激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
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 激動の2017年の幕開きです
2017年01月01日 (日) | 編集 |








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 メリークリスマス!
2016年12月25日 (日) | 編集 |











 蜷川群集劇「1万人のゴールド・シアター」が埼玉で開演
2016年12月08日 (木) | 編集 |

 前々から話題になっていた大迫力の群集劇が、さいたまアリーナで開催され、
なんと私の親友ヘキサどの(まくず改め)も、この中の一人として出演したのだ。
私もその昔、イェイツの戯曲をアレンジしたシナリオを書いたことがあったが
劇はたしかに面白いよね。私自身は、演じるより演出の方が好きだけど。






12月8日の東京新聞より。



 埼玉新聞 12月8日
http://www.saitama-np.co.jp/news/2016/12/08/05.html

1万人のゴールド・シアター、シニアが熱演 
蜷川さん群集劇に大拍手


 5月に亡くなった世界的演出家の蜷川幸雄さん(享年80歳)=川口市出身=が企画し、一般公募の高齢者が出演する群集劇「1万人のゴールド・シアター2016『金色交響曲~わたしのゆめ、きみのゆめ』」が7日、さいたまスーパーアリーナで開かれた。60歳以上の約1600人が出演する迫力の大群集劇に、約8千人の観客から大きな拍手が送られた。

 県と県芸術文化振興財団の主催で、2020年の東京五輪に向けて隔年で開催し、同年には1万人規模の出演を目指す壮大なプロジェクト。「高齢者にもっと外に出て輝いてほしい」と蜷川さんが発案。亡くなった蜷川さんの遺志を継いでノゾエ征爾さん(41)が演出・脚本を手掛けた。

 劇のテーマは「老人の夢」。巨大高齢者施設のシーンで幕開けした。アリーナ中央に設置された広さ約4千平方メートルの長方形の舞台。「海外旅行に行きたい」「若く楽しく過ごしたい」と一人一人が夢を語り、シェークスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を下敷きにして物語は展開。数百人のジュリエット役は白い衣装、ロミオ役は黒い衣装に身を包み、時には笑いを交えながら約2時間にわたり、熱演を繰り広げた。

 公演後、ステージで出演者の解散式が行われた。式の最後に「蜷川さん、ありがとうございました」と全員が天を仰ぎ、長い拍手を送っていた。







 ポケモンGOも地方格差?
2016年11月10日 (木) | 編集 |

 スマホゲームの「ポケモンGO」が日本に上陸してから、レアものを求めて
一定の場所に多くの人が殺到したり、マナー違反で死傷者が出たりと大きな
社会現象になった。
単純なゲームで好きな時間や場所で遊べるとあって、今では中高年世代中心
の暇つぶしゲームとして人気を博しているが、それでもポケストップやジムの
数は圧倒的に都会や、地方都市なら駅中心に偏っていて、先月伊豆半島に
行く機会があったのだが、途中の街中を過ぎるとまったくポケストップがない
状態で、これでは観光とか経済格差がますます開いてしまうよな…と嘆息した
次第である。









私はもともと昆虫・植物採集とか鉱物収集が好きなので
ごく身近に出るモンスターをちびちび集めているだけ (^^;





左:10キロ歩いて肩乗りになったピカチュウ。
右:しっぽの先に火がついているヒトカゲ。





昔からゲーマーのたくろー氏は犬のダイの散歩のときに
周辺のジムで戦っては勝っている (´Д`;)







 SMAPへのメッセージ広告
2016年11月07日 (月) | 編集 |

 SMAPといえば、亡くなった義母が木村拓哉の大ファンで
ドラマのDVDやCDがわんさと残っている
そのSMAPが解散と、もし生前の義母が聞いたら、さぞかし
残念がったに違いない。
で、彼らのファンたちが11月1日にいっせいにメッセージ広告を
載せたという。






11月5日の東京新聞より。
個人ファンによる広告掲載なら、
可愛げがあって別にかまわないけど
少し前のNHKの夜7時のニュースをたまたま見たら
なんと一番最初のニュースがSMAP特集で
これにはビックラこいた
TPPや沖縄高江、天皇の生前退位の
ニュースの方がまず先だろーが!





