパンフなど。
中:奥の赤いガラスはステンドグラス用の板ガラスを作る工程見本。
口で吹いて作ったクラシックタイプのガラスを成型して四角くする。
空気の泡やスジが入って、機械作りにはない趣きが生まれるそうだ。手前にあるのが型紙。
右:ステンドグラスの大きな作品。透明感のあるブルーが美しい。





    

ステンドグラスの作品。
この工房では、主に公共施設用のパブリックアート作品を作っている。
駅や空港、教会、企業、大学などに飾ってあるステンドグラスや陶器の壁画類である。
東京メトロの各駅にもユニークで美しい壁画が多くあるので
じっくり鑑賞すると、美術館に行ったような得した気分になれる(^^;;
開通したばかりの副都心線の駅にも、この工房で作った作品が飾られているそうだ。





     

これもステンドグラスの作品。
工房の所長はルイ・フランセンさんという北欧の人で
教会のステンドグラスの製作からスタートしたという。
ガラスの素材がいっぱい置いてある別棟の保管庫は
教会のような天井の高い作りになっている。






    

 左:体験教室で作ったステンドグラスもどき(T▽T) 大きさは約センチ。
型紙はリーフ、蝶、魚などがあって、リーフを作った5人が持ち寄り、円形に並べてみたもの。
私のは一番右側。カーブが多い難しい形を選んでひどく苦労した
ガラスを切るのが予想外に難しい。今回はハンダ付けで切ったガラスをくっつけた。
自然光にかざして見ると本来のガラスの美しさがわかるそうだ。
右:工房の出口。
中は多くの木立に囲まれていて、自然の魚が群れ泳ぐ川も流れている。
クルミの木もあったよ。







 真鶴しだれ夜桜
2008年04月01日 (火) | 編集 |




■やっと半日だけ休みε-(;ーωーA フゥ
と思ったら、客室とお風呂の掃除が3時までかかってしまい、おまけにご近所の旅館オーナーの母上が突然亡くなってお通夜が入り、結局休みなしになってしまった(*ノ-;*)

で、夜の9時ちょっと前に急いで隣り町の真鶴にある荒井城址公園の「真鶴しだれ桜の宴」を見に行った。9時半までライトアップしてるのだ。
春というのに北風ぴゅーぴゅー。人出のわりには静かで、テレビドラマの『トリック』的なひなびた山里のムードが漂っていった(^^;;

しかし桜は見事で、つい昨日あたりも都内のしだれ桜をテレビ中継していたが、ここの公園は見渡す限りしだれ桜のオンパレードで壮観だ。
もう幻想的というか、木の下に死体の3つや4つ埋まっているんじゃなかろうかと妄想してしまうくらい魅了されてしまう。中央には池があって、水面にも桜の姿が映っている。
昼間見に行くと、これまた周囲の竹林の緑と鮮やかな対比が、えも言えず美しい。














■30分で桜を見て、湯河原の海岸沿いにある回転寿司に入り、閉店30分だったので超特急で食事をした。
C= (-。- ) ふう、忙しい休日だったこと。

左は「マンボウ」、右は「クジラ」。
マンボウは歯ごたえがあって、ポン酢でいただく。上に肝が乗っている。
クジラはたぶんイルカかも。癖のないさっぱりした牛肉の味。


     










 桜咲く
2008年03月26日 (水) | 編集 |



いつの間にか満開になっていた湯河原駅前の桜

ようやく夕方図書館に行って数冊本を借りてきた。
その後に写したので、なんか侘しいかんじになってしまった
桜は急に咲いてすぐに散ってしまうのでひどくあわただしい。
1ヶ月くらいじっくり咲いている桜があるといいんだけど
桜の左側にあるのは土肥實平とその奥方の銅像。土肥(どい)とは湯河原の古名で、
土肥氏は伊豆の頼朝を助けて鎌倉幕府樹立への道を開いた源氏の武将である。
今年は4月6日に、源頼朝旗挙げ武者行列と土肥祭が開催される。
うちの先祖はこの土肥氏の家臣だったそうだ。








塀の上の語らい

春は猫にとっても過ごしやすい季節。
左は、うちで飼っているキキの母親(たぶん)の茶々。
右は隣りの家のチビ。
チビは現在ほぼ外猫状態で、うちへご飯を食べに来ている。
警戒心が強いので、2匹同時に写すのはなかなか難しい。









ひねもす のたりのたりかな

外猫と違って家の中で暮らしていると、猫も警戒心が薄れてしまうようだ。 
とんでもない寝相で、終日くうくうと熟睡している。  
特に問題児なのが、このハナ。
繰っちゃ寝しているうちにメタボになって
柵の狭い隙間でこすれたお腹の毛が… 









