
■昨日3日に告示された東京都議選。
足元がグラついているのは麻生首相だけ
じゃない。
弟・裕次郎の七光りと遺産を最大限利用
しながらワンマンのかぎりをつくし、
女性差別や人種差別の暴言を吐き散らし
ながら、自らの権力維持のために
東京オリンピック誘致をぶちあげ、
新銀行東京のでたらめ経営で都民の税金
を食い散らかしているこのヒトも同じである。
で、東京新聞のアンケート調査でこんな
結果が出た。
■東京新聞 7月4日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2009070402000106.html
都議選候補者 半数が石原知事不支持 本紙調査
三日告示された東京都議選で、石原慎太郎都知事を「支持しない」とする立候補者が半数を占め、「支持」を大きく上回ったことが、東京新聞の候補者アンケートで分かった。石原都政の評価をめぐる対立軸を鮮明にしており、選挙結果次第では、今後の石原都政を大きく揺さぶることになる。
アンケートは立候補者二百二十一人のうち、諸派一人を除く二百二十人から告示日までに回答を得た。石原知事を「支持する」とした回答が九十一人(41・4%)に対し、「支持しない」は百十人(50%)。「どちらとも言えない」は十八人(8・2%)だった。
二〇〇五年の前回都議選で実施した調査と比べると、支持は43・5%から微減となる一方、不支持が35・2%から大幅に増えたのが特徴だ。
政党別にみると、自民五十八人、公明二十三人の全員が支持を表明した。〇七年都知事選を契機に野党色を強めた民主は、五十八人のうち五十三人が不支持とする一方、一人が支持、三人が「どちらとも言えない」と回答した。
共産四十人、生活者ネット五人、社民二人はすべて不支持と答えた。諸派・無所属では、回答した三十四人のうち九人が支持、十人が不支持だった。

次期衆院選にも影響を与える首都決戦の火ぶたが切られた。
東京都議選が3日告示され、10日間の選挙戦がスタート。
与野党、政権選択の前哨戦と位置付け全面対決へ。
街頭演説を聞く有権者ら(3日、JR荻窪駅北口) 【時事通信社】
■政権交代は可能かを占う都議選がスタートした。左の図は朝日新聞より。
本日3日の告示に際し、定数127に対して
221人が立候補を届け出た。
ポイントは自公で過半数の64議席を確保できるか
どうかだ。
投票は12日で、即日開票される。
■しかしながらここにきて民主党のネックになって
いるのが鳩山代表の「個人献金記載」問題だ。
最初は朝日新聞が情報をつかんだらしいが、
『週刊新潮』7月2日特大号が、“「民主党代表」は
清廉な「白い鳩」か?”と大々的にスクープ記事に
して一気に表面化した。
相変わらずの自民党による「敵失」キャンペーンで
腹が立つが、ようやく政権交代が見えたところで
また足元をすくわれるのかと思うと悔しいかぎりだ。
しかしその自民党も、あまり首をつっこみすぎると
再び自らが火の粉をかぶるはめになるだろう。
■東京都議選党派別立候補者数 時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2009070300418
(3日午後1時30分現在、時事通信調べ)
立候補者数
計 現 元 新 現有勢力
自 民 58( 3) 42 3 13 48
民 主 58(11) 33 1 24 34
公 明 23( 3) 19 0 4 22
共 産 40(19) 12 0 28 13
ネット 5( 5) 2 0 3 4
社 民 2( 1) 0 0 2 0
諸 派 13( 5) 1 0 12 1
無所属 22( 5) 3 0 19 3
計 221(52) 112 4 105 125
(定数127) (欠員2)
注:カッコ内は女性。「ネット」は東京・生活者ネットワーク
■一方こちらは、魑魅魍魎と化した自民党を象徴する2大妖怪。