1日の東京新聞を広げてみたら
あ、ほんとだ。ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ






どさくさにまぎれて、ヤマコーのお誕生日の伝言も
しかし、行頭に「、」や「。」を持ってきちゃイカンがね。






 米銃乱射事件にLGBTを思う
2016年06月16日 (木) | 編集 |

 6月12日未明、米フロリダ州のナイトクラブで銃乱射事件が発生。
49人が死亡し、けが人も多数出た。射殺された容疑者はイスラム国への
忠誠を語っていたともされ、当初は同性愛者への嫌悪から事件を起こした
と報じられていたが、その後一転して彼自身も同性愛者であり、それを隠す
ための犯行だったのでは…等々と、動機は未だに確定されていない。


      日テレNEWS24 6月14日
       http://www.news24.jp/articles/2016/06/14/10332646.html

            米銃乱射 容疑者が同性愛に関心の可能性も

 アメリカ・フロリダ州で49人が死亡した銃乱射事件。捜査当局は、「ホームグロウン」と呼ばれるアメリカ国内に生まれ育った容疑者が外国のイスラム過激派組織に共鳴して行ったものだとの見方を示した。一方で、容疑者が同性愛に関心を寄せていた可能性も出ている。

 FBI(=アメリカ連邦捜査局)によると、射殺されたオマル・マティーン容疑者は、事件のあったバーに立てこもっている際、過激派組織「イスラム国」への忠誠などを話したという。
 一方で、過去には、自分は、「イスラム国」が敵視するレバノンの武装組織、「ヒズボラ」のメンバーで、家族は国際テロ組織「アルカイダ」に関与しているなどとも語っていたという。
 FBIのコミー長官は、「外国テロ組織から刺激を受け、思想が過激化していたという強い兆候がある」と述べている。

 また、事件現場は同性愛者らが多く集まるバーだったが、NBCテレビなどはマティーン容疑者が事件前にこの店で複数回目撃され、店の常連客の1人がマーティン容疑者について、「彼が接触し知り合おうとした多くの人を知っている」との証言を伝えている。容疑者が同性愛に関心を寄せていた可能性もあり、当局は動機の解明を急いでいる。







 さて上記事件でも犯行動機の一要素となっている同性愛に関して、最近では
多様な性というカテゴリーの「LGBT」として広く知られるようになってきた。
以下は、前に「キャッチ!世界の視点」で放送されたイギリスのLGBTの子どもへの
取り組みに使われた図や写真から。







LGBTとは、性的少数者を指す言葉である。





米国・英国でのLGBTの割合は
人口全体の約5%。





日本での割合はもっと多く
人口全体の7.6%。
13人に1人がLGBTだ。

これでは性的少数者というより、
ごく普通の存在のようにも思える。
というか、なんでLGBTの人を
差別したり嫌悪したりするのかわからない。

人間以外の生物にも多様な性を持つものが
少なくなく、虫かきのこ類か忘れたが
20もの異なった性を持つものもいるのだ。
たとえば人間なら、20もの違う性があったら
どんな社会になるのか、想像するだけで楽しくなってくる。





日本でも「東京レインボープライド」のように
LGBTやその他の性的少数者への理解と共生を
呼びかけるイベントが開催されている。





このとき(いつのフェスタか失念)には、
過去最高の5万5千人が参加した。






 昔ながらのバウムクーヘン
2016年06月10日 (金) | 編集 |

子どもの頃に食べた味は、郷愁と美化を伴って脳裏に染みついているものだ。
大人になって再びその味を求めても、なかなか納得できないのは、美化の部分が
大きいためなのだろう。
バウムクーヘンの味もそのひとつだ。
昨今の人気のバウムクーヘンはやたらと柔らかく、抹茶やイチゴの味がついたりしている。
子どもの頃に食べたものは、もっとどっしりとして固めだった。
それを薄く薄くスライスして、家族にバレないよう、こっそりつまみ食いするのが
とても楽しくて、よけい美味に感じられたものだった。
今はユーハイムのバウムクーヘンを買っているが、これも昔より食感が柔らかくなった
ような気がする。
そんなわけで、伝統的なドイツ菓子を作っている、平塚のバッハマンというお店の
バウムクーヘンを取り寄せてみた。