問題部分拡大図(^^;;

これもきれいな桜色…なんちゃって。












 極寒の湯河原梅林とミカン畑
2008年01月24日 (木) | 編集 |
■今週の土曜日から湯河原梅林の「梅の宴」が始まるので、梅の咲き具合はどんなものかと、昨日の夕方見に行った。
冷たい雨が降っていたのでブルブル(((=_=)))状態。
いやあ、寒いのなんのって。


    


:今年は寒さで開花が遅すぎ。
1本の紅梅がちょっとだけ咲いているだけで、あとは全部つぼみ。
例年は「梅の宴」の前に2分咲き程度になっているのだが。
開花まであと1週間くらいかな。
五所神社の早咲きの梅が1ヶ月遅れで現在満開。

:遠くの山に雪が残っている。
梅林は幕山の中腹にある。梅の木は4000本。
幕山はロッククライミングの場所としても有名だ。




■山道を下っていくと、フェンスの向こうに変わったミカンが見えた。
湯河原はミカンの産地で、最近はいろんな種類のミカンも栽培されている。レモンやキーウィもある。


  


:ちょっと変わったミカン。
:夏ミカンみたいに大きい。名前わからず。
:普通のミカン畑。
ミカン狩りは年末に終わったので、木に負担がかからないようにミカンを下に落としている。
昔はそうしたミカンを川に流したので、川が一面黄色に染まったそうだ。
向こうに見えるのは海(相模湾)。







 竹林のレストランとDNA研究所
2008年01月12日 (土) | 編集 |
■「おかみの会」の新年会で、最近できたフレンチレストラン「エルルカンビス」に行った。
もともとは東京の恵比寿で営業していたそうだが、湯河原の自然が気に入って、この地に腰を落ち着けることにしたそうだ。う〜、都会が恋しい私には耳が痛いわ/(*ε*)
山の上の竹林に囲まれたレストランと聞いていたが、くねくねと細く急な山道がどこまでも続き、ひとりで行ったら遭難しそう。タクシー呼んで正解だった。



で、これが「エルルカンビス」の入り口付近。





     

左:レストラン内部。竹林の緑が目に鮮やか。  右:テラスの端に「足湯」がある。







木漏れ日のランチ・メニュー



アミューズ(一口オードブル)
左はチーズスティック・パイ




  

左:フランスパン(もうかじってあるし)、飲み物は赤ワインを注文
中:一の前菜 ホタテと焼きねぎのカルパッチョ、トリュフ添え
右:二の前菜 炙りスモークサーモン サーモンの下にはポテト




  

左:本日のスープ  サツマイモ(べにあずま)のポタージュ
中:本日の肉料理  カモ
右:デザート  右側はココナッツミルクのブラジルプリン





ひとりだけハーブティー(^^;














そしてDNA研究所


  


■なんでレストランとDNAと関係があるのさ? と不思議に思うだろうが、ほんとはこれがメインの話。
上の写真の左と真ん中の2枚は、レストラン「エルルカンビス」のすぐ両脇に立ててあった看板を写したものだ。クリックで拡大。

実は1月5日の地方紙「伊豆毎日」に、右の写真のように意見広告が載っていた。
広告で初めてこの事実を知りびっくりしたのだが、どこに研究施設の建物があるかはわからなかった。
で、今回これらの看板を発見して、こんなところにあったのかと、もう1度びっくりした (*゜ロ゜)というわけだ。
おかみ仲間に聞いたところ、去年の夏頃に地元の反対があまり強いので研究所は閉鎖するとの回答を得たが、建物はいぜんとして残っているそうだ。

建物に行くには山道をさらに登っていくそうだが、ワインを4杯飲んでしまったので、見物は次回に残し、未練たらたら仲間の車に同乗させてもらって帰宅した。

うぃ〜っ(((\(@v@)/))) 昼間っから酔っ払うとロクなことがないね〜。
もう少し調べてから、また報告することにする。








 午後の紅葉in湯河原・万葉公園
2007年12月04日 (火) | 編集 |




■午後の紅茶じゃないよ(^^;
わざと午後の逆光の中で写す。
…って、仕事の合間に公園に行ったので
必然的に夕方近くになってしまっただけ(T.T)

右の白い筋は滝なのです。

急に寒くなったので、紅葉の赤・黄と緑のコントラストがきれい。





  





上の段 左:万葉公園の入り口付近  中:滝のところ  左;ほたる池
下の段 左:公園奥の足湯「独歩の湯」から山を望む  右:下から見上げたところ
クリックで拡大。









