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激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 父の命日
2019年11月06日 (水) | 編集 |

 きょうは父の一周忌と母の誕生日(母はその8ヵ月前の3月7日に亡くなった)。
生まれてから死ぬまで運命の赤い糸で結ばれていた二人は、あの世でもきっと仲睦まじく過ごしてるのだろう。仕事柄なかなか帰れない不肖の娘にかわって、ちゃんと孫がお墓詣りをすましてくれていたので、二人とも満足してくれているのに違いない…などと勝手に解釈
それにお供えの花の種類も父と母と違えていて、仕事が細かいね。さすがだわ。
娘は出来が悪いけど孫たちは優秀で…という父母の会話が聞こえてきそうな、二人まとめての一周忌であった










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 ハロウィン・ナイト
2019年10月31日 (木) | 編集 |





 なんだかんだ言ううちに、またハロウィンの夜になってしまった。
そしてハロウィンにふさわしいような、忌まわしい出来事や事件が頻繁に起きて
気分も盛り下がってばかりだ。
台風による度重なる大災害、首里城の火事、オリンピック招致の不手際、政治家の
不祥事などなど。日本が音を立てて壊れていくかのようだ。


 私自身は暑さが来る前から庭のジャングル化した植木を切ったり、客室の
襖を張り替えたりと職人もどきの日々を送ってきた。
加えて家猫13匹と外猫10匹近く+二ホンアナグマたちの世話に追われる毎日。
ただ、新しく立ち上げた仕事用のHPとブログのフォーマットもようやく固まったので、
ようやく一息。
そろそろ自分用のこのブログの方も書き始めなくちゃと思った次第だ。
やはり自由にグダグダ書き綴るのが一番。ストレスも解消できるし(o‘∀‘o)*:◦♪

ということで、11月はちょっと頑張って書いてみることにしよう。






 孤高に生きる
2019年10月01日 (火) | 編集 |







 3.11以来、日本はまるでパンドラの箱を開けたように、さまざまな災いが
一気に噴き出して、国の内外を暗く染めていった。
それはインフラと安全の脆弱性であり、政治の混乱と退行であり、他者への
無関心であり、メディアの偏向であり、経済の不公正と正義の消失であった。


 そんな地上に生きることの悲しみと苦しみ、そして怒りを日々強く噛みしめ
ながら、きょうも歩まなければならない。ひとり、孤独をまといながら。






 懐かしい本たちを思い出す
2019年06月07日 (金) | 編集 |

 人生の終盤に近づくと、いろいろなものを懐かしく思い出すものだ。
と、マンガの『ブラックジャック』の最終話(正確にはその後も数編の作品が描かれた)も
こんなコンセプトで始まったっけ。
なにもBJを持ち出さなくとも、無性に過去の記憶を確かめたくなることがある。

 そのうちのひとつが、小学校の図書館で借りて読んだ数々の本たちの記憶である。
その中でずっと気にかかったままで探し出せなかった本のタイトルの記憶が、ふとした
きっかけで蘇った。それが旧ソ連の作家ワレンチン・カターエフの作品『連隊の子』である。
タルコフスキー監督の名画『僕の村は戦場だった』の内容とよく似ているので、長いこと
『戦場の子』と間違ったタイトルが頭に残っていたのだ。探し出せなかったはずだ。






『連隊の子』と猫のスズメ



 第二次大戦の独ソ戦で両親を失った12歳の少年ワーニャは2年間も森にかくれて
さまよい続け、アナキーエフ大尉が率いる砲兵隊(第三白ロシア戦線軍)に助けられる。
賢く勇敢なワーニャはたちまち兵士たちの人気者になり、少年兵として伝令や砲手で
活躍する。しかし戦闘は次第に激しくなり、父親のようにワーニャを鍛えいつくしんできた
アナキーエフ大尉も戦死する。
死んだ大尉の手や指が白くなり、爪も青ざめていった…という描写が私の心に強く刻み
つけられた。なきじゃくるワーニャに、大尉の部下のビデンコは「これが戦争さ」とつぶやく
のだ。
そしてワーニャは大尉の遺言で、立派な将校になるために軍の学校へ入ることになる。


 幼いころに読んだ本やマンガの記憶は決して消えることはない。
無意識のうちに自らの言動に作用するものだ。ワーニャの姿は、少女期の私の理想の
少年像になった。それはやがて『サイボーグ009』の島村ジョーや『カムイ外伝』の
カムイへと繋がっていく。

人間以外でも、実家の庭に現れた黒猫のプーチンが木に登ったときには、戦場での斥候
で木に登ったワーニャの姿をふと重ね合わせたり、野良猫のラッキーやクロエの体を
洗った際にお湯が真っ黒に汚れたのを見て、砲兵隊の兵士たちがワーニャをお風呂に
入れてごしごし体をこすり、5回目でようやくお湯が透明になったシーンを思い出したり…
ただ今回本を読みなおして、映画の『僕の村…』とは違って悲劇的な結末でないことを
思い出して安堵した次第である。