包み紙。予想よりかなり小さい





包み紙を開けたところ。





ブタ顔の取り皿に乗せたら、こんなかんじ。
ブヒブヒ。





高価なひとかけを、小皿に移して、いただきます
たしかに固めでおいしい。
できればまわりのお砂糖部分が、ユーハイムの
みたいに、もう少しカリカリ固まっていればいいんだけど。
とはいえ、とても美味しくいただきました。
あとは冷蔵庫にしまって、チビチビ食します








 ラーメン「光玉」と、関東大震災の爪痕を刻む根府川の釈迦堂を訪ねて
2016年01月13日 (水) | 編集 |

 久々の休日の2日目。
午前中は猫の世話だの雑用だのでアッと過ぎ、お昼はご近所のラーメン店に行って
みることにした。わりと近くで、何度となくお店の前を通り過ぎていたにもかかわらず
来店するのは今回が初めて。世の中、そんなもんだ





真ん中の小さなお店が「ラーメン光玉」。
カウンター席は定員8名で、座ると身動きがとれない(-_-;)
調理場も同様で、女将さんを中心に、左右に補助の男性が2名。
自由に動けないので、その場でそれぞれが調理する。
女将さんがメインの調理で、左の男性が麺をゆで
右の男性が餃子を焼く…というように。





チャーハン 700円。
食べて驚いた。高温で手早く調理されたご飯は
信じられないくらい軽くてふわふわで、口の中で溶けるようだ。
チャーハンもスープも、昔ながらの懐かしい正統な味つけで
似たようなスープは、お台場の中華料理店で飲んだっきりだ。
これはうれしい発見だった





ラーメン600円。
これも昔懐かしい味でホッと心がなごむ。
幼稚園の頃まで住んでいた津田沼駅前の家の隣りが
小学校も一緒だったしげこちゃんの中華料理店で
お店の人が庭先で、スープに使う豚や鶏の骨を
ナタで割っているのをよく見てたものだ。
あの頃のラーメン(中華そば)の記憶が蘇ってくる。










 昼食の後、まだ日があるうちに根府川(小田原市)に行った。
根府川に関しては、当ブログでも過去に2回くらい書いたことがある。
そのうちの一つが、詩人・茨木のり子の「根府川の海」に言及したものだ。

     初秋の「根府川の海」 2006年12月5日
       http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20061205.html






根府川といえば、やはり青い海、青い空のイメージが強い。





根府川駅の近くに、釈迦堂入り口と記した
石の案内がある。本日の目的は、この「釈迦堂」だ。



 

頭上には東海道線の赤い鉄橋が。





冬の青空に鮮やかな赤が映える。





鉄橋に沿って、なだらかな坂を登っていくと
(これがまた神経の疼痛に悩む私にとっては辛い)
10分くらいで、釈迦堂にたどり着く。
手前には白糸川が流れている。





うっそうとした木々に囲まれて
あまり目立たずに建っている。





釈迦堂正面。
実はこのお堂があることは、去年の東京新聞の
鉄旅コラムで知ったばかりで、場所的に近いにもかかわらず
ラーメン光玉と同様、ようやく訪ね着いたわけである。





釈迦堂の中に足を踏み入れると、壁に由来書きが。





「白糸川の釈迦如来」
根府川の旧家広井家の古文書によると…
22代目広井長十郎重友の時代に地震が頻発し、
特に寛永9年(1632年 江戸幕府2代将軍・秀忠が亡くなった年)と
正保4年(1647年)、慶安元年(1648年)に起きた大地震で
民家は壊れ死者も多く出た上に津波も襲ってきたので
世相の安寧のために、長十郎重友が岩泉寺境内の岩盤に
釈迦尊像を像立した。その後の万治2年の大洪水で岩泉寺は現在の
高台へ移転したが、釈迦尊像は岩盤に彫られていたのでそのまま
残った。そして大正12年(1923年)9月1日、関東大地震が起こった。
「お釈迦さまは上の鉄橋が落ち其の上に山津波の土砂で埋没して
しまいました。お釈迦さまは目の高さより上に拝むように刻まれて居たの
ですが、土砂に埋まったので現在の洞の中のお釈迦さまとなったのです。」