 台風9号小田原上陸 その2
2007年09月08日 (土) | 編集 |

■東日本に多大な被害を及ぼしながら北上していった台風9号。
自転車並みのゆっくりした速度で海上を進み、なんと湯河原のご近所の小田原に上陸! いやぁスゴイ大暴風雨だった。
左の写真は真鶴半島。鶴が羽を広げている形というのが由来。この角度だとスッポンが首をのばしているように見えるけどね(^^;;


■中央にこんもり茂ってるのが「御林」。
江戸徳川時代に小田原藩が15万本の松を植林したもので、今では「魚付き保安林」としてこの地域の漁業を支えている。
半島を抜けて左へ進むと湯河原や熱海に、右へずっと行けば小田原に至る。小田原をさらに右に進んでいけば東京に行き着く。


■さてなぜここで真鶴半島を出したかというと、台風9号が小田原に上陸するには当然ながら真鶴を通って(ついでに湯河原も巻き込みながら(^^ゞ)小田原→東京と進んでいったわけで、その時私の脳裏に、とある場面が浮かんだのだった。





■真鶴半島の先端に位置する「三ツ石」。
上の写真とは上下逆になっている。
普段は3つの巨岩が海中から頭を出しているので三ツ石と呼ばれる。別名・笠島。
左の写真は干潮時のもので、岬から三ツ石へ歩いて渡ることができる。うかうかしていると満潮になって戻れなくなるけれど(^^;;
初日の出のポイントとしても有名だ。






■で、唐突ながら諸星大二郎の『妖怪ハンター 地の巻』。
これは文庫本で、妖怪ハンター・シリーズの最初の巻に当たる。
収録作品は、「黒い探求者」「赤い唇」「生命の木」
海竜祭の夜」「ヒトニグサ」「闇の客人」「蟻地獄」
「闇の中の仮面の顔」「死人帰り」

諸星は74年に「生物都市」で第7回手塚賞を受賞。
手塚治虫も諸星の作品を高く評価していた。
私も早くから諸星に注目し作品を読んできた。
特に『孔子暗黒伝』『暗黒神話』は文句なしの大傑作だ。



■この「妖怪ハンター」は2度映画化されている。
1度目が沢田研二妖怪ハンターこと異端の考古学者・稗田礼二郎に扮した
塚本晋也監督による「ヒルコ 妖怪ハンター
2度目が、阿部寛が稗田に扮した小松隆志監督の「奇談」。
こちらは「生命の木」が原作になっている。


■ここで取り上げるのは、当然ながらジュリー版「妖怪ハンター」である(^◇^)/
映画「ヒルコ 妖怪ハンター」のクレジットには、「海竜祭の夜」が原作と記されているが、これは一部の造型を参考にしているのであって話自体は関係ない。
原作はむしろ「黒い探求者」をベースに、「赤い唇」のエキスもプラスして作られていると言ったほうが正しい。

ジュリー主演の映画のほうはまた別の機会に書くことにして、今回台風の件で私の頭に浮かんだのが「海竜祭の夜」の以下の場面だったのだ。
あ〜ここまで引っ張ってくるのが実に長かった〜(;^_^A










東京の大学で
私の講義をとっていた学生に
加美島出身の若者がいた
私が島を訪れたのは
平家伝説よりも
その島の風変わりな海竜祭に
興味をもったからだった




■海竜祭が執り行われるのは、旧暦の3月24日。
祭りの日には岬に立てた鳥居と鳥居の間に魚を1匹ずつ置き、
その夜は村人たちは明かりも消して家の中でじっとしているのが慣わしになっている。

この年の祭りも、海へ向かい「平家物語」を詠じることから始まった。
「迎えるというより、海竜を海に追い返すような祭りだな」と稗田はつぶやく。
ところがその晩地震が起こり、海竜を海に還す部分の鳥居が倒れてしまう。
稗田は悟った、海竜祭とは壇ノ浦で死んだ安徳天皇の鎮魂祭だということを。
そして、ついに海竜様が岬にやってきた…!