左のコラージュと右の写真は朝日新聞より。
■党役員人事をあきらめ、2人の閣僚補充人事しかできなかった麻生首相は
首相の特権である人事改造すら満足にできないヘタレぶりがあからさまになって
求心力は徹底的に急降下した。
その言い訳の変転ぶりを朝日新聞が上にうまくまとめている。
いつもいつも「しかるべき時に」「解散はこの私が決めます」と同じフレーズ。
で、結局何も決められないし変えられない。
まるで傀儡だった満州国の最後の皇帝溥儀のようだ。
この麻生首相を操ってブレさせているのが、菅選対副委員長と安倍元首相だ。
無能な軍師は国を滅ぼす。
これは民主党にも言えることだが。
日本に「臥龍(がりょう)」や「鳳雛(ほうすう)」はいないのか?
なんちゃって。
■そして天下取りの野望に燃える東国原・宮崎県知事。
知事職は単なるステッピン・ストーン。
いつかは中央政界にと野心を膨らませていたところに突然降ってきたおいしいエサ。
「このチャンスをどげんかせんといかん」とばかりにパクリとエサに食らいついたはいいが、
念願の閣僚にはお呼びがかからず、地方分権改革案をマニフェストにという条件について
「やっぱ許容範囲ってのがあるでしょう。100%とまではいわないけど、90%、80%以上
ぐらいは(盛り込んでもらいたい)」と急速にトーンダウンした。
売れないとわかるとすぐに20%オフって、「地方分権」「地方分権」というわりには
ずいぶん軽いんじゃないの。
知事辞任はすでに折込済みとも聞く。
それより以前に、1期も知事職をまっとうしないで、いったいどんな成果をあげたのか。
そして地方分権とは一体何かを問うてみたい。
こういう人間はいったん中央へ行ったなら、今度は逆に地方を抑圧する側になるのは
世の習いだからだ。
朝日新聞 7月2日http://www.asahi.com/politics/update/0702/SEB200907010050.html
東国原知事、期待の大臣職巡ってこず 「コメントなし」
1日の閣僚人事でひそかに注目されたのは、自民党から総選挙への出馬を要請され、条件として「総裁候補」を突きつけた宮崎県の東国原英夫知事の去就だった。「落としどころ」として総務相などでの入閣も取りざたされたが、結局、大臣ポストはめぐってこなかった。
東国原氏はこの日、宮崎県高千穂町であった県民フォーラムで、約50人の町民を前に熱弁をふるった。「3年前に知事選に出る時、高千穂で決めた。神のお告げがあった。天孫降臨の地で、ぼくに白羽の矢が立ったと勝手に思っている。くしくもこんな日、また高千穂に来たのも何かの縁と感じている」。閣僚人事が発表になる3時間前、国政転身に向けて決断する節目の日になるかもしれないとほのめかした。高まる気分を抑えきれない様子だった。
「自民党は総選挙で負けると言われているのに、なぜ自民党から立候補するのか」との質問には、「ぼくがいたら、負けません、負けさせません」とも強調した。 フォーラム後、東国原氏は記者団に「総裁候補ではなく、大臣ポストを提示されても国政に行くのか」と聞かれ、「大臣になったら次の総裁候補じゃないですか、違いますか」と語気を強め、入閣に対する期待感をのぞかせた。
東国原氏の政務秘書は30日から1日にかけて上京。森元首相らと会談するなど水面下で折衝を繰り広げた。しかし、東国原氏の入閣は見送られた。
東国原氏は同日夜、宮崎市内で記者団に感想を問われると、淡々と語った。「何も聞いておりませんので、特にコメントはありません」