階段を下ると…。





岩盤に彫られた釈迦尊像が。
大震災時の山津波のすごさを後世に伝えている。
お線香をあげてきた。





釈迦堂の脇を流れる白糸川は、根府川の海へと注ぐ。
この海の沖合が、関東大震災の最初の震源地だった。
激震で駅の裏手が崩れて、駅舎と列車を海へ押し流した。
また白糸川に沿って、かつての根府川関所があった。
関所跡に行ってみたが、そこには説明看板しかない。
関所も大震災のさいに流されて、川底に眠ったままだという。





駅の近くに植えられたカンナ。
また暑い夏になれば、赤やオレンジの大きな花を咲かせるだろう。








     参考として






1923年 関東大震災の震度分布(大正関東地震)
 「防災情報のページ」 大正12年 関東大震災 概要より
http://www.sei-inc.co.jp/bosai/1923/



 鹿島建設のサイトより
 
     特集:関東大震災を知る
     http://www.kajima.co.jp/news/digest/sep_2003/tokushu/toku02.htmstudy2

             3度揺れた首都・東京

 これまでの当社の研究による結論からいえば,3度の揺れのうち,最初が本震,あとの2回は余震である。そして本震は,ふたつの大きな断層の滑りが短時間に連続した「双子地震」であった。
 本震の双子地震とは,最初の大きな断層の滑りが神奈川県の小田原の直下で発生し,約10~15秒後に三浦半島の直下で2度目の大きな滑りが起こったと考えられる。ふたつの滑りによる揺れの差を感じたのは震源の近くで被災した人々だけだ。最初の滑りの真上にあたる小田原ではいきなり上下動をともなう激震に見舞われ,2度目の滑り地点に近い藤沢の小学校では,やや緩い揺れがしばらく続いたのちに,校舎が瞬く間に倒れるほどの激しい上下動をともなう揺れが襲ったという。
 一方,震源から離れた東京では,双子地震の本震を30~60秒にわたる“一度目の揺れ”として感じたことになる。そのあとに2回の余震の揺れを感じたため,都合“3度の揺れ”を感じる結果となったのだ。1回目の余震の揺れが,本震以上だったとする体験談もあるほどだ。ところが,地震計の針が本震ですぐに振り切れて余震を記録できなかったものが多く,3度の揺れが解析されない原因となってきた。
 今回の研究で全国の記録を調査した結果,岐阜測候所の上下動の地震計が,図1に示すように,本震と2回の余震を区別して完全に記録していることが判明した。この記録とさまざまな資料や体験談を分析し,2回の余震の震源を推定したのが図3である。
 震源の規模を示すM(マグニチュード)でいえば,長さ130kmもの巨大な断層面でM8クラスの本震が双子地震で起こり,その3分後にM7クラスの大余震,さらに1分半後にM7クラスの大余震が再び発生したことになる。その度に関東各地は強い揺れに見舞われ,断続的に5分間の激震が襲った──これが関東地震の揺れの正体であった。





    




 保善院の梅と焼き鳥「さつま」
2016年01月12日 (火) | 編集 |

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 今年もよろしくm(_ _)m
2016年01月01日 (金) | 編集 |

 去年は体調をこわし、いつもに増してボロボロ状態だった。
年末年始は旅行業にとっては一番の繁忙期なので、毎日が地獄というかんじ。
おまけに一番の働き者だった従業員が勝手にやめたような形になって
(朝晩で言うことがコロッと変わるので心的にやばい)、この繁忙期に片肺飛行
のような日々の連続で、私も心身ともにやばい( ´Д`)=3

そんなわけで、いつまでがんばれるかわからないが、とりあえず無事に生きている
ので、今年もどうかよろしくお願いします
去年も使ったお気に入りの高尾山(八王子市)のポスターで、新年のご挨拶など(^_^;)
















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