 以前にも子供の頃に強い印象を受けた本を探し回ったことがある。
エレナ・ポーター(米国)の『金髪のマーガレット』だ。
ポーターの他の作品では『少女パレアナ(ポリアンナ)』が有名だ。

あとはアレクシス・キヴィ(フィンランド)の『七人兄弟』。
ウォルター・デ・ラ・メア(英国)の『ムルガーのはるかな旅』。
当時は『サル王子の冒険』というタイトルだった。

ともあれ、久々にワーニャと出会え、時空の楽しい旅をしたようなほっこりした気分に
包まれたのだった。






 湯河原温泉 湯かけまつり
2019年05月25日 (土) | 編集 |

 猫のクロエを看取って、なんだかドッと疲れてしまった。
思えば黒猫ラッキーの介護が5年、マダラが3年、クロエが1年と
われながらよく頑張った

で、本日はトランプ大統領が来日したり千葉県で地震があったりと
大きな出来事があったのだが、ここ湯河原でも毎年恒例の「湯かけまつり」
が開催された。
疲れたので今夜はパスしようと思ったが、ちょっとだけ見るつもりで
しっかりお湯をかけられてしまった






温泉が入った桶が並んでいる。
道の反対側でスタンバイする放水車。






花車登場。






後ろの神輿への湯かけスタート。
放水車もが放水している。
近くのホテルの照明の関係で
周辺が不気味な緑色に染まっている






逃げ惑う人々。






路地に走り込んだが、桶ごとお湯をかけられて
服がびしょびしょになった。
スマホでも同時に動画を撮っていたため
つい油断したのだ

部屋に戻ったら、まつりの大音響に
驚いた猫たちが走り回っていた。









 元素周期律発見から150年
2019年05月19日 (日) | 編集 |

 今年2019年は、ロシアの化学者メンデレーエフが元素の
周期律を発見してから150年にあたる。
2016年に日本の理研チームが「ニホニウム」を発見して現在は
118元素になった。
というわけで、東京新聞サンデー版では以下の元素周期表を掲載。
私もトイレに周期表が載った本を置いておいたのだが 猫が
いたずらしてかじるので、どこかへ片したまま行方不明になってしまった。








 同じ東京新聞の関連記事。

    東京新聞 5月19日

         スイ、へー、リー、ベ…ニホニウムに続く道 埼玉・和光 

 日本で発見された初めての元素ニホニウムを記念した「ニホニウム通り」が埼玉県和光市に完成した。東武和光市駅前から、同元素を発見した理化学研究所までの約1.1キロで、歩道には、さまざまな元素の名前と元素記号を刻んだ金属板が埋め込まれている。

 科学に親しむ場をつくろうと和光市が2016年度から整備してきた。金属板は約30センチ四方で、原子番号1の水素から順に数メートル間隔で埋められている。113番のニホニウムは、ちょうど理研の入り口前にある。

 今年は、元素を規則的に並べた周期表がつくられて150年にあたる国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際周期表年。和光市道路安全課では「ちょうどうまいタイミングで完成した」としている。







ニホニウム通りに埋められた元素(酸素)の銘板





理化学研究所の入り口前に埋められたニホニウムの金属板
=埼玉県和光市で(永井理撮影)







 おかみの会で「ひつまぶし」を食す
2019年05月15日 (水) | 編集 |

 久々におかみの会の昼食会に参加。
場所は、最近リニューアルオープンした老舗高級旅館「富士屋旅館」さんの
「瓢六亭(ひょうろくてい)」。関西式の地焼き鰻料理がメインだ。






歩道に面した看板。
営業時間は、11時半~15時半 17時半~22時(夜は予約制)。






お店の正面玄関。
旅館とは別に入店できる。
店外の庭にもテーブルがあり、ペット連れで食事ができる。





お店に入ったとたん、鰻を焼く煙が勢いよく舞ってきた。
さて、本日は全員そろって「鰻ひつまぶしごはん」。
ひつまぶしを食べるのは初めてだ。
初めてこの名前を見たとき、「ひまつぶし」と読み違えてしまった。
そのときは、逆におしゃれなネーミングだなと思ったけど…ね
東京近郊は、鰻といえば、うな重かうな丼だし。





どーやって食べるのかわかりましぇ~ん。
テレビで以前見たことはあるけど、はっきり覚えてないし。
隣席の若いおかみのネット検索により、
1膳目はそのまま(山椒をかけて)
2膳目はお好みの薬味をのせて。





