2007年08月31日 (金) | 編集 |
2007年08月18日 (土) | 編集 |

■雨の一降り二降りで久しぶりの涼風を感じた今日。
息苦しいほどの灼熱の日々にもいつかはピリオドが打たれるのだと、ごく当たり前の自然の移り変わりにさえ、少なからぬ感動を覚える。
ひとの人生など、10のうち1つか2つの喜びがあれば、それで十分満ち足りたものなのかもしれない。ほんの一陣の涼風に心癒されるように。
そしてそんな人生を吹き抜けるやさしい風のように、幾篇の詩もまた、私の心を支えてくれる。

唄
ニコライ・ミンスキー (19世紀ロシアの詩人)
わたしは夜更けに言った、
全世界は―― 一つの牢獄、
そこでは独房に
魂がとじこめられている。
蒼ざめた囚人が悩み
彼と並んで――さらに他の者、
彼等の苦悩は痕をのこさず、
やすらぎに歓びはない。
ある者は狂気にたおれ、
他の者は憂愁がむしばむ、
だが 愛しうる者もいて、
愛する者は唄をうたう。
夜の倦怠の中で
わたしはうたい得る者、
自由なく、光なくとも
その胸に唄のみのる者だ。
おおわが遙かなる友よ、知れ、
もしわが唄をきいたなら、
それはわたし――孤独な囚人が
囚人たちの為にうたっているのだ。
(中島とみ子・訳)
2007年08月07日 (火) | 編集 |
■「週刊朝日」の連載コラム「テレビガイド液晶未満」。
心理学者の小倉千加子さんは8月10日号のその欄で<「うつ」語るNPOの自信が恐い>と題して、30代のうつを特集したNHKの討論番組に書いている。
30代という年代はちょうど大人への過度期にあたり、仕事への自負心と真面目さゆえに最もうつ病にかかりやすいそうだ。
番組に事前に届いたメールも4割が30代からで、しかしながら番組のコメンテーターも司会者も職場の現状やうつ病そのものの認識に薄い人ばかりだったと、小倉さんは指摘する。
さらに精神科医はスタジオに集まった人々を何らかのカテゴリーに分類し、職場復帰のプログラムを教えるNPO法人代表は職場ではこうあるべきと話し、それらは実際のうつ病の人々の実存の前ではひどく空疎なものに聞こえたと辛らつに述べている。
■今や多くの人々が悩み苦しんでいるとされるうつ病。
だが病名だけが先行して、肝心のうつ病自体の正しい認識がまだまだなされていないのが実情だ。
…と、かつてこの病気で呻吟していた私は思う。
そんな過去に書いた詩をひとつ。
今読むと、過剰な単語の羅列とぎくしゃくした文体で、これはひどいなと苦笑いする代物だが。
過剰といえば、数年前にインタビューした詩人のねじめ正一氏の昔の詩を「言葉が過剰に思えますが」と評したことがある。
大人のねじめ氏は、「ああ、そうかもしれませんね」とうなずいてくれたけれど。
今度は私自身に対して「過剰」という言葉を返すことにしよう。
過剰さは、自己防衛の1つなのかもしれない。