■古の人々は地震や台風などの天変地異を天(神)の怒りと考え、畏れ敬った。
この海竜祭での安徳天皇霊の来襲も地震による津波が真相だったのだが、もし私たちが古代人だったら、今回の台風9号も乱れきった政治や社会に対する神の鉄槌なのだと考えただろうか。


荒ぶる海の神が三ツ石に足をかけて、西湘バイパスをなぎ倒しながら小田原に上陸し、首都を目指して進んでいった…と。




■書いているうちに、台風の話なのかジュリー映画についてなのか、
はたまた諸星作品の解説なのかわからなくなってしまった。
あ〜頭が痛いσ(--#)








 台風9号小田原上陸
2007年09月07日 (金) | 編集 |

■大型台風による久々の首都圏直撃ということで、交通網の大混乱がきょうのお昼頃まで続いていた。
写真:台風9号による高波でえぐられた西湘バイパス=7日午後0時4分、神奈川県大磯町で(朝日新聞)

昨夜の暴風雨は猛烈で、まさにバケツをひっくり返したような激しい雨。おかげで露天風呂は水風呂に。祭り用の提灯は飛ぶし、ちぎれた木の葉や枝で玄関前も道路もびっしり。もう、どんだけ〜ってかんじ(^^;;
宿の前を流れる藤木川は箱根からの雨水で増水し、茶色い濁流となってゴーゴーと流れていく。
雷のようにゴロゴロ轟いているのは、濁流に押されて川底の大岩が動く音だ。


「これがホントのローリング・ストーンズ!」なんて、お腹の中でつぶやいたりする(ーдー)


■しかし、こんな日は誰も来ないだろうから早仕舞いできるぞ…との期待はもろくも破れ、大学生の団体もカップルさんらも予約どおり到着し、さらには時間が遅くなるにしたがって、帰りの足を奪われた人たちによる問い合わせが続いた。

10時を過ぎると新幹線をはじめ東海道線も小田原駅でストップしてしまい、小田原からわざわざタクシーでやってくる人たちも。小田原駅周辺のホテルは満杯になってしまったようだ。
小田原から湯河原までは各駅電車で20分、車なら30分くらい。

テレビでも、都内は飲食店はガラガラだがホテルは満室で、東京駅構内で夜を明かす人も多いと報じていた。(・0・。) ほほーっ、なるほどねえ。今夜は都心も田舎も同じなんだ、と妙に納得。


■で、なんと夜中にその小田原に台風が上陸したのだった!








 湯河原湯かけまつり
2006年05月27日 (土) | 編集 |


左:本日午前中に写す。あいにくの雨模様。
毎年恒例の「湯かけまつり」で使う温泉の湯を準備しているところ。
沿道にはこうしたポリバケツがたくさん並んでいる。橋の右手に流れるのは藤木川。







右:黄色いのは内外薬品の「ケロリン」マークの風呂オケ。これはけっこうプレミアもので、うちの大浴場にも置いてある。
消防団がタンク車で回ってきて、ホースでお湯(町営の温泉)をジャブジャブと注ぎ入れるのだ。 




湯かけまつりの由来(観光協会のチラシより転記)

当地の湯が万病に効くことから、徳川時代には樽詰めにして将軍家に献上しており、人々はこれを「湯道中」と呼んでおりました。その献湯神輿の出発の際、道中の安全を祈願してお湯をかけお祓いをする儀式を再現したのが、湯かけまつりです。現在ではお湯に感謝の意をこめて沿道でかけるようになりました。(観光協会さん、原文は「お祓い」が「お払い」になってますが)


…とかなんとか大仰な由来が書かれているが、この祭り自体はけっこう新しいものらしい。また神輿を担いだ連中に温泉をタダでふるまうよう各旅館に協力要請が来るのだが、ほとんどはタダ入浴が目当ての地元の連中だしマナーは最低だしで、うちは去年から協力しないことにした。
観光客が飛び入りで神輿を担いだりできれば協力もするが(オレンジマラソンのように)観光になんら寄与しないことを強要されても腹立たしいだけだ。おまけに主催者側からの「よろしくお願いします」という挨拶だって微塵もないのだ。加えて毎回の神輿の強制ご祝儀徴収にしろ、なんか未だに時代劇のヤクザっぽい習慣を彷彿させて(+。+)アチャーってかんじだね。


■…でもって雨降りなので、以下は2年前に湯河原に来たときに写した写真をUPする。



左:万葉公園に隣接する熊野神社(温泉の神様)に献湯台が設けられ、各旅館が自分のところの温泉を奉納する。








右:朱塗りの入れ物(お酒を入れる持ち手のついた小樽みたいなもの)に自慢の源泉を入れて。
うちはたいてい一番乗りで献湯する。ゆっくり運ぶ人手と時間がないからだけど(^^;;






■夜の7時半ごろ、不動滝から出発した山車や神輿がにぎやかにやってきて、あとは温泉のかけ合い。カメラも浴衣もびしょ濡れになる。







 

 湯河原ロハスフェア2006
2006年05月25日 (木) | 編集 |
         
     

  左:湯河原ロハスライブ   右:出展ブース(予定)

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