3膳目は出汁をかけてうな茶漬けで。





デザートは地元湯河原のゴールデンオレンジのムース
リンゴのコンポートとイチゴのせ。
ごちそうさまでした






 箱根大涌谷とジオミュージアム
2019年05月14日 (火) | 編集 |

 休みの一日は必ず雨が降ったりして悪天候になるのがお決まり。
というわけで、朝からかなりの雨量でがっかり。
おまけに、行く予定だった小田原の「生命の星地球博物館」も休館日でがっかり。
仕方なく予定を変更して、箱根の大涌谷の様子を見に行った。






大涌谷といえば黒たまご。
1個食べると寿命が7年延びるそうなので
これまで食べたのを合算すると100年は延びたかも






黄身の周囲も、うっすらと黒い。
少し硫黄のにおいと味がして
独特のおいしさがある。






現在の噴煙の様子。まだ大量に噴気が出ている。
硫黄で黄色く染まったあたりに、噴気で温泉を作る施設がある。
雨に加えて、傘もさせないくらいの強風でまいった。






ずいぶんと久しぶりにジオミュージアムへ。
大涌谷が噴火してから長い間封鎖になっていた。







箱根では、この大涌谷の噴気(蒸気)に水をくぐらせて
人工的に温泉を作っているのだ。






その模型。






噴火前後の記録。
噴火する前に、途中の森林のあちこちから噴煙が上がっていたので
温泉地学研究所の研究員に問いただしたところ、一般の人は
噴煙に驚くけれど、火山はそんなもので心配するには及ばないと
言われた。ところがすぐあとに噴火したわけで
んも~まったくプンプン、ってかんじだった ( ,,`・ω・´)






これまでの経過が丁寧に観察されている。










いま注目されている立体模型。






伊豆半島の合体実験。
最近は、太平洋の島々がプレートに乗って移動合体して
伊豆半島ができたことが広く知られるようになってきた。






左下のひび割れは、パン皮状火山弾。
その奥のラグビーボールが紡錘状火山弾。
その隣がリボン状火山弾。
手前3つの小さいのは、左からスコリア、軽石、火山灰。

他の展示物も充実しているし、映像も迫力があって面白い。
入館料は100円なので、おすすめのミュージアムだ。






お昼は、仙石原の「蔵一」で喜多方ラーメン。790円。
やさしくて懐かしい味に、スープも全部飲みほした。
メンマも薄切りでなく直方体なので、歯ごたえ十分で美味。
大変おいしゅうございました






客席から見える庭の置物がかわいい。
小さくてわかりづらいが、左のカエルの背中に子ガエルたちが
右の小僧さんの左肩には子ネズミが乗っている。








 日本列島の一生
2019年05月09日 (木) | 編集 |

 過去の当ブログでも何回か書いたが、私が地球科学で最も興味があるのが
生物の大量絶滅と大陸移動に関するできごとだ。
大陸移動については、コンビニで買った 『図解 地学の話』の文章が面白い
ので、以下に紹介する。
図がちょっとわかりにくいのが難点だが…。


「日本列島はどのようにしてできたのか?」

 日本列島の起源は約7億年前にさかのぼる一方で、残念ながらいまから約2億5000万年後に日本列島は消滅する予定なのです。ですから、しめて約9億年の歴史を残すことになります。









これは、日本の起源を描いた図。
7億年前が起源といっても、正確には7億年前に超大陸ロディニアが
分裂したときは南中国地塊の端にくっついた状態で、その後の地殻変動を
経て超大陸パンゲアの東端に位置し、ようやく2000万年前に中国から
分かれて日本列島になった。









ところが今から5000万年後には、北上を続ける
オーストラリアが日本に衝突(右上の図)。
さらには2億5000万年後には、北米大陸も
再びユーラシアに衝突し、超大陸アメイジアが誕生する。




 思えば意外と短い日本列島の一生で、あとどのくらい日本人はこの列島で
暮らせるのかと考えると暗澹たる気分になってくる。
日本はいずれ大陸と大陸に押しつぶされて、ヒマラヤ山脈みたいになるのだろうか?
〇〇固有の領土なんて言葉は、合体・分裂を繰り返す地球にとって意味をなさないのだ。







参照:放送大学大学院「地球史を読み解く」より
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 連休が終わって…
2019年05月08日 (水) | 編集 |







 長かった10連休が終わり、ようやくホッと一息。
ほんとにず~~っと働きづめで、途中で一度寝不足のため体調悪化。
疲れがたまって眠りたいのに、明け方に猫のハナ(15歳)が、な、なんと
近くの床の上に臭~いうん💩をしたので、よろよろしながら片づけた後に
眠れなくなってしまったのだ。
年寄り猫の認知症には、まったくまいってしまう


 連休の陰で働きづめの人もあれば、仕事がなくなり日々の糧を欠いた
人もいて、国民はいまや多種多様な暮らしや生き方をしていることを為政者は
常に心に留め置いてほしい。