激動する社会の波におぼれずに、自分の頭で考え 行動しようじゃないの。 命令されるのなんか 大嫌い。「群れない、媚びない、とんでもない」の猫の精神でがんばっていきまっしょい。
 漫画家はらたいらさん死去
2006年11月10日 (金) | 編集 |

■東京新聞によると、本日10日午後零時7分、はらたいらさんが肝不全のため埼玉県富士見市の病院で死去したそうだ。
享年63歳。

今から3年前、はらさんが60歳の時に、東京文京区の自宅に取材に行った。
自宅は小石川の播磨坂近くのマンションで、ちょうど播磨坂の桜並木が満開で、夢のような気分にひたったものだ。
はらさんも、毎年この桜を楽しみにしていると語っていた。
昔この地に松平播磨守(水戸藩)の上屋敷があったことから、播磨坂と呼ばれるようになったという。




■はらさんといえば、漫画家よりも「クイズダービー」の回答者として有名で、昔のテレビを観たことがない10代20代の若者たちでさえ、「はらたいらに3000点」などと訳知り顔で言う。
自宅ドアの前には読み終えた新聞束が置いてあって、当時もそうした新聞記事などから知識を得ていたそうだ。


高知県出身。
漫画家で、特にこの人と決めた先人はいないと話してくれた。
しばらく前から男性の更年期障害に悩み、この時もちょっと元気がないかなと感じた。同郷の奥さんが元気で明るく、はらさんをしっかり支えているという印象だった。


■左上の本と同じ女の子を色紙に描いてくれた。
右手に花を持ち、蝶がヒラヒラ舞っているかわいいマンガだ。
フロントに飾ってあるその色紙を見て、若いお客たちは口々に、
はらたいらさんに3000点!」と笑う。

たぶんこれからも、この色紙を見るたびに、同じ言葉が発せられていくのだろう。

心からご冥福を…。





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 劣化が止まらない日本 
2005年11月07日 (月) | 編集 |
■少し前の記事になるが、日刊ゲンダイ10月18日号「小泉靖国参拝行動を病理学的に診断」の中で、精神科医で作家のなだいなだ氏がこう述べている。「反発されると、余計にやりたくなる。これは未成熟で大人になり切れていないからです。精神的に成長した人は、自分の感情や考えだけで行動しません。自分のやることがどういう意味を持つのか、俯瞰して眺めてみたり、10年先への影響を考えたりする。その上で決断するのです。大人の視点を身につけるには、親に反発し、親と対決し、失敗を経験することが必要。親の七光で生きてきた2世議員、3世議員は大人になれなくて当然です。そんな連中が国会で多数を占め、首相のイスにも座っている。これは不幸の極みです」


■なだいなだ氏には去年の初夏に北鎌倉の自宅でお会いした。通称「あじさい寺」の近く、急傾斜の坂を登った静かな住宅地である。
ちょうど湯河原に来て女将業を始めた直後で、いつもとは逆のルートを辿って北鎌倉の駅に降り立ったため、不思議な感覚と共に記憶している。
なださんの老人党には以前から興味を持っていて、自分のホームページにリンクしていた。また話の中に私も大きな関心を抱いていた「反戦落書き事件」が出てきたのには、わが意を得たりという思いがしたものだ。そのときに書いた記事を以下に記す。

  

  「老人党」で明るく世直し

ちょっと不思議な響きの名前は、スペイン語で“ナニモナイ ト ナニモナイ”のこと。ところが近頃の政治や社会ときたら何もないどころか腹が立つやらきな臭いやらで、もう我慢できないとインターネット上で「老人党」を立ちあげた。だから老人党は仮想(ヴァーチャル)政党だ。世直しの志さえあれば、入会資格も入会金も必要ない。賛同者の輪や若者たちのアクセス数も急増中だ。作家にして精神科医という豊かな人間観察眼で、やさしく時に厳しく、世の中の事象を見つめ続ける。


   目覚めよ老人、いざ鎌倉

戦後もすでに60年近く過ぎた今、イラクへの自衛隊派遣をはじめ改憲論争、年金問題、銀行破綻、物価高等々と民主政治や自由経済の根底を揺るがす事件や出来事が立て続けに起こっている。そんな動きに北鎌倉の閑静な一隅からNO!をつきつけたのが、なだいなださんである。
「弱い者にしわ寄せがきている。消費税にしろ、たった1%で2兆円にもなるのに、この事実を知ってる国民はほんのわずか。だからみんな声をあげなきゃいかんよということですね」と、鋭い政治批判を穏やかな口調で語る。
「政治に対して目覚めさせるのが老人党の目標。何をしてほしいかよりも、老人としてまだ残っている力をどう使いたいか。人のためになることに生きがいを感じる老人も多いから、そうした社会資源を上手に引き出していくべきですよ。老人には長年培ってきた知恵がありますからね」
老人党に入るのは簡単だ。自ら党員を名乗るだけでよい。老人でなくても、未来の老人ということで年齢は不問。そして党員になったら新聞、テレビ、雑誌をはじめ各政党ホームページの掲示板へ積極的に投稿しよう。また知りたいことがあれば調査報道も請求すること。
さらに、なださんはインターネットによる国民投票を提案する。
「公約以後の国が左右されるような重要問題に対して、国民はみな投票したがってるんです。もし法的に難しいなら模擬投票でもいい。そうすればもっと政治に関心が出るし、政治家だってごり押し政治はできなくなると思いますよ」