■テレビのどのチェンネルを回しても、急死したマイケル・
ジャクソンと自民党総裁の椅子に野望をむき出しにする
東国原・宮崎県知事の話題でてんこ盛りである。
この先もずっとこの話題を更新しながら続けるのだろうな
と思うと、気が滅入る。
旬のおいしい話題を与えておけば視聴者は満足すると、
いったいいつまでメディアは愚民化方策を採り続けるのだ
ろうか。
■とはいえ、単純でわかりやすく面白いものに視聴者が
反応しやすいというのもまた事実である。
たいして才能のないタレントでも、事務所の威光で毎日の
ように画面に露出されれば、実力以上の人気で飾り立てられ、ヒーローのように祭り上げられてしまう。
小泉政権以来、こうした手法は政治PRにがっちり利用され、国民はポピュリズム政治に取り込まれていった。
■そして今また自民党が仕掛けた民主党鳩山つぶし、東国原・橋下タッグによる
自民党延命策に、まんまと引っかかろうとしているのだ。
「郵政民営化イエスかノーか」の代わりに、「地方分権イエスかノーか」という
キャッチフレーズのもとに。
■まだ小泉旋風真っ只中の06年10月10日に、ブログで左上の『だまされることの責任
佐高信×魚住昭』(04年8月15日発行)という本を紹介した。
この本の冒頭に、映画監督伊丹万作氏のエッセイ『戦争責任者の問題』が載っていたからだ。
http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20061010.html
そして上記の本の「はじめに」には、佐高氏のこういう文章が記されている。
【敗戦直後に、日本人のほとんどが「だまされて」戦争に突入したと言い、自分の責任を
溶解させようと思っていったころ、伊丹は「だまされたものは正しいとは、古来いかなる
辞書にも決して書いてはない」と断定し、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」
と主張した。
そして、「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされ
るだろう、と喝破したのである。
残念ながら、その後の日本は伊丹のこの指摘通りになった。】
■伊丹氏のエッセイは終戦直後の1946年4月に書かれたものである。
そして同年9月に伊丹氏は病没する。
それから60年、佐高氏が危惧したように日本人は同じ過ちを繰り返しながら現在に
至っている。
ほんの少し前に「郵政民営化選挙」に熱狂して自民党を大勝利に導き、その結果
貧困に苦しみ、小泉にだまされた、もうイヤだ、政権交代だとこぶしを振り上げた先で、
首相に選ぶなら東国原がいいと、またもやあっさり誘導されてしまう。
こうした日本人の弱さ、狡猾さを自戒をこめて見つめ直す必要がある。
幸い伊丹氏のエッセイは青空文庫に収録されているので、全文はこちらでどうぞ。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html
以下に、その一部を転記する。
■『戦争責任者の問題』 伊丹万作 (『映画春秋』創刊号・昭和二十一年八月)
さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。
すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。

夜中に寝ぼけまなこでトイレに入ったら
こんな物体が!
あやうく踏んづけそうになったヾ(;゜□゜)ノ
左がハナ、右がギンの迷惑シスターズ。
ぜ〜んぜん、どく気配がないので
アクロバティックな足場のままことを済ましたのであった


一方こちらは珍しい組み合わせ。
左がギン、右がキキ。
ふだんは天敵同士でいがみ合っている…
というよりキキが新参者のギンを邪魔扱いして
待ち伏せ、猫パンチ、ジャンプでキックと暴力三昧。
この晩は何を間違ったか、外を見ているキキの隣りにギンが。
しかしこの後、隣りにいるギンの存在に気づいたキキが
獲物を見つけたトラのようにギンを追い回したのは言うまでもない(ーдー)

朝日新聞より
■きょう6月30日で、今年のちょうど半分が過ぎたことになる。
新聞やテレビでは相変わらず麻生内閣の解散時期や東国原知事の野望に焦点が
当てられているが、多くの一般庶民は日々の暮らしに追われてあくせくする毎日だ。
国家公務員には平均57万円のボーナスが支給されたそうで、これでも昨年より
8.9%減だということだが、一般企業はこんな程度ですんでいるわけはなく、月給や
ボーナスの減額、またはボーナスなしで住宅ローンの支払いができなくなって家を
手放すケースも増えている。
■政府は景気は底を打ったとしているが、逆に深刻度は増しているようだ。
年越し派遣村でいったんは住宅を手に入れた人々の多くが未だに職を見つけられず
期限切れで再び路上に追いやられる危機に直面している。
そしてそんな状況を反映している数字が発表された。
日テレNEWS24 6月30日http://www.ntv.co.jp/news/138634.html
5月の有効求人倍率0.44倍 過去最低に
厚労省が30日に発表した5月の有効求人倍率は0.44倍で、前月を0.02ポイント下回り、統計を取り始めた1963年以降、最低となった。
業種別では、製造業での求人が引き続き大幅に減っているのに加え、比較的好調だった医療・福祉や教育の分野でも前年より約2割減った。地域別では、最高が香川県の0.71倍、最低は青森県の0.26倍だった。
また、今年9月までに職を失う派遣労働者などの非正規労働者は約22万3000人に上ることがわかった。増加のペースは鈍っているが、総務省が30日に発表した完全失業率が5.2%に達するなど、雇用情勢はさらに厳しさを増している。
■日本の失業率は統計対象のトリックで低く抑えられているので、実際にはこんな
程度ではない。もっと大きいはずである。
政治の無策がここまで日本の所得格差と貧困化を増大させたかと思うと、毎日のように
繰り広げられている永田町のバカ騒ぎに深い憤りを感じざるを得ない。
より平等な富の配分が可能になる新しい社会の形態とその実現化の方法を、私自身も
真剣に考えていきたい。










