激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
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 ザ・タイガースのオリジナルメンバーがついに結集
2013年09月30日 (月) | 編集 |

久々にジュリーの記事があったので…(#^.^#)
ネックはトッポ(加橋かつみ)が折れて参加するかどうかだったが
これでオリジナルメンバーが本当に結集するというわけで、めでたいo(^▽^)o
それにしてもザ・タイガース人気が未だに衰えないというのはスゴイ。



   日刊ゲンダイ 9月30日
     http://gendai.net/articles/view/geino/144873

    “前期高齢者”になったザ・タイガース 44年ぶり復活と「和解」

     オリジナルメンバーが結集    <キーマンは瞳みのる>
  
 コンサート会場は年を忘れた中高年の黄色い声援が飛び交いそうだ。

 ザ・タイガースが44年ぶりに復活。12月3日の日本武道館を皮切りに、17日は京セラドーム大阪、27日は東京ドームと全8公演。9月28日からチケットの一般発売が始まったが、ドーム公演はすでに売り切れという、凄まじい人気ぶりだ。

「わたしたちGS世代にとってタイガースは象徴的な存在。待ちに待ってました。プラチナチケットになるのも仕方がありません。何といっても今回はオリジナルメンバーが結集。加橋かつみと瞳みのるが参加しているのがうれしい限りです」と、興奮気味に語るのは芸能リポーターの川内天子氏だ。

 1967年に結成されたザ・タイガースは、ボーカルの沢田研二(65)、ベースの岸部一徳(66)、ギターの森本太郎(66)、ドラムの瞳みのる(67)、ギター&ボーカルの加橋かつみ(65)の5人が初期メンバーだった。しかし、69年に加橋が脱退。代わりに岸部四郎が加入し、71年1月に解散。その後、オリジナルメンバーが集うことはなかった。

「キーマンは瞳みのるでした」というのはベテランの女性誌記者だ。
「解散後は芸能界から足を洗い、慶大に進学して慶応義塾高校の漢文の教師になった瞳は、ずっとメンバーと没交渉でした。ソロに転向した沢田との不仲説が取り沙汰されていましたが、08年に沢田が瞳に向けて『Long Good―by』という曲を発表。その後、長年のわだかまりが氷解し、一昨年の沢田のライブツアーに瞳が解散以来、初めて参加。そして今回の44年ぶりの再結成につながったのです」

 1960年代後半にグループサウンズに熱狂した世代は今、還暦前後の“アラ還”。ジュリーはステージで「65歳、前期高齢者です」と自身の年齢をネタにしているが、「ぜひ、この勢いのままNHK紅白に出てほしい」(前出の川内氏)という声が高まるのも当然だろう。

 海外では元ビートルズのポール・マッカートニー(71)もワールドツアーで11月に来日するなど意気軒高。まだ60代のザ・タイガース、お楽しみはこれからだ。





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 ジュリーの脱原発ソングを東スポが報じる
2012年04月12日 (木) | 編集 |

  

写真は2つとも東スポより
年齢を重ねるごとにダイナミックでパワフルになっていくジュリー。
さすがだワ
 


  東京スポーツ 4月11日
    http://www.tokyo-sports.co.jp/writer.php?itemid=19269  

      沢田研二が「バイバイ原発」と熱唱 経産省前テント訪問へ

 人気歌手の沢田研二が脱原発ソングを高らかに歌っている。

 これまで「脱原発」を表明したメジャーどころは、坂本龍一率いるYMO、スチャダラパーの2グループ。2011年6月の野外フェス「ワールドハピネス」で脱原発を訴えた。YMOは「NO NUKES」Tシャツを着て脱原発の旗を振った。
 斉藤和義は福島の原発事故後、自身のヒット曲「ずっと好きだった」の歌詞をかえて「ずっとウソだった」を「YOU TUBE」にゲリラ的にアップ。東電を「クソ」とぶった切った。

 そしてジュリーは新曲「F.A.P.P」で「バイバイ原発~」と艶やかな声で歌い「収束していない福島」などとやり「国は何を守るの」と政府を糾弾→http://www.youtube.com/watch?v=SLvGSkYQGso

 メジャー歌手が正面きって脱原発を訴えるのは、日本ではかなり勇気がいる。俳優の山本太郎のようにキー局の仕事を干されてしまうこともある。

 というのも「テレビのスポンサーである東電、東芝、日立、三菱重工、ゼネコンの鹿島などの大手企業が原発にたずさわり〝にらみ〟をきかせているから、局としても番組に下手なキャスティングができない」(情報番組スタッフ)らしい。

 そうしたなか、ジュリーは近々、脱原発を訴え経産省前でテントを張る人たちを応援するため同所を訪れる予定だというから、その「本気度」がわかる。

 音楽関係者から聞いたことがある。
ジュリーは納得のいくまで徹底的に曲作りをし、ストイックなまでにリハーサルを繰り返す完璧主義者。
きっと東電や国のあまりのいい加減な対応、政策に憤慨し「運動」に参加するのだろう。

 斉藤和義がかつて次のようなことを語っていた。~他の歌手たちが脱原発を訴え、後に続くかと思ったが、それがなくて悲しかった~と。

 今回、大物の沢田が続いたことでさらに「脱原発」の輪は広がりそうだ。.