都会の波、あるいは「怠惰る」ウェーヴ
深夜の音のない世界の片隅で
ぼくは独り 蒼ざめた憂愁と共に眼を凝らしている
喉に貼りついた しおれた舌と
微熱で震える けだるい手足のまま
日没を恋い焦がれる小動物のように
ひたすら暗闇をたどり歩く
真昼の太陽から この身をかばいつつ
虚無を宿した灰色の視線で
終日 群集の背中を眺め続けるぼくに
怠惰な時間を浪費できる贅沢者と
揶揄を含んだ ささくれ立ったジェラシーが
渦を巻いて とめどもなく押し寄せる
ああ だけどぼくは溺れかけているんだ
都会に逆巻く高波に翻弄されながら
そして いつか人々は見るだろう
引き潮に気づかず 逃げ遅れたクラゲのように
熱く灼けた瓦礫の真ん中で
干からびた魂を展示している
悲鳴に似た ぼくの屍体を
心理学者の小倉千加子さんは8月10日号のその欄で<「うつ」語るNPOの自信が恐い>と題して、30代のうつを特集したNHKの討論番組に書いている。
30代という年代はちょうど大人への過度期にあたり、仕事への自負心と真面目さゆえに最もうつ病にかかりやすいそうだ。
番組に事前に届いたメールも4割が30代からで、しかしながら番組のコメンテーターも司会者も職場の現状やうつ病そのものの認識に薄い人ばかりだったと、小倉さんは指摘する。
さらに精神科医はスタジオに集まった人々を何らかのカテゴリーに分類し、職場復帰のプログラムを教えるNPO法人代表は職場ではこうあるべきと話し、それらは実際のうつ病の人々の実存の前ではひどく空疎なものに聞こえたと辛らつに述べている。
■今や多くの人々が悩み苦しんでいるとされるうつ病。
だが病名だけが先行して、肝心のうつ病自体の正しい認識がまだまだなされていないのが実情だ。
…と、かつてこの病気で呻吟していた私は思う。
そんな過去に書いた詩をひとつ。
今読むと、過剰な単語の羅列とぎくしゃくした文体で、これはひどいなと苦笑いする代物だが。
過剰といえば、数年前にインタビューした詩人のねじめ正一氏の昔の詩を「言葉が過剰に思えますが」と評したことがある。
大人のねじめ氏は、「ああ、そうかもしれませんね」とうなずいてくれたけれど。
今度は私自身に対して「過剰」という言葉を返すことにしよう。
過剰さは、自己防衛の1つなのかもしれない。

都会の波、あるいは「怠惰る」ウェーヴ
深夜の音のない世界の片隅で
ぼくは独り 蒼ざめた憂愁と共に眼を凝らしている
喉に貼りついた しおれた舌と
微熱で震える けだるい手足のまま
日没を恋い焦がれる小動物のように
ひたすら暗闇をたどり歩く
真昼の太陽から この身をかばいつつ
虚無を宿した灰色の視線で
終日 群集の背中を眺め続けるぼくに
怠惰な時間を浪費できる贅沢者と
揶揄を含んだ ささくれ立ったジェラシーが
渦を巻いて とめどもなく押し寄せる
ああ だけどぼくは溺れかけているんだ
都会に逆巻く高波に翻弄されながら
そして いつか人々は見るだろう
引き潮に気づかず 逃げ遅れたクラゲのように
熱く灼けた瓦礫の真ん中で
干からびた魂を展示している
悲鳴に似た ぼくの屍体を
2007年05月09日 (水) | 編集 |

星の記憶
――はるか未来の、地球のモノローグ――
ひんやりとした小さな太陽のもとでは
時間さえもうつむきかげんに流れていく
それでも木々は芽吹き
雷鳴は金色の紋様を刻印し
雨上がりの空にひそやかな虹を置くのだろうか
だが わたしの視神経が唯一受容するのは
最も明るい黒と最も暗い白だけ
かつて太陽フレアが放出した巨大な熱エネルギーを
畏れることなく
じっと視つめたものだったが
恒星が徐々に光を失うにつれて
わたしの記憶も大理石のように風化していった
いつからここにたたずんでいるのか
いつまでここにたたずんでいるのか
時は不可逆だと
生あるものはやがて滅びるのだと
専制的な法則の前では
すべての意味が空しく砕け散る
そして 訪れるのは虚空
沈黙と悔恨と忘却が支配する
外部とつなぐ答えを遮断し
あるいは見失い
静謐の中に眼差しは固定化する
だが 時として闇を貫き駆ける彗星のきらめきは
熱く脈打つ拍動を
しばし わたしの指先によみがえらせる
それは新しい記憶を引き継いてゆくもの
再生は消滅と共にあるのか
遥かな眠りのかなたにあるのか
2007年05月08日 (火) | 編集 |