   事件の陰に精神科医

精神科医の仕事のかたわら、執筆活動も行ってきた。医師としては当時は珍しいアルコール中毒患者の治療に携わった。最近も小学生の起こした殺人事件が話題になったが、精神科医の目にはどのように映ったのだろうか。
「事件が起きた時の反応が大事ですね。センセーショナルで珍しい事件だから騒がれるんです」と、なださんは言う。
「事件現場の周囲の過剰反応は、まさに集団ヒステリーですよ。みんなが冷静になれないでいる。こうした非日常的な事件より、もっと日常の部分に目を見据えることが必要ですね。たとえば―あなたは壁に落書きしている人を見たとき、どのらいの刑になると思いますか?」
イラク戦争直後の4月17日、杉並区の公園トイレに“戦争反対”“反戦”の落書きをした青年が逮捕された。他にも多数の落書きがあったにもかかわらず、彼だけが逮捕されたのだ。容疑は建造物損壊。検察による家宅捜索および長期拘留の上、懲役1年2ヵ月(執行猶予3年)の判決が下った。いわゆる“反戦落書き事件”である。
「外国の裁判例では、落書きの刑は公共奉仕活動10日と警官と一緒の落書き消しで、それが常識の線ですよ。ところがまるでファシズム時代のような取締りが民主国家日本で起きたわけで、しかしこうした本質を考えなければいけない事件はマスコミには取り上げられずに、非日常的な事件の報道の陰で消されてしまう。競争で同じネタばかりを流すというマスコミの姿勢にも大いに問題がありそうですね」


   60点で満足できる社会

「この前障害者の会に行ったら、今まで無料だった入浴サービスが1割負担になり、お金がかかるからと障害者が肩身の狭い思いをしていた。それに介護保険の運営のために官僚の仕事量がとても増えたし、医者も診断書作りで忙しい。ここにかなりの問題があると僕は感じてるんですよ。つまりこうした仕事が増えた裏では、介護者に使われるお金が減っていくわけ。介護される側の声を吸い上げるシステムが弱くなってるんですね」と、医師として患者に接してきた経験から介護問題に関しても手厳しい。
「それから介護の専門家と称してテレビに出ている人たちが使う言葉。ケアマネージャーにメニューを作ってもらいなさいって言ったって、90のおばあさんには理解できませんよ。そうじゃなくて、手を握って“おばあさん、何してほしいの?”って話せばいいんです。もっと現場中心に考えていくべきですね」
政治不信や無関心は、弱い者たたきやいじめの土壌も生み出していく。
「何か事件が起きるたび文部科学省は“心の教育”を持ち出すけれど、お説教で事件はなくせない。早い話が100点満点の試験をやめて、60点を合格ラインにすればいいんですよ」
つまりひとつの尺度の元で完璧を求めるのではなく、60点で満足できる社会ならば、さまざまな価値観や評価も可能になるということだ。人間も思想も同じで、完璧なものなどない。
「悪いところは修正して、1割でも2割でも改革の芽があればそちらにかけますよ。そして政権交代を繰り返していけば、少しはましな世の中になるでしょう」と、老人党党首は笑みを浮かべてうなずいた。(文・ロキ)



 頭痛に悩まされる
2005年09月01日 (木) | 編集 |
なぜかライターをやっている。
いわゆる二足の草鞋ってやつだ。
しかし旅館の女将とライターの二足ってのはかなり厳しい。
特に夏場での掛け持ちはね。
そんな大変な時期に、3本の原稿を抱えていた。
で、ようやく3本目を今朝送信して、ちょっとホッとしたところである。
おとといあたりから強い頭痛に悩まされていたので、なおさら辛い執筆になった。たぶん眼精疲労と肩こりによる頭痛だろうが、本の文字やパソコンの活字を追うのがかったるくて、軽い吐き気などもあった。
ちょうど「二郎さん」こと坂上二郎氏の原稿で、おととしの秋突然脳梗塞の発作で倒れながらも、懸命のリハビリによってみごと舞台に復帰するまでの内容を書いたわけなんだが、こうしたちょっとした頭痛なども脳梗塞の前兆たりえるので、資料を読んだりしているうちに、次第にナーバスな気分になってきたのだ。
疲労の蓄積と寝不足も大いに関係してると思うけれど。
しかしホッとしたのもつかのま、きょうから9月なので、旅館のお客用に毎月出している「ゆ宿だより」を新しく更新した。
ま、これでようやく一段落といったところか。
それにしても、旅館の仕事で果てしなく中断中断となる中で、よく原稿を仕上げられるもんだと、われながら感心する。
たまには、この程度の自画自賛もいいだろう…って思うよ。まったくね。
余談だが、二郎さんの弟子って、「新選組!」にも出演していた剛州だったんだね。これはヘエ~!だ。舞台復帰の際も運転手をやったり衣装の着替えを手伝ったりかいがいしく面倒をみていた。役柄のイメージとは違う、とってもいい人なんだ、と思った次第である。