 あの日から1年 沢田研二:「震災」「脱原発」への思い
2012年03月11日 (日) | 編集 |

■どんなに苦しく悲しい出来事に遭遇して、心の中では時が止まってしまって
いても、現実の時間は変わらずに流れ続け、ついにあの日から1年を迎えた。
地震発生時刻の午後2時46分、ここ湯河原でも鎮魂のサイレンが流れた。

■その後しばらく経って、バリバリという轟音が頭上から聞こえたので、急いで窓を
開けると、低空を大きな軍用ヘリが飛んでいくのが見えた。
1機2機…、ぜんぶで4機だ。
思わず、チリの政変を描いた映画『ミッシング』を思い浮かべてしまった。
大災害のあとには戒厳令だとか言論弾圧が起きやすく、この後日本社会を覆うかも
しれない暗雲に強い不安を覚える。

■しかしながら一方では、大震災と原発事故を契機に大勢の勇気ある人々が立ち上がった。
歌手のジュリーこと沢田研二もその一人だ。








■3月8日の毎日新聞に、上記の特集が掲載されていた。
  http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20120308ddm013040212000c.html

以下、内容をかいつまんでご紹介すると――


コンサート会場のロビーでは「さようなら原発1000万人署名」が行われていた。
ジュリーのイメージが変わっていく…。

コンサート後に上演予定の音楽劇の稽古場で、ジュリーは淡々と語った。
僕は積極的にやるたちではないので、声高にお願いするのではなく、賛同する人は署名
すればいいし、またしなくてもいい…と。

また11日発売のCD「3月8日の雲」は4曲すべて東日本大震災がテーマになっている。
すべてジュリーの作詞だ。しかも「がんばろう」も「絆」も出てこない。






1.3月8日の雲(作詞:沢田研二 作曲:泰輝)
2.恨まないよ(作詞:沢田研二 作曲:GRACE)
3.F.A.P.P(作詞:沢田研二 作曲:柴山和彦)
4.カガヤケイノチ(作詞:沢田研二 作曲:下山淳)




08年の東京ドームでのコンサートでは、憲法9条を守ろうとの思いをこめた
「我が窮状」も発表した。
そして去年の3月8日、空の雲を写真に撮った。3日後に大震災が襲うとは
夢にも思わずに。そう、誰もが同じ思いだったはずだ。

「テレビや新聞には、元気で、前向きな被災者の方々が出てくるでしょう。けなげだし
立派だけれど、一人になったら泣いているんじゃないかな、と思う。立ち直っていない
人の方がきっと多い。でも立ち直れないまま、自分のやるべきことを黙々とやっている、
そういう人も多いでしょう。だって、昔から人間はそうやって生きてきたから」

「9条も含めて、売れている頃は、そういうことは考えないようにしていました。
考えて何かしようとしても、きっと周囲が止めると分かっていたから。でも、こんな
年齢になったから、ちゃんと言っていかないと恥ずかしいよね。集会やデモの先頭に
立って、ではないけど。だって自分に無理のない方法でやらないとしんどいでしょう。
だから山本太郎くんと仕事がしたい。脱原発を主張していてつらいと思うから」


■年齢を重ねるたびに、ますます魅力的になっていくジュリー。
肩肘はらずに淡々と生きていくその姿勢に私も学びながら、自分に無理のない方法で
社会の不正や矛盾と対峙していきたい。








 Viva!還暦ジュリー! 東京ドームで熱唱80曲!
2008年12月04日 (木) | 編集 |


         



         





■上の写真は全部サンスポより。
ついにジュリーが偉業を達成 まったくたいしたもんだヽ(*゜O゜)ノ
この熱気、このパワー、この体力が今の日本に必要なんだ

以下、ちょっと長いけど日刊スポーツの記事を転載する。


  日刊スポーツ 12月4日  
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/entertainment/news/CK2008120402000163.html