■『Paradis,Paradis―早川タケジ作品集』
内容の紹介には「時代を駆け抜ける鬼才・早川タケジの衣装、スタイリング、アートディレクションの集大成。アン・ルイス、市川新之助、岩下志麻、小泉今日子、沢田研二、吉川ひなのまで、早川が手掛けたセレブリティたちを収録」とあるが、8割は沢田研二の写真。
ああ、めくるめくジュリー・ワールドに溺れそう。
だけど同じPでも、パラダイスを一皮めくれば、
そこはPit(地獄)。
天国と地獄。あなたはどちらがお好みですか?
喪失
ざりーん
こんな処まで来てしまった
おまえの影をたどりながら
白と黒に縁取られた
おまえの記憶を追いかけながら
ざりーん
ここは地の果てか
茫々とした風が吹く
頭上低く垂れ込めた鈍色の雲のなか
黒い鳥が飛んでいく
荒涼たる、荒涼たる、荒涼たる…
と啼きながら
ざりーん
もはや道は失われ
尋ねあてるすべもない
行く手に待ち受けるは漆黒の奈落
このままじっと朽ち果てようか
見果てぬ夢をかき抱きつつ
ざりーん
おまえを見失ったときに
世界は終わってしまった
それでも
光芒のかけらを追い求め
さすらい流れて
こんな処まで来てしまった
おまえの影をたどりながら
ざりーん
………
ざりーん
金と銀に縁取られた
われらの記憶を埋めるために
2005年11月17日 (木) | 編集 |
閉じた世界
吹きすさぶ風よ
ぼくはおまえを愛する
ためらうことも媚びることもせず
猛々しいまでの無遠慮さでもって
ぼくの歩みをはばみ
遥か天の高みまで 息もつかずに駆け抜けていく
遠く小さく 誰かがとぎれとぎれに叫んでいる
聴け 世界は閉ざされた牢獄だ
見せかけの自由と悦楽と悔恨という牢格子で
幾重にも閉ざされた 出口を持たないシステムなのだと
そうだ
頬をなぶる風よ
冷ややかな眼差しでもって眺めるがいい
ぼくはとっくの昔に翼を失い
孤独の鎖につながれながら
終日 灰色によどんだ強固なそのシステムの中心にうずくまっている
空の深い蒼さも 峰々に降りそそぐ朝の光の金色のきらめきも
もはや再び目にすることはないだろう
そして
苦渋に満ちたまどろみの中で
ぼくは ただひたすら夢見る
この手も胸も すっかり血のぬくもりを失って
透明で冷涼な夜の大気と同化するとき
新しく生え変わった大きな白い翼でもって
おまえを 強く強く抱きしめる夢を
すると
突如おとずれる静寂
その瞬間 ぼくは実体を失って黒い影となり
両のまぶたに
音をたてて
「永遠」の二文字が刻印されたのだった
音楽入りはこちら
吹きすさぶ風よ
ぼくはおまえを愛する
ためらうことも媚びることもせず
猛々しいまでの無遠慮さでもって
ぼくの歩みをはばみ
遥か天の高みまで 息もつかずに駆け抜けていく
遠く小さく 誰かがとぎれとぎれに叫んでいる
聴け 世界は閉ざされた牢獄だ
見せかけの自由と悦楽と悔恨という牢格子で
幾重にも閉ざされた 出口を持たないシステムなのだと
そうだ
頬をなぶる風よ
冷ややかな眼差しでもって眺めるがいい
ぼくはとっくの昔に翼を失い
孤独の鎖につながれながら
終日 灰色によどんだ強固なそのシステムの中心にうずくまっている
空の深い蒼さも 峰々に降りそそぐ朝の光の金色のきらめきも
もはや再び目にすることはないだろう
そして
苦渋に満ちたまどろみの中で
ぼくは ただひたすら夢見る
この手も胸も すっかり血のぬくもりを失って
透明で冷涼な夜の大気と同化するとき
新しく生え変わった大きな白い翼でもって
おまえを 強く強く抱きしめる夢を
すると
突如おとずれる静寂
その瞬間 ぼくは実体を失って黒い影となり
両のまぶたに
音をたてて
「永遠」の二文字が刻印されたのだった
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