        還暦ジュリー 鉄人6時間半ライブ

 歌手の沢田研二(60)が3日、東京ドームで「人間60年 ジュリー祭り」と題した還暦記念コンサートを開催した。11月29日の京セラドーム大阪に続く自身初のドーム公演で、幅50メートルのステージを駆け回りながら全80曲を約6時間半にわたって熱唱し、東京ドームで行われた単独コンサートとしては史上最長記録を更新した。妻で女優の田中裕子(53)や、ザ・タイガース時代の同僚・岸部一徳(61)、森本太郎(60)も見守る中、最後まで元気に歌いまくったジュリーの姿に、幅広い層にわたって詰めかけた約3万2000人のファンが酔いしれた。

 ジュリーが泣いた-。1967年にザ・タイガースとしてデビューしてから41年。3万2000人ものファンを集めたのは、自身初だった。

 「僕は夢を見る男ではありません。でも、みんなに夢の中に連れて行ってもらいました。60にもなって、3万人(以上)もの人の前に立って歌えることは、本当にうれしさの極みです。また明日からはしっかりと日常を暮らして、1日でも長く歌っていきたいと思います」

 まさに鉄人だ。デビュー以来約40年間、欠かすことなく新作アルバムのリリースと全国ツアーを開催してきた沢田は、還暦イヤーのラストを飾る大舞台のために、大好きな酒を断ち、人知れず今回の公演に備えてきた。 名物の長いトークは封印し、30分の休憩以外はほぼノンストップで歌いっぱなし。「ありがとう、サンキュー、ありがとね!!」。楽曲の終わりごとに必ず客席に向かって投げかけるお決まりのセリフは80回に及んだ。

 オープニングは、インディアン風の白い羽飾りをまとって花道に登場。ソロデビュー曲「君をのせて」や「コバルトの季節の中で」などの代表曲をはじめ、「君だけに愛を」「シーサイド・バウンド」などタイガース時代の名曲も9曲披露した。

 第2部では、「TOKIO」や「勝手にしやがれ」などのヒット曲を連発し、お祭りモードに突入。学生を中心とした混声コーラス隊1000人と、総立ちとなったファン全員で「あなたに今夜はワインをふりかけ」を大合唱すると会場のボルテージは最高潮に。最後は全員参加の一本締めで、“還暦大感謝祭”を締めくくった。

 このライブの模様は、NHK総合で27日午後10時放送のダイジェスト版(45分)のほか、28日は同局のBSハイビジョンで午後10時30分から約1時間半の番組として放送される。






 VIVA沢田研二! 『SONGS』で愛と9条と永遠の友情を歌う
2008年09月25日 (木) | 編集 |

■今年の6月に60歳の還暦を迎えたジュリーこと沢田研二。
NHKの『SONGS』で2週にわたり、久々の美中年ぶりと変わらぬ美声を披露した。





Part1   9月17日 SONGS 第60回







番組の解説より
今年還暦を迎え、11月の京セラドーム大阪・12月の東京ドーム公演に向けたツアー真っ最中の沢田研二さんを、2週にわたって特集します。テレビの音楽番組には、2001年以来、実に7年ぶりの登場です。
part1では、5月に発表したニューアルバムの楽曲とヒット曲のナンバーを織り交ぜ、今の沢田研二の“ロック”を表現します。


曲目
■ROCK'N ROLL MARCH
■我が窮状
■君をのせて
■勝手にしやがれ
■神々たちよ護れ





   

にこやかにインタビューに答えるジュリー。
60歳で金髪って、いかにもジュリーらしい
右は若いころ。






   

東京混声合唱団をバックに「我が窮状」を歌う。
穏やかに、しかしきっぱりと9条を救おうという
平和のメッセージを歌詞にこめて。






   

いくつになってもロックンローラー・ジュリー
激しく動き回りながら、息を乱さず歌い上げる。
曲は「神々たちよ護れ 」。











Part2   9月24日 SONGS 第61回







番組の解説より
今年還暦を迎え、11月の京セラドーム大阪・12月の東京ドーム公演に向けたツアー真っ最中の沢田研二さんを、2週にわたって特集する2回目。
今回はゲストに、元ザ・タイガースのサリーこと岸部一徳さんとタローこと森本太郎さん、そしてソロになってからの沢田さんを長年プロデュースしていた加瀬邦彦さんを迎え、ザ・タイガース時代から今日まで、人と人のつながりを大切に音楽と向き合ってきた沢田研二さんの、歌と思いにスポットを当ててお送りします。


曲目
■時の過ぎゆくままに
■危険なふたり
■海にむけて
■君だけに愛を
■Long Good-by





   

左から「時の過ぎゆくままに」、 「危険なふたり 」
そして加瀬邦彦の曲にジュリーが歌詞をつけた新曲「海にむけて」を歌う。
右から2番目が加瀬。まさにゴールデン・コンビだ。







   

ザ・タイガースのメンバーだった旧友たち。
左の写真:左が森本太郎(タロー)、真ん中が岸部一徳(サリー)。
右:収録スタジオにて。






   

ザ・タイガースのドラムスだった瞳みのる(ピー)へのメッセージを
ジュリーとサリーが歌詞にしたためた。
1番2番の歌詞はサリーが、そして3番はジュリーが書いた。
右:ザ・タイガースの5人。
左からタロー、トッポ(加橋かつみ)、ピー、ジュリー、サリー。
グループ解散後、ピーはメンバーと離れ教師になった。
その後再び全員が集まることは未だない。






   

ピーへの変わらぬ友情を呼びかける「Long Good-by」。
歌詞:岸部一徳、沢田研二  作曲:森本太郎
ジュリーの温かくやさしい笑顔のアップで番組は終わる。






■2週間分録画しておいて、本日ようやく番組を観た
NHKは画面の端にアナログ表示を出すようになった。哀しいなあ。
ま、地デジには反対なので、ギリギリまでアナログテレビでがんばるぞ。
一般家庭と違って、30台くらい買い換えなくちゃならないので頭が痛いワ。

などとぼやきながらも(^^;;
ジュリー、ほんとに素敵だったよ
若いころはちょっと神経質っぽく見えてどーも、ってかんじだったけど
年齢を経るごとに人間としての円熟味が増して、よりいっそうチャーミングになった。

昔はリアルタイムでタイガースやテンプターズなどのグループサウンズが出演する
テレビ番組を観ていたし、ソロになったジュリーも、毎週歌番組で眺めていたものだった。
とはいえジュリーの原点は、やっぱりタイガースだと思う。
トッポの脱退、シロー(岸部四郎)の参加、そしてピーとの別れといろいろあって
だけど30余年を経て、そうした確執やわだかまりも氷が溶けるようになくなってゆき
永遠に変わらぬ熱い友情とやさしい思いやりへと昇華した。
ジュリーの最後の笑顔がそれを物語っている。


■ジュリーの歌う名曲はたくさんあって覚えきれないほどだが
私が特に好きなベスト5は、タイガースの時とソロの時代を合わせて…

時の過ぎゆくままに
ロンリー・ウルフ
君をのせて
十年ロマンス (作詞:阿久悠 作曲:沢田研二)
青い鳥 (作詞・作曲:森本太郎)


  



 沢田研二、還暦に9条を歌う
2008年09月13日 (土) | 編集 |





■60歳の還暦を迎えて、ますます元気なジュリー(沢田研二)。
つい数日前、テレビで12月3日に開催される東京ドームコンサートのCMが流れ
ちょっとびっくり&感激
還暦の赤いちゃんちゃんこならぬ、赤いインディアンルックで熱唱するジュリー。

ライブコンサートの最年長記録は小田和正の61歳に抜かれてしまったけど
ジュリーなら、あと10年は現役でできるかも



■で、今朝の朝日新聞「ひと」欄に、なんとジュリーのインタビュー記事が!

タイトルは「還暦に憲法への思いを歌う」。

   麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが
   忌まわしい時代に 遡るのは賢明じゃない
   英霊の涙に変えて 授かった宝だ
   この窮状 救うために 声なき声よ集え

 変わらぬ艶のある声。バラード風の歌は自身の作詞だ。毎年ライブツアーを重ね、新作アルバムを出す。還暦を迎えた今年のアルバムの9番目はこの歌だ。題は「我が窮状」。
 耳で聞けば、この「キュウジョウ救うために」となる。
 まぎれもない憲法9条賛歌だ。(中略)

 平和への関心は昔から強い。ある時、バンド仲間と戦争の話になり、一人が喧嘩にたとえて言った。「攻められたら、守るだろう」
 いや、一対一の喧嘩と、国と国の戦争は違う。そう思い至ったときに「少しプチッとはじけた」。(中略)

 大声で呼びかける柄じゃない、と笑う。歌はソフトに終わる。

    この窮状、救えるのは静かに通る言葉
    我が窮状 守りきりたい 許し合い 信じよう
 


 














 ジュリー60回目のバースディ and クマノミ・ベビー
2008年06月25日 (水) | 編集 |




きょうはジュリー(沢田研二)の還暦バースディ

12月には東京ドームでコンサート。
60歳以上の日本人が東京ドームでコンサートを開くのは
ジュリーが初めてなんだって~\(^-^)/
いつまでもパワフルでカッコいいジュリーでいてね。













で、そんなナイスな日に半日休みを取って
またまた静岡県の三保半島にある
「東海大学海洋科学博物館」に行ってきた。




   

左:カクレクマノミの赤ちゃんの水槽。何匹いるかわかる?

中:ツバメウオの幼魚。子ども時代は尾びれや背びれ、腹びれが長く
まるでツバメみたいな形をしているのが特徴。
動きが素早いのでうまく写せない(T.T)

右:水族館の魚たちのエサ。展示水槽の裏側も見学できた。





   

左:顕微鏡で観た星砂
星の砂の正体は、バキロジプシナという有孔虫の殻。
炭酸カルシウムでできている。有孔虫はアメーバに近い原始的な生物だ。

中:天女の羽衣伝説で有名な三保の松原
羽衣の松は樹齢が古く、現在ちょっと元気がない。
立ち入れないよう柵で囲ってある。
松によじ登ったりする悪い観光客がいるんだね。

右:三保海岸。砂は黒く重い。大小の石がたくさん落ちていた。






 おコメとジュリー
2007年10月24日 (水) | 編集 |


おコメ
ジュリー
何、このタイトル?
って思うでしょ。

20日のNHK
「日本の、これから
どうしますか? 私たちの主食」を
観ていたら――。








日本人はいつからおコメのご飯を
食べなくなったか…
といったナレーションと共に
過去の映像と音楽が流れ――。

昭和37年には
日本人は1日平均5杯のご飯を
食べていた。
(BGMは「いつでも夢を」)







で…
昭和52年のシーンで
ジュリーの
「勝手にしやがれ」が
突然流れてきた!
この年には日本人の米食は
3杯半まで下がったという。


ジュリー、
日本の農業の衰退は
あんたのせいなのかっ(?_?)







ジュリー:
「ばーか!
勝手にほざきやがれ。
ぼくは生粋のおコメ党だよ。
いつもご飯は
残さず食べてるのさ。
だからお肌つやつや
美声のままの健康体だよ」

こりゃまた失礼しましたっ。
皆さん、おコメを
もっと食べましょう!







■ジュリーのレア情報

NHK教育テレビの「イタリア語講座」のテーマ曲が、イタリア語の「TOKIO」だった。
この歌ってイタリア語がよく似合うんだ~と、思わず感心してしまった。








 メイクアップ・ジュリー! うふふ
2007年10月22日 (月) | 編集 |





鏡の前でメイクするジュリー
アニメーションにしてみましたぁ(^^;;

端麗な姿を愛でてください。








 …そして10月
2007年10月01日 (月) | 編集 |





空が降下してくる
厚い幕のむこうに無数の星の気配がする

大きな法則が
泣いているのを僕は聞く
月は誹謗され
雲も話さない

空とそして土の匂い
われわれのすべての匂いだ
しかしわれわれは
果たして自分の立場を知っているのだろうか

空が醜くなってくる
樹や蛙は誰かを憎んでいるらしい

神々が人間に疲労して
機械に代わりをさせているのを僕は聞く

時間はガラスの破片だ
そして
空間はもう失われた

今夜 僕は暗い翼をもつ
すべての本質的な問題について知るために




谷川俊太郎「暗い翼」
『二十億光年の孤独』より 








素肌のジュリーを飾ってみたい。
だけど飾るのは絹の服でも宝石でもなく
想いを紡ぐ詩、あるいは歌詞で。

そこで私は、阿久悠の歌詞ではなく、谷川俊太郎の詩を置いてみる。

谷川の名を知ったのは、彼が国産初のテレビアニメ「鉄腕アトム」の作詞をしたときだった。
詩人という存在を知ったのも、彼を通してだった。
そして子供心にひそかに彼にあこがれた。
たぶん感性の幾分かが似ていたせいかもしれない。

数年前にその詩人と逢った
古風で静謐な彼の家で。
詩人という才能についてたずねると
「才能というのは生まれつきのもの」
そう、さらりとかわされた。
大胆にも彼の作品をパロったものを差し出すと
いやな顔ひとつせずに
「これは面白いね」と笑ってくれた。

詩人が若い頃に書いた詩集『二十億年の孤独』。
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を髣髴させるが、と問えば
「時間のスケールだけはマルケスよりも大きいですし」とお茶目に答える。

理知的でドライで、抑制の効いた詩が好きだ。
クールでクリスタルのような涼やかな輝きを持った言葉が好きだ。
それなのに、狂おしい情熱を秘めたドラマティックな展開が好きだ。

そんな詩で
そんな言葉で織り上げた世界で
素肌のジュリーを飾ってみたい